この1台に先端技術のヒントが詰まっていた…トヨタの技能者が66年前の「初代クラウン」を復元した驚きの結果
プレジデントオンライン / 2024年12月20日 6時15分
■なぜ「復元」のために精鋭を集めるのか
最先端現場のなかに1958年に販売された初代クラウン(ラインオフは1955年)のレストア現場を取り上げた。「昔の車を修復することのどこが最先端なのか」といぶかしげに思う人もいるかもしれない。
だが、この仕事は最先端だ。60年以上も前に販売した自社製品の修復をオーソライズされた業務にしているのはトヨタだけだ。テスラやEVメーカーはもちろんのこと、歴史のある自動車会社だって、全社から熟練作業者を集めて昔の車をレストアしようとは考えない。利益が上がる仕事ではないからだ。そこに精鋭を配置することは通常の企業経営者はやらないだろう。
だが、トヨタはレストアを通じて社員を成長させようとしている。昔の開発者が持つ智慧を今後の車両開発に生かそうとしてレストア現場に全社から集めた精鋭を投入した。
昔の車にはコンピュータはない。インターネットを活用した技術も搭載されていない。各種センサー類もない。それでもさまざまな智慧を駆使して安全を担保している。そのうえで「走る」「曲がる」「止まる」という自動車の3要素を実現している。
■先端技術開発のヒントを見つけるため
昔の開発者は今の開発者とは違った発想と智慧で車を作っていた。
レストアに携わる社員たちは往時の開発者の智慧を学ぼうとしている。昔の開発者が何を考えていたのかを追体験して、発想力を鍛えようとしている。車にとって必要なものとは何かを考える機会にもなる。
何もなかった時代の人間の智慧は今後の新車開発で大いに役立つ。彼らはノスタルジーでレストアするのではなく、学ぶためにやっている。
初代クラウンの大きな特徴はドアが観音開きになっていることだ。観音開きとは仏壇の扉のようにドアが左右両開きになることをいう。クラウンだけでなく、かつて観音開きのドアを採用していた車は何車種かは存在した。
しかし、廃れていって、今ではほとんど採用されていない。「スーサイドドア(自殺ドア)」と呼ばれるほどで、後部座席でシートベルトをする習慣がなかった当時、乗員が車外に投げ出されるおそれがあったからだ。また、走行中に後部ドアが開いてしまうと風圧でドアを閉めることができないといった問題があった。
それでも初代クラウンの開発者、中村健也が観音開きのドアにしたのは人が乗り降りしやすかったからだ。
初代クラウンをレストアしながら、熟練の技術者は「もう一度、観音開きを採用しよう」と考えるわけではない。しかし、中村健也の思考の跡をたどり「人が乗り降りしやすい車の構造とは何か」を考える。
ここが重要だ。昔の車をレストアするメリットとは先端技術開発のヒントを見つけることができる点にある。
■苦労しているのに、機嫌がいい人たち
トヨタの最先端現場と言えばこれまで見てきたように自動運転、無人運転、水素、ロボット、AGVによる自動搬送、試作車、試験車の開発が該当する。いずれも最新の技術、メディアには出していない技術を使う現場のことだ。
……そう私は思いこんでいた。普通、そうだろう。最先端現場と言えばまだ実現していない最新の技術を使った現場のことだと思い込む。
しかし、事実はそれほど単純ではなかった。上記のような最先端現場に共通するのは自動運転、水素といった先端技術を扱っていることだけではなかった。最先端現場でわたしが見たのは「すごく楽しそうに苦労している姿」あるいは「頭をかきむしるような苦労の体験を楽しそうに話す人たち」がいることだったのである。
どうして、この人たちは楽しそうなのか。なぜ、これほど機嫌がいいのか。
苦労の連続になる最先端現場であればあるほど機嫌がいいのはなぜなのか。
わたしは取材しながらこのことを考え続けた。そして、最後に訪ねた初代クラウンのレストア現場でやっと答えがわかった。答えはクラウンのレストアという最先端現場について伝えてから開陳することにしたい。
■「趣味はロカビリー」レストア現場で働く技能者
レストア現場で会ったのは川岡大記。2000年に学園に入り、トヨタに入社したのは2003年。出身は静岡市。趣味はロカビリー。ロカビリーと言っても中高年がピンとくる戦後のロカビリー歌手、平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎のことではない。金髪のリーゼントとグレッチのギターをトレードマークにしているブライアン・セッツアーのファンだ。
川岡はかつてはブライアン・セッツアーに似たリーゼント風長髪だったが、今はそれがやや崩れた感じに変わっている。そして、彼の妻もまたバンドをやっている。妻はハンドパーカッション担当。西アフリカの打楽器、ジャンベなどを演奏する。
川岡は言った。
「妻がパーカッションと言うと、じゃあ叩かれるでしょと聞いてくる人がいます。野地さんは聞いてこないでしょ」
そう言われたら聞けない。
それはさておき、なぜ、学園に入ったのか。
「中学の頃から僕は自立したかった。自分のなかでは普通に高校へ行って、大学へ入ってというコースをイメージできなかった。そして、家族みんなでご飯を食べに行ったりした時、親がお金を払うことに対して僕は違和感を覚えたわけです。自分で食べるのだから、自分でお金を出したいと思っていました。
そんな考え方でしたから、中学を卒業したら、働きながら学べる企業内訓練校がいいなと思ったわけです。もうひとつ航空機専門の学校がありました。ですが、飛行機と車のどっちが好きかを考えた結果、トヨタにしたわけです」
■「もう、まるっきりアーティストですから」
「学園を卒業して配属されたのがユニット生技部。そこで技能五輪に出るためにフライス盤をやって、鉄をミクロン単位でゴリゴリ削ってました。もう本当に難しいことをやっていて、最終的には日本大会で4位相当。金メダルを目指していたけれどちょっと獲れなかったです。
金メダルを獲る人ってのはすごいんですよ。もう、まるっきりアーティストですから。頭がぶっ飛んでないとダメです。今のレストアもそうですけれど、技能五輪を目指す人たちが配属される部署って試作部門が多いかもしれません。ユニット生技だけでなく、試作部とか。押し型、プレス型のモビリティツーリング部、のような型屋さんも多い。
レストアって試作部の仕事とちょっと似ているところがあります。ですから、レストアには社内から腕利きの人間が集まっていて、それもまた楽しいです。ユニット生技の後、モノづくりエンジニアリング部で未来のモビリティに関する技術開発等、新機能をのせるとか空飛ぶ車も作ったりはしていました。モノづくりエンジニアリング部では新しい部署で、新しいことをやる部です。自分にはピッタリだと思っています」
■目的は、初代から新車を超えるクラウンを作ること
川岡が働いているのは2022年に始まった「初代クラウン・レストア・プロジェクト」だ。社内のさまざまな部署から人材を集めて元町工場でスタートしたプロジェクトで、これまでわたしが見たトヨタの現場のなかで、いちばん苦労が伴う作業を行っていた。
行われているのは修理ではない。現在ある最先端の技術を使って、昔の車を現在の新車を超えるクラウンに仕立て上げること。そのためにはかつてのトヨタ社員が作った車を分解し、ひとつひとつの構造を考え直しながら、組み立てていくことが必要になってくる。さびを落とし、へこみを打ち出し、塗装する。できあがった1958年製のトヨペット クラウンRSは元町工場の一角に置かれていたが、非常に美しいものだった。
ボディの鮮やかな水色は、当時のカタログや昔の映像を参考に再現した純正塗色の「ホリゾン・ブルー」である。水色が純正塗色だなんて、昔は美意識が高かったのか、それとも余裕があったのか。置かれていたクラウンを見ると、セピア色の昭和の町を走る映像が目に浮かぶ。
川岡がこのプロジェクトに呼ばれたのは旧車ばかり乗っていたからだという。
「今は1975年のスプリンタートレノに乗って通勤しています。入社以来、ずっと旧車に乗っていました。それで呼ばれたのですが、ほんと嬉しかった。ここにいる仲間もまた同じだと思います。僕らは車が好きでトヨタに入ってきた」
■「一生に一度は自分で車を1台作ってみたい」
「今、このプロジェクトには40人ほどの人間が集まっているのですが、みんな工場出身です。そうすると、エンジン担当は、自分が作ったエンジンがどの車に載っているかはわからないし、お客さまの嬉しさもわかりにくい。細分化された各担当になってしまっているわけです。それだと、自分の思い描くクルマ屋ではないんです。車が好きで入社したのに、1台の車を組み立てた経験を持つ人はいない。
工場でもそういう仕組みになっているんです。どんな自動車会社でもそうですけれど、たとえば元町工場は車両工場だから車を組み立てる機能はある。しかし、エンジンやミッションを作る機能はなかったりします。全部の機能がある工場は試作工場くらいのもの。ですが、試作工場は量産工場ではないから、あくまで一品ものの試作に限られてしまう。
つまり、僕らはクルマ屋になりたいと思って入ってきたわけです。エンジンばかりやっていたら電装のことはわからない、ボディのこともわからない、塗装のこともわからない。ただ、それが普通で、そうやって専門分野を突き詰めていって結果的にコストを低減する。だからこそお客さまに安く提供できている。この構造は変わりません。
でも、一生に一度は自分で車を1台、作ってみたい。自分の持てる限りの技術を総動員して組み立ててみたい。レストアプロジェクトにはそういう人間が集まって、通しで車一台を作ろうぜっていうプロジェクトなんです」
■「スーサイドドア」と呼ばれる観音扉
「やってみて、みんなの腕に感心するんですよ。隣の人を見ろとトヨタでは教育されます。隣の人がみんなすごい。僕自身もプロだけれど、他の分野はわからないから感心する。機械加工はプロだけど、板金はもうど素人、何もわからない。見ていると、プロはすごいなあと感心する。そのコミュニケーションが新鮮だし、ショップ(セクション)を超えた協力が大きなことだと思っています」
初代クラウンは中村健也主査が開発のリーダーだった。中村は自動車開発のプロではなく、プレス機械の専門家だった。そんな彼が主導権を取ってクラウンを作っていったため、同車には既存のプロは考えつかないチャレンジングな技術がいくつも採用されている。
代表的なのが観音扉だ。自動車のドアが両開きになる。乗り込みやすいので採用されていたのだが、走っているうちに後ろのドアが開いてしまったら、風圧で閉めることができなくなる。なかにいる人間が飛び出てしまうこともあるから、スーサイドドア(suicide door=自殺ドア)と呼ばれるようになった。その後、廃れてしまった技術なのである。
だが、川岡たちがあらためて観音開きを研究すると、また違う感想と今後への課題が見えてきた。
■「乗り降りしやすいように」考えられたものだった
「クラウンが開発された時代、前席に運転する男の人と助手が乗る。女性は後ろの席に乗るのが普通でした。そして、当時の女性のファッションはつばの広い帽子とフレアースカートだったわけです。帽子をかぶったまま乗ったので、乗り降りしやすいように観音開きが生まれた。
今、高齢者が多くなって乗り降りしやすい車が求められています。すぐに観音開きを導入することにはなりませんけれど、昔のトヨタの技術者は時代に合わせて、新しい技術に挑戦していたことに感動します」
川岡が言ったように、自動車の黎明期、自動車を専門にする技術者が少数しかいなかった。まして、トヨタは東京から離れた拳母町(現 豊田市)のベンチャー企業だ。当時のトヨタの開発者は先端の技術情報を手に入れるにも限度があっただろう。それでも彼らは情報を集め、洋書を読み、世界最先端とも言える乗用車、クラウンを自力で開発した。知恵とチャレンジ精神は今のトヨタの人間よりも彼らの方が上だった。
レストアプロジェクトにいる人間たちはノスタルジーで昔の車を修復しているのではない。先人の知恵とチャレンジ精神を学んでいる。
■EVも大事だけど、何より「好きだから」
「お客さまにも学ぶところがたくさんあります。この初代クラウンは7~8台持っている方から譲っていただいたのですが、その方は通勤に使っているんです。理由を聞いたら『好きだから』。車って、EVとか自動運転とかいろいろ言われているけれど、好きだからその車に乗っている方は少なくないわけです。僕自身がそうですから。周りから見れば変わっているかもしれないけれど、好きな点を言い出したら、きりがない。まず、デザインです。
昔の車はソリッドカラーが多い。この初代クラウンもそうですけれど、メタリックが入っていない。ピカピカしてない色だから好きなんです。そして、ふくよかなボディライン。ソリッドカラーの水色とこのボディラインが合うんですよ、これがまたいい」
川岡は話し出したら止まらない。車が大好きだから。むろん仕事も楽しい。
川岡たちのチームはレストアに際して、次のような作業をした。まず、分解して構造を知り、それぞれ新しい部品を作る。ボディのような生かすべきところはさびを落とし、凹凸をなくし、新たに塗装する。ガラス、タイヤなどは往時のものと同じようなものを探して取り付ける。
たとえば、初代クラウンのウインカーは電気のライトではない。アポロ式ウインカーと呼ばれる腕木が飛び出るタイプの方向指示器(ウインカー)などのパーツは、各部門の専門技術者たちが知恵を出し合い、競い合って製作した。車のサイドマークは3Dプリンターで型を作り、当時と同じ亜鉛合金のアンチモンで再生した。
■シートやワイヤーハーネスはなんと手作り
車のシートは皮を探して手縫いで縫製した。ついでに端材を使って、バッグを作った。わたしは余った端材を使ってバッグを作ったことがレストアした人間たちの遊び心であり、余裕に思える。先人たちは「ユーザーに喜んでもらおう」と思って観音扉のクラウンを開発した。端材のバッグは観音扉を採用した中村健也の考えと同じだ。川岡たちは形を真似して作っただけではない。先人と同じ心持ちになることができた。
ワイヤーハーネスは現在の市販品を流用したのではなく、図面通りに手作りした。クラウンのエンブレムは名古屋と銀座に店を持つ150年の歴史を持つ老舗、安藤七宝店に依頼して作り直した。驚くことに当時、トヨタは安藤七宝店にクラウンだけでなく、トラックのエンブレムも発注していた。車にアート作品を付けてユーザーに届けていたのである。現在よりもよほど贅沢な車造りをしていた。
車のガラスはマニアから譲ってもらった昔の純正品だ。工場出荷状態である。現在のガラスを使うと、そこだけが浮き上がってしまうから当時のものを探した。
アンダーボディのフロアパネルは通常、プレス機で上下からプレスして成型する。ただ、初代クラウンのフロアパネルを一枚つくるのに、プレスの型を起こしたら、数千万円の費用がかかってしまう。そこで、インクリ成形(インクリメンタルフォーミング)という技術を適用した。
■部品やタイヤも「純国産」にこだわったが…
インクリ成形とは下の型だけを作って、上からグリグリ押していって成形することをいう。量産ではなく、少数作るだけならインクリ成形で部品ができるし、早いし、またコストが安くなる。少数部品を作る際、インクリ成形を使うことができるとわかったこともまた収穫だ。
塗装はカチオン電着塗装にした。カチオン電着塗装とは水溶性塗料を溶かした槽に製品を浸漬させ、電気の力を使って塗膜を形成させること。現在の車はこうした塗装にしてあるが、当時はまだその技術がなかった。クラウンのレストアでは塗装に関しては最新技術を使ったのである。
ただ、量産ラインでは塗料プールに浸漬させてもらえなかった。それは万が一、プールのなかに錆が浮いたら、量産ラインの製品に影響が出るからだ。そこで量産ラインに影響を及ぼさないトヨタホームの鉄骨をカチオン電着塗装しているラインに持って行った。
問題はタイヤだった。本来、初代クラウンの純正はバイアスタイヤの6.4インチ。しかし、現在、国産タイヤではそのサイズは作っていなかった。アメリカのファイアストン、もしくはコッカーというメーカーではタイヤ自体は15インチ、立ちが6.4インチのタイヤを作っていたが、それを使うと「純国産乗用車を作る」趣旨からは外れてしまう。
そこでヨコハマタイヤが作っていたやや大きなサイズのタイヤを選んだ。ところが、取り付けた後、タイヤ表面に「MADE IN VIETNAM」の小さな刻印を発見する。
「残念ながら、そこまで見ることができなかった」(川岡)のだった。
■先人の開発者たちのメンタルの強さ
川岡たちがレストアをやりながら痛感したのは豊田喜一郎たち、かつての開発陣のメンタルの強さだ。
「技術も情報も資源もなかったわけです。当時、他社さんはオースチン、ルノーといった海外メーカーのノックダウン生産をして技術を蓄えていきました。ですが、喜一郎は純国産で車を作ることにした。日本に自動車文化を作ろうと思っていたからです。レストアしながら感じたのは毎日がチャレンジだったこと。技術の開発はすべて初めてのことだったから、チャレンジしてマインドを鍛えていった。僕らがこの仕事を通して感じたのはマインドとメンタルの強さです。
『技能は技術の母、技能無しにして技術の進化なし、ロボットがうまいのではなく、教えた人がうまい、常に人が技能を進化させて技術も進化させるこのスパイラルアップが大事』
河合おやじは毎回、身に染みることを話すんですよ。
前線にいる僕らは百年に一度の危機を感じています。EVの電池、テスラやBYD、グーグル……。自動車会社だけがライバルではない時代です。新しいことをやっていかないと、トヨタはつぶれてしまう。新しいことに挑戦しなくてはいけない環境にいます。今は創業の時と同じ環境だと思うんです。それなのにまだ僕らは喜一郎たちにマインドでは負けている。強いマインドを作っていくためにレストアをやっています」
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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