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地震に弱いマンションも"ビンテージ"として売れてしまう…「家が高すぎる」東京で起きている危機的な事態

プレジデントオンライン / 2024年12月15日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imaginima

東京のマンションが高い。中古マンションでも一般的な世帯には入手が困難なほどだ。明治大学政治経済学部教授の野澤千絵さんは「耐震診断の結果、大規模な地震で倒壊する危険性が高いとされたにもかかわらず、耐震補強工事をしていない旧耐震基準のマンションまで、東京23区であれば、“ビンテージマンション”などと称して、それなりの価格で売れるようになってしまっている」という――。

※本稿は、野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「都市化」しきったことによる開発余地の減少

新築マンションの数が少なくなった要因には、「開発余地」が減少していることがあります。つまり、時代を経るとともに都市化しきってしまい、マンション建設に適したまとまった敷地規模が少なくなったということです。

これまでは東京23区などでも、1980年代以降からの産業構造の変化や工場等の相次ぐ海外移転により、大規模な開発のできる跡地が生まれていました。しかし、バブル崩壊で不良債権となった多くの土地の開発も一巡し、大規模な跡地やマンション用地になるような敷地規模の空き地等は開発しつくされ、現在の都市部はいわば都市化しきった状況となっているわけです。特に、インバウンドや円安を背景に、ホテル用地などの需要が増えたことで、住宅以外の用途のための土地取得と競合し、それによりさらに地価が高騰し、マンション用地の確保が難しくなっていることもあります。

古い建物が建っていた土地を活用するケースや、隣り合った土地を共同化して新築マンションを建てるケースもありますが、その場合、古い建物を解体するためのコストや共同化するための合意形成、権利関係の整理に要するコストなどが必要になります。そして、開発余地を生み出すためのこうしたコストがプラスされることも、新築マンションの価格を押し上げる要因の一つとなっています。

■都内各地で行われている市街地再開発事業

つまり、手を出しやすい土地が開発しつくされた今は、既存の建物がある土地をターゲットにして開発余地を生み出さざるを得ない時代になったと捉えることができます。

実際に、東京都都市整備局の「東京の土地(土地関係資料集)」によると、東京23区における2000平方メートル以上の土地売買件数は、2007年から2011年の5年間の平均で289件でしたが、2012年から大幅に減少し、ここ5年(2018年から2022年)の平均は72件にまで減少しています。

このように時代とともに開発余地が少なくなっていることもあり、都内各地で市街地再開発事業がさかんに行われるようになりました。そして、そこでは必ずといっていいほど、タワーマンションが建設され、多くの住宅が供給されています。にもかかわらず、住宅の入手困難化・高コスト化は進んでいます。なぜ、このような状況になっているのかは本書の第3章で詳細に述べたいと思います。

ちなみに、これまでマンション建設が首都圏ほど旺盛ではなかった地方都市では、むしろ2021年頃からは微増・維持となっています。これは近年、地方の主要都市でも、1棟建つだけで住宅供給戸数にインパクトがあるタワーマンションが建設されるようになったことも関係しているものと考えられます。

■中古マンションでも一般的な世帯には躊躇するレベル

新築マンション価格の上昇に伴って、中古マンション価格も顕著に上昇しています(図表1)。

【図表1】中古マンションの成約平方メートル単価の推移(各年2月)
出所=『2030-2040年 日本の土地と住宅』

2024年2月の中古マンションの平均成約価格(平方メートル単価)は、10年前に比べて、東京都と大阪府は2倍となっていました。また、データの制約上、2018年2月との比較になりますが、福岡県は1.5倍、北海道は1.3倍となっていました。

ファミリータイプの70平方メートルとして2024年2月の成約単価で換算すると、東京都での価格は6990万円となり、中古マンションであっても一般的な世帯が手を出すには躊躇するレベルになっていることがわかります。このように、中古マンションでも入手は困難になりつつあります。

■東京都内の中古マンションの「数」は増えている

では、中古マンションも新築マンションと同じように住宅市場での流通量が少なくなっているのでしょうか。

中古マンションが住宅市場に新規に登録された件数の推移を調べてみると、東京都内はコロナ禍で一時的に減少しましたが、その後、回復傾向に転じています。中古マンションの新規登録の数は、10年前に比べてむしろ増えているのです。東京都だけでなく、横浜市・川崎市・さいたま市・千葉総武(市川市・船橋市・鎌ケ谷市・浦安市・習志野市・八千代市)も同じ傾向にあり、10年前に比べて中古マンションの新規登録件数は同等、あるいは微増となっています。

このように、中古マンションは、新築マンションとは異なり、住宅市場に流通する「数」は減少しているわけではありません。にもかかわらず、中古マンションの平均成約価格が上昇しているのは、新築マンションの供給数が少なく、かつ価格があまりにも高騰して手を出せる状況にない中で、住宅を購入しようという人たちの目が、以前よりも大幅に中古市場の方に向いたことも大きいと考えられます。

■旧耐震基準のマンションが“ビンテージマンション”として売れている

中古マンションまで価格が上昇しているとなると、どうしても少しでも価格が安めの物件に目が向きがちです。ここで、筆者が問題視しているのは、東京23区であれば旧耐震基準のマンションが、“ビンテージマンション”などと称され耐震補強工事をしていなくても、それなりの価格で売れている点です。

例えば、世田谷区の幹線道路沿いにある、会社名が入ったビンテージと称されるマンション(1971年築)は、耐震診断の結果、「震度6強から7に達する程度の大規模の地震の震動及び衝撃に対して倒壊し、又は崩壊する危険性が高い」とされるレベルとなっています。

少し専門的ですが、建物の耐震性の判定にはIs値、Iso値という指標が使われ、Is値がIso値以上であれば新耐震基準における耐震性能を有すると判断されます。つまり、「大規模の地震の震動及び衝撃に対して倒壊し、又は崩壊する危険性が低い」とされるのはIs/Iso値が1.0以上となるのですが、このマンションはなんとIs/Iso値が0.4程度しかありません。このマンションだけが特別な事例というわけではなく、その他にも、Is/Iso値が0.3などのマンションも複数見られ、いずれも世田谷区の資料を見る限り、耐震補強工事がなされていません。

では、このIs/Iso値が0.4程度しかないビンテージマンションの販売価格履歴を「マンションナビ」というウェブサイトで検索してみると、4480万円(下層階60平方メートル南東向き)で、最多成約期間は30日未満(30.5%)、売買価格推移として3年前からの上昇率8.2%となっていました。

このように、震度6強から7程度の大規模な地震が発生した場合、倒壊又は崩壊する危険性が高いことが判明し、かつ具体的な数値として公開されているマンションでも、世田谷区で駅から徒歩10分圏内といった立地であれば、周辺相場より若干低い価格帯で売買されているのです。

■耐震性不足であってもそれなりに売れてしまう

マンションの区分所有者も管理組合も、耐震性不足で全く売れないなどの危機的な事態となれば、今後の資産価値や売却のことも考えて耐震補強工事に向かう可能性があるでしょう。しかし、耐震性不足であっても今はそれなりに売れているため、自分たちの資金を持ち出してまで、わざわざ耐震補強工事をしようという方向には向かいにくいと考えられます。

野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)
野澤千絵『2030-2040年 日本の土地と住宅』(中公新書ラクレ)

東京都が発表した最新の被害想定によると、首都直下地震の発生確率は今後30年間で約70%とされています。中古マンションの価格も高騰している中では、耐震性よりも価格や立地が重視されがちですが、大地震で倒壊すれば資産を失いかねません。

なお、旧耐震基準の中古マンションの全てで耐震性が不足しているかというとそうではなく、耐震診断をしてみなければ、実際のところはわかりません。マンション政策としても耐震化の促進は喫緊の課題となっているため、自治体も耐震診断や耐震補強に対して様々な助成制度を用意しています。

しかし、実際に耐震診断や耐震補強工事を行うマンションの数はなかなか増えていかないのです。その理由は、「耐震診断で耐震性がないと判明すると資産価値が下がる」「耐震補強工事に多額の費用がかかる」「自分はもう高齢で年金暮らしだから出せるお金もない。自分が亡くなってからにしてほしい」など、区分所有者それぞれの様々な境遇・意見があるため、合意形成という壁に阻まれ耐震診断すらできていないところが多いのです。

■倒壊したマンションが幹線道路を塞ぐ危険性

耐震性不足のマンションについては、居住者の命や資産の問題だけではなく、災害時に倒壊したマンションが、避難や救急・消火活動、緊急物資輸送の大動脈となる幹線道路を塞いでしまう危険性があります。また、幹線道路側ではない方向に倒壊した場合には、周辺の市街地の居住者等の命や建物に危険が及ぶことになります。

筆者自身、1995年の阪神・淡路大震災を経験し、自宅マンションが半壊した経験があります。その時、何をするにも合意形成という壁が立ちはだかる被災マンションの大変さを痛感した立場からすると、不動産業界が、耐震基準を満たさず、耐震補強工事を行っていない区分所有マンションを”ビンテージ”などと称して持ち上げることに対しては、正直、大きな危機感を覚えています。

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野澤 千絵(のざわ・ちえ)
明治大学政治経済学部教授
兵庫県生まれ。大阪大学大学院工学研究科修士課程修了後、民間企業にて開発計画業務等に従事。その後、東京大学大学院都市工学専攻に入学。2002年博士(工学)取得。東京大学先端科学技術研究センター特任助手、東洋大学理工学部建築学科教授等を経て、2020年度より現職。専門は都市政策・住宅政策。2024年現在、日本都市計画学会理事、公益財団法人 都市計画協会理事。国・自治体の都市政策・住宅政策に関わる多数の委員を務める。主な著書に『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書)、共著で『都市計画の構造転換』(鹿島出版会)、『人口減少時代の再開発 「沈む街」と「浮かぶ街」』(NHK出版新書)などがある。

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(明治大学政治経済学部教授 野澤 千絵)

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