日本のエンゲル係数は先進国で「圧倒的1位」28%超…今後も「食費率」が上がり続ける物価高以外の2つの根本理由
プレジデントオンライン / 2024年12月11日 10時15分
■年末はさらに物価高…2010年代以降は肉より「魚高傾向」
食料品をはじめいろいろなものの値段が上がって生活を苦しめている。年末をひかえ、年越しにも苦労しそうだ。そこで、物価の高騰とその影響について国際比較を交えながらデータを見ていくことにしよう。
物価やインフレの状況については、消費者物価指数の上昇率で追うのが定番であるが、より実感に近い具体的な品目の値段の動きで見てみよう。
家計調査の結果から家庭で消費される肉と魚の価格(100グラム当たり単価)の推移を図表1に示した。物価の動きは、本来は、同じ品質の同じものの値段がどの程度上がったかを示す消費者物価指数で把握すべきであるが、ここでは、例えば、肉の中で高い牛肉を多く消費するようになれば肉の単価が上がる家計調査の重量当たりの購入単価のデータを使っている点に注意しながら数字を見てほしい。
肉(生鮮肉)と魚(生鮮魚介)の単価は、1980年代までは、肉のほうが魚より高かったが、1990年代以降、牛肉自由化の影響による安価な輸入牛肉の増加や、全体的な牛肉価格の低下などにより、グラム単価でほぼ同じとなり、バブル後の価格破壊と呼ばれたデフレ経済の中で、肉も魚も傾向的に低落する状況がけっこう長く続いた。
その後は、2003年の米国BSE牛発見に伴う輸入禁止による肉の価格上昇、魚については2006年に資源量の制約や中国など世界的な水産ブームの影響で魚の単価上昇という一時的な変化はあったもののおおむね横ばい傾向が続いた。
ところが、2013年以降は円安の影響もあって肉も魚も単価が上昇に転じた。2015年以降、肉は横ばいかじりじりと高くなる状況であったが魚のほうは急速な価格上昇に転じた。
この結果、肉と魚とでは、長い間、肉のほうが高い値段だったが、2010年代以降は基本的に魚高傾向が続いている。
しかも、肉と比べて魚には割高感がある。グラム単価が同じでも、魚は骨や頭尾、貝殻など不可食部分がかなりあるため、身の部分では割高と感じられているのである。
小中学生の子供のいる家庭の6割近くは、夕食に魚介料理を食べる頻度が週2日以下となっているという調査結果がある。その理由をきくと、「肉より割高」が第1位であり、第2位の「子どもが魚介類を好まない」、第3位の「調理が面倒」を大きく上回っていた〔(社)大日本水産会「水産物を中心とした消費に関する調査」2004年度〕。
こうした点から消費量も肉が横ばいであるのに対して魚は低迷している。
■あじ、さんま、さば…大衆魚が高級魚化、牛肉と鶏肉の価格差拡大
生鮮魚介の主要魚種別の価格を見ると、単価がおおむね200円かそれ以上のまぐろ、たい、えびといった高級魚の価格が1980年代に上昇し、1990年代に低下しており、これが、全体の生鮮魚介の価格推移にむすびついていた。まぐろは2006年から資源量の制約などにより価格上昇に転じている。この結果、高級魚の中でも、まぐろと養殖や輸入が多いたい、えびの価格差が開いている。
一方、単価が100円前後、あるいはそれ以下の回遊魚中心の大衆魚については、2000年代までは低下していたあじ、さんまを含めて漁獲量が減り、最近は全体的に価格が上昇傾向にある。
まぐろを除く高級魚が輸入や養殖の影響で価格が落ち着き、沿岸・沖合資源の減少で大衆魚の価格が上昇しているので、今や高級魚と大衆魚の価格差が大きく縮まり、かつてのような明確な差がなくなっている。
生鮮肉の単価については、牛肉が、貿易自由化前には300円以上、自由化以降には260円~270円程度で推移していたが、その後、2003年の米国のBSE感染牛発見に伴う輸入禁止、2008年の世界的な穀物高騰、2014年の消費税アップ、そして2022年のウクライナ戦争とことあるごとに段階的に上昇を続けている。
豚肉は、牛肉の半分近くの150円弱、鶏肉はそれより安く、100円弱で安定的に推移していたが、2008年には世界的な飼料高騰の影響で肉類、チーズが値上がりした。
このチーズに関してはそれ以降も高値安定が続き、2022年のウクライナ戦争による穀物高騰に円高の効果が加わり、牛肉、チーズ、卵などが全般的に値上がりしている。
こうした動きの中で、高級魚と大衆魚の価格差が縮小傾向であるのとは対照的に、生鮮肉やチーズ、卵の間では相互の価格差が広がってきている。
■欧米ほど激しくはなかったが後を引いている日本のインフレ
物価高騰、すなわちインフレの状況については、以上ふれてきた魚や肉よりも野菜やコメの価格高騰が話題になることが多い。しかし、野菜やコメの価格変動は、天候不順や不作に由来する一時的な性格の強いものであり、それに対して魚や肉の価格変化は、一般的な物価動向に沿うとともに、気象変動や資源状況、あるいは飼料を含む穀物貿易を阻害する国際紛争といった長期的な要因によって影響されるところが大きいものである。
すなわち、そのトレンドを理解することが日本の将来を示唆するような動きであるので、ここでやや詳しく紹介した。
次に、具体的な魚や肉の価格から離れ、より一般的な物価動向について、日本の動きを欧米の動きと比較してみよう。
その場合、世界共通の基準で作成されている消費者物価指数の動きを各国比較するのが王道である。そうした場合に普通使われる対前年同月比の推移を日本と欧米主要国について示したグラフを図表2に掲げた。
この数年は新型コロナの蔓延によって、家計やものの値段が大きく影響されてきたので参考データとして新型コロナが深刻となった時期を知るため、世界の月別の新型コロナ死亡者数の推移を図に同時に示した。
2019年までは各国でインフレ率は1~3%程度で比較的落ち着いた動きを示していた。日本は欧米のインフレ範囲の最低レベルで推移していた。
ところが、2020年からは、折から大流行がはじまった新型コロナのパンデミックにより消費が低迷したためインフレ率は各国で大きく低下し、日本ではマイナス、すなわちデフレ状態に陥った。
ところが、新型コロナのインパクトが弱まりつつあった2022年の2月にはロシアのウクライナ軍事侵攻がはじまり、それにともなってエネルギーや穀物価格が上昇してインフレが顕著に進み、各国で大きな生活上の問題となった。
インフレの高進はロシアのウクライナ侵攻以前からはじまっており、またコロナ被害の程度とインフレがX字交差で推移していることから、コロナの鎮静化とともに生じた巨大なリベンジ消費にコロナの影響で失われた供給力がなかなか追いつかなかったことで世界的なインフレとなり、それをたまたま起こったロシアのウクライナ侵攻がさらに促したという見方もかなり説得力をもっている。
この大インフレ時代に国民が生活苦難に陥った欧米各国では、経済運営に失敗し国民を困窮に陥れたという理由で政権担当政党に対する批判が渦巻くこととなり、これが主因となって、例えば、今年行われた米国大統領選では、民主党バイデン政権の後継候補であるカマラ・ハリス副大統領が野党共和党の大候補トランプ前大統領に敗北した。フランスやドイツなど欧州各国でも政権が不安定となっているのも同じ理由からと言える。
日本ではインフレの程度が欧米諸国と比べてかなり低かったので、欧米諸国における生活難や政権運営の困難さに対して思いが至らない状況にある。
2024年の現在では、世界的には、インフレは大きく収まりつつある。ところが、コロナ禍の影響が欧米より軽かった分、インフレ度も低かった日本では、折から進行していた円安のため、食料などの輸入物価の高騰が続き、それとともにインフレもなかなか収まらず、現状では欧米と比較しても高いインフレ率で推移している。
■日本のエンゲル係数は大きく上昇、G7諸国トップに
こうして生じた食料価格の高騰が一因となって、最近は日本のエンゲル係数(家計の消費支出に占める食費=飲食料+酒類+外食の割合)の上昇が目立つようになっている。
日本は家計調査を使い、日本以外は作成基準が統一されているGDP統計(SNA)の国内最終家計消費の内訳から算出したエンゲル係数で各国の動きを図表3で比較してみた。
コロナ禍が襲った2020年にレジャーや旅行など外出関連の消費支出が落ち込んだのに食費支出は巣ごもり消費で比較的堅調だったため日本のエンゲル係数は、前年の25.7%から27.5%へと急上昇した。
日本以外の各国でも2020年には、日本と同じ理由でエンゲル係数が大きく上昇している。
2021年に入ると日本をはじめ各国でエンゲル係数は大きく低下し、通常年に向かう動きが見られる。しかし、日本の場合は、円高の影響もあって、2023年には27.8%と圧倒的にG7諸国トップの水準まで上昇した。
年間では確定していないが、2024年の1〜8月のエンゲル係数は28.0%、8月は30.4%(年収1000万〜1250万円の世帯では1〜8月で25.5%・年収200万円未満の世帯は33.7%)。2024年全体では28.5%まで上昇すると見込まれる。
2020~21年の動きはコロナの影響でやや特殊なので、それを除いて、エンゲル係数の長期推移をたどって見ると以下のようにとらえられる。
まず、エンゲル係数の各国の相対レベルは、あまり変わっていない。かねてより、米国が特別低く、日本、イタリア、フランスで高くなっている。スウェーデン、英国、ドイツは、両者の中間のレベルである。
多彩な料理や食文化にそれぞれ特徴のある日本、イタリア、フランスで高く、ファストフードの米国で特別低くなっている点が印象的である。料理が名物とされているかのランキングとエンゲル係数の高さがほぼ一致しているのが興味深い。すなわち、先進国だけ取ってみると、エンゲル係数は所得水準の差というよりは、各国の国民が食べ物にどれだけこだわるかの指標の側面が大きいといえよう。
欧米主要国の動きを見る限り、反転の時期はややずれるが、日本と同様に、下がり続けていたエンゲル係数が2000年代に入って上昇に転じている。
ただし、反転上昇のカーブについて日本がもっとも鋭角的だとは言えよう。
エンゲル係数の反転上昇の動きがこのように世界共通であるということは、日本のエンゲル係数の上昇が意味するものとして指摘されることが多い生活苦の拡大というよりは、先進国でおこっている共通の社会の構造変化を想定する必要がある。
■高齢化、共働き世帯増、食料価格高騰…係数反転上昇の3大要因
エコノミストらの分析を参考にすると、エンゲル係数の反転上昇の要因としては、主として以下の3つが想定される。
第1に、高齢化である。先進国では高齢化に伴って、退職後の高齢世帯やひとり暮らし高齢世帯が増加している。食費以外の教育費などの負担が減る高齢世帯、また、食べ残しが多いため食費が割高になりがちなひとり暮らし高齢世帯ではエンゲル係数が高くなるという特徴がある。従って、高齢世帯の割合が増えればエンゲル係数を押し上げる効果が働くのである。また、高齢化にともない生産年齢人口が減れば経済成長率が低下するので、豊かになることによるエンゲル係数の下落を遅らせる効果もあろう。
第2に、女性の社会進出や女性就業率の上昇にともなって、ますます共働き家庭が増え、各国で食費に占める調理食品や外食の割合が増えている。調理食品や外食は加工やサービスの費用が加わっているので、同じ栄養価を得るための費用は家庭調理をする場合に比べると高くなるはずであり、食費を全体として拡大させる要因となっているのは間違いなかろう。
第3に、食料価格の高騰が挙げられる。図を見ると、2009年には、日本、ドイツ以外の国でエンゲル係数が短期的に跳ね上がっているが、これは、2008年の穀物価格の急上昇の影響と見られよう。日本がその時期にエンゲル係数に大きな変化が見られなかったのは円高傾向が相殺要因として働いていたからである。
その後も国際的な穀物価格は以前と比較して高値を続けており、これが各国の食料価格を上昇させ、結果としてエンゲル係数を押し上げる要因となっている。
日本の場合は円安傾向や消費税引き上げがこれに拍車をかけている。2015~16年の円安は日本のエンゲル係数を特異に上昇させる要因となった。また、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられた影響も加わっている(図表1の肉類の価格変化参照)。
医療費や学校の授業料など非課税品目を含む消費全体に対して消費税が引き上げられた食料品価格は相対的に上昇したのである。報道によれば「総務省が14~16年のエンゲル係数の上昇要因を分析したところ、上昇幅1.8ポイントのうち、円安進行などを受けた食料品の価格上昇が半分の0.9ポイント分を占めた」という(毎日新聞2017年2月18日付)。
生活レベルの低下というより、こうした高齢化、共働き世帯の拡大、食料価格上昇という3つの要因が世界の中でも特に日本で大きく作用していることが、エンゲル係数の反転上昇カーブが特に日本で鋭角であり、エンゲル係数の水準がG7トップにまで躍り出た理由だと考えられよう。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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