国連勧告に従っても「愛子天皇」は実現しない…「悠仁さまより愛子さま」派が知らない国際的皇位継承ルール
プレジデントオンライン / 2024年12月17日 9時15分
■「女性天皇」の可能性に沸く識者たち
国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)が、10月29日に、男系男子による皇位継承を定めた皇室典範を見直すよう日本政府に勧告した。女性皇族による皇位継承を認めていないのは女性差別撤廃条約と相いれないという理由からだ。
この勧告に従ったとしても、悠仁さままでの継承に影響はなく、「愛子天皇」が実現することはない。悠仁さまの第一子が女子だったときどうするかの話だ。
島田裕巳氏は〈ついに国連が「男系男子限定」に勧告…宗教学者が断言「皇室典範改正→愛子天皇実現への初手はこれしかない」〉、高森明勅氏は〈日本の皇位継承が国連勧告を受けるという恥をかかせた元凶…明治時代「男系男子限定」に誘導した人物の名前〉とか勇ましいタイトルの記事を書かれているが、二人とも宗教学者だ。
外交実務にかかわってきた立場から見れば、国連のさほど重要でもない機関の勧告などたいした話ではない。もちろん、この勧告には法的拘束力もない。
■政治的思惑による越権行為ではないか
高森氏は「条約は国内の普通の法律より優越し」というが、それは、条約で遵守することが強制されている場合だ。島田氏も「思わぬ形で、日本は愛子天皇実現の方向にむかわざるを得なくなった」というが、国連の勧告など玉石混淆であって受け入れることは少ない。
死刑の廃止、外国人参政権、共同親権の創設、人質司法改善、親による子ども連れ去り取り締まり、労働市場の規制緩和、アルコール摂取抑制、ワクチンの接種率向上など言いたい放題だ。
今回の勧告でも、夫婦別姓を認めろ、中絶に配偶者の同意を要求するな、同性婚を認めろ、沖縄の女性への性暴力を防止せよなど盛りだくさんだった。
とくに、委員会の目的とは違う政治的な思惑でさまざまな勧告が出されるのは不愉快で、皇位継承についても、「委員会の権限の範囲外であるとする締約国の立場に留意する」としながら、「男系の男子のみの皇位継承を認めることは、条約の目的や趣旨に反すると考える」ので、「他国の事例を参照しながら改正」すべきというのだが、本来の目的から外れた越権行為で、日本政府が脱退や分担金拒否などで対抗することも突飛ではない。
■「改正後に生まれた子」に限定される
この過程で、日本の保守系市民団体が、ローマ教皇やイスラムの聖職者、ダライ・ラマ法王が男性であることに対して国連が女性差別だとはいわず、日本の天皇にだけ指摘することは、差別的だと主張した。同種の問題ではないと反論する人もいるが、各国政府が宗教における男女差別に介入することは可能だから、このような指摘をしておくことには意味がある。
しかし、それ以上に、高森・島田両氏が間違っているのは、1990年代からヨーロッパにおいて王位継承についての男女差別撤廃が前進したなかで、新原則は「制度改正以降に生まれた子にのみ適用される」ということを無視していることだ(赤ん坊は例外)。
英国では2013年に、男子優先の長子相続(女王は可能だが、弟が優先)から男女問わず長子相続となったので、それ以降に生まれたウィリアム皇太子の3人の子では、第一子のジョージ王子の次は第二子のシャルロット王女、そして第三子のルイ王子の順番となっている。だが、チャールズ国王の兄弟では、弟たちのほうが姉のアン王女より先のままだ。
ノルウェー国王の第一子のイングリッド・アレクサンドラ王女が米国人の霊媒師と結婚して話題になったが、1990年の改正以前に生まれた子には適用されないので、弟のホーコン皇太子が次の国王だ。
■生後、継承順位が変わることは極めて稀
スウェーデンでは、カール16世グスタフ王の長女ヴィクトリア王女のあと、カール・フィリップ王子が生まれた。当時は男子のみに王位継承権が認められていたが、王子が物心つくまでに継承順位を決めることになり、王子の誕生から8カ月後に性別に関係なく第一子が継承する制度に変更した。
その結果、継承順位第1位はフィリップ王子からヴィクトリア王女に変わった。これが、すでに生まれた子の順位を変更した唯一の例で、すでに成年に達している悠仁さまの順位を変更するのに類する非常識なことはどこの国もやっていない。
したがって、「他国の事例を参照しながら改正する」なら、悠仁さままでの継承順位は変更すべきでないことになり、この国連勧告を梃子に愛子天皇を実現しようという両氏の主張は前提が間違っている。
■日本の皇位継承の歴史を振り返る
一方、島田氏は、中国では女帝が唐代の則天武后だけなのに対し、女帝が多いのが日本の伝統であるとし、男性の皇位継承者がいないときの中継ぎにしては多過ぎるし、同時代の男性の天皇と比べて、遜色ない働きをしているとされる。
※こうして「女性・女系天皇」はいなくなってしまった…宗教学者が指摘「女帝時代を終わらせたこの一族の罪」
しかし、女性がつなぎで即位したことと、天皇として実力があったのは矛盾しない。古代の皇位継承は、3世紀の崇神天皇から、大化の改新や奈良時代の律令制の確立まで不文律があった。
天皇は30歳くらいになってから即位し、皇子が若年なら叔父や女性が継承し、いったん即位したら生前の退位はなかった。
生前退位なしのルールが破られたのは、大化の改新で皇極天皇が弟の孝徳天皇に譲位したときだ。唐で髙祖が退位して息子に太宗が即位したことに触発されたように見える。
■「女帝はこりごり」となった道鏡事件
天皇という漢字も、即天武后の夫である高宗の使っていた称号を、当時日本で用いられていた「すめらぎ」の漢語訳として採用したものだ。テンノウと呼ぶようになったのは明治になってからだ。
30歳原則は、特殊事情があったらしい武烈天皇即位時以外は厳密に守られ、聖徳太子が即位できず、大化の改新のあと中大兄皇子が即位しなかったのも説明できる。だが、天武天皇のあと持統天皇との子の草壁皇子が30歳を目前に死去したので、持統が中継ぎとなり、草壁皇子の子の文武天皇を15歳で即位させてタブーが破られた。
その文武も若死にしたので、文武の母である元明天皇とその娘である元正天皇と女帝が続いたが、いずれも聖武天皇の成人を待つためだった。律令で、女帝の子も親王(内親王)とするのは、即位しないまま死んだ皇子の未亡人が即位したような場合を想定したもので、女帝がつなぎであったことの否定にならない。
聖武のあとは、娘の孝謙天皇が即位したが、混乱が続き、道鏡が天皇になる可能性も出た。このとき、万世一系が崩れる可能性があったのは島田先生の指摘の通りだが、称徳天皇(孝謙が重祚)が思い留まり、ルールは崩れなかったし、人々も女帝に懲りた。
江戸時代の2人の女帝は、退位を強行した後水尾天皇による譲位(明正天皇)とか、桃園天皇崩御のときに息子の後桃園天皇が幼少だったのでつなぎにした(後桜町天皇)だけである。
■安易に皇位継承ルールを変更すべきでない
女帝がなくなったのは、摂関として君臨したい藤原氏にとって不都合だからだと島田氏は指摘する。だが、NHK大河ドラマ『光る君へ』で、三条天皇と藤原道長の娘・妍子には娘・禎子しかおらず、天皇と道長のあいだで対立が激化したと描かれていたように、もし女帝でもいいなら道長にとってむしろ好都合だった。
また、皇后を藤原氏と皇族で独占したというが、平安時代以降、皇后制度は一帝二后なども出現して混乱し、鎌倉時代からは皇后はいなくなった。正妻的な女性として、高倉天皇の平徳子、後光厳天皇の紀仲子、後水尾天皇の徳川和子などもいた。
明治の天皇制は、ヨーロッパの制度を参考にしながら古代の制度を再構築したものであり、生前退位をやめたり、皇后とか摂政の制度を整備したりして、幼少や病気の天皇でも問題なくなったので、つなぎのための女帝も不要になった。
ともかく、皇位継承の安直なルール変更は、世界史でも内戦を引き起こしたり、国家の崩壊につながったりしてきた。もし、変更するなら、慎重に時間をかけて、大部分の国民の納得を得るべきだ。
■「愛子天皇」はもともと議論の対象外
そもそも、君主制のメリットは、前例踏襲で体制の安定を図ることだ。私は男系男子が未来永劫変わらない鉄則だとは考えていないが、従来の原則が維持できるのに変更するとか、維持する努力をしないのは、憲法改正などより危険なことだと思う。
女帝や女系天皇を認めるか、内閣に設けられた有識者会議(清家篤・元慶応義塾長座長)で議論されたのは、あくまで悠仁さまの次の継承者についてである。その詳細は、拙著『系図でたどる日本の皇族』(TJMOOK)で詳しく論じているが、ご退位についての法律には秋篠宮殿下を皇嗣に確定する条項を入れてある。
それは、次の世代では悠仁さまへの継承も意味するが、安定的な皇位継承のためには、悠仁さまに男子がいなかったときのことも考えようとしたのである。愛子さまを天皇にという議論は入る余地がなかった。
側室制度がないと男系男子継承の維持は不可能だと高森氏は仰るが、ヨーロッパ大陸主要国のサリカ法典では、男系男子に加え嫡出も鉄則で、フランス王家では10世紀の創立から現在の王位請求者ジャン4世まで維持されている。
■「男系vs女系」だけでは解決しない
悠仁さまに男子がいなかった場合、男系継承を貫徹して旧宮家に期待するか、女系継承を考えるかを現時点で集約するのは難しいから、両方の対応が可能なようにすればよいと有識者会議は考えたのであって、穏当な考えだ。
有識者会議が提案する女性皇族本人のみが皇族である案だと、妻は皇族、夫は一般人と家族内で身分が違うことになり困るという意見があるが、愛子さまや佳子さまと結婚したら自分も皇族にならねばならない状況と比べたら、一般人のままでいられるほうが希望者が多いに決まっている。
またこの案が実現すれば、たとえば愛子さまには年間約3000万円の皇族費が支払われ、赤坂御用地や皇居のなかに宮邸を与えられ、ご家族と一緒に住みながら、両陛下とも濃密な交流が継続できるのである。
一方、高森氏の主張するように、皇族の養子などとしての旧宮家男子の皇族復帰が憲法違反だというなら、現皇族、具体的には悠仁さま、佳子さま、愛子さまの子孫が男系女系問わずいなくなったら、天皇制度は廃絶することを憲法は予定しているというのだろうか。近い血縁で継承候補がいなければ、遠縁から探すのが君主制度にとって鉄則であるのは古今東西を問わない。
旧宮家に希望者がいるか聞けという人もいるが、対象者は未成年の人が多く、具体的な制度設計もせずに本人の意思確認などできないものの、旧宮家の人々は頼まれれば受けるしかないという意識だという。
私は旧宮家を念頭においた男系論だけでも、女系論だけでも、皇位継承候補の安定的な確保に十分な数は難しく、両にらみであるべきという現実的な考えだし、実務に当たっている関係者はみなそれに似た気持ちだ。
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歴史家、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。
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(歴史家、評論家 八幡 和郎)
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