「グリコ・森永事件の真犯人は特定されていた」…警察にキツネ目の男と疑われた男が明かす「報道されない真実」
プレジデントオンライン / 2024年12月14日 8時15分
■不審車両を取り逃がした県警トップは焼身自殺を遂げた
昭和59年と60年に阪神を舞台に発生した「グリコ・森永事件」は、犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから「かい人21面相事件」とも呼ばれた。
昭和59年3月、江崎グリコ社長の江崎勝久を誘拐して身代金を要求。さらに、江崎グリコに対して脅迫や放火を起こすなどして騒然とさせた事件だ。
昭和59年11月、滋賀県警刑事部捜査一課の刑事が大津サービスエリアで脅迫状の犯人と目される「キツネ目の男」を発見。職務質問は禁じられていたため、そのまま撤収している。
その後、事件捜査を知らない滋賀県警の所轄署外勤課員が不審な白いライトバンを発見。パトカーと激しいカーチェイスとなったが、逃げられた。
翌60年、不審車両を取り逃がした滋賀県警本部長・山本昌二は自身の退職の日に本部長公舎の庭で焼身自殺を遂げている。
山本はノンキャリアからの叩き上げだったが、どういうわけかグリコ・森永事件で捜査を指揮した大阪府警本部長の四方修とウマが合った。入省年次では山本が後輩。だが、無二の親友といっても差し支えない間柄だった。
〈山本は死んでいる。手打ちなんかしてたまるか〉
司法の腹はとうに決まっている。グリコ・森永事件の実行犯がまだ娑婆にいるのなら、身柄を取るだけである。他に選択肢はない。
■私の職場にやってきた警察が言ったこと
捜査線上には数多くの名前が浮かんでは消えた。「北朝鮮の工作員」、「大阪ニセ夜間金庫事件の犯人」、総会屋、株価操作を狙った仕手グループ、元あるいは現職警察官、「元左翼活動家」といったさまざまな犯人像が取りざたされてきた。
「在日」、「暴力団」、「右翼」。どれをつついても、私の名前が出てくるようになっていた。大阪府警が関連捜査であれこれ聞いてまわったところ、10人中8人から「許永中」という名前が出てきたらしい。
私の仕事場に、ついに大阪府警の刑事が乗り込んできた。ガサ入れである。捜査令状など持ってはいない。
大阪府警は、私の身元をくまなく調べ上げた。
「何やってるか、ようわからん。人間だけはようおるな。けど、まともな者はおらん」
刑事にはそう言われた。私の周囲にいた人間は地域の先輩、友人や後輩ばかり。すでに触れたように、小さい賭博やノミ屋をやらせていたが、これがまた好評を博していた。客がうなぎ登りに増えていく。私が28、29歳になる頃まではそうした不法収入が結構な額になっていた。
■「キツネ目の男」=許 永中に
グリコ・森永事件で「キツネ目の男」に間違われたのは、私がフェリーの事業を手掛けた後のことだ。
大淀建設はすでに新日本建設と社名を変えていた。ノミ屋や賭博はやっていない。
警察が保存している過去の資料は、いつまでたっても消えるわけではない。「色」は着いたままだ。私の場合、弱いものいじめは決してしないが、若い頃からいろいろと悪行は重ねてきた。
とにかくキタ新地には江崎勝久社長が付き合っている女性の働く店があった。そこを起点として、大阪府警は新地にぐるっと囲いを入れたのであろう。その囲いの中を地取りしていった。府警の言い分はこうだ。
「何をしているかわからん人物。いつも団体で行動している。派手な飲み方で金遣いが荒い」
グリコ・森永事件は関係ない。キタで江崎社長の女がホステスとして働いていた時期に合わせ、元同僚ホステスをはじめ、いろいろな人間に当たっていった。
そんな人物を探して聞いて回ったらしい。10人中8人が、口をそろえた。
「刑事さん、それは許永中さんですわ」
どうやら、容貌も「キツネ目の男」似だということにされてしまったらしい。
警察の捜査は、どこか一点に絞って並行に進めていくわけではない。可能性のあるところはすべて潰していく。
私も大阪府警の取り調べを受けている。警察署に呼ばれたわけではない。刑事が私のところまで話をしにやってきた。しかも、定期的にだ。
■捜査令状のない闇の捜査の結果
ガサ入れが終わった後も、完全に「シロ」とは認めてくれなかったようだ。
何かと思えば、大阪府警がタイプライターを探しているという。グリコ・森永事件の犯人が書いた脅迫状と同じ活字を搭載している和文タイプである。刑事は「絶対に許永中のところにあるはずや」と言っているという。
大阪府警の捜査課長からはほとんど泣きが入っていた。あまりに気の毒だったので、許可は出した。
捜査令状など裁判所が出すはずもない。警察も必死だったのやろう。私物をすべてひっくり返して探したらしい。
当然のことだが、警察が「絶対にある」と睨んだタイプが見つかることはなかった。
正式な捜査令状のない闇の捜査とはいえ、ずいぶんのびのびとやってくれるものだ。警察にかかれば、勝手に思い込みで捜査が出来る。この世は本当に何でもありである。
「キツネ目の男」に顔が似ているといえば、宮崎学のほうだろう、と思わないでもない。宮崎はのちに早稲田大学時代に学生運動にあけくれ、「週刊現代」のフリー記者、家業の解体業の継承などの自らの経歴を描いた『突破者』でベストセラーとなる。
■なぜ宮崎学は疑われたのか
宮崎の実父・寺村清親は三代目会津小鉄会会長・図越利一の兄貴分に当たる。京都の解体土木の世界では顔である。関西でも1、2を争う存在だった。寺村建産を通さないと、仕事にならない。淀には競馬場もある。
スパイ「M」としてマスコミに実名こそ報じられなかったが、宮崎学は「グリコ・森永事件」について清川好男にYouTubeの「iRONNATVChannel」で語っている。
「グリコ・森永事件と僕の関係は一言で言ってしまえば、犯人と顔が似てたということだけなんです。僕がかつて学生運動をやってたわ、実家はヤクザで解体屋をやってるわ、金はそれなりに儲かってた時代があって、派手な生き方もしていたという、警察が抱く犯人像に近い人物のタレコミが飛び込んできたもんだから、彼らが色めき立つのも容易に想像がつく。
でも実際に情報を洗ってみると、僕に前科前歴はないんだけども、どうもコレは学生運動をやってて左翼っぽいぞと。警察はその辺りも疑っていたのかもしれません。でも、僕の見立てでは、グリ森事件にはちょっと反社会的な複数の人間がかかわっている。脅迫電話には子供や女性の声が出てきたりするからね。1人や2人じゃなかったよね。」
■突然警察がやってきたが…
「グリ森事件では僕も容疑者扱いされました。青梅街道を挟んだところに警視庁中野警察署があったんですけど、当時はその向かい側に僕も住んでいました。
実は事件後、警察が2回ほど自宅を訪ねて来ました。(京都の)実家の方にはすでに行ってたんでしょう。たぶん、中野に住んでいたころには尾行も付いていたんだと思います。そう、警察が自宅にやって来る半年ぐらい前から行動確認をしていたんだと思う。
そして、しばらくして突然ガサ状(捜索令状)を持って自宅に踏み込んできたんです。ところが、ガサをしても事件に関わるモノは何にも出てこなかった。結局、警察も一度のガサであきらめたんでしょう。その後、本件でガサを受けることはありませんでした。」
■疑いが晴れた「アリバイ」
「ただ、いま思い出しても一つだけ気になることがあります。国電車内で『キツネ目の男』が目撃され、警察が取り逃がしたときがあるでしょ? 実はガサの関係で警察が聞いてきたのは、その時の『アリバイ』なんですよ。
当時、僕はひどく物忘れが激しいもんだから、何でも細かく手帳に書く癖があったんですね。それで、刑事に尋ねられた日時をパッと見たら、『ああ、この日はここにいましたよ』と答えたんです。
今でもよく覚えていますが、あの日はとある大学の労働組合の勉強会に出ていたんです。刑事は僕の答えを聞いてすぐその場で無線連絡を取り、別の刑事がその大学に行って裏を取ってきたんです。
もしあの時、僕がアリバイを証明できなければ、今ごろどうなってたかな? 僕は物忘れがひどいからメモを取る癖があったのが、結局は身を救ったという話なんですが、何が身を助けるか分からないもんだよね(笑)。
その後も、雑誌なんかで犯人扱いされて、いろいろ書かれたりしたんだけど、あれ以降警察のマークがなくなったというのはよく覚えています。もちろん僕には事件には関与していないという身の潔白があるわけですから、警察による本件のガサにもかなり協力的だったと思いますよ(笑)。」
■劇場型犯罪という見方そのものが間違い
「『劇場型犯罪』の走りといわれたグリ森事件とは結局何だったのか。そもそも『劇場型犯罪』という括り方自体が間違ってると思う。あれは犯人がカモフラージュのために『劇場型』にしたわけで、犯罪を劇場化に仕立てて楽しむ犯罪者なんているはずがない。カネという最大の目的があるから罪を犯すわけで、愉快犯的にやるのは極めてリスクが高い。
だから僕は劇場型犯罪という見方そのものが間違いで、何らかの経済的な犯行理由がそこにはあって、つまりカネのためにやったんだと思っています。劇場型にしたのは、あくまで犯行をカモフラージュして捜査をかく乱させるためだったにすぎない。
劇場型とか言って、いまだ語り継がれていること自体、まだあの犯人グループの手の中で踊らされている、そんな気がしてならない。
当時も今もマスコミや世間が劇場型犯罪だと思っている時点で、一生『犯人』にたどり着くことはないでしょうね。犯人のかく乱に、まだ乗せられてしまっていると言えるんじゃないかな。
警察は金の要求とか受け渡し方法とか、警察のやり方で捜査をするわけじゃないですか。その時に『なんだろうコイツ? 本気で考えとるんだろうか』っていう捜査の見立てが、まず最初の大きな壁として立ちふさがる。」
■初動捜査の致命的なミス
「あの種の恐喝事件は、金の受け渡しの時に犯人が逮捕されるというパターンが多いですから。犯人側にすれば、金の受け渡しはどうするか、金は要求しただけ出るとも限らないから、まずは多めにふっかけておけばいいとか、いろんなことを考えて要求したんでしょう。あの時も『現金10億円と金塊100キロ』なんて途方もない要求でしたからね。
犯人グループは警察捜査の裏を読むというか、そういうことがわかっていた連中で、ある意味『商売人』だったんだろうなと思います。少し知識のある人間だったら、警察無線の傍受なんか簡単にできることも知ってるでしょう。
警察は自分たちがやっている科学捜査は、犯人には全く知られていないとか、そもそも捜査をかく乱できるような連中じゃないと思っていたんでしょう。事実、江崎社長を真っ裸にして放り出したりするような結構手荒いタタキ(強盗事件)でしたからね。
でも、それは明らかに初動捜査の見込み違いだった。犯人はかなり知的水準の高い人物という見立てでやっていれば、また違った局面になってたんだろうと思いますね。別にグリ森事件に限った話ではないけど、初動捜査のミスがずーっと後まで響いたわけですね。」
■大阪府警「犯人像は4つのルートに絞っている」
《(大下・注)実は、小早川茂もまた「キツネ目の男」に疑われたのである。
今回、筆者は小早川にインタビューし、証言してもらった。
(編集部註:小早川茂は、バブル期に暗躍したフィクサー。崔茂珍(韓国名)。柳川組元組長・柳川次郎氏の後ろ盾を得て様々な事件にも関与。戦後最大の経済事件「住銀・イトマン事件」にも関係し、背任に問われ懲役2年の実刑判決を受ける)
〈オレは、グリコ・森永事件から十年後にイトマン事件で取調べを受けていた。大阪府警二課による取調べが一段落した後、なぜか大阪府警一課の捜査員が三人、拘置所にやってきた。
捜査員がいきなり言うんだ。
「小早川さん、114号事件で助けてほしい」
取調べ室の机の上に一メートル近い高さのグリコ・森永事件の資料を積み上げて、オレに迫った。
「あなたが、犯人でしょう」
彼らは、大阪府警捜査一課の捜査方針を口にした。
「犯人像は、4つのルートに絞っている。1に在日韓国人、朝鮮人、2にマル暴関係者、3に過激派。4に部落関係者だ。おまえは、1も2も3の過激派まで3つも適合しているじゃないか」
最初の1の在日韓国人、朝鮮人というのは、江崎社長の身代金に金塊を要求するのは、外国人の証拠である。手口も、金大中事件によく似ているというんだ。大韓民国の民主活動家で政治家の、のちに大統領となる金大中が、韓国中央情報部(KCIA)により日本の東京千代田区のホテルグランドパレス2212号室から拉致され、船で連れ去られた。ソウルで軟禁状態に置かれ、五日後にソウル市内の自宅前で発見されたという事件だ。
■「犯人グループは200億円は設けた」
江崎社長は、兵庫県西宮市の自宅から3人組の男に誘拐され、大阪府茨木市の水防倉庫に監禁され、自力で脱出した。オレは、偶然にも、その水防倉庫と淀川を挟んだ岸辺にある家に生まれたんだ。土地勘は十分というわけだ。
さらに、オレの通っていた関西学院大学が西宮市上ヶ原にあり、事もあろうに、その大学の前に、3人組が誘拐に入った江崎社長の本宅があったのだ。
そのうえ、オレは「殺しの軍団」とまで呼ばれていた柳川組柳川次郎組長の秘書までやっていた。それゆえ、七年前の事件発生直後から、オレの名前が挙がっていたというのだ。
捜査員は、オレを挑発するように言うのだ。
「専務にも会って、聞いてきたのだ」
「専務」というのは、許永中のことだ。
「専務の言うには、あんな大仕事が出来るのは、小早川しかおらんと言うとるのや」
許永中が、そんな人のことまで言うわけない。
俺は、捜査員に言ってやった。
「ご明察、オレが犯人です。そのかわりイトマンの起訴は取り下げてくれ。そっちでいこうや」
結局、「グリコ・森永事件」での騒ぎはあくまで陽動作戦にすぎない。犯人の本当の狙いは、カネだ。株価操作だ。この事件の裏で200億円はたっぷり儲けたはずだ。高笑いしているはずだ。〉》
■真犯人は特定されていた
結局、色々あったがグリコ・森永事件の捜査は真犯人にたどり着かないままで終結した。
報道には一切乗らなかったが、グリコ・森永事件の真犯人は特定されていた。特に警察庁関係者で知らない者はいない。ただ、証拠がなかった。
その犯人グループもすでに鬼籍に入った。電話をかけてきた女は、沖縄で飛び降り自殺。メンバーには子供もいたが、死んでいる。
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作家
1944年、広島県に生まれる。広島大学文学部を卒業。『週刊文春』記者をへて、作家として政財官界から芸能、犯罪まで幅広いジャンルで旺盛な創作活動をつづけている。著書に『安倍官邸「権力」の正体』(角川新書)、『孫正義に学ぶ知恵 チーム全体で勝利する「リーダー」という生き方』(東洋出版)、『落ちこぼれでも成功できる ニトリの経営戦記』(徳間書店)、『田中角栄 最後の激闘 下剋上の掟』『日本を揺るがした三巨頭 黒幕・政商・宰相』『政権奪取秘史 二階幹事長・菅総理と田中角栄』『スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件 四四〇億円の借金帳消しを勝ち取った男たち』『安藤昇 俠気と弾丸の全生涯』『西武王国の興亡 堤義明 最後の告白』『最後の無頼派作家 梶山季之』『ハマの帝王 横浜をつくった男 藤木幸夫』『任俠映画伝説 高倉健と鶴田浩二』上・下巻(以上、さくら舎)、『逆襲弁護士 河合弘之』『最後の怪物 渡邉恒雄』『高倉健の背中 監督・降旗康男に遺した男の立ち姿』『映画女優 吉永小百合』『ショーケン 天才と狂気』『百円の男 ダイソー矢野博丈』(以上、祥伝社文庫)などがある。
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実業家
1947年、大阪府大阪市大淀区(現北区)中津に生まれる。在日韓国人2世。大阪工業大学在学中から不動産や建設など様々な事業に関わり、在日同胞や極道関係者の人脈を培う。大学中退後、大谷貴義や福本邦雄らの知己を得て「戦後最大のフィクサー」の異名を取る。1991年にイトマン事件、2000年に石橋産業事件で逮捕。保釈中の1997年9月、ソウルで失踪。1999年11月に都内ホテルで身柄を拘束された。2012年12月、母国での服役を希望し、ソウル南部矯導所に入所。2013年9月に仮釈放。現在はソウル市内に住み様々な事業を手掛ける。著書に『海峡に立つ 泥と血の我が半生』(小学館))『悪漢の流儀』(宝島社)がある。
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(作家 大下 英治、実業家 許 永中)
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