年金生活者から義娘のアシスタントになって21年…91歳料理研究家が頭も体もピンピンでいられる秘密の習慣
プレジデントオンライン / 2024年12月14日 9時16分
■家族円満に暮らすための、まさるの3カ条
現在まさるさんは、息子と、嫁で料理研究家のまさみさん、愛犬ヴァトンの3人と1匹暮らしだ。
57歳で妻を看取った後は、千葉県の賃貸住宅で暮らすことにした。来たる定年後は北海道に戻って大好きな釣りでもしながら悠々自適な年金暮らしを思い描いていたが、息子が「一緒に住もう」と言ってきた。
再度巡ってきた一人暮らしのチャンスは、息子とまさみさんの結婚の時だったが、
「2人して同居を勧めるんだよ。ありがたいことだから、『うん』って言っちゃった。俺の人生は、諦めの人生(笑)」
息子夫婦との同居を決めたまさるさんが自分に課したことは、“親風を吹かせない”“言っていいことと悪いことを決めておく”“自分なりにできる範囲で息子夫婦に食いぶち(生活費)を入れる”という3カ条だ。
親だから、家族だからと甘えず、お互いを一人の人間として尊重する。親の介護を経験したからこそ、息子夫婦にその苦労をさせたくなかった。
「一線を引くべきだと思った。最後はどうしても看てもらうことになるんだから、それまでは自分の足で立っていたい」
他にも小さな決め事がある。
旅行は3回誘われたら2回は行って、1回は断る。親子でも義理の言葉はあるから、子供たちの心境を先読みするのだ。
たまに、まさるさんから食事に誘ってご馳走する。親子喧嘩はとことんやったら破綻するから、ほどほどにする。
「あとは一生懸命やっているまさみちゃんを応援することかな」
■全力で頑張る嫁の夢を、全力で手伝う
一緒に暮らし始めて間もなく、会社員をしていたまさみさんが料理研究家の夢を叶えるために仕事を辞めて、専門学校に通い始める。まさるさんは待ってましたとばかり、料理や掃除を一手に引き受けた。夢にむかって一生懸命のまさみさんを手伝うことに理由はない。まさるさんは樺太の時にしみついた“家族一丸となる”が、つべこべ言わずに自然とできるのだ。
「『今の若い者はなってない』と言う大人が多いけれど、俺はそう思わない。自分をしっかり持っているし、目上の人に対して思いやりもある。年寄りは経験がある分、補佐に回ればいいんだ。そのほうが万事うまく行く」
その言葉通り、料理家研究家になる夢にむかうまさみさんの仕事の幅は広がり、忙しい日々を送ることになる。まさみさんが専門学校に通いだしてから8年目のこと、70歳のまさるさんに転機が訪れる。まさみさんに初めての書籍の仕事が舞い込み、アシスタントが足りずに困っていたところ、「俺がやろうか、って志願したんだよ」。
40代から台所に立っていたから、抵抗はない。年金生活者から舵をきり、料理アシスタントの道を歩み始めた。
自分のやりたい事に、年だからとか、初めてだからとか、男だからとか、そんなボーダーは引かない。すると、楽しそうに働くまさるさんの姿を見て、雑誌やテレビの関係者も黙ってはいなかった。息のピッタリ合う義父と嫁という関係性や、“まさる&まさみ”という名前も手伝って、運命の歯車が回り始める。
75歳の時に雑誌連載でつまみレシピを紹介し、78歳の時に自身初の料理本『まさるのつまみ』を、その後86歳までに単独で3冊の本を世に送り出した。まさみさんとの共著は数えきれないほどだ。
料理研究家は、料理を志す人には憧れの職業だが、なりたいと言って、なれるわけではない。しかも名をあげるのは狭き門だ。最後は料理のセンスと運がものを言う。
「インタビューで一度だけ、あまり褒めないまさみちゃんが『今の自分があるのはお義父さんのおかげ』って言ったことがあって、うれしかったな。俺のほうこそ、まさみちゃんのおかげだよ」
■朝の掃除から始まる、91歳アシスタントの一日
60歳までは勤め人をやりきって、70歳からは料理の世界へ。91歳の今でも、スケジュール帳は予定がビッチリと詰まっている。
まさるさんの一日は、自宅兼スタジオの掃除から始まる。
朝7時、部屋の隅々まで掃除機をかけ、台所周りを整えると、朝ご飯の準備に取りかかる。雑誌の撮影は10時から16時くらい、書籍となると夜までかかるので、椅子に座ってゆっくり食事ができるのは朝食だけだ。
「ご飯、みそ汁、焼き魚、あと昨日の残り物とか、しっかり食べるよ。健康のためのヨーグルトも欠かさない」
まさるさんが握るおにぎりは拳のように大きくてボリューム満点。パンのときは、冷蔵庫にある食材で“具沢山まさるスープ”をつくるそうだ。“腹一杯食べる”ことは、まさるさんの元気の秘訣でもある。
■整理整頓できていないとおいしいものがつくれない
まさみさんのアシスタントとして台所に入るときは、食材や調味料の分量出し、調理道具や器の洗い物から片付けまで、テキパキとこなす。ガス台の周りが汚れれば、すかさず拭いて清潔を保つ。
「整理整頓ができていない台所は動きも悪くなるし、おいしいものがつくれないと俺は思うね」
撮影が終わるとまた掃除だ。調理台、壁、床まできれいに拭き、布巾は漂白剤に漬けて真っ白に、鍋類は金たわしでピカピカに磨く。包丁はまとめて砥石で研ぐ。台所を物であふれた状態にしておくのが嫌いで、とにかく何でも片付けてしまうから、手に取れる場所に道具類を置きたいまさみさんと喧嘩することも多々あるとか。
「そんな時は、みんなで使う台所だから何でも言い合って、お互いがいいと思う着地点を見つけるんだ」
撮影用の買い物も率先して行く。大きなリュックサックを背負い、自宅から30〜40分のスーパーやデパートへ。樺太時代に鍛えられた足腰の強さがあり、子供の頃から働くことに生きがいを感じているからこそ、これほど動けるのだろう。
夜の9時にようやく布団の中へ。長い一日が終わると思いきや、枕元にいつも置いてある「夢日記」ならぬ、「夢レシピノート」に頭に浮かんだ料理を書き込む。
「この食材にこれを合わせたら面白いとか、酒のつまみにいいなとか、メモ代わりみたいなもんだ。あと気になったことや、自分の心の中の嫌な部分も書いている。寝るとすぐ忘れちゃうからいいんだよ」
一日一日が充実し、元気に過ごせる秘訣は、どうやら“よく食べる”“よく笑う”“よく働く”ことにあるようだ。
「こき使われっぱなしだよ(笑)。でも、年寄りだからと言って何もしないのは損。失敗したっていいんだから、何でも挑戦したほうがいい」
■親孝行は後になったらやりたくてもできない
いつも前向きで、思ったことは即実行に移すのが、まさるさんのモットーだ。
「やりたいと思ったら行動しないと、いつまでも夢で終わっちゃう」
70歳でアシスタントを始める前、時間に余裕がある時は、興味のあった彫刻や水墨画に挑戦した。プロ並みの腕前だ。
家事は妻や嫁の仕事と言われた時代に、料理も掃除も子育ても進んでやった。
「“男子厨房に入らず”なんて、誰が言ったんだろうね。料理は頭の体操になるし、買い物は健康にもいいのに」
幼少期を過ごした樺太時代の厳しい生活があったから、心も体も強く生きられるのだろう。やり残したことはないが、心残りはあると、ポツリと言った。
「親孝行。ようやく同じ立場になった時にはもういない。旅行にも連れて行きたかったし、親父に好きなマグロをもっと食べさせてあげたかったな」
■まさる式お金のかからない健康法
91歳のまさるさんは、よく健康法について尋ねられるそうだが、決まって、頭と体を意識して動かし、やりたい事をやると伝えている。
「俺だって目は悪いし、耳は遠いし、高血圧で禁酒したこともあるよ」
91歳という年齢なりの病気と向き合いつつ、健康のために小さな努力を積み重ねている。例えば、風呂の中で肩を回したり、腕を上げたり、簡単な体操を35歳のころから毎日(!)続けている。体に痛いところがあれば入浴中にもんで、その日のうちに整える。
ほかにも、散歩中には頭の体操の時間。車が通れば、ナンバープレートの数字を足し算や引き算などで10をつくる遊びや、表札の名字を見て同じ名前の知人を思い出したりして脳を使う。日々の小さな習慣が、健康に繋がっているのだ。
「健康は他人からもらえない。自分で考えて、自分でつくるしかないんだ」
年寄りの大病は“歳のせいにして何もやらないこと”と続ける。恥ずかしがらずになんでも挑戦することが、最大の長生きの秘訣のようである。
今後の夢を訪ねると、「夢? まだまだあるよ。YouTubeも料理教室ももっとやりたいし。年寄りに時間はないから、迷っている場合じゃないんだよ」。
まさるさんの輝いている瞳を見ていると、私たちの気分も上がって元気になる。きっと100歳の料理研究家も夢じゃないだろう。これからも多くの人を驚かせ、飛躍すると、心から思った。
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ライター・編集者
長野県育ち。大学卒業後、インテリアデザイン会社勤務を経験し、編集者に。NHK「きょうの料理」、「きょうの料理ビギナーズ」のテキスト編集を経て、2012年、プレジデント社「料理男子」をきっかけに、長く『dancyu』の編集に携わる。ワインとおいしい店をこよなく愛し、予約のとれない京都の和食店「食堂おがわ」の連載を担当、書籍『京都 西木屋町「食堂おがわ」の料理帖』を大ヒットに導く。
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(ライター・編集者 石出 和香子)
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