なぜM-1は国民的行事になり、紅白はオワコン視されるのか…2008年の放送を見ればわかる両番組の決定的な違い
プレジデントオンライン / 2024年12月5日 17時15分
■なぜM-1は年末の国民的行事になったのか
「年末の国民的行事」と聞いて『M-1グランプリ』を思い浮かべるひとも少なくないだろう。同じ『NHK紅白歌合戦』が近年視聴率的に苦戦する一方で、いまや年末恒例の一大イベントとしてすっかり定着した感がある。その理由はどこにあるのか? ここではオードリーが一躍ブレークした2008年にそのヒントを見つけたい。
2001年から始まった『M-1グランプリ』も、5年の中断期間をはさみつつ今年が記念すべき20回目。毎年世間の関心を広く集めるものになっている。2020年に優勝したマヂカルラブリーのネタをめぐって起こった「これは漫才か」論争など、まだ記憶に新しい。
では、「印象的だった年は?」と聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか? 多くのひとは、「笑い飯が悲願の優勝を達成した2010年」や「ミルクボーイが史上最高得点を獲得して優勝した2019年」のように、特定の芸人の名前をあげて答えるのではなかろうか。
もちろん、紛れもなく芸人は主役である。だが、それだけでは説明がつかない部分もある。
たとえば、『NHK紅白歌合戦』は、かつてなぜ70%や80%を超える驚異的な視聴率をあげることができたのか? その理由は、特定のヒット曲や特定の歌手の人気だけではないだろう。男女対抗形式が生み出す特別な熱気、応援合戦やゲストなど豪華なショー的楽しさ、さらには大晦日ならではの高揚感といった要因もあったはずだ。
■歴代最高視聴率を記録した年
つまり、そこにはテレビ番組としての面白さがあった。それは、『M-1グランプリ』も同じ。そういうわけで、ここではM-1を単なる漫才コンテストとしてだけでなく、ひとつのテレビ番組として、その魅力の本質を探ってみたい。
そこで注目したいのが、2008年である。
M-1の視聴率は、例年関東よりも関西のほうが高い。令和ロマンが優勝した2023年は、関東が21.4%、関西が28.0%(いずれも世帯視聴率。ビデオリサーチ調べ。以下同じ)だった。元々M-1が吉本興業のプロジェクトとして始まったこと、関西では漫才の人気が格別に高いことなどもあるのだろう。
では歴代最高視聴率はどの年かというと、実は関東、関西ともに2008年になる。関東が23.7%、関西が35.0%を記録。この年の優勝はNON STYLE、最終決戦進出の残り2組がオードリーとナイツだった。
■テレビ番組としての面白さの源とは
エントリーしたのは史上最高(当時)の4489組。何度かの予選を経て決勝進出8組が決定した。当日の出番順にダイアン、笑い飯、モンスターエンジン、ナイツ、U字工事、ザ・パンチ、NON STYLE、キングコングという顔ぶれである。
審査員は、島田紳助、松本人志、上沼恵美子、渡辺正行、オール巨人、大竹まこと、中田カウスの7人。司会は今田耕司と上戸彩。上戸は、この年が司会者として初登場だった。
『M-1グランプリ』のルールにおける最大の特徴は、敗者復活戦のシステム(2002年の第2回から導入)だろう。コンビ結成10年(あるいは15年)以内という出場条件も時にドラマを生むが、なんといっても敗者復活による下剋上が起こるかどうかがテレビ番組としての面白さの源になっている。
しかも前年の2007年が、サンドウィッチマンが初めて敗者復活からの優勝を果たすという劇的な展開。2008年は、敗者復活組への注目度が俄然高まったなかでの開催でもあった。
このときの敗者復活戦会場は大井競馬場。5千人ほどの観衆がいた。参加したのは58組。特別審査員と一般審査員による合計得点で1組が選ばれる。この頃勝者は、番組本番が始まって2組目のネタが終わったところで発表されていた。
そしてこの年選ばれたのが、オードリーだった。2001年の第1回から毎年予選敗退が続き、ようやくつかんだ決勝への切符である。
若林正恭は、ピンクのベストにべったり固めた七三分けという春日俊彰をフィーチャーした“キャラ漫才”は選ばれないという情報も事前に出回り、半ばあきらめていたという。だから当日は大井競馬場まで原付バイクで行っていた。そのまま、六本木のテレビ朝日に向かうことになるとは思ってもいなかったのである(『オードリーのオールナイトニッポン』)。
■「敗者復活組がトリ」の効果
M-1では、出番の差が結果を左右すると言われる。
特に「トップバッターは不利」は定説のようになっている。審査員が後々のことを考えて、最初はあまり高得点を出さないというわけである。ただ第1回優勝の中川家はトップバッターだった。しかし、その後トップバッターからの優勝パターンは途絶え、2023年の令和ロマンが久々にそれを達成して話題になった。
2008年のトップバッターはダイアン。いまや東京に進出してテレビでも売れっ子の彼らだが、このときは大阪を拠点にしていた。2007年も決勝進出し、実力は十分。だが上位3組による最終決戦には残念ながら進めなかった。
一方、敗者復活組のオードリーは9組目。つまり、トリである。
大井競馬場からテレビ朝日までの移動時間がかかるという理由はあるものの、敗者復活組は一度敗退したわけなので恵まれすぎと思われても仕方ない。公平を期すために、2017年からは笑神籤(えみくじ)でその都度出番が決まるシステムになった。
だが2008年はまだ、自動的に敗者復活組はトリ。そのことがオードリーの登場をよりドラマチックにしていた。敗者復活という新鮮なインパクトとトリという出番が醸し出す真打ち感という両方のおいしいとこ取りである。
■「これが通用しないなら死ぬしかない」
そして肝心のネタも、オードリーは斬新だった。
漫才の基本は、ボケ役とツッコミ役の丁々発止の応酬。この年優勝したNON STYLEも、そんな正統派漫才の流れを汲む。NON STYLEの石田明は、近著『答え合わせ』でもわかるように漫才界きっての理論派でもある。
この日1本目のネタは「人命救助」。溺れている少年を助けて救急車を呼ぶという設定で、役の設定から時々脱線しつつ石田のボケと井上裕介のツッコミがテンポ良く展開する。島田紳助からは、「2人とも上手い!」と高評価。上沼恵美子も「(ネタじゃない)フリートークはあんまり面白くない」と軽く毒を交えながらも、2人の漫才を称賛した。
オードリーはと言うと、ある意味その正反対。若林と春日の掛け合いはずっとずれている。いわゆる「ズレ漫才」である。
決勝1本目に披露したのが「部屋探し」のネタ。いまのアパートには風呂がないと若林が言うと、春日が「屋根もねえだろ!」とツッコむ。若林は、それだと雨が降るとザアザア入ってくると引き取り、「俺んちはダムかよ!」とツッコみ返す。その時点では、春日は無表情でまったく反応しない。ところが、ほかの話題のやり取りがひと段落したところで、「オイ、さっきのダムの話はどうなった?」と唐突に蒸し返す。そのずれに見ている側は不意を突かれ、思わず笑ってしまう。
若林は、「このズレ漫才が世の中に通用しなかったら、辞めるしかない、死ぬしかないって思ってた」と後に『オールナイトニッポン』でも吐露している。賭けていたのである。その思いが通じ、1回目はトップで最終決戦に進出。最後は惜しくも準優勝ながら、堂々たる成績を残したのだった。
■王者に必要なのは「伝統」と「革新」と…
このように既成の漫才に新たなアイデアを盛り込もうとしたのは、オードリーだけではない。
3位になったナイツの「ヤホー漫才」もそうだろう。ネットで調べたという話から始まる細かい言い間違いを駆使したネタで、このときは宮崎駿とSMAPのネタ。通常のボケとツッコミというよりは、塙宣之が一定のリズムとトーンで延々とボケ続け、そこに土屋伸之のツッコミが合いの手のように入るスタイルである。
決勝の常連でこの年は4位だった笑い飯も「ダブルボケ」のスタイルで有名になった。ボケとツッコミがめまぐるしく交代し、役割が固定されていない。2009年のM-1で披露した「鳥人」というネタを島田紳助が絶賛して満点の100点をつけたことはいまでも語り草だ。
伝統と革新。こうしたM-1の二面性を象徴する存在が、審査員のダウンタウン・松本人志だった。
ダウンタウンの漫才そのものに、伝統的な部分と革新的な部分の両面がある。多くの若手漫才師たちはダウンタウンの革新的な部分に心酔し、当人の目の前で自分たちが考えた新しい漫才をやろうとした。その結果M-1は、漫才というシステムをめぐる発明競争の様相を呈した。
ただオードリーの場合、春日という稀有なキャラクターがいたのも大きかった。インタビューではすかさず「トゥース!」をやり、最終決戦後のインタビューでもあの七三に構えた立ち方を崩すことなく、賞金1000万円の話になると「もう大好きでもう」とお金大好きキャラもまったくぶれなかった。
M-1にはテレビで売れるためのオーディションという側面もあるが、そちらでもオードリーには春日という強力な武器があったわけである。やがて若林のほうもバラエティMCとして台頭。オードリーは屈指の売れっ子になっていく。
■紅白が高視聴率だった「3つのS」
芸人たちの人生を賭けた真剣勝負。それがM-1の根幹であるのは間違いない。ただそれだけなら、似たような漫才コンテストはほかにもある。それなのに、なぜM-1だけがこれほどの突出した人気と地位を獲得できたのか?
開催時期が年末という1年の締め括りのタイミングということもあるだろう。そしてそれに加えてひとつ思い浮かぶのが、「スポーツ」という要素である。『M-1グランプリ』は、漫才という競技の大会を伝える“スポーツ中継”の一種と言える。
パフォーマンスを上げるためにネタ合わせという名の練習を何度も繰り返し、さらに従来にない漫才システムという新しい技を考え続ける芸人たちのストイックな姿がもはやアスリートのようだということもある。
だがそれだけではない。M-1という大会そのものが漫才をスポーツのように見せる仕掛けに満ちている。敗者復活のシステムもそうだろうし、出番がもたらす勝負の綾もそうだろう。さらに1本目と2本目のネタのチョイスによる明暗など、実力以外に運や戦略が物を言うところも多い。それもまたスポーツ的だ。
実は、スポーツ中継という要素はかつての『紅白』にもあった。番組の「3つのS」というコンセプトがあり、そのなかに「スポーツ(sports)」が入っていた(ちなみに残りの「S」は「セックス(sex)」と「スピード(speed)」。それぞれ男女対抗とスピーディな演出を指している)。
■M-1グランプリと紅白の勢いの違い
昭和の『紅白』では、歌手たちの入場行進や選手宣誓があり、NHKのスポーツアナウンサーによる実況もあった。男女対抗による歌の真剣勝負をスポーツに見立てていたのである。
そう考えれば、スポーツ中継の要素を上手に取り込むことは、テレビ番組が人気を獲得するうえでの鉄則だとも言える。実際、テレビの視聴率全体が低下傾向にある現在も、サッカーワールドカップやWBCなどスポーツのビッグイベントの生中継は依然として高視聴率だ。
ただ『紅白』に関しては、回を重ねるにつれてスポーツ的な要素は薄れた。近年は、いちおう男女対抗形式ではあるが、勝負であることをほとんど強調しない。むろん選手宣誓やアナウンサーによる実況もない。
それに比べ、『M-1グランプリ』においては漫才の基本は昔から変わらず、世代を問わず誰でも楽しめる部分は多い。そのうえでの真剣勝負とそれを盛り上げる多彩な仕掛け。それが両番組の現在の勢いの差になっていると言えるかもしれない。
あまりに真剣勝負化が進むと、気軽に楽しむ娯楽という漫才のもう一方の良さが失われる可能性もある。だが、スポーツでよく言う「筋書きのないドラマ」のスリル感をいま最も味わわせてくれるテレビ番組が『M-1グランプリ』であるのは間違いない。
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社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)
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