「うるさいほどの大量広告」は一見逆効果だが…チョコザップが「運動嫌いな人」にジムをゴリ押しする真の狙い
プレジデントオンライン / 2024年12月12日 7時15分
※本稿は、川端康介『顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■「トップダウン」でつくられる戦略の危険性
一般的なマーケティングの実務における「戦略」とは、市場や顧客を分析することでニーズを理解し、自社の商品やサービスのアプローチの仕方を定めることです。
もう少し具体的に説明すると、事前に策定された明確な目標や計画に基づき、ターゲットとなる市場を定め、顧客のニーズに加え、競合する企業や商品・サービスを分析し、見込める利益を算出。事業戦略を立て、計画を詳細化して資源を割り当て、それを正確に実行することを追求するという、トップダウンのアプローチを前提に設計されています。
非常にロジカルな説明をしやすいという特徴があり、社内の意思決定や代理店の提案企画では、漏れなくかぶりのないMECEな考え方を求められ、余白のない緻密で強固な戦略を求められることが多くあるでしょう。
これらは将来の予測ができる場合においては有効です。しかし、確実性を担保できるデータの前提そのものが間違っていたり、はたまた変わってしまったりすると、いくらPDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)を回すと息巻いたところで、うまくいくはずもありません。
■ホンダが「小型バイク市場」で大成功を収めたワケ
こういった「理論による確からしさ」を重視するあまり、戦略の硬直性というリスクをはらんだトップダウンの戦略アプローチには、現代の市場環境にそぐわない側面が生まれつつあります。
一方、戦略そのものにボトムアップのアプローチを組み込むことで、それらの懸念を解消することが可能になります。ボトムアップのアプローチは、市場や顧客の変化といった、予期しない問題や状況などに対応しながら戦略を設計します。硬直性が強い計画的なトップダウン戦略に対し、計画を進める中で予期せぬ事態に対処した結果、形成されたものがボトムアップ戦略です。
『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』(クレイトン・M・クリステンセン著/翔泳社)には、こんなエピソードがあります。
1960年代、ホンダはアメリカのオートバイ市場に進出します。しかし品質の問題もあって、販売は困難を極めました。
ある日、ホンダの社員が業務用に使っていた小型バイク(スーパーカブ)にアメリカ人が興味を示し、この偶然をきっかけにホンダは小型バイク市場に注目し始めました。その結果、ホンダは小型バイク市場で大成功を収めたのです。
■いかに「不確実性」をコントロールできるか
1960年代というかなり昔のエピソードですが、ここで重要なのは、ボトムアップの戦略は、決して無計画な戦略なのではなく、トップダウンの戦略があった上で、予期しない状況をポジティブに捉え、市場のニーズに適応したということがポイントです。大型バイク以外が売れることは計画通りではなく失敗である、という判断をしてしまっていたら、この成功は生まれていないのです。
当時と比べてますます未来の予測が難しい現在において、トップダウンの戦略の緻密さ故の硬直性や、変化への不適応といったリスクをイメージしていただけましたか。
このリスクを避けるには、いかに戦略においての余白を担保し、ボトムアップの戦略アプローチを意図的に生み出すか。それによって不確かな未来を予測するのではなく、「不確実性」をコントロールできるかが、今の戦略には求められているのです。
■chocoZAPの「ボトムアップ戦略」の巧みさ
予測ができないのであれば、事実を積み上げて不確実性を低減するしかありません。そのためにボトムアップ戦略を意図的に取り入れ、市場を「予測」するのではなく、「不確実性」をコントロールするのです。この意図的なボトムアップ戦略の設計は、ウェブマーケティングとの相性が非常に良く、市場からのフィードバックをリアルタイムで得られるので、不確実性のコントロールにはうってつけです。
一時期、マーケティング業界では「chocoZAP」(RIZAP)が広告バナーやランディングページを数百種類以上も作成し、高い注目を集めていました。多種多様なそれらの広告クリエイティブは、「ビジネスパーソン」や「若い女性」など想定される人物像ごとに使用する写真や描写を変え、市場で発生しているであろうニーズがイメージできる状況やシーンが描かれ、今までジムに行かなかった人たちが得られる便益を事細かく分類したクリエイティブで運用されていたのです。
おそらく従来のトップダウンの戦略であれば、自社ブランドの伝えたいメッセージを固定し、そのメッセージを一貫してアピールした認知施策によって顧客を獲得しようと考えてしまうでしょう。
しかしchocoZAPは、あらゆる側面からの大量のコミュニケーションによって、消費者は何を求めていて何を求めていないのかをリアルタイムにデータを収集。その中で自社収益性、市場規模性、他社優位性の最大公約数を、サービスの便益を享受できるあらゆる「個」の集合体から導き出すアプローチを実践したのです。
■単なる膨大な「A/Bテスト」ではない
リアルタイムで得られるデータを市場からのフィードバックと捉え、「反応が高いサービスだから強化する」や「収益性が低い訴求だから優先度を下げる」「デジタルに向かないターゲットだからチラシでアピールする」といった戦略自体をアップデートし続けたのです。
このchocoZAPのアプローチを単なる膨大な「A/Bテスト」として認識した人もいるかもしれません。しかし、まさにこれは市場の不確実性をコントロールするために用いられた意図的なボトムアップ戦略です。これにより、「サービスを選んでくれる人」「選んでくれない人」「選んでくれる可能性がある人」をテストの中から見つけ、整理し、消費者の解像度を高め続けたのです。
一般的なトップダウン戦略は、目的を達成するために「自社は何をすべきか?」という自社視点で戦略を設計して忠実な実行を重視し、いつの間にか自社がやりたいことを戦略と言い換えてしまうことも起こってしまいます。しかしボトムアップ戦略は、「消費者に対して何ができるのか?」という手持ちの手段から最適解を発見していく問題解決型アプローチです。そしてトップダウン戦略では予測できない領域を、デジタルを活用し、今この瞬間の「事実」から少し先の未来を予測することで不確実性がコントロールできるのです。
これからの時代、デジタルマーケティングを活用しないという選択肢はないと思います。その際、デジタルを単に販売チャネルの一つといった捉え方で活用するのはあまりにももったいないです。デジタルの圧倒的利点である「リアルタイムで得られる市場からのフィードバック」、つまりデータをフルに活用することで、市場のニーズに適応し多くの「瞬間的な優位性」を生み続けることが可能になるのです。
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マテリアルデジタル取締役
2004年、EC事業スタートアップに参画。デザイン/広告/プロダクト開発などの知見と技術をベースに、2010年にnano colorを設立。10年以上EC業界で顧客コミュニケーションや事業戦略を支援。WHO×WHATを軸にブランディングとマーケティングを分断しないプランニングとクリエイティブを設計することを得意とする。宣伝会議の非常勤講師も務める。また、かつてはHAL非常勤講師、千趣会のマーケティング子会社Senshukai Make Co-でクリエイティブチームマネージャーも務めた。2023年10月にマテリアルデジタルに参画し、同社取締役に就任。
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(マテリアルデジタル取締役 川端 康介)
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