手軽に「ググる」はもうできなくなる?…米司法省がグーグルに「Chrome売却」を要求した本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年12月13日 6時15分
■グーグルが「分割」されるかもしれない
11月、巨大テック企業の一角、グーグルが分割されるかもしれないというニュースが世界中に流れた。アメリカ司法省が、グーグルに対して、インターネットブラウザ「Chrome」事業の売却などを要求しているという。
Webトラフィック解析を行うサイト「StatCounter(スタットカウンター)」によると、Chromeは世界のブラウザ市場の約3分の2を占めている。日本でも、日頃からChromeをメインに使っているというユーザーは少なくないだろう。その事業が売却されるかもしれないというのだ。アメリカで一体何が起こっているのか。
問題となっているのは、「反トラスト法」違反である。反トラスト法とは日本でいう独占禁止法にあたる。グーグルは検索広告市場を独占しているとして訴えられており、今回の「Chrome売却」の話も、4年以上にわたる裁判の流れのなかで出てきたものだ。
そもそもの発端は2020年10月、アメリカ司法省が、反トラスト法違反を理由にグーグルを提訴したことに始まる。これに複数の州も追加参加し、最終的に原告はアメリカ司法省に加え、51の州および地域に拡大した。以来、ワシントンD.C.地区連邦地方裁判所で、証拠集めと審理が進められてきたが、2024年8月には反トラスト法違反との判決が下った。つまり、グーグルの敗訴である。
この判決を受けて、2024年11月、アメリカ司法省は、グーグルに対する具体的な是正案を裁判所に提出した。それが今回のニュースである。Chromeの売却という話題が大きな注目を集めているが、アメリカ司法省が要求する是正措置は多岐にわたっている。概要は下記の通りだ。
■米司法省が要求する「8つのポイント」
【原告による最終的な判決提案の概要】
1.Chromeブラウザの売却
(目的)
・グーグルが検索市場での支配力を維持するためにChromeを利用しているため、その売却によって競争を促進。
(具体的措置)
・グーグルはChromeを第三者に売却する義務を負う。
・売却後、グーグルは5年間ブラウザ市場に再参入することを禁止される。
2.Androidに関する規制
(選択肢1)Androidの分割
・グーグルがAndroidを使用して検索市場の競争を妨害する行為を防止。
・Androidを完全に分離・売却する。
(選択肢2)行動上の是正措置
・グーグルがAndroidを利用して自社の検索エンジンを優遇する行為を制限。
・プラットフォーム上での公平性を確保するための監視と規制の導入。
3.デフォルト検索エンジン契約の禁止
・グーグルが他社デバイスやブラウザで検索エンジンをデフォルトに設定するために金銭的価値を提供する契約を禁止。
(例)Appleとの契約やSamsungデバイスでのプリインストール契約の終了
4.データ共有と透明性の向上
(データの提供)
・グーグルが収集した検索データや広告データをライバル企業に共有。
・共有は無償で、プライバシーを保護したうえで行われる。
(広告データの透明性)
・広告主に対し、検索広告のパフォーマンスやコストに関する詳細情報を提供。
・広告データをライバルプラットフォームで利用可能にする仕組みを導入。
■「検索エンジン選択画面」の導入
5.競争を促進する仕組み
・グーグルの検索結果データ(インデックスやランキングシグナル)をライバルが利用できる形で提供。
・10年間、グーグルの検索結果や広告の一部をサードパーティが利用可能にする。
6.競争の妨害行為を防止するための管理
(技術委員会の設置)
・グーグルの是正措置の履行を監視するために独立した技術委員会を設置。
・コンプライアンスオフィサーの任命:グーグル内部に、是正措置の遵守を保証する責任者を設置。
(違反の防止)
・グーグルが裁判所の是正措置を回避したり、競争を妨害する行為をしたりした場合の罰則を規定。
7.ユーザー選択を増やすための取り組み
・グーグルブラウザやAndroidデバイスでの「検索エンジン選択画面(choice screen)」の導入。
・選択画面を通じて、ユーザーが公平に他の検索エンジンを選択できる仕組みを確立。
8.独占禁止行為の監視と再発防止
(独立機関による監視)
・是正措置が効果を発揮しているか、定期的な評価を実施。
(期間)
・提案された是正措置は基本的に10年間適用される。
■収益の多くは「広告」によるもの
ポイントとなるのは検索エンジンだ。Chromeの裏では、グーグルの検索エンジンが動いている。ユーザーが他の検索エンジンを使いたければ設定を変えることもできるが、わざわざそのような面倒なことをする人はほとんどいないだろう。
グーグルの収益の多くは、検索サービスから得られる広告収入によって支えられている。ユーザーがChromeにサインインしてグーグル検索を使えば、グーグルはユーザーの行動履歴を簡単に追跡できる。検索サービスからユーザーのデータを得られれば、ターゲットを絞って広告効果を高めることもできる。検索は、収益に直結しているのである。
グーグルは、インターネットブラウザとして圧倒的なシェアを持つChromeを利用して検索エンジンをデフォルトに設定し、競合他社を排除する仕組みを強化しているというのが、司法省の主張だ。このようなグーグルの独占的な地位の乱用を禁止し、競合他社が公平にユーザーへアクセスできる仕組みを作り出すため、Chromeの売却が求められている。
同じ理由から、是正案には、「デフォルト検索エンジン契約禁止」も盛り込まれた。アップルやサムスンなど他社のデバイスやブラウザで、グーグルの検索エンジンをデフォルトに設定するよう、高額な契約を結ぶことを禁じるというものだ。
また、Chromeの売却だけでなく、モバイル端末向けOSであるAndroidに関する規制も提案されている。Androidはグーグルの検索エコシステムを支える中核的な要素技術であるとして、Androidを完全に分離・売却することが最も効果的な解決策として提示された。グーグルが事業売却を避けたいならば、Androidを利用して自社の検索エンジンを優遇する行為を制限するよう求めている。
さらにはグーグルが収集した検索データや広告データを、無償でライバル企業に共有するなど、グーグルのデータ支配力を弱め、競争を促進するようさまざまな要求を突きつけている。
■トランプ次期大統領による「グーグル敵視」
一方のグーグルは、これらの提案に強く反論している。グーグルは、「業界で最も高品質の検索エンジンを提供しており、それが数億人の毎日のユーザーからの信頼を得ている」としたうえで、Chromeの売却と、場合によってはAndroidの売却を強制することで、「数百万のアメリカ人のセキュリティーとプライバシーを危険にさらし、人々が愛用する製品の品質を損なう」と述べ、政府の過剰な介入への危機感を訴えている。グーグルとしては、企業分割の要求など、やすやすと受け入れられるはずがなく、裁判が長期化することは必須だろう。
さらに、2024年11月の大統領選挙をドナルド・トランプ氏が制したことで、訴訟の先行きは不透明感が増している。もとをたどれば、グーグルに対するこの訴訟は、2020年、当時大統領として1期目の任期中だったトランプ氏が提起したものだった。数カ月前、大統領選の最中にも、自身に関する検索に検閲がかかっているとして、グーグルの利用をやめるよう支持者に呼びかけていた。
最近では、中国に対するアメリカの競争力維持の観点からグーグルは重要だと、トランプ氏が発言したとの報道もされているが、グーグル敵視の姿勢が支持者に受けてきたことから、今後も攻撃の手をゆるめることは考えにくいだろう。
■「AT&T」「マイクロソフト」の教訓
アメリカ司法省の是正案が受け入れられれば、検索市場での競争が活性化し、消費者にとっては、選択の自由が広がる可能性がある。
そもそもアメリカには、公正な自由競争に対する信念が価値観として強く根付いている。アメリカでは、自由な競争環境のもとに次々とイノベーションが生まれ、各社がさまざまな手法を駆使してしのぎを削っていくなかで市場が活性化し、経済の成長につなげてきた。グーグルをはじめとする巨大テック企業も、その競争のなかで発展を遂げてきた。
それだけに、自由競争を阻害する「資本の独占」に対して、厳しく臨んできた歴史がある。通信・電話の最大手であるAT&Tも、反トラスト法訴訟の末、1980年代に地域電話会社と長距離電話会社、機材製造などを担う事業会社へと分割された。
テック企業でいえば、マイクロソフトも1990年代から数多くの反トラスト法訴訟を起こされてきた。1998年に、独自の「Windows」OSをめぐる販売手法などを問題視されて、アメリカ司法省が提訴。2000年にはOS事業とアプリケーション事業に会社を分割する命令が出された。2002年には和解が成立し分割は免れたが、その後も和解案の審理などが続き、裁判の終わりを意味する終局判決が出るまで、提訴から実に12年もの年月を要した。マイクロソフトにとって長きにわたる訴訟は、スマホ事業の出遅れといったその後の成長戦略の不振につながったとも言われている。
グーグルはアメリカ司法省の提案に強く抵抗する姿勢を見せており、簡単には決着しないだろう。グーグルが上訴し、最高裁まで持ち込まれれば、2年単位の戦いになると見られている。マイクロソフトの例を見ると、さらに長引く可能性もある。
訴訟自体は今も継続しており、今回の是正案が最終決定されたわけではない。訴訟には最低でも2年は要するだろう。最終的に和解にいたる可能性も残されている。それでも、今回の訴訟によりグーグルが戦略の転換を迫られることは間違いない。どのような結果になろうとも、グーグルは相応の犠牲を払うことになるだろう。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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