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「AO入試はバカでラクでズルい」は時代遅れ…東北大学が「筆記だけの一般入試をやめる」と宣言した本当の理由

プレジデントオンライン / 2024年12月9日 18時15分

東北大学片平キャンパス - 写真提供=東北大学

■「一芸入試」とは違う総合型選抜

東北大学は11月22日、AO(総合型選抜)入試II期の合格者を発表した。定員は全10学部合計で288人。全学部の入学定員の約12%に上る合格者が発表された。

来年2月にはAO入試III期(定員383人)が実施される。この2回のAO入試で全入学定員の約30%の学生が入学する。AO入試の入学定員は、制度を導入した2000年度入試(8.5%)から徐々に増え、2021年度以降は30%を維持している(AO入試I期は2013年度に廃止。この他に科学オリンピック入試や帰国生徒入試などがある)。

文部科学省の調べによると、これから始まる2025年度入試の国立大学の平均AO入試比率は7.9%に過ぎない。学校推薦型選抜13.4%を加えても、21.3%である。東北大学は学校推薦型選抜を全学部でやめており、AO入試だけで30%を占めるというのは国立大学では飛び抜けた水準だ。

AO入試は、最近は「総合型選抜」と呼ぶことが多い。ひところ話題になった「一芸入試」とは異なる。

大学独自の筆記試験や大学入学共通テストの結果などで一定程度の学力があると評価した受験生に対し、志願理由や高校時代の活動報告を踏まえて面接などを実施する。そうした総合的な結果から、学ぶ力や意欲を判断して合否を決める選抜方法である。

筆記試験が優秀なだけでは合格しないし、何か一つの能力に秀でているだけでも合格はしない。

■筆記試験だけで合格者を決めることへの疑問

東北大学で初めてAO入試が導入されたのは2000年度。工学部と歯学部が最初だった。

工学部で導入当初からAO入試に携わってきた滝澤博胤理事・副学長(教育・学生支援担当)は「東北大学の教育理念は国際的リーダーを育成し、世界水準の創造的な研究成果を生み出し、広く社会へ還元することです。そのためには未知の課題に挑戦する気概が必要ですが、その能力を筆記試験だけで測れるのかという根源的な問いかけがあったのです。特に工学部の場合は自分の興味を突き詰めるのも大事ですが、安全・安心で豊かな未来をつくるというのが工学の目標。そんな熱意や意欲があるかを知る必要があります」と話す。

東北大学の滝澤博胤副学長
筆者撮影
東北大学の滝澤博胤副学長 - 筆者撮影

応用化学の研究者でもある滝澤副学長は「失敗体験もとても大事だ」と指摘する。実験で失敗することは多い。そんな時に投げ出してしまうのか、何クソと別のアプローチをトライし、壁を壊していくのか――。その差が成功するか否かの分岐点である。

受験生が持つそんな潜在力は面接や高校時代の活動報告から探る以外に術はない。筆記試験の1点刻みの優劣からは知ることは難しい。

工学部と歯学部の2000年度の導入をきっかけに、理学部(2001年度)、法学部(2003年度)、経済学部(2006年度)、医学部・農学部(2007年度)、教育学部・薬学部(2008年度)、文学部(2009年度)へと、AO入試はすべての学部に広がっていった。

一方で東北大学は学校推薦型選抜をAO入試導入とともに廃止した。

「学校推薦はある意味、受験生の選抜を高校側に委ねています。あくまでも大学の理念を踏まえて東北大学が学んでほしいと思う人を選抜したいからです」(滝澤副学長)

学校推薦には高校ごとに推薦人員が決まっている。希望者が多かった場合、誰を選ぶかを決めるのは高校側の裁量である。大学側が欲しい人材を自ら選抜するということに東北大学はこだわったのだ。

東北大学オープンキャンパスの様子
写真提供=東北大学
20数年前かに始まった東北大学オープンキャンパス。今では全学部で実施している - 写真提供=東北大学

■データでわかった真実…入学後の成績はAO入試学生の方が優秀

AO入試が全学部に広がり、その比率が30%となったのは、筆記試験だけで入学した学生よりもAO入試で入学した学生の方が、入学後の成績が良いことが分かってきたからだ。

全合格者の4年間の成績を成績評価指標であるGPAで評価すると、2012年卒業以降ではすべてAO入試組が一般選抜組を上回る成績だった(図表1)。東北大学は「一般選抜とAO入試の成績には有意の差がある」(滝澤副学長)と受け止めている。

【図表1】入学後の成績(4年間のGPA):全体

そもそも入学試験の難易度はAO入試の方が高いようだ。東北大学ではAOII期、AOIII期で不合格になっても、その後の一般選抜を受験することができる。一般選抜に再チャレンジして合格する学生が毎年200人以上いるという。東北大学を第一志望にし、何とか入学したいと考える受験生が多数、最後のチャンスとして一般選抜にチャレンジしているのだ。

AO入試組は難易度の高い試験をクリアしたからその後の成績もいいのだろうか? それも一つの理由かもしれないが、滝澤副学長は別の要因を指摘する。

「入学試験の成績と卒業時の成績は昔から相関はありません。トップで入学しても卒業時にトップかというと全くそんなことはない。ただ学部の1年生終了時の成績と卒業時の成績は見事に相関があります。大学生活のスタートがしっかり切れた学生は最後まで走り切るのです」

オープンキャンパスその2
写真提供=東北大学
オープンキャンパスは高校生の興味をかきたてる - 写真提供=東北大学

■AO入試組と一般選抜組の決定的な差

AO入試組は東北大学を第一志望としていた学生たちだ。「彼らにとっては入学することがスタートになっている。一方、一般選抜組にとっては入学が一つのゴールなので、4月でまず一息をつく」と滝澤副学長。その差が1年時の成績の差となると大学側は受け止めている。

一般選抜による進学者の中には直前の模擬試験の結果から第一志望の大学から東北大学に受験校を変更した学生もいる。すべてが第一志望で入学したAO入試組と比べると入学時点での「東北大学で学びたい!」という思いの強さに差があって当然である。

だが一方で、早々と合格が決まるAO入試では4月までの間、遊び呆けるのではないかと思うが、そうはさせない仕組みを用意している。

11月末に合格が決まるAOII期の合格者は翌1月から入学前教育として英語学習を全学部で義務付けている。それに加えて工学部では数学と物理学の演習をさせる。その演習内容は入学後に1年生が勉強する内容で、入学直後に試験をし、一定の点数を取ればそこで単位が取得できる仕組みだ。

またAO入試の合格者には3月に2週間ほど海外の協定校で英語を学ぶ海外研修プログラムも用意されている。

■面接が“合否”を左右する

AO入試の合格者への東北大学のサポート態勢は、何十年も前に大学受験をした筆者にとっては驚くことばかりだ。AO入試の合否を左右するのは面接の出来不出来が大きい。例えば、AO入試III期の1次選考突破者は大学入試共通テストで一定以上の成績を収めた者で、成績分布は団子状態だという。そのため「面接の成績の差が合否を決めることが多い」(滝澤副学長)。それだけ面接の実施には、受験生が十分、力を発揮できるようにきめ細かな配慮が施されている。

工学部では同じ時間にそれぞれ1人の受験生に3人の教授らが10会場で面接すると、面接前の30分で10人の受験生の緊張をほぐす教員がいる。「面接官は3人です。まずはこんなことを聞くから思いの丈を伝えればいいんだよ。緊張しなくてもいいからね。はい、深呼吸をしようか!」などと受験生の「ほぐし役」を配置している。

面接後もフォローアップがある。面接を終えた受験生にコーヒーやお茶、お菓子を用意し、「どうだった? うまく話せたかな」「それなら良かったね」などと会話して、アフターケアをするという。

「結果的に不合格となったとしても気持ちよく帰ってもらって、再び一般選抜に挑戦しようと思ってもらいたいからです」と滝澤副学長は語る。「東北大学に入りたい」と思いを強めてもらい、入学に繋げていくという狙いがあるのだ。

東北大学の滝澤博胤副学長
筆者撮影
東北大学の滝澤博胤副学長 - 筆者撮影

■「選抜試験をすべてAOへ移行」の意図

AO入試に力を入れる東北大学は11月8日に第一号の国際卓越研究大学に認定された。国際卓越研究大学は政府が創設した10兆円規模の大学ファンドから毎年100億円ほどの資金を受け、世界最高水準の研究成果を生み出していく。

そのためには優秀な学生や教員を集めなくてはならない。国際卓越研究大学の認定申請をした際に東北大学は「選抜試験を全て総合型選抜(AO入試)へ移行する」と表明した。実施の時期は明示していないが助成期間(最長25年)の間には実現しなければならない。

滝澤副学長はAO入試の拡大は国際卓越研究大学のためには必須条件である理由をこう説明する。

「国際卓越研究大学になると留学生も増えていきます。18歳までに異なった学習をしてきた人たちが混ざり合う。朝起きて、まず祈りから1日を始める人たちもいます。全く違った発想を持っている人たちが集まることが研究には大事だと思います。同じような教育、同じような解法をずっと学んできた人ばかりでは難しい課題を解決する新しい発想は生まれないでしょう。研究大学にとって、多様性を確保することは生命線です」

■首都圏からやってくる「受験秀才」への複雑な思い

今の18歳人口は100万人台で推移しているが2040年代には80万人に減ってしまう。留学生を増やしていかないと優秀な学生を十分に確保できない事態になるだろう。東北大学には現在博士課程で30%、修士課程で17%の比率で留学生が在学しているが、学部の留学生は2%にすぎず、増やせる余地はある。

留学生を学部生としてもっと受け入れるとすれば、日本の教育課程で学んだことを前提とした大学入学共通テストのようなテストではなく、AO入試のような総合的な選抜方法にシフトせざるを得ない。留学生の増加なども含めて全体としては現在の一般選抜入試がゼロに近づいていくというのが東北大学の見立てである。

川内キャンパス
写真提供=東北大学
東北大学川内キャンパス - 写真提供=東北大学

だが足元の受験現場の傾向をみるとAO入試を増やし、多様な人材を確保するには難所もある。東京大学を含め旧帝国大学などの難関大学で入学者の東京圏出身者の比率が高まっている。小学校時代から塾に通い、中高一貫校を経て、大学に進学するという東京圏の「受験秀才」が存在感を強めているのだ。

彼らは筆記試験の強みを発揮し、一般選抜で難関大学を目指す。その一部の受験生は、合格可能な偏差値を睨みながら、東京大学など首都圏の大学から地方の難関大学へと滲み出していく様子が見てとれる。

東北大学もかつて4割を超えていた東北出身者が今では3割強に減り、関東出身者が4割に迫っている。東北大学のAO入試組が3割と多いとはいえ、依然として7割は一般選抜組である。

小さい頃から受験勉強をしてきた者たちが今の受験競争の勝ち組になるという日本社会の常識が崩れていかないとAO入試を一気に増やすことは難しい。

■「受験秀才」は本当に優秀なのか

そもそも「受験秀才」の全てが学術研究に向いているのかどうかは不確かである。すでに紹介したようにAO入試組の方が入学後の成績は一般選抜組よりも優れている。それはAO入試組が東北大学を第一志望としているため入学後の学びに対するモチベーションが高いこともあるが、複数の教員が面接することで研究者としての素質、粘りなどの潜在力を見極められるためかもしれない。

東京大学理学部のある教授は「東大の学生は確かに優秀で、3割ほどの学生は優秀な研究者になれると思う。しかし4年になって『何を研究テーマにしたいか?』と聞いても『何を研究すればいいですか?』と尋ねてくる学生が7割ほどいるので困っている」と嘆く。

与えられた課題を解くのは得意だが、未知の課題を見つけ、自ら解決していくことには苦手な学生が多いようだ。難関大学に合格した「受験秀才」の中で、自ら道を切り開いていく学生がもちろん一定程度はいるだろうが、必ずしも多くはないのが実情である。

1983年に出版された『思考の整理学』(外山滋比古著)は287万部のロング&ベストセラーだ。外山は自力で飛ぶことができる「飛行機」と風がないと飛ぶことができない「グライダー」を例えにして次のように日本の「優等生」の現実を喝破した。

優等生はグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか、ひとつ飛んでみろ、などと言われても困る。指導するものがあってのグライダーである。
グライダーとしては一流ではある学生が、卒業間際になって論文を書くことになる。これはこれまでの勉強といささか勝手がちがう。何でも自由に自分の好きなことを書いてみよ、というのが論文である。グライダーは途方にくれる。突如としてこれまでとまるで違ったことを要求されても、できるわけがない。グライダーとして優秀な学生ほどあわてる。

■「飛行機」になれる本当の「学力」を見極める

外山が40年前に指摘したグライダー型の「受験秀才」は今ではさらに増えているにちがいない。日本経済は「失われた30年」を経験し、昨今は日本の大学も国際競争力の低下が指摘される。グライダー型の受験秀才を大量に再生産してきた結果が今の苦境を招いているのではないだろうか。

1点刻みの筆記試験ですべて合否を判定することが公平な尺度なのだろうか。現実をみると比較的豊かな家庭で育った東京圏の子どもたちが幼い頃から塾通いをして、「学力」を獲得し、難関大学に受かっている。

そこで評価される「学力」は本当に未知なる難問や社会課題を解決する力に結びついているのだろうか。それは外山が言った「グライダー」を評価していただけではなかったか。東北大学のAO入試への傾倒は今こそ必要な「飛行機」になれる「学力」を見極めようとする試みだといえる。

滝澤副学長は「本当に大事なのは自分のポケットに詰まっているものはそんなに多くなくても、入っているものを組み合わせてどう答えをつくるかという力だと思います。昔の工学部の研究室では、研究室のガラクタのような装置を組み合わせて、何とかデータを取るという世界でした」と話す。そんな自力を持ち、野生味ある学生がAO入試で獲得できるなら大歓迎である。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)

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