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「机の上に置いておくと、みんな逃げるね」解剖学者の養老孟司がヤクザを撃退するために使った"アイテム"

プレジデントオンライン / 2024年12月12日 17時15分

写真=時事通信フォト

仕事を楽しむ秘訣とはなにか。解剖学者の養老孟司さんと精神科医の名越康文さんとの対談を収録した『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。

■解剖を楽しくするためにしていたこと

――さきほど養老さんから、仕事を楽しむのが一番だというお話がありましたが、ご自身は解剖を楽しくするためにどういうことをされましたか?

【養老】あんまり人がやらないことをやるということかな。たとえば遺体の引き取りね。解剖は、遺体がないとできないから、必要な仕事なんだけど、みんな面倒くさがってやろうとしないんですよ。だって、遺族とか、亡くなった人の子どもとかに直接会って、遺体の引き取りについて説明するのってイヤでしょ。何が起きるかわかっている場合は楽でいいんだけど、遺体を引き取る場合には何が起こるかわかんない。遺族にはいろいろな性格の人がいるわけだからね。なかなか事務的に進行しないのがネックですよ。そういうことはやっぱりイヤですよね。

場合によっては、大学側ともめることがあるんです。

お葬式が終わると、遺体を引き取ってくる。普通は焼き場に運ぶんだけど、解剖のために献体してもらう際は、大学に運ぶ。そういうとき、葬儀に参列して、香典をもっていくわけです。すると、大学の事務が「領収書を必ずもらってこい」というわけです。

■葬儀で忙しい人から「領収書」をもらわないといけない

【養老】でも現実には、相手は「取り込み中」なわけ。人が亡くなって、いろいろとお葬式で忙しい。そんなところに行くわけだから、「お取り込み中のところ申し訳ありませんが」という。香典に領収書なんていう人はほとんどいないから、領収書のために、わざわざハンコを持ってこなければいけないから相手も面倒ですよ。申し訳ないから、「じゃあ、(領収書)いりません」といって大学に帰ると、えらい怒られるんだよね。

「なんでもらってこないんだ!」と。

「領収書はなくしたことにしてくれないか」

と掛け合っても、駄目だと譲らない。

でも、そのときの東京大学総長は森亘(もりわたる)さんだったから助かった。理解がある人だったからね。主任教授のハンコと、大学の会計主任のハンコがあれば、領収書なしでいいということになった。あんなのたいしたことないんだよ。年間に20件から30件の香典を領収書なしにするぐらいは。流用の恐れはないわけだから。

■「亡くなったそうですが?」と聞くと、「えっ? 生きてますよ」

【名越】20回以上もお葬式に行かれてたんですね。

【養老】引き取りはそれぐらいありますね。葬式がない場合もありましたよ。献体だから、あらかじめ意思を示すカードを持っていて、「死んだらここへ連絡してくれ」って書いているから、連絡がくるんです。

【名越】それはいろんなことに出くわしますよね。

【養老】一度おかしいことがあってね。仮に「浜田さん」だとすると、浜田さんが亡くなったという連絡が大学に入ったんです。鎌倉の人だった。僕の地元だから土地勘がある。ちょうど浜田さんのご近所の店がまだ営業している時間だったから、浜田さんのことを聞くと、入院先がわかった。

「そのおじいさんなら、鎌倉病院に入院してますよ」

さっそく病院に行って、

「浜田さんという方、亡くなったそうですが?」

と看護師長さんらしき人に聞くと、

「えっ? 生きてますよ」と。

その次に、不意にこう言うんだよ。

「あのおじいさん、またやったな」

その人、死ぬ心配ばかりしているので、消防署へかけたり警察署にかけたりしていて、ついに大学にもかけたというわけなんだけど、そういうのは初めてのケースでしたね。その人、間もなく亡くなったみたいだけど。

■「遺体の引き取り」は誰がするのか

【名越】他の大学では、引き取りはどなたがするんですか。

【養老】技監でしょうね。要するに当時は人手不足だったんですよ、総定員法というもので人員を厳しく締めつけられていたから。あの頃はまだ大学が国立だったでしょ。だから、その機関で退職者が10人にならないと次の補充ができないわけ。大学や病院で働いている人は、看護師さんとか含めて何千人もいるから。解剖なんかにはなかなかその順番が回ってこないんですよ。だからずっと人の補充ができない。

最終的に、遺体の引き取りを外部の会社に外注するようになったんだけど、それまではとにかく大学の車を技監が運転して僕がついていくという形がずっと続いていた。

病院の廊下
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■元日に死んだ人を病院の正面から出したくない

【養老】一番困ったのは、クリスマス頃だったかな、埼玉県から遺体を引き取って大学に戻って、いざ棺を出そうとしたら、車の後ろのドアが開かないんだよ。ドアの鍵が壊れていたんだと思うけど、自分で何とかしようと思って開けようとするんだけど、これがびくともしない。しょうがないから、バンのドアの後ろのネジをひとつずつ外していった。内側のねじを、お棺の上に腹ばいになって、全部外したんですけど、なんとか取れた。無事にお棺は出せて、あのときは本当にホッとしましたね。

もう一つ思い出したけど、元日に、埼玉の戸田市の病院で、身寄りのないお年寄りが亡くなった。その病院は小さかったので、ちゃんとした霊安室がないんだね。4階建てで、屋上にプレハブの霊安室があった。

そのときは東京寝台自動車という会社に搬送を頼んであって、運転手さんと一緒に1階まで降ろすことになったんです。まず4階に降ろして、エレベーターにのっけて、1階に着いてお棺を担いで出ようとしたら、向こうから看護師長さんが大きい体を揺らして走ってきて、「ダメ! ダメです」って。

「元日に死んだ人を病院の正面から出したくない」

というわけ。

■お棺を非常階段で運ばなければいけなかった

【養老】どうしたらいいのかを聞くと、

「裏に非常階段がありますから」

と指を差すんです。

非常口ドアのサイン
写真=iStock.com/surachetsh
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/surachetsh

で、また4階に戻って、今度は階段で降りなきゃいけなかった。階段ですからね、大変でしたよ。

とにもかくにも大学に連れて帰って、1人で遺体を処置するんですよ。ホルマリンの注入をやる。遺体を納められる冷蔵庫があるから、冷蔵庫に入れて、やれやれと思って帰ったんです。

ところが正月休みが明けて大学に行ったら、こう言われた。

「あれは東京医大にとられた」

ええ? って思って、理由を聞いたら、要するに東京大学と東京医大とを違えたらしいんだ。病院が連絡先を間違えたらしい。くたびれもうけでしたよ。僕は遺体を引き取りに行った日はたまたま熱があったんです。仕事を終えて帰ったら39度ぐらいあったから。そこまでしてお棺を取りに行って、ホルマリン注入までしたのに。

【名越】なんと! 先生、体が丈夫なんですね。

【養老】よく元気でいるよ。元々元気なんだね。

■「たいへんだと思ったらできませんよ」

――なかにはすごく大柄なご遺体もありますよね。

【養老】100キロある人もいたけど、2人で運んでもたいへんだった。

【名越】大変だろうな、100キロの人を。

――聞いていると、養老さんが楽しそうに話されるので、おもしろいエピソードかなと思いますけど、ご本人としてはけっこう大変だったんじゃないですか?

【養老】たいへんだと思ったらできませんよ。

――それをなんでおもしろいと思えるんですか。

【養老】なんでかはよくわからないけど、おもしろいでしょ。鍵のネジを開けたり、お棺を階段で運んでいるときはさすがに大変だけど、おもしろいと思ってればね。でも、みんなそれで逃げちゃうんですよ。

いずれにしても、僕たちは献体がないと仕事にならない。解剖ができないわけだから。ご遺体が絶対的に必要なんですよ。

――そもそも解剖というのは、慣れるものなんですか?

【名越】僕らも学生の頃、解剖をやらせてもらったけど、10人ぐらいみたら全然平気になったな。

■養老孟司が解剖をするときに「嫌なこと」

【養老】僕ら、直接手で遺体をいじるでしょ。嫌なのは、手と顔なんですよ。みんな気がつかないけど、生きている人と話しているときは、相手の表情を読んでるんですよ。ところが、死んだ人の表情って読めないんだよ。当たり前だけど動かないからね。見たことのない表情なんで、それで錯乱するわけ。

手も一応表情を持っているでしょ。手の解剖でいやなのは、相手の手を握らなきゃいけないこと。手を握るっていう行為は特別な意味をもっているからね。

握手する手
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

中年の頃に、それに気がついて、飲み屋のカウンターで隣りあった見ず知らずのお客さんの手を不意に握ると絶対逃げるんだ、ものすごい勢いで(笑)。

【名越】本当そうですよ。僕もこの間、長崎のハウステンボスのイベントを見に行ったとき、体調が悪かったこともあって、座ったまま寝てしまったんですね。で、何かの拍子に夢を見て、どういうわけか隣の女性の手を無意識に触っちゃった。途端に、

「ぎゃっ!」

平謝りですよ。

「すいません、すいません、失礼しました!」

でも下手したら訴えられますよ。あれは本当に冷や汗が出ました。だからすごくよくわかるんですよ、お互いに手を触れるというのがどういう意味か。ものすごくパーソナルなことですからね。それを先生の場合はご遺体の手を触るわけで。

■バケツのフタを開けたら「首」が入っている

【養老】手だけを机の上に置いておくとみんな逃げるね。

【名越】よくそんな実験しましたね!

【養老】たまにヤクザみたいな人が因縁つけてくるわけ、死体の扱いのことで。そういうときは面倒くせえから、標本の手を置いておく。するとみんな帰るから。

――ヤクザでも?

【養老】ああいう人ほどそういうのに弱い。東大の建物にインターンが、泥棒目的で夜間忍び込んでくという話があったんだよ。現金を取られたという被害もよくあったんだけど、僕の部屋の前で大体止まってるわけ。解剖学教室でカネ目の物を物色するうちに、いろんなものが出てくるんだよね。見たくないものが。うっかりバケツのフタを開けたらさ、首が入ってたりするから。ましてや夜だし(笑)。

【名越】それは怖い。

東京大学本郷キャンパス
写真=iStock.com/Cedar_Liu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cedar_Liu

■疲れ過ぎて、解剖しながら寝てしまった学生

――名越先生も医学生のときに解剖をおこなって、気持ち悪いって感じはなかったですか?

【名越】僕は初めからなかったんですよ。もちろん生々しいですよ、顔は。確かに先生が言われるように表情がない。手を見てると、生きているじゃないかと生々しさはあったけど、慣れました。難しかったのは、耳の奥の解剖。先生に「全然骨が出ないんですよ」というと、「もう既にその奥に行ってるよ」って怒られたりして。どれぐらい繊細に掘っていったらいいかわかんないですよね。「どうしましょう」って相談したら、先生が「ちゃんと出した骨を見なさい」って。耳の伝導を助ける骨って、すごいなとか思って。

【養老】蝸牛(かぎゅう)と三半規管が入っている部分が、骨なんですよ。骨迷路(こつめいろ)というぐらいで、なにしろ迷路だからややこしい。ノミで削っていくんだけど、下手にやると割れてしまう。

【名越】それ、学生レベルで全部だすのってすごいことなんです。とにかく解剖実習って、体力的に大変なんです。1週間に1回、必ずテストがあるしね。班分けして実習するんだけれど、同じグループにものすごく勉強する優秀な人がいて、ふっと気づいたら、ご遺体の頭と頭がゴッツンコして寝ているんです。疲れ過ぎて、解剖しながら寝てしまっていたんですよ。同じ班の学生と、「これ、起こした方がいいのとちがうか」とか「いや、今起こしたらトラウマになるよ」とか言って、結局、「そのうち起きるからそっとしといてあげよう」みたいなことになって、そしたら、いきなりパッと起きて。

「なんで起こしてくれないの!」

ってひどく怒られた。

■洗っても洗っても、なかなか匂いが取れない

【名越】あとは、僕は手袋しない派だったから、爪にご遺体の組織が詰まってくるんですよ。そのままで学食に行ってカレーとか食べていると、「お前、よくホルマリンの匂いのついた指で食べられるな」と。洗っても洗ってもなかなか匂いが取れないからね。でも僕は結構平気だったんですよね。

養老孟司、名越康文『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)
養老孟司、名越康文『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)

【養老】解剖を始めて1週間はダメですよ。いわゆる鼻につくってよくわかる。何をかいでも同じ匂いがする。でも1週間で慣れますね。

【名越】だんだん平気になります。

――解剖が駄目で医学部をやめちゃう医学生はいませんか?

【名越】僕の学校にはいなかったような気がするな。

【養老】さっき顔の表情が分からないって話したけど、それで思い出したのがお能の面ね。デパートに行ったら、面を売っていた。見ると、面を照らすライトがずっと回っていましたね。光が当たる角度がちょっと変わると、表情が出ますからね。やっぱわかってんだと思って。

――そのままだと、不気味なんですね。

【名越】医師だった祖父が、応接間に面を飾っていたんです。結構いいものだったと思いますけど、絶対に1人では応接間に入れなかったですね。幼稚園とか小学校のときはビビッドじゃないですか。面が恐ろしくてね、それは今でも覚えてますね。

僕は親を両方とも見送っているんですけど、自分の親なのにデスマスクは怖かったですね。表情が読めないって、本当にその通りで。この間、母親を送りましたけど、ちょっとドキッとしましたね。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。

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名越 康文(なごし・やすふみ)
精神科医
1960年生まれ。近畿大学医学部卒業。専門は思春期精神医学、精神療法。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか 晴れやかな日々を送るための仏教心理学講義』など著書多数。

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、精神科医 名越 康文)

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