「テレビ復帰は絶望的」は大した問題ではない…ダウンタウン松本人志に残された芸人として生きる"唯一の道"
プレジデントオンライン / 2024年12月4日 7時15分
■松本人志氏はテレビに復帰ができるのか
2024年11月8日、お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志氏は、「週刊文春」が報じた女性への性加害に関する記事をめぐる名誉毀損の訴えを取り下げた。松本氏は「女性のなかで不快な思いをしたり心を痛めたりした方がいれば、率直におわび申し上げます」とコメントを発表した。
意気揚々とした「事実無根なので闘います」という当初の勢いからはずいぶんとトーンダウンした感があるが、これらの顛末に関してはさまざまなサイトで憶測が飛び交っている。もちろん、もし性加害が本当におこなわれたのであればそれは許されるべきではないし、そういった疑惑を先に晴らすのが筋であることも正論だ。
それらを大前提にしながら、この論考においては、私のテレビ局時代の暗黙知を踏まえ、先行事例やテレビの慣習、構造論などから、「松本人志氏は復帰ができるのか」というテーマに絞って分析をおこなってみたい。
結論から言ってしまおう。松本氏の「復帰は難しい」。そう断言する理由は、3つある。
2.「テレビ局」の横並び主義
3.「事務所」と「タレント」との関係値
まず、1.の「テレビ局」「事務所」「スポンサー」三者の自浄作用についてだが、この観点からの考察の際に参考になるのは、ジャニーズ性加害問題である。昨年3月にBBCによって告発番組が公表され、同年9月に旧ジャニーズ事務所が性加害の存在を認めた。そのときの対応の遅れによって、「テレビ局」「事務所」「スポンサー」の三者は社会から多くのバッシングを浴びた。
■スポンサーの敏感な反応に追随した
特にテレビ局は、旧ジャニーズ事務所のタレントが大量に出演するCMに忖度し過ぎて、対応が後手に回った。「視聴者感情」よりも「スポンサーの顔色」をうかがったのだ。皆さんは、テレビ局は視聴者のために番組を作り放送していると考えているかもしれない。しかし、そうではない。もちろん「視聴者が見たがる番組」を作ることを目的にしている。だが、それは「視聴者のため」ではない。CM枠を買ってくれるスポンサーのためである。
ジャニーズ性加害問題のときと違って、今回の松本氏の疑惑に対するテレビ局の対応は比較的早かった。だが、それはテレビが前回の失敗を反省したからではない。スポンサーの敏感な反応に追随したからに過ぎない。
「文春オンライン」(2023年12月26日)で松本氏に関する報道が始まるやいなや、直後の「人志松本の酒のツマミになる話 2時間スペシャルin福岡」では提供スポンサーの表示が消え、CMがACジャパンのものに差し替わった。テレビ局というのは、スポンサーに頭が上がらない。CM枠を買ってくれる大事なお客様だからである。そのスポンサーが松本氏を排除したため、仕方なく「トカゲのしっぽ切り」をおこなわざるを得なくなったのだ。
同じく、事務所・吉本興業の反応も早かった。当初は松本氏に同調するかたちで「当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものです」と表明していたが、およそ2週間後の2024年1月8日には松本氏の芸能活動休止を発表していた。この「変わり身の早さ」の理由については、後述する。
■「スポンサー第一主義」の民放各局
「活動休止」電撃発表を受けて、松本氏が出演する番組を抱える各局は大騒ぎとなった。主には、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」「ダウンタウンDX」(ともに日本テレビ系)、「クレイジージャーニー」「水曜日のダウンタウン」(ともにTBS系)、「人志松本の酒のツマミになる話」「まつもtoなかい」(ともにフジテレビ系)、「探偵!ナイトスクープ」(朝日放送)の7本のレギュラー番組である。
しかし、そんなとき、在京民放のなかでただ一局、「うちには影響なし!」と断言していたのがテレビ東京であった。テレ東には松本人志氏のレギュラー番組はない。それどころか、松本氏はテレ東の番組に一度も出演したことがない。当時、著者がこの件についてテレ東の番組制作関係者に取材をしたところ、「うちには関係ないですから、逆に気が楽です」と話した。
以上のように、ジャニーズ性加害問題を経て、タレント不祥事の対応において痛い目にあった「テレビ局」「事務所」「スポンサー」の三者は、松本氏のおりには、ある種の「自浄作用」を働かせることができた。そして10カ月経ったいまでも、スポンサーはCMなどへの松本氏の再起用を解禁してはいない。
それはそうだろう。イメージを第一に考える広告の世界では、「疑惑」とはいえ、今回のような「性的なスキャンダル」のイメージは悪過ぎるからだ。したがって、「スポンサー第一主義」の民放テレビ局において、当分の間は松本氏の復帰は無理だと言わざるを得ない。
■「他局を叩くようなインタビューは流せない」
そして2つ目の「テレビ局の横並び主義」だが、これは以前から私が指摘しているテレビ局の「構造的欠陥」と呼べるものである。テレビ局は、ほかの局より「突出」することを嫌がる傾向にある。報道においても「うちの局が最初に情報を出さなくてもいいのでは?」と忖度し、ほかの局が発言し始めてから“安心して”ニュースを流す。
また、他局の不祥事やミスを取り上げたり批判したりすることは、「自主規制」する。これはドラマ「セクシー田中さん」問題のときに顕著だった。日テレの汚点とも言えるこの件を、他局はニュースですら扱おうとはしなかった。
私はある局のニュース番組からこの件に関してインタビューを受け、撮影までおこなった。だが、直前でカットになった。ニュースは当日の進行具合によってカットになる内容もある。そう納得していたが、番組担当者が「上層部から『他局を叩くようなインタビューは流せない』と言われた」と打ち明けてくれた。また、ある生放送のトーク番組でこの問題を取り上げるので出演してほしいという依頼があった。これも直前に中止になった。説明は「上層部が時期尚早と判断した」とのことだった。
このような「横並び主義」にあるなかで、他局に先駆けて松本氏を起用しようとするテレビ局は皆無だろう。もし現場のクリエイターがそうしたいと考えても、必ず上層部が「待った」をかけるに違いない。そこには、倫理的な理由というよりも上記のようなテレビ局の構造的欠陥とも呼べる自制作用が働いているからだ。
■旧ジャニーズ事務所と異なる吉本興業と松本氏の「力関係」
そして3つ目の「事務所とタレントとの関係値」だが、これは旧ジャニーズ事務所との比較によって明確にその輪郭が見えてくる。性加害をおこなった当事者であるジャニー喜多川氏は、事務所の創業者だ。それに対して松本氏は、吉本への貢献度が高いとはいえ、事務所と契約している単なる所属タレントのひとりに過ぎない。
だが、いまの吉本には松本氏に歯向かうことができる者はいない。社長の岡本昭彦氏や副社長の藤原寛副氏はかつてダウンタウンのマネージャーであった。そのおかげで今の地位まで登りつめたと言われている。それが、「文春オンライン」が松本氏をめぐる報道を始めた当初に、事務所が松本氏を擁護するようなコメントを出した理由である。
だが、その後、年が明けた1月8日に吉本の対応は急変する。松本氏の芸能活動休止を急遽発表し、同月24日には「私的行為とはいえ、当社所属タレントらがかかわったとされる会合に参加された複数の女性が精神的苦痛を被っていたとされる旨の記事に接し、当社としては、真摯に対応すべき問題であると認識しております」というコメントをHPで発表した。また、「コンプライアンスアドバイザーの助言」や「外部弁護士」を交えた「聞き取り調査」によって「事実確認」をおこなうことを公言している。この激変ぶりはなぜか。
吉本興業(正式名称:吉本興業ホールディングス株式会社)の株主の多くは、民放テレビ局だ。2009年に吉本が上場廃止を決定した際に、在京・在阪の民放各局が株主になった。会社の所有者であるテレビ局の意向は絶対的であり、同時にテレビ局は吉本を監督する責任がある。
事務所の立ち位置が「松本氏寄り」からそうではない方向に向かったのは、スポンサーを気にするテレビ局からの物言いが入ったからだと私は推察している。「事務所」と「タレント」との関係値、つまり吉本と松本氏の間の「力関係」に変化が起こり、パワーバランスが崩れたのだ。この現象も、松本氏の復帰を困難にしている理由のひとつとなっている。
■芸人として生きる道
松本氏を含むダウンタウンが、いまだに大阪・関西万博のアンバサダーを務めていることには、多くの批判が寄せられている。そんななか、「年明け復帰説」もまことしやかに語られている。しかし、これまで述べてきたような理由で、やはり松本人志氏の「復帰は難しい」と言わざるを得ない。
「探偵!ナイトスクープ」で復帰するかと一時期は騒がれたが、11月1日放送の西田敏行氏追悼回の番組内に西田氏から松本氏に局長役を交代するシーンが流れたことに対して、苦情や抗議が寄せられた。同番組の制作は朝日放送だ。
もちろん、朝日放送は吉本の株主会社のひとつである。同局は、松本氏によって支えられ絶大な人気を誇ってきた「M-1グランプリ」も制作している。この出来事によって、最後の「頼みの綱」であった在阪テレビ局番組での復帰という道も閉ざされることとなった。
だが、そもそも松本氏は地上波テレビに復帰したいとか、復帰できると思っているのだろうか。それだけの価値が、今のテレビにあるのか。
私は、松本氏は自分のテレビでの復帰は難しいと十分にわかっていると考えている。また、「テレビに復帰したい」という思いもそんなに強くないと感じている。いまのテレビにはそんなに「うま味」はないからだ。そんな人物に対しては「生殺与奪の権」は効果がない。
そして「復帰は難しい」とはいうものの、「まったくゼロではない」と私は分析している。吉本も訴訟取り下げを受けて、活動再開について「関係各所と相談の上、決まり次第、お知らせさせていただきます」という前向きなコメントを出している。バッシングを受けるのがわかっていながらこのような発言をすることの裏には、「稼ぎ頭」の松本を一日も早く稼働させたいという思惑が隠されている。
■かつてテレビは芸能人の「生殺与奪の権」を握っていたが…
私は、松本氏復帰の唯一の場は「配信」だと考えている。その可能性を実証してゆきたい。松本氏の復帰が難しいのは、地上波に限ったことだ。「性加害疑惑」という醜聞を気にするスポンサーの存在があるからである。ならば、スポンサーがいない土俵でなら相撲が取れるのではないか。そんな発想から浮上したのが、「なんばグランド花月(NGK)」での復帰説である。
この可能性もないわけではないだろう。だが、プライドの高い松本氏のこれまでの行動パターンから考えても、起死回生の起爆剤とまでにはならない中途半端な復帰劇は考えにくい。「派手にぶち上げたい」と考えるなら、配信はそういった狙いにぴったりのステージなのだ。
私は過去にこのプレジデントオンラインで、番組のアイデアやコンセプト、構成、ノウハウをひとつの「フォーマット=かたち」として海外に売る「フォーマットセールス(フォーマット販売)」にテレビ局が力を入れているという分析をおこなった。そしてこのビジネスの「最前線」とも言えるのが、カンヌ映画祭で知られる南仏のカンヌで毎秋開催されている「MIPCOM(Marche Internationale des Programmes Communication)」という世界110カ国、1万人以上のメディア関係者が参加する世界最大級のテレビ・映像コンテンツの国際流通マーケットであることにも言及した。
吉本興業はこのMIPCOMにブースを出展している。さらに、岡本社長自ら現地入りし、開催初日に基調講演をおこなうほどの力の入れようだ。その目的は何か。その答えに、松本氏復活の道筋がある。
■「松本人志の才能あっての作品のヒット」
岡本社長の目的は、Amazonプライムビデオが配信している「HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル(略称:ドキュメンタル)」を売り込むことだった。「ドキュメンタル」は、「LOL: Last One Laughing」のタイトルでメキシコを皮切りにオーストラリア、ドイツ、イタリア、スペイン、フランス、ブラジル、カナダなど世界25以上の国と地域でフォーマットセールスされている。
講演では、制作のきっかけや成功の理由などについて熱く語り、宣伝展開をおこなった。「ドキュメンタル」のようなSVOD発のフォーマットセールスは、今後、テレビ局にとって強力なライバルとなってゆく。その反面、吉本のような制作会社にとっては「ドル箱」であり、重要な戦略となる。
しかも、配信にはスポンサーは存在しない。「テレビ局」「事務所」「スポンサー」という三者のパワーバランス外にある「ファン」の支持があれば安泰だ。松本人志氏のファン層は、ビートたけし氏のそれと似ていると言われる。嫌いな人も多いが、その分“熱狂的な”ファンも多い。そんなファンの支持さえ得られれば、復活も可能性が高くなる。
私が確信する理由は、もうひとつある。タイミングの良さだ。松本氏が「週刊文春」への訴訟を取り下げたのは11月8日。その2週間ほど前の10月20日に、岡本社長はカンヌのMIPCOMで松本氏の「ドキュメンタル」を世界に向けてアピールしている。あたかも訴訟取り下げを見越していたかのようだ。
「松本人志の才能あっての作品のヒット。僕らは何の迷いもなく、ますます広がっていければいいと思っています」
■「告訴取り下げ」でつかんだもの
岡本社長が現場で述べたその言葉は、バックアップを確約するものであると言っていい。吉本は、松本氏の世界的な人気を配信上で示し、日本国内に周知させようとしている。そして、世論が「やはり松本の才能はすごい」と再認識したところで、テレビへの復帰を画策しているのではないだろうか。
それが、訴訟取り下げの際の「関係各所と相談の上、決まり次第、お知らせさせていただきます」という前向きなコメントにも表れている。
だが、このプランには大きな問題がある。日本では「ドキュメンタル」はシーズン13までが配信されている。しかし、配信直後の2024年1月に松本氏の芸能活動休止が発表されたため、以降は更新されていない。過去作に頼るのには限界がある。一刻も早く更新したい。そういった焦りもあるだろう。「配信」というステージに残された唯一の道を松本人志氏と吉本興業がどう歩んでゆくのか。目が離せない。
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元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授
1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)、『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
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(元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授 田淵 俊彦)
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