イーロン・マスク氏の「真の才能」を見抜いている…トランプ新大統領が「ビジネスの鬼才」を起用する本当の目的
プレジデントオンライン / 2024年12月2日 8時15分
■世界から注目を集める「トランプ人事」の目玉
11月5日から開票が始まったアメリカ大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏の圧勝に終わった。現バイデン大統領の後継者として民主党の候補者となったカマラ・ハリス氏は、結果的にスイング・ステート(激戦州)と言われた7州すべてで、トランプ氏の後塵を拝した。
人々の関心は今や、2025年1月20日に就任するトランプ次期大統領の政権構想と、閣僚人事に移っている。なかでも「トランプ人事」の目玉といえるほど注目されているのが、テスラやスペースXのCEO(最高経営責任者)を務めるイーロン・マスク氏の政権入りだろう。
大統領選挙の最中、トランプ氏の暗殺未遂事件が起こった7月13日に、イーロン・マスク氏はトランプ支持を正式に表明した。以後、10月に入ってからはトランプ氏の集会に参加して応援演説したり、「激戦のペンシルベニア州で毎日1人の有権者に100万ドルを贈る」と表明したりと、トランプ氏勝利に大きく貢献した。選挙戦中、マスク氏はトランプ陣営に少なくとも1億1900万ドル(183億円)の献金を行ったとされる。
トランプ氏は次期政権で「政府効率化省(DOGE=Department Of Government Efficiency)」という諮問機関を新設すると発表した。イーロン・マスク氏とヴィヴェック・ラマスワミ氏(製薬スタートアップ企業ロイバント・サイエンシズの創業者)をトップに据え、連邦政府全体の監査役を担う。
11月20日、マスク氏とラマスワミ氏はウォール・ストリート・ジャーナルに連名で寄稿し、年間5000億ドル(約78兆円)以上の政府支出を削減できると表明した。具体的には国際機関への助成15億ドルなどが削減対象になるという。また、連邦政府の「大規模な人員削減」に踏み切ることは可能とも明らかにした。
■ツイッター買収後に行った「大胆な改革」
マスク氏といえば、2022年にツイッターを買収した後、取締役の全員を解任して従業員の約8割を解雇するなど、大胆なリストラ策による大幅なコスト削減が知られている。今度は連邦政府でも、同じことができる立場になるようだ。
マスク氏の買収によってツイッターはXと名称を変更し、非上場化に踏み切った。そしてマスク氏は人員整理による組織改革を行い、広告ビジネスからの脱却を目指して有料の公式承認バッジを導入するなど、数々の改革を短期間で実施した。マスク氏は大胆にリストラをする一方で、必ず組織の生産性を高めていく。
筆者はマスク氏を「宇宙レベルの壮大さで考え、物理学的ミクロのレベルで突き詰める」と評してきたが、元ツイッタージャパン社長の笹本裕氏の著書『イーロン・ショック 元Twitterジャパン社長が見た「破壊と創造」の215日』(文藝春秋)には「ビジョンは壮大なのに、マネジメントはミクロ」という見出しがある。同書にはマスク氏を間近で見てきた笹本氏によって、社員全員に週報(後に月報)を求め、そのなかで自主目標を設定させて成果を報告させるという、マスク氏のマイクロマネジメントが描かれている。
■生産性向上のカギは「イーロンウェイ」
マスク氏は週報や月報を通じて、自身のビジョン「イーロンウェイ」を浸透させたいという意図があったと笹本氏は書いているが、一方で「自分で考えて行動しろ」ともよく言っていたという。「彼は大きなビジョンが明確にある一方で、ダイバーシティというか、多種多様な考えを吸い上げていきたいという姿勢もある」(同書より)。
EV(電気自動車)を世界で初めて量産化・収益化したのはテスラだ。つまり効率化・生産性向上という面ではマスク氏は大きな実績を残している。また〈「900万円の高級トラック」もイーロン・マスクなら売れる…EV逆風の中、テスラが「一人勝ち」できた理由〉の記事でも言及したように、2023年末に出荷が始まったばかりの「サイバートラック」は、10月の四半期決算ですでに収益化を達成している。
単なるコストカットではなく、組織改革とAIなどのテクノロジーを用いたDXで必ず効率性・生産性を向上させるのが「イーロンウェイ」だ。
政府に対しても、マスク氏は同じような改革を行うだろう。したがってトランプ氏の目論見通りにマスク氏率いる「政府効率化省」が機能すれば、アメリカは国として競争力を高めるのではないか。
マスク氏がトランプ新政権に影響力を持てば、自動車産業や宇宙産業などにおける規制緩和を大きく働きかけることは容易に予想される。それに関連して、政府のさまざまな調達へのアクセス拡大も予想されるところだ。
■中国、ロシア、ウクライナの首脳と「強いコネクション」
そしてマスク氏が経営するスペースXは宇宙産業だが、同時に防衛産業にも転用できる技術を持っている。同社が設計、所有、運営している衛星インターネット回線「スターリンク」は、すでにマスク氏によってウクライナに提供され、ロシアとの情報戦において重要な役割を担っている。こうした観点から、軍事・防衛産業という側面からもマスク氏の役割が強化されると想定できる。
外交・地政学においてもマスク氏の影響力は拡大するだろう。テスラは2019年から上海で超大量生産が可能な工場「ギガファクトリー」を稼働させている。このテスラ初の海外工場を誘致したのは、当時は上海市共産党委員会書記だった李強首相だ。また2023年11月にはアメリカを訪れた中国の習近平国家主席との夕食会に、マスク氏はアップルのティム・クックCEOらとともに参加している。
今年10月には、マスク氏がロシアのプーチン大統領と2022年終盤から定期的に対話していたとウォール・ストリート・ジャーナルが報じた。
そして11月6日に行われたトランプ氏とゼレンスキー氏との電話協議にも、マスク氏が参加したことが明らかになっている。「マスク氏がトランプ氏とゼレンスキー氏の電話会談に参加したのは初めてのように見えたが、ゼレンスキー氏の元報道官ユリア・メンデル氏によると、彼は戦争中に少なくとも2回、ウクライナの指導者と話しているという」とニューヨーク・タイムズは報じた。こうした現在の世界情勢における重要国の首脳と、強いコンタクトを持つ人物は政治家でもなかなかいない。
■中国叩きのトランプ氏、中国と蜜月関係が続くテスラ
もっとも米中関係は、マスク氏の政権入りによって複雑化する可能性がある。マスク氏のテスラにとって、中国は生産においても市場としても最重要地域となっており、蜜月関係が続いている。
一方でトランプ氏は、大統領時代に「中国叩き」で有名であった。今回の大統領選挙では中国の影響力が表面的には低下しているため、あまり対中政策は論点にならなかったが、それでもトランプ氏は対中関税の100%への引き上げを公約にするなど、厳しい姿勢を見せている。
トランプ氏の自国第一主義(アメリカ・ファースト)の姿勢も影響して、これから米中経済圏の分離は進むだろう。世界は「グレーター・アメリカ(アメリカや西欧を中心とした経済圏)」と「グレーター・チャイナ(中国を中心とした経済圏)」に分離されていくと思われる。一方で、テスラなど中国との関係が深い企業は、生産地として、あるいは消費地としての中国との戦略的協力も模索することになる。
トランプ新政権が対中強硬路線をとれば、関税だけでなく中国のハイテク産業への圧力もかけていくことが予想される。その場合、中国にとってマスク氏の存在は、重要な非公式の交渉チャンネルとなる。マスク氏の働きかけによっては、ある程度融和することもあるかもしれない。
いずれにしてもマスク氏がテスラCEOとしてどのように影響力を行使するかによって、あるいはトランプ氏とマスク氏の関係性の変化によって、米中関係が難しい局面を迎える可能性がある。
■気候変動対策でもトランプ氏とは真逆の意見
気候変動政策においても、温暖化対策は詐欺だとしてきたトランプ氏と、テスラでEVを推進してきたマスク氏では真逆の立場をとっている。11月8日付のニューヨーク・タイムズに「マスク氏は地球温暖化を信じている。トランプ氏は信じていない。状況は変わるだろうか?」という記事が掲載された。
トランプ氏は地球温暖化をフェイクニュースだと断じ、1月20日の大統領就任日に、即日、パリ協定から離脱するとしている。大統領選挙期間中に石油・ガス会社のコンチネンタル・リソーシズ創業者のハロルド・ハム氏を含む関係者から7500万ドル以上を集めたとされるトランプ氏は、石油や天然ガスなどの化石エネルギー産業の振興を図っていくだろう。地方での選挙演説でトランプ氏は「ドリル・ベイビー・ドリル(掘って、掘って、掘りまくれ)」と言い、喝采を浴びた。
一方のマスク氏はこれまで気候変動問題を重要視し、EVや太陽光発電などのクリーンエネルギー技術を支持してきた。2017年にトランプ氏が、アメリカはパリ協定から離脱すると発表したとき、マスク氏は抗議して2つの大統領諮問委員会を辞任した。しかし、最近では「私は環境保護に賛成だが、気候変動を解決するために農家を失業させる必要は絶対にない」とXに投稿するなど、対応の緊急性については緩やかな立場をとるようになってきた。
トランプ氏の支持に回ったマスク氏の気候変動に対する考え方は、政権入りによって、ある程度軌道修正される可能性はあると思われる。
■ウクライナ戦争では「停戦交渉」が進むか
ウクライナのゼレンスキー大統領とトランプ氏の電話会談はスペースXのスターリンクが使われ、マスク氏も同席した。11月8日付のワシントン・ポストの記事「イーロン・マスクがトランプとウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談へ参加」には、ウクライナの戦場でスターリンクがどのように使われているかが詳しく書かれている。
ウクライナは、前線部隊間の安全な通信を提供し、インターネットアクセスが不安定または存在しない可能性のある司令センターで戦場を常時監視できるようにするために、スターリンクに大きく依存している。
ウクライナの最前線には、ロシアのドローンに探知されないように迷彩色にスプレー塗装された数万台のスターリンク装置が点在し、兵士の車両の屋根に取り付けられていることも多い。
また、兵士は携帯電話を機内モードにしてインターネットを利用できるため、携帯電話の電波塔からの通信音を通じてロシア軍がウクライナの位置を察知する可能性は低くなる。スターリンクサービスは2022年に戦争が始まった後、当初はウクライナに無料で提供されていたが、マスク氏は後にサービスを完全に停止すると脅した。その後、マスク氏はウクライナのシステム使用料を国防総省に請求した。
ウクライナ軍によると、ロシアではスターリンクが禁止されているにもかかわらず、ロシア軍は端末をいくつか入手し、戦場での前進を加速させている。広大な領土を支配しているロシアのクルスク地域で活動するウクライナ軍は、衛星インターネットが切断される脅威を身をもって体験している。兵士らによると、彼らは一貫した通信手段がない状態で作戦行動を習得する必要があり、スターリンクに自分たちがまだウクライナにいると思わせることができる地域で陣地を確保した。
事情に詳しい人々によると、トランプ大統領とゼレンスキー大統領の電話会談は友好的なものだったが、トランプ大統領就任が戦争努力にどのような影響を与えるかについてキエフが不安を抱いている時期に行われた。
トランプ氏とマスク氏はウクライナ戦争に対しては同じ意見で、停戦すべきだと言っている。そのため、トランプ氏の大統領就任に伴い、停戦交渉が早期に進む可能性はかなり高いと思われる。
その際にはロシアへの譲歩的な提案がなされるだろう。現状ではロシアが今回の侵攻で併合したウクライナ東部・南部4州の現状維持と、ウクライナのNATOの加盟凍結が提示されると言われている。
■「非公式な仲介役」として活用する可能性
ウクライナにとってはロシアへ大幅な譲歩となるので、トランプ氏はウクライナに対して、停戦後の何らかの経済的な支援を提案したと予想される。バイデン政権はウクライナに毎月数十億ドルの経済・軍事支援を行っているとワシントン・ポストが報じているが、これが見直されればウクライナは停戦せざるを得ない状況に追い込まれる。
一方、対ロシアでも、トランプ氏は停戦に向けて柔軟なアプローチをするのではないか。
ロシアのプーチン大統領は簡単には停戦には応じないだろう。しかしトランプ氏は前回の大統領時代、プーチン大統領と直接交渉できる関係にあった。停戦が実現すれば、ロシアとの経済関係の一部回復なども数年単位では起きてくるのかもしれない。
スターリンクの戦略的活用としては、停戦に向けてウクライナに対応しているものを、ロシアとの交渉材料にしていくと思われる。また、現状ロシアに対して経済制裁がされているが、その解除なども交渉の材料になるだろう。
こうした外交の局面において、トランプ氏はコネクションが豊富なマスク氏を非公式な仲介役として活用する可能性がある。
■大義は必ずあって、同時に私利私欲もある
テスラ、スペースX、生成AIのxAI、脳インプラントのニューラリンクなど、マスク氏が手がける事業は多岐にわたる。トランプ政権で「政府効率化省(DOGE)」のトップになれば、その負荷は膨大なものとなるだろう。
これまでマスク氏は、自分がフォーカスしたものに対しては物理学的ミクロのレベルで突き詰め、リターンを得てきた。ツイッター買収後にテスラ株を大量売却したように、トランプ政権で「政府効率化省」が発足したら、それがテスラ氏のなかで最大のプライオリティとなる可能性はある。しかし大局的には、宇宙レベルの壮大さで考えて、アメリカにとってプラスとなることをするはずだ。
同時に、自分の事業にプラスになるような影響力も行使していくだろう。ビジョンの実現に向けて仕事をしながら、事業も収益を上げていく。大義は必ずあって、同時に私利私欲もある。この表裏一体がマスク氏の真骨頂といえる。
マスク氏は、「このままだと気候変動で人類が地球に住めなくなってしまうから、その前に火星に移住できるように」と言って、2002年にスペースXを立ち上げた。「気候変動をスピードダウンさせよう」と言って2003年にテスラを立ち上げた。こうした壮大なビジョンは、ある程度は本気だと筆者は思っている。みずからが描いたビジョンの実現を目指すために、大胆な組織改革やテクノロジーの開発を推進するのが「イーロンウェイ」なのだ。
一方でトランプ次期大統領の在任期間である4年間にわたって、マスク氏との蜜月関係が続くかどうかわからない、というリスクはある。2017年に気候変動対策で両者が対立したように、何かの問題が生じて両者に亀裂が入ることはないとは言えない。そうなったときには、米中関係や米露関係などにおいて、緊張が激化するようなことも起こるかもしれない。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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