「新型マツダ・ロードスターが290万円」は奇跡に等しい…文化事業化した国産「大衆スポーツカー」が直面する危機
プレジデントオンライン / 2024年12月17日 16時15分
■なぜ今ロードスターが売れているのか
今年に入り、マツダの国内販売が伸び悩んでいます。
本来コロナ禍を抜けて上り調子なメーカーも多いはずですが、例の認証不正問題もあり、同社の2024年上半期の国内販売は乗用車6万3501台でマイナス31.9%と3割減!
逆に海外販売は55万1889台で前年同期比5.4%のプラス。中でも電動化で厳しいはずの中国が4万1688台と31.3%のプラスで、それだけに国内の低調ぶりが際立ちます。
車種別に見ても1~6月月販合算はコンパクトカーのマツダ2が1万400台で前年同月92%、売れ筋SUVのCX-5が8700台で64%、CX-30が6500台で63%、スタイリッシュハッチバックのマツダ3が5900台で75%と軒並みダウン。
そんな中、予想外に気を吐いているのがスポーツカーのマツダ・ロードスターで上半期は4900台と実に前年同月118%。マニアックな2人乗りオープンなので絶対数は多くないですが月平均800台超えと大爆発。今年1~3月に限っては月販1000台以上と例外的に伸びているのです。
しかも現行ND型(標準グレードの「S」が289万8500円〜)は、2015年デビューの4代目。発売から実に9年目を迎えており、2024年1月は大幅商品改良こそ行われましたが、骨格は基本変わりませんし、根本的な室内スペースやラゲッジスペースも変わりません。
走りは、クルマ好きの中では「歴代ベスト」の声が上がるほど熟成されていますが、ハイブリッド化もしていませんし、古さは否めません。ロードスターはなぜにそこまで長く愛されるのでしょう?
■実は毎年少しずつ進化している
第一の理由に決して歩みを止めないしぶとい進化があります。繰り返しになりますが、スポーツカーは趣味用で人も多く乗れないだけに、実用的な軽ワゴンやコンパクトSUVのように月何万台とは売れません。国内では月数100台が関の山。
しかし、気に入った人は長く愛してくれますし、いつかは買ってくれます。ロードスターからロードスターへの買い換えも多いですし、スポーツカーならではの育て方があるのです。
キモは熟成です。フルモデルチェンジしなくてもいい、丁寧に時代進化分アップデートしていく。ある意味、老舗の焼き鳥屋のタレのように、新しいタレを継ぎ足しながら進化していく。電動化が叫ばれる昨今、スポーツカーファンの中には逆にロードスターはEV化しなくていい、ガソリン車のまま進化し続けて欲しいと思う人すらいます。
ファンもクルマも足並み合わせて進化していくのです。現行ND型もほぼ毎年のように商品改良(マツダはマイナーチェンジと言わない)や車種追加が行われています。
ND型では、2015年5月にソフトトップのロードスターが発売されて以来、翌2016年はハードトップのロードスターRF(リトラクタブルファストバック)発売。2017年は初商品改良で遮音マットや装備を追加し、特別仕様車レッドトップも発売。
■2024年の大幅改良の中身
2018年は1.5LエンジンとRF用2Lエンジンのパワーアップや先進安全の標準化。
2019年はマツダ30周年記念車と特別仕様車シルバートップ。2020年はマツダ100周年特別記念車発売や新色追加。
2021年は足回り新技術のキネマティック・ポスチャー・コントロールを備えると同時に特別仕様車990S、ネイビートップを追加。2022年はブラウントップ、さらに2023年に発表され、今年1月に発売されたのが直近の大幅商品改良モデルなのです。
まさに1年と空かない驚異のリフレッシュ。
しかも今回(2024年)は「大幅改良」と言うように外観からインテリアから走りまで全域進歩してします。
わかりやすいところではヘッドライト。既にメインビームはLED化されていましたが、ウィンカーはバルブのままだったのが前後ライト共にフルLED化(ただしフェンダーのウィンカーはまだバルブ)。
デイタイムランニングライトが新設され、レンズカッティングもモダンに印象的になり、新デザインのアルミスポークホイールが選べるようになりました。
■これで歴代最高レベルの走り味に
インテリアは遂に8.8インチ横長ディスプレイ投入。コネクト性能も進化してAmazon アレクサ初対応。ボディカラー的にも新色エアログレーメタリック、幌はベージュが加わり、ほぼ同色のベージュのスポーツタン内装も選べるようになりました。
同時に今回はパワートレインも強化。1.5Lガソリンに国内のハイオクガソリンに合わせた新セッティングを施し、4psアップの136ps。また2Lエンジンも含めて駆動力制御を最適化し、アクセルを踏んだ瞬間のトルクの厚みが増しました。
さらなる驚きはハンドリングの改善で6MTの一部グレードに関してはマツダ新開発のアシンメトリックLSD初搭載。コーナリング中の駆動力伝達をより安定化させるもので加速時と減速時で非対称の制御が可能。コーナー立ち上がりはよりナチュラルに、コーナー侵入ではリアが安定するようになりました。
加えて、電動パワステを改良することでよりシャープなステアリングフィールを実現。骨格は変わりませんが、今まで以上のハイスピードで安心の手応えでコーナーに突っ込めるようになりました。
まさに内外装からエンジンから足回りまで全面改良で、ロードスター歴代最高レベルの走り味を獲得しているのです。
■最大の改良点
今回はそれに加えて、象徴的な改良が行われました。電子プラットフォームの一新です。いわば車内を走るハーネスや信号のやり取りとするコンピュータ、その情報のプロコトルなどです。人に例えるならば神経ネットワークに当たる部分でしょうか。
一見、クルマに詳しくない人にとっては「なにそれ?」な部分ですが、開発エンジニアに聞くと「これが今回の改良の主眼」だったと言います。これが変わったから速くなったとか、乗り心地がよくなるようなものではありませんが、キモは「サイバーセキュリティ」です。ぶっちゃけハッカー対策なのです。
スパイ映画に出てくるような話ですが、今のクルマはナビやオーディオが電気的なのはもちろん、アクセル、ブレーキ、ステアリングまで電子制御や電動アクチュエータが組み込まれています。
変な話、外部から電波でハッキングされたら、街を走るクルマが勝手にアクセルを開けて加速する! なんてことも起こり得ます。その事態を防ぐため、厳しい日欧レギュレーションが存在し、今回ロードスターはこのタイミングで新しい電子プラットフォームを備えなければ市販できなくなる恐れもありました。これがもっともやらねばいけなかったことなのです。
■いつなくなってもおかしくない
昨今、新車には当然のようにパワーを上げ、燃費やスタイルを改善し、魅力的なモデルチェンジをすることが求められますが、それ以上に毎年のように厳しくなる「安全基準」「環境基準」をクリアすることも求められます。
少量生産のスポーツカーにとって本当に厳しいのはそこなのです。正直、台数は出ないのに次から次へと責任が覆い被さってくる。特にロードスターのような、せいぜい200〜300万円の大衆スポーツカーはそこが本当に大変。
事実、かつて80~90年代にイギリスやイタリアにあったライトウェイトスポーツはすべて消え去りました。残るのは日本のマツダ・ロードスターとトヨタGR86(319万5000円~)、スバルBRZ(381万7000円~)ぐらいのもの。後はポルシェやフェラーリのような高額なハイエンドスポーツカーだけ。
現代は大衆スポーツカー苦難の時代なのです。中でも年間せいぜい100万台規模のマツダが、ロードスターを作り続けるのは苦労の塊。恐らく中国韓国の新興メーカーも手を出さないでしょう。
既にロードスターは走る文化遺産になりつつあります。作り続ければ、その有り難みを知るファンが買ってくれるというマニアックなローテーションが作られているのです。
そんな中、ND型ロードスターは本気の延命措置を図りました。その結果、売れているというのが今年の結果なのです。
もちろん売れてもグローバルで年間せいぜい数万台。トヨタカローラなら1カ月で売りさばく数でしょう。実は文化事業にも近いモノだと小沢は思っています。いつなくなってもおかしくありません。買えるウチに買わなければいけないのです。
ある意味走る文化事業。そういう、希有なビジネスなのです。
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自動車ライター
1966(昭和41)年神奈川県生まれ。青山学院大学卒業後、本田技研工業に就職。退社後「NAVI」編集部を経て、フリーに。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。主な著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)、『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はホンダN-BOX、キャンピングカーナッツRVなど。現在YouTube「KozziTV」も週3~4本配信中。
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(自動車ライター 小沢 コージ)
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