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入手困難「ランクル250」の生産現場は今どうなっているのか…トヨタ「整備課組長」が語る生産ラインの最新事情

プレジデントオンライン / 2024年12月30日 6時15分

ランドクルーザー250 - 画像提供=トヨタ自動車

トヨタ自動車には、15歳以上の企業内教育を行う「トヨタ工業学園」がある。3年間の高等部、1年間の専門部に分かれており、高卒者が対象の専門部は自動車開発のスペシャリストの育成に特化している。卒業生はどんな現場で働いているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタの人づくり」。第6回は「生産ラインを設計する整備課の最前線」――。

■生産ラインを設計する「縁の下の力持ち」

濱田幸作は車体製造技術部の第一ボデー整備課の組長だ。トヨタの生産現場には作業者、チームリーダー、組長、工長と肩書がある。

工長は係長級だけれど、現場を仕切る「おやじ」だ。船で言えば船頭の役割が生産現場の「おやじ」である。組長はおやじの補佐役である。

整備課は鉄板をプレスしてボデー溶接、シャシー溶接する技術を開発する部署だ。ボデーは車の骨格で、シャシーは車の足回りの部品が集まる車台のこと。車体製造技術部は高岡工場、元町工場、堤工場、本社工場、田原工場と、トヨタ九州という国内の6工場、そして29の海外拠点にある。

新型車を出す場合、試作車ができた後、量産するために生産ラインを設計する。設計したラインを立ち上げるためには濱田のような技能員が調整して量産ラインに仕上げる。これもまた車作りには欠かせない現場だ。

■学園時代の技能顕彰の経験が役立っている

濱田はボデー整備課についてこう説明する。

「新型車を作るための生産ラインの設備を調整する仕事です。大本は生産ラインの設計です。設計から出たものに対して、車体製造技術の技術員が工程計画をする。それから設備計画を行う。自分の部署はですね、自社や仕入れ先様でつくっていただいた設備を設置してから調整を開始して量産のラインに仕上げるわけです。設備とは溶接機械、溶接ロボットのことになります。

溶接作業ですが、仕事の大半はデジタルが主流です。デジタル上で溶接ロボットのプログラミングを行う。また、設備を見て、溶接ロボットのトーチ(先端部分)がどこまで車体に侵入しているかどうかの検査も行います。学園時代の技能顕彰の経験が役立つ職場です。ですから、毎日、やっていて、心底から楽しい。そう言える職場です」

■ロボットをイメージ通りに動かせるか

モノづくりの生産現場ではさまざまなロボットが活躍している。溶接のような火花が散り、高温になる現場では人間よりもロボットがやっている作業の方がはるかに多い。ただ、ロボットは設備として搬入、設置してすぐに動くかと言えばそんなことはない。ロボットが動くプログラムを作らなくてはならない。そして、データを流し込んで動かしてみる。実際に動かすと動作に必ずズレが出てくる。それはプログラムだけで直すのではなく、配置する場所、アームの長さなど、物理的な位置を調整しなくてはならない。

この仕事を「ティーチング」もしくは「ティーチ作業」と呼ぶ。そして、ロボットに限らず、新しい工作機械を導入したり、また、新しい車種の製造に既存の工作機械を使用する場合にもティーチングは必要だ。のこぎりで木を切る場合でも目立てをしたり、ハサミであれば刃を研いだりする。かんなであれば刃を調整する。工作機械もロボットも同じだ。道具だから現場の使用実態に合うような調整を施さなくてはならない。濱田たちの仕事はそれだ。

加えて、設置したロボットや工作機械の能力を見るためにさまざまな「意地悪テスト」を行う。連続で長時間動かしたり、機械を冷やしたりして不具合が出たら、それを改修していく。わたしたちは家庭用の冷蔵庫を買って設置し、電源を入れたら、すぐに使う。だが、生産現場に新しい機械を導入したら調整と試運転を行わなくてはならない。

■ランクルの生産ラインで導入された最新ロボット

濱田たちがもっとも時間を使って取り組んでいることがロボットの小型化である。その目的はエネルギーを減らすことと生産性の向上だ。

「世界の他の工場ではまだやっていない最先端の考え方であり、最先端を実現している現場です。あまり詳しくは言えないのですが、以前まで4台の大型ロボットでやっていたことを30台の小型ロボットにして、しかも集約して配置しました。ランドクルーザー250(新型)を出すための『高速溶接ライン』と呼んでます。

まず、ラインのなかに小型ロボットを集約して配置する。そして、作業量を増やしてタクトタイムを速くする。タクトタイムとはひとつの製品や部品を作る時間の目安です。そして、集約すればスペースが少なくて済む。

以前のランドクルーザーのラインだとタクトタイムが75秒だったのが、新しい高速溶接ラインでは52秒まで縮めることができました。ただ、問題がないわけではありません。溶接ロボットの場合、小型化すると車体が大きい場合、アームが届かなくなることがあります。アームを長くすると今度はモーターに負荷がかかる。私たちはロボットのアームの長さを最適化しました」

トヨタ車の中でも人気の高いランドクルーザー。2023年のJAPAN MOBILITY SHOWでも最新モデルがお披露目された
撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ車の中でも人気の高いランドクルーザー。2023年のJAPAN MOBILITY SHOWでも最新モデルがお披露目された - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■原価低減とはモノの値段を下げるだけではない

「こうした結果、スペースはかなり節約できました。ロボットの小型化と密集配置ができたことによって省エネルギー、省スペース、省資源は大きく進歩したと思います」

トヨタのカイゼンは車本体だけでなく、車を作るための生産設備それ自体でも行われている。

部品のコストを下げるだけではなく、作業時間を短くすれば製造費も人件費も下がる。原価低減とはモノの値段を下げることを指すわけではなく、システム全体のコストを低減させることでもある。学園の専門部を出た濱田たちスペシャリストがもっとも大きくかかわっているのはこの部分である。

生産ラインのタクトタイムを10秒縮めたことはマスメディアがほめそやす偉業ではない。しかし、トヨタの社内では偉業だ。豊田章男、河合満が現場からリスペクトされているのはこうしたところをちゃんと見ているからだ。彼らは新車開発者や販売実績のある人間だけをほめるのではなく、濱田のような目に見えにくい業績を上げた人間を見て、そして、称賛する。

ランドクルーザー250の車内
画像提供=トヨタ自動車
ランドクルーザー250の車内。新型車の生産現場では、大型ロボットが入っていた生産ラインに小型ロボットを多数配置した。こうすることでタクトタイムを縮めることに成功したという - 画像提供=トヨタ自動車

豊田、河合、技術担当役員は全員、作業服を着て働いている。時間ができると工場に行ってラインを見る。作業者とざっくばらんに話をする。問題点を聞く。解決のアドバイスをする。車づくりの全体環境と作業者を見ている。

■命を守る「足回りの溶接」の大切さ

他の自動車会社との違いはここにある。わたしは豊田章男と10年間に十数回、会って話をしているけれど、社長室に入ったのは一度だけだ。あとは工場、サーキット、販売店、販売イベントである。幹部がいつもスーツを着ていて、本社から離れない自動車会社と幹部が作業着を着て現場にいる自動車会社のモノづくりはあきらかに違う。

さて、濱田たちのような生産ラインの設備調整の仕事は日本だけではない。海外の工場にも出張することがある。海外の生産拠点でも濱田のような仕事をしている人間がいる。

「溶接の職場は縁の下の力持ちです。自動車の強度を守って、しかも生産性を上げようとしているセクションです。足回りの溶接は本当に命を守る、タイヤに直結する部品でもあります。そして、北米、中国でも同じ仕事をやっている人間がいるのですが、出入りが激しいのでなかなか育ちにくい。

保全の仕事は、様々な技能が身につくためにキャリアになるのと、育成に時間がかかるので、経験を積んだら転職する人が多いそうです。ですから、海外拠点には国内から人を送っていることが多いです。学園の出身で海外へ派遣されるのが多いのもそういう事情があるからではないでしょうか」

■工場からベルトコンベアがなくなりつつある

最先端の工場風景は大きく変わっている。たとえば、後に述べるけれど、工場の象徴みたいな設備、ベルトコンベアはなくなりつつある。代わりに登場したのがAGV、AMRだ。前者は無人搬送車、後者は自立走行搬送ロボット。AGVは工場や倉庫で荷物や材料を自動で運搬するロボット。

AMRはカメラやレーザー光などのセンサーで周囲の環境を認識し、自律的に走行するロボット。ベルトコンベアだと作業者は横位置から部品を取り付けるが、AGVやAMRであれば車体を載せて運んでいるから、前や後ろからも部品を取り付けることができる。ベルトコンベアがない工場へ行くとこれまでの概念が覆される。

また、工場によくある配電盤やスイッチ類も小型化してスタイリッシュになっている。作業者が手元タブレット端末を持っているのも自然な風景だ。最先端の車は最先端の現場から生まれる。考えてみれば当然のことだ。濱田たちは最先端の現場を作る役割を担っている。

■ランクルはこうして生まれる

「現場が変わっているいちばんの点は工作機械の小型化と省スペース化だと思います。そうすれば使用電力も少なくなります。新車種を投入することによって、設備は増えています。しかし、スペースを増やすことはできない。そこで設備を小さくするしかない。

ベルトコンベアもまったくなくなったわけではありません。ですが、AGVのような無人搬送機は主流になってきています。無人で走らせて、台車を連結させたり……。ランクルの250は田原工場で作っているのですが、まさにそういう現場になっています」

濱田は「僕らは電子・電気のスペシャリストですけれど、スマホのことはもうわからない」と言った。

学園でもそうした授業が始まっているが、トヨタ社内にも教える人間がいないので、スマホのアプリ開発、カーボンニュートラルなどの専門家は外部の講師を頼んでいる。この点はさらにカイゼンを要する。トヨタの生産現場で育成しようとしている人間はスマホのアプリ開発、そして、AIだ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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