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なぜ「令和ロマン」は連覇失敗のリスクがあるのに今年もM-1に出るのか…常人には理解できないシンプルな理由

プレジデントオンライン / 2024年12月22日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sankai

2023年のM-1グランプリを制し、今年も連覇なるかと注目されるコンビ「令和ロマン」(吉本興業)。お笑い界をウォッチするラリー遠田さんは「今はちょうど歴史の節目。松本人志が芸能活動を休止し、新しい動きが起こっている。令和ロマンもこれまでの慣習にとらわれない道を選んだ」という――。

※本稿は、ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■松本人志騒動でお笑い界は誰が勝つかわからない「幕末」に

お笑い専門ニュースサイト「お笑いナタリー」で連載されている対談記事の中で、ウエストランドの井口浩之はこんなことを言っていた。

松本(人志)さんのこともあったからか、幕末みたいな感じになってきていますよね。何が残って、何が滅ぶか全然わからない。けっこう動乱の世に突入している感じはします。
(ウエストランド井口と作家飯塚が語る「2024年1月のお笑い」/「お笑いナタリー」)

これを読んだとき、「幕末」という言葉が妙にしっくりきた。もともとお笑い界では「天下を取る」という表現もよく使われているので、まさに幕末という表現がふさわしい。

絶対的なボスだと思われていた松本が芸能活動を休止したことで、長く続いていた体制が終わりを迎えて、さまざまな形で新しい動きが起こっている。ちょうど歴史の節目に立ち会っているような感じがする。

■M-1グランプリ2023を制した令和ロマンの新しさ

2023年12月24日に行われた「M-1(エムワン)グランプリ2023」を制したのは、高比良くるまと松井ケムリの2人から成る令和ロマンだった。2018年優勝の霜降り明星とほぼ同世代であり、最近のM-1チャンピオンの中では霜降り明星に次ぐ若さだった。令和ロマンは何もかもが規格外の大型新人としてお笑い界に名乗りを上げた。慶應義塾大学のお笑いサークル出身の高学歴芸人であり、学生時代からその界隈では有名な存在だった。

吉本興業のお笑い養成所「NSC東京」を首席で卒業し、プロ1年目でワイルドカード枠(敗者復活システム)で「M-1」準決勝進出を果たした。2020年には「NHK新人お笑い大賞」で優勝した。

そんな令和ロマンの「M-1」優勝は、2018年の「M-1」で史上最年少優勝を果たした霜降り明星とは別の意味で新世代の芸人らしさを感じさせるものだった。優勝に至るまでの戦略と優勝してからの動きに関して、それまでの常識とは全く違うものがあったからだ。

コンビの頭脳とも言える存在のくるまは、自分たちの戦略に関してさまざまな場所で積極的に語っている。芸人が裏側の部分をここまであけすけに語ることも珍しいし、そこで語られている内容も興味深い。

■なぜM-1決勝一番手の令和ロマンが王者となれたのか

まず、彼らがどうやって優勝を果たしたのか、ということについて。

一般的に、「M-1」に挑む芸人は自信のあるネタを2本用意して、それを極限まで磨こうとする。決勝では2本の漫才を披露する必要があるため、そこに向けてネタを細部まで作り込んでいくのが最善策だと考えられているからだ。

だが、今回初めて決勝に進んだ令和ロマンは、決勝で披露するためのネタを4本も用意していた。これは通常では考えられないことだ。彼らはその場の空気に合ったネタを選ぶために、あえて多めに準備していたのだという。

しかも、くじ引きで10組中1番目にネタを披露することになった彼らは「一番手では勝ち目がない」と思い、早々に勝負を捨てた。そこで、自分たちの勝敗を度外視して、とにかく客席を盛り上げられるだけ盛り上げて、あとから出てくる芸人がやりやすい空気を作ろうとした。

そのために、途中で役柄に入り込むコントの要素がなく、純粋なしゃべりだけで展開される「しゃべくり漫才」を選んだ。漫才の途中で観客に話しかけるようなくだりもあった。とにかく客席との心理的な距離を縮めることで、笑いやすい雰囲気を作ろうとした。いわば、彼らは自分たちが捨て石となって、大会全体の空気を良くすることを目指したのだ。

ところが、いざ蓋を開けてみると、そのネタで大爆笑が起こり、不利と言われる一番手で高得点を獲得した。

■令和ロマンにとってはM-1に参戦することが「一種の娯楽」

そして、くるまの分析によると、くじ運の悪さがこの後の悲劇を招いた。たまたま同じ系統のネタを演じる芸人が固まったせいで、観客が漫才を比較して審査する目線でネタを見る空気になり、二番手以降の芸人があまりウケない状況に陥ってしまった。その結果、勝負を捨てたはずの令和ロマンが最終決戦に駒を進めることになった。

彼らが2本目に選んだ漫才は、1本目と違ってコント仕立てのものだった。重い空気を打ち払うために丁寧なツカミで観客を引き込み、再びうねるような笑いを起こした。結局、彼らはそのまま優勝を果たした。

令和ロマンの高比良くるまと松井ケムリ
写真=時事通信フォト
マイホムの新注文住宅「PlusMe」ローンチ記者発表会に登壇した令和ロマンの高比良くるま(左)と松井ケムリ(=2024年2月1日、東京都渋谷区) - 写真=時事通信フォト

優勝後の記者会見でも、けろっとした表情でどこか他人事のように戦いを冷静に振り返っているのが印象的だった。

会見の席では「来年も出ます」と宣言したことも話題になった。ほとんどの芸人は「M-1」に優勝したら、再度挑戦することはない。なぜなら、「M-1」への挑戦はそれだけ過酷なものだし、優勝という目的を果たしたのなら再び出る必要もないからだ。しかし、令和ロマンにとっては「M-1」そのものが一種の娯楽である。そこを目指すこと自体が楽しいのだから、優勝したからといって辞める理由がない。

■テレビタレント志向ではないから、優勝後も参戦を決めた

ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)
ラリー遠田『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)

さらに言うなら、ほかの芸人は「M-1」を売れるための手段だと考えているようなところもある。「M-1」で優勝すれば、それをきっかけにしてテレビにたくさん呼ばれたりして、そちらで活躍できるようになるかもしれない。ほとんどの芸人はそのコースを目指しているので、優勝した後でわざわざ再出場して無駄な苦労を背負う気にはならない。

だが、令和ロマンはテレビタレント志向の芸人ではない。だからこそ彼らは何の迷いもなく「M-1」再挑戦を宣言できたのだ。

血と汗と涙ではなく、お笑いへの純粋な興味や好奇心と戦略でつかんだ勝利。令和ロマンは、これまでのお笑い界の常識を覆す新時代のチャンピオンとなった。

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ラリー 遠田(らりー・とおだ)
ライター、お笑い評論家
1979年生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。主な著書に『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『逆襲する山里亮太 これからのお笑いをリードする7人の男たち』(双葉社)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など多数。

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(ライター、お笑い評論家 ラリー 遠田)

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