YOASOBIの「アイドル」とは安倍晋三のことである…支持者を熱狂させ批判者の心をかき乱した悲劇の宰相の正体
プレジデントオンライン / 2024年12月12日 9時15分
※本稿は、梶原麻衣子『「“右翼”雑誌」の舞台裏』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■なぜ安倍元首相は支持者から熱狂的に愛されたのか
2010年代以降のアイドルは「舞台の上に立って光り輝く姿を見せることが仕事で、素を見せるべきではない」という一昔前のスターとは違った様相を呈していた。
社会現象にもなったAKB48が顕著だが、手の届くところにいるアイドル、会いに行けるアイドル、不完全だけれど、だからこそ応援したくなるアイドルというアイドル像。安倍氏もこれに重なるところがある。
第一次安倍政権退陣時の悲劇もあり、朝日新聞をはじめとするメディアからの総攻撃もあり、安倍氏は「支持者である自分たちが支えなければならない人物」となった。ある面で「弱者」であることが、「私たちが支えなければ」という心情を強くさせ、他ではなかなかお目にかかれない「支持者と政治リーダーの一体化」ともいうべき状況を作り出した。
第一次政権時に朝日新聞をはじめとする左派メディアに引きずり降ろされた「悲劇の宰相」というナラティブが、より一層、支持層の胸を熱くさせたのである。
また、強さ・弱さの点でも支持者と批判的な人たちとでは見え方が違っていた。結果的に長期政権となり、メディアからは「安倍一強」「強権をふるう」とのイメージで報じられ続けたが、支持者は一面では「ギリギリのところで立っている、(我々が支えなければ倒れてしまうかもしれない)脆弱さを持っている」「左派メディアに追いやられている弱者」と見ていたのである。
■イメージと実態の乖離
この強さと弱さを併せ持っているところが、支持者を熱狂させ、批判者の心をかき乱した要素だった。
政策についても同様で、右のイメージで支持者を引き付けつつ、実際には柔軟な選択を行っていた。しかし保守派は時にブレたと批判されてもおかしくない柔軟さは批判せず、左派は歓迎すべきリベラル的と言ってもいい政策を評価することはなかった。
このイメージと実態の乖離が、支持者であれ批判者であれ、安倍政権の本質をつかみづらくした原因であろう。
2017年5月号の『フォーリン・アフェアーズ・リポート』には、〈トランプから国際秩序を守るには――リベラルな国際主義と日独の役割〉と題する、プリンストン大学教授のG・ジョン・アイケンベリー氏の記事が掲載されている。ご興味のある方は元論文を読んでいただきたいが、サマリーにはこう書かれている。
■国際政治学者が見た安倍氏の正体
〈古代より近代まで、大国が作り上げた秩序が生まれては消えていった。秩序は外部勢力に粉砕されることでその役目を終えるものだ。自死を選ぶことはない。だが、ドナルド・トランプのあらゆる直感は、戦後の国際システムを支えてきた理念と相反するようだ。
国内でもトランプはメディアを攻撃し、憲法と法の支配さえほとんど気に懸けていない。欧米の大衆も、リベラルな国際秩序のことを、豊かでパワフルな特権層のグローバルな活動の場と次第にみなすようになった。
すでに権力ポストにある以上、トランプがそのアジェンダに取り組んでいくにつれて、リベラルな民主主義はさらに衰退していく。
リベラルな国際秩序を存続させるには、この秩序をいまも支持する世界の指導者と有権者たちが、その試みを強化する必要があり、その多くは、日本の安倍晋三とドイツのアンゲラ・メルケルという、リベラルな戦後秩序を支持する2人の指導者の肩にかかっている〉
なんと、安倍晋三はリベラルな戦後秩序の守護者だというのである。トランプ大統領とは対照的なポジションに置かれてもいる。
■YOASOBIの「アイドル」との共通点
こうした見方は、国内からはほとんど出てこなかったのではないだろうか。支持者は安倍―トランプの蜜月関係を好ましく思い、批判者は蛇蝎のごとく嫌っていた。
普段ナショナリズムを否定しがちなリベラルの中にも「アメリカの犬になりやがって!」との批判が見られたほどだ。だがいずれも安倍氏とトランプ氏が同じ側に立っていると認識していた点では変わらない。
いや、「安倍晋三は国際基準ではリベラル」と解説する人もいたにはいたが、国内での「親安倍」「反安倍」の対立は、「保守VSリベラル」の軸で展開されてきたのである。
安倍政権期の対立は、いずれも「安倍=右派」というイメージからのみ、一方は支持し、一方は批判してきたのではないか。だとすれば、そもそもの出発点から全く間違っていたことになる。
これは安倍政権が掲げた「戦後レジームからの脱却」というキャッチフレーズに象徴される。保守派はこれを憲法改正の実現や自虐史観からの脱却を目指すものと受け取り、リベラル派は戦前回帰、軍国主義化の傾向を強めるものと見なした。
だが実際に安倍政権が目指したのは、「第二次世界大戦後、さらには冷戦終結後のリベラル的な国際秩序の中で、それに資するべく日本の役割を変える」という、いわば離れ業だったのである(ここで、YOASOBI「アイドル」の歌詞全体を思い出していただきたい)。
■なぜ岸田政権は不人気だったのか
それから菅政権、岸田政権を経て2024年10月、安倍政権批判の急先鋒だった石破茂氏が総理の座に就任した。安倍支持者にとっては悪夢の始まりであり、「それなら岸田を支持して政権を続かせていた方がよかった!」ということになるかもしれない。
だが安倍支持者だった人たちの多くは岸田政権に批判的だった。それは、この安倍政権のイメージの取り違えが影響している可能性がある。
岸田氏の総裁選不出馬を受けて、岸田政権を総括する記事が各メディアに掲載されているが、外交関係者からは軒並み高い評価を受けている。これは保守派の大勢とは対照的だ。
防衛費の増大、反撃能力保有を明記した戦略3文書の公表、憲法改正にも意欲的。安倍政権も検討してきた反撃能力やスタンド・オフ防衛能力の保有も明文化している。ロシアによるウクライナ侵攻を受けてのウクライナ支援表明は、ウクライナから勲章を受けるほど評価されており、G7各国との足並みもそろっていた。
一方でイスラエルとガザ地区(ハマス)の間の紛争については、日本独自の立場を保ってきた。「安倍政権に比べて対中姿勢が弱腰だ」ともいわれるが、安倍政権が検討していた習近平の国賓待遇での来日なども、岸田政権では行われていない。
■「安倍は保守、岸田はリベラル」は本当か
安倍支持者はLGBT法案の成立を批判するが、安倍政権ですら政権公約に掲げていたLGBT法程度で、岸田政権を見限る合理的な理由がない。安倍支持者は高市早苗議員を総理総裁に推す声が強かったが、高市議員もLGBT法案には賛成の立場であることを明言している。
一方、石破政権では外交・安全保障における安倍路線の継承が行われるかは未知数。かねて「反安倍路線」を取る石破氏を評価してきた朝日新聞は、総裁選翌日の一面に〈「安倍路線」転換、有言実行を〉との政治部長の論説を掲載している(と言ってもその実は憲法9条第2項削除論やフルスペックの集団的自衛権容認など、とても朝日が賛成できるものではないはずなのだが)。
安倍支持者の「岸田下げ、高市上げからの石破総理誕生」は故事成語でも生まれそうな教訓を含む。
「お花畑」の左派とは違い、現実的な安全保障政策を望むはずの保守派が、こうした政策を評価せず、むしろ岸田政権に批判的、あるいは推すことはなく距離を置いていたのはなぜか。
その一つに、安倍は保守だが、岸田はリベラルとの評価があるのだろう。だが前述の通り、岸田政権は外交における安倍路線は継承しただけでなくむしろ発展させた面もあるうえ、そもそも国際的に見たら「安倍はリベラルの守護者」だったのだから、路線は継承している。
■安倍氏の話は面白すぎる
安倍氏が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想も継承し、さらに発展して「自由で開かれた国際秩序」という場面も出てきたが、これはウクライナやガザなどインド太平洋にとどまらない地域で有事が勃発しており、地球全体で秩序を保とうとの発想で、安倍路線を否定するものではない。また岸田総理は「増税メガネ」と揶揄されたが、安倍政権期は2度も増税している。
このあたりの混乱を整理しないままに、安倍氏は突然世を去ってしまったため、置き去りにされた保守派の面々は右往左往するばかりとなってしまったのではないか。
もう一つ、これは雑誌だけにとどまらないが、安倍氏と岸田氏の露出の差が大きくなった理由として、考えられるのは「安倍氏の話が面白すぎる」という点だ。
安倍氏はとにかくエピソードトークがうまい。筆者も取材した際に聞いたが、「誰がいつどこで、誰に何を言った」という具体的な話を再現する能力が高いのだ。メディア人ならずとも、こうしたエピソードトークは魅力であろう。
ゆえに雑誌のみならずテレビやウェブメディアから声がかかるし、本人も喜んで登場していた。「え、こんな番組に?」と思うようなところにまで出張っており、驚くべきことに吉本新喜劇にまで出演した。
■岸田元首相の残念だった点
さらには本人発に限らず、支持者や親交のあるメディア人が、「安倍さんがこう言っていたよ」などと逸話を広めるのである。それはエピソードが面白いからであり、「安倍さんから聞いた」ことを自慢したいからでもある。
安倍氏は電話魔で、あらゆる人に直電をかけていたといい、「総理から電話があったんだけど……」と得々と話す人もいたと聞く。
一方、岸田氏にも特に外交の場面での様々な特筆すべきエピソードがあるはずなのだが、漏れ伝わってこないし、自身がテレビや雑誌で披露している場面を見聞きしたことがない。
岸田氏の著書『岸田ビジョン』(講談社)には「石原伸晃がシェーカーをふるうドライマティーニの会」などの面白い話が出ていたのだが、総理になってからはあまり出てこないのは残念だった。
これはつまるところ発信力の弱さと重なっており、せっかくの功績も、岸田氏の人となりも、国民に十分伝わらなかったのではないか。
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ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(ライター・編集者 梶原 麻衣子)
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