なぜ"災害に弱い場所"に家を買う人が増えているのか…人口増加が顕著な「浸水リスクが高いエリア」
プレジデントオンライン / 2024年12月13日 6時15分
※本稿は、野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■浸水ハザードがあるエリアで28.9万人増加
狭くても利便性が高いエリアに住むことを望む人がいる一方で、狭い住宅で我慢するよりも、もっと広い新築住宅にゆったり住みたいと考える子育て世帯も多いことでしょう。そして、いろいろな街に視野を広げて、手に届く価格帯で探していくと、地価が安めのエリアも選択肢となってくるでしょう。
ただ、こうした地価が安いエリアは、往々にして浸水リスクが高いエリアでもあります。
実際に、浸水リスクが高いエリアで人口が増加しています。筆者が「NHK全国ハザードマップ」(2022年5月末時点)、および国勢調査などのデータをもとに分析したところ、日本が人口減少局面に突入した2010年から2020年までの間に都市計画区域(都市計画法による土地利用規制等を行う地域)では、浸水想定がないエリア(内水氾濫は含まず)の人口は71.9万人減少しているにもかかわらず、浸水ハザードがあるエリアでは合計で28.9万人増加しているという結果が明らかとなりました(図表1)。特に、2階に避難したとしても浸水してしまうという3m以上の浸水ハザードがあるエリアでは、6.4万人の増加となっていました。
■古くからある街では空き家が増えているものの…
なお、「浸水想定がない」というのは、必ずしも「内水氾濫も含めて浸水リスクがない」という意味ではありませんが、本分析で使用した浸水想定区域のデータは、2022年5月時点で法律で浸水想定の策定が義務付けられていた1322河川に加え、都道府県が独自で公表していた河川も含まれていることから、主要な河川の浸水想定はおおむね入ったデータで分析した結果と言えます。
浸水想定がないエリアなら、住みたいと思う人が多そうなのに、なぜ人口が減少しているのでしょうか。
それは、古くからある市街地や集落は、先人の知恵もあり、もともと地形的に浸水リスクが低い微高地などを中心にしたところが多いのですが、こうした古くからの街では住民の高齢化で人口減少が進行しているからです。また、大都市では、計画的に整備された浸水リスクが低い郊外の住宅地なども高齢化で人口減少の著しいところが多くなっていることも関係しています。
こうした古くからある街は空き家も増えているため、空き家を活用したり、建て替えたりすれば、浸水リスクが低いエリアの住民を増やすことも可能だと考えられがちです。しかし、遺品や気持ちの整理ができていない、相続でもめている、何から手をつけてよいかわからないといった事情を抱えた所有者が多く、空き家のままとりあえず置いておくケースが多いのです。その結果、その街に住みたいという人たちがいても、新たに人口の流入する余地がなかなか生み出されていかないのです。
■江東5区など大都市部での顕著な人口増
一方で、浸水リスクが高いエリアで人口が増加したのは、例えば江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)など浸水リスクの高い低地に広がる大都市部で人口が増えたことが要因です。そこで、浸水リスクが高いにもかかわらず、どのような自治体で人口が増加したのかを分析しました(図表2)。
その結果、全国的に見て3m以上の浸水想定エリア(想定最大規模)で人口増が顕著な自治体の上位10のうち、台東区、江戸川区、足立区、北区、江東区、川口市、戸田市と、7つが利根川・荒川流域に広がる低地に位置する自治体となっていました。
利根川や荒川流域には、「江東デルタ地帯」といわれるエリアを中心に海抜ゼロメートルの低地が広範囲に広がっているため、それぞれの自治体区域の大半を3m以上の浸水想定エリアが占めているのです。
■工場や物流倉庫があった土地がマンションに
昔と今の航空地図を比較してみると、昔は工場や物流倉庫などがあった土地がマンションに変わっているところが多く見られます。つまり、時代とともに、工場や物流施設が海外や他地域に移転したり、廃業したりすることによって、多くの跡地が創出されてきた地域なのです。工場や物流施設はトラック輸送が基本であるため、道路網は重点的に整備されてきましたが、鉄道網はそこまで整備されてこなかったこともあり、比較的地価が安いところが多いと言えます。こうした跡地で多くのマンションが建設されていった結果、浸水リスクが高いエリアで人口が増加しているのです。
ここで浸水リスクが高い江東デルタ地帯において、なぜ新しい開発を規制できないのかという疑問が生じます。その理由は、農地エリア等に指定されていることが多い市街化調整区域とは異なり、江東デルタ地帯には、すでに人口密度の高い市街化区域(都市計画法で市街化を促進すべき区域)が連なり、人口規模も極めて大きいため、浸水リスクが高いからといって、新規の開発を大幅に抑制することが現実的に難しいからです。特に、日本では、私権の制限には高いハードルがあります。例えば、新たな開発を規制する区域を指定しようとすると、その区域指定の根拠となる浸水想定区域の技術的な精度が問われることになります。
■人口増加に見合う防災対策をいかに行うか
また、近年、数十年に一度・100年に一度と言われるレベルの大雨が毎年のように全国各地で発生するようになっていますが、その頻度が、それぞれの地域でどの程度かということを想定するのは非常に困難です。そのため、浸水リスクが高いというだけで、住宅の建設を禁止することは日本の法制度上、なかなか難しいのが現状です。
とはいえ、河川改修や堤防整備などハードの整備を進めるには長い時間がかかりますし、水はどうしても低い方へ流れていくため、更に想定外の雨量が降った場合、大きな被害の出ることが懸念されます。そのため、こうしたエリアに対しては、人口増加に見合う防災対策をいかに行っていくかが重要となります。事前避難の体制づくりや受け入れ先の確保を具体的に進めるだけでなく、今後の新規開発においても垂直避難を可能とするスペースを各建物で確保できるようにするための誘導策や、長期間浸水が継続する事態についての具体的な対策の決定を加速していくことが必要不可欠です。
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明治大学政治経済学部教授
兵庫県生まれ。大阪大学大学院工学研究科修士課程修了後、民間企業にて開発計画業務等に従事。その後、東京大学大学院都市工学専攻に入学。2002年博士(工学)取得。東京大学先端科学技術研究センター特任助手、東洋大学理工学部建築学科教授等を経て、2020年度より現職。専門は都市政策・住宅政策。2024年現在、日本都市計画学会理事、公益財団法人 都市計画協会理事。国・自治体の都市政策・住宅政策に関わる多数の委員を務める。主な著書に『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書)、共著で『都市計画の構造転換』(鹿島出版会)、『人口減少時代の再開発 「沈む街」と「浮かぶ街」』(NHK出版新書)などがある。
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(明治大学政治経済学部教授 野澤 千絵)
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