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イーロン・マスクの"娘"はトランプにすり寄る父に幻滅…アメリカで再燃している「女子トイレ問題」の深刻さ

プレジデントオンライン / 2024年12月25日 9時15分

米下院選でトランスジェンダーを公表する初の連邦議員として当選したサラ・マクブライド氏(インスタグラムより)

■トランスジェンダーめぐる議論、いまや「アメリカ最大の火種」に

いまアメリカで、性別とトイレ利用をめぐる議論が過熱している。

来年1月、連邦議会で初めて、トランスジェンダー女性(出生時の性が男性で、性自認が女性)が下院議員に就任する。これを控え、「トランス女性は議会内の女子トイレを利用できない」とのルールが定められ、賛否両論を呼んでいる。

これを機に、トランスジェンダーの権利をめぐる議論が再燃。米CNNは、「トランスジェンダーの権利問題は、この国(アメリカ)の価値観の対立における最大の火種のひとつとなった」と述べる。

議論はドナルド・トランプ次期大統領の方針にも飛び火した。かつて親トランスジェンダー派だったトランプ氏は、1期目の就任後に規制論者へと変貌。180度の手のひら返しだと指摘されている。実業界の盟友であるイーロン・マスク氏は、トランスジェンダーの娘を持つ。親子仲はすっかり疎遠になり、娘自身はアメリカの未来に失望していると報じられている。娘はついに、アメリカを離れる意志を表明した。

日本でも昨年、性別を問わず使える「ジェンダーレストイレ」が東急歌舞伎町タワーに登場。性別や障害の有無にかかわらず使える環境を目指したが、異性と居合わせる気まずさや、付きまといへの懸念から批判が殺到した。タワー開業からわずか4カ月で廃止に至っている。

出生時と異なる性を自認するトランスジェンダーの人々に対し、社会のルールはどのようにあるべきか。アメリカの議論を紐解く。

■マスク氏の娘は父に愛想を尽かした

トランプ氏は大統領就任後、性別適合医療の制限、女子スポーツチームへのトランスジェンダー女性の参加禁止、トランスジェンダーの人々による性自認に基づくトイレ利用の禁止などを掲げている。

トランプ氏が加速する「反トランスジェンダー」政策は、強い支持層を生む一方、居場所をなくし傷つく人々も生んでいる。トランプ氏の実業界きっての盟友、イーロン・マスク氏の娘もその一人だ。

ポリティコによると、マスク氏のトランスジェンダーの娘であるビビアン・ジェナ・ウィルソン氏は、トランプ氏を支持する父親と疎遠になっているという。

トランプ氏が大統領選で勝利したことを受け、ウィルソン氏はソーシャルメディアのThreadsで、「たとえ4年間の任期だけだとしても、たとえ反トランスの規制が奇跡的に起きないとしても、これに賛成票を投じた人々はすぐにはいなくならない」と投稿。アメリカ社会に自身の未来を見出すことができなくなったと述べている。

■トランプ支持で父娘の絆に亀裂

英ミラー紙は、マスク氏とウィルソン氏の確執について詳しく報じている。もともとウィルソン氏は、父マスク氏について「性別移行の過程で支援的でなく、関与も少なかった」と非難していた。

現在20歳の長女・ウィルソン氏は、トランプ前大統領の再選が決まったことを受け、米国を離れる意向を表明。Threadsに「しばらく考えていたけれど、昨日の選挙結果で明確になった。私はアメリカに自分の未来を見出せない」と投稿した。

現在の父娘関係は、2022年に決定的な転換点を迎えた。この年、ウィルソン氏は父親との関係を絶つため、法的に名前と性別の変更手続きを行った。

ウィルソン氏は、父親のソーシャルメディア上での近年の発言について「麻酔薬ケタミンの影響による混乱した状態」から生まれたものだと批判。さらに、マスク氏が「インセルやピックミーの軍団」から「必死に」承認を求めているとも指摘した。

Vivian Jenna Wilson SNS
Vivian Jenna Wilson氏のSNSより

インセルとは「非自発的な独身者」を意味する造語で、女性に対して敵意を持つオンラインコミュニティーを指す。ピックミーは、男性からの評価を上げようとして他の女性を批判する女性を表す若者言葉だ。マスク氏がこうしたコミュニティーに近づこうとしている、とウィルソン氏は批判する。

なおマスク氏には、最初の妻であるジャスティン・ウィルソン氏、音楽家のグライムス氏、脳科学技術企業ニューラリンクの幹部シボン・ジリス氏との間に、ウィルソン氏を含めて計12人の子どもがいる。

■共和党が97億円を投じた反トランス広告

以前から続いていたマスク氏と娘のわだかまりは、トランプ氏の米大統領選勝利をもって決定的断裂に至った。

マスク氏の支持を取り付けたトランプ陣営は選挙戦で、トランスジェンダーに対する猛烈な批判を繰り広げていた。性自認に基づくトイレ利用(例えば女性を自認する人が女子トイレを利用すること)をめぐり、猛烈な批判を展開している。ウィルソン氏のように深く傷つくトランスジェンダーの市民を生んだ一方、この方針が広くアメリカ市民の賛同を生み、トランプ氏勝利の一助となったとの見方も出ているようだ。

ニューヨーク・タイムズの分析によると、今回の大統領選挙運動で共和党全体として、トランスジェンダーを批判するテレビ広告に6500万ドル(約97億円)以上を投じている。トランプ陣営単独でも、総額3700万ドル(約55億円)超、すなわち全TV広告予算の約2割をトランスジェンダー問題に関する広告に投じた。

このうち代表的な広告では、対立候補のハリス氏が「刑務所のすべてのトランスジェンダーの受刑者が(性別適合手術を)利用できるようにする」と述べた5年前の映像を使用。この映像に重ねる形でナレーションを流し、「カマラは(トランスジェンダーの)彼ら/彼女らのためにある。トランプ大統領はあなたのためにある」と、反トランスジェンダーの立場を鮮明にした。

トランプ氏は「過激なジェンダーイデオロギー」を推進する学校への連邦資金カットを公約に掲げ、性別適合医療についても「児童虐待」に当たるとして非難する姿勢を見せている。

■寛容から厳格対応へ、トランプ氏のトイレ政策は180度転換

だが、この姿勢は1期目の選挙戦と大きく異なる。英インディペンデント紙は、トランプ前米大統領のトランスジェンダー政策に関する方針転換を伝えている。

2016年の大統領選挙中、トランプ氏は米NBCの朝の情報番組「トゥデイ・ショー」の司会者に対し、「現状のままにしておくべきだ。現状で苦情はほとんどない。人々は適切だと感じるトイレを使用している」と述べ、トランスジェンダーの人々のトイレ使用について、本人の選択に一任する寛容な立場を示していた。

当時、ノースカロライナ州では出生時の性別に基づくトイレ使用を義務付ける法案が検討されていたが、その必要はないとの立場だ。

しかし2017年、大統領就任からわずか2カ月で、トランプ氏は公立学校でトランスジェンダーの生徒が自認する性別のトイレを使用することを認めたオバマ政権時代の連邦保護政策を撤廃している。

息子を肩に担いで連邦議会議事堂に到着したテスラCEOのイーロン・マスク氏
写真=AFP/時事通信フォト
息子を肩に担いで連邦議会議事堂に到着したテスラCEOのイーロン・マスク氏 - 写真=AFP/時事通信フォト

■票集めのため多数派と意見を合わせたか

大胆な方針転換は、有権者の支持集めとも受け取れる。デリケートな問題で火種を巻いて世論を惹きつける手法は、トランプ氏が得意とするところだ。

ニューヨーク・タイムズ紙が取り上げた複数の社会調査によると、有権者の約55%が「トランスジェンダーの権利支援は行き過ぎている」と回答し、60%以上の成人が「トランスジェンダーの女性や少女が他の女性や少女と同じスポーツ競技に参加することに反対」の立場を示している。

同紙による投票日前の選挙世論調査では、トランスジェンダー問題に関しハリス氏を攻撃する広告により、ハリス陣営が浮動票を失っている状況がありありと映し出された。

現在、2期目の大統領就任を控えたトランプ氏は、トランスジェンダーの人々に対し、一貫して厳しいアプローチを続けている。英タイムズ紙によるとトランプ氏は、約1万5000人いるとされるトランスジェンダーの現役軍人を除隊させる命令を計画しているという。

米海軍でアナリストを務めるパウロ・バティスタ氏は「1万5000人を除隊させれば、下級兵から上級将校まで、全艦隊、全大隊の業務に支障が出る」との懸念を示す。米国防総省の統計では、2021年時点で約2200人の軍人が性別違和の診断を受けており、このほかにも数千人単位でトランスジェンダーの軍人が在籍しているとみられている。

■繊細な選択を迫られる世論「差別から守りたいがトイレは分けたい」

一方で、アメリカ国民全体として、トランスジェンダーの人々の権利を尊重する考えは広く行き渡っている。ピュー・リサーチ・センターの調査では、60%以上の国民が、トランスジェンダーの人々を差別から保護することに賛成している。

積極的なトランス支援は多数が疑問視する一方、こうした人々が生きにくい社会であってはならないとの感情も働いており、一見して矛盾する調査結果となっている。

トイレや更衣室の利用など現実的な問題に関しては、トランスジェンダーの人々にとって厳しい流れが続く。AP通信は、オハイオ州のマイク・デワイン知事が、トランスジェンダーの学生のトイレ使用を制限する法案に署名したと報じている。

幼稚園から大学までの公立・私立学校のすべてのトランスジェンダー学生に対し、生まれた時の性別に従って、トイレ、ロッカールーム、宿泊施設を利用するよう義務付けるものだ。

共和党で法案作成を担うオハイオ州上院議員のジェリー・シリノ氏は、「安全性、セキュリティ、そして常識に関わる問題だ。子どもたちや孫たちが最も脆弱な状態にある私的空間で彼らを守るものだ」と規制の必要性を強調する。

AP通信によると、全米50州のうち少なくとも11の州で同様に、トランスジェンダーの女子・女性に対し、公立学校での女子トイレの利用を禁止する法律を採用している。

公衆トイレの標示
写真=iStock.com/HABesen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HABesen

■「存在してはいけないの?」揺れる未成年トランスジェンダーの心

より年齢層の若いトランスジェンダーの子供にとって、状況はさらに複雑だ。子供が性自認を確定していない場合、ホルモン療法で思春期の到来を遅らせ、選択の時間を稼ぎたいと考える親もいる。

CNNは、12歳のトランスジェンダー少女、ケイディーさん(仮名)と家族の事例を伝えている。少女として生きたいケイディーさんへの理解を得ようと抗議活動を続けてきたが、周囲の目は冷たかったという。

「人々がなぜ彼女を憎み、会おうともしないのか、まったく分かりません」と母親は語る。「どこでなら存在を許されるのでしょうか。どうすれば生きることを許されるのでしょうか」と、取材に応じる表情は暗い。

一家は子供の性適合措置に否定的な中部ミズーリ州を離れ、首都ワシントンに隣接するメリーランド州にはるばる越してきた。だが、トランプ氏の政策次第では、もはやアメリカのどこにも居場所はないと考えている。カナダへの移住もやむを得ない、と父親は語る。

ケイディーさんのほかにも、将来を憂慮するトランスジェンダーの未成年は少なくない。CNNによると選挙後、トランスジェンダーの電話相談窓口への入電件数は700%増加しており、トランプ体制下での自身の未来に深刻な懸念を抱いていることがうかがえる。

一方で、子供自身に性別を選ぶ自由を与えるべきとの世論は勢いを増している。米世論調査機関のギャラップの調査では、未成年者への性別適合医療を政府が禁止することについて、過半数の回答者が反対の意向を示している。

■激しい攻撃は逆効果…トランス擁護派に広がる路線転換

個人の選択に比較的寛容なアメリカにおいても、トランスジェンダーをめぐる政策は議論を呼んでいる。しかし、今後は対立の構図から歩み寄りの時代へと変化するかもしれない。

米保守系メディアのフォックス・ニュースは、トランスジェンダーの権利運動が行きすぎたためにかえって世間の支持を失っており、活動家たちは対応方法の見直しを迫られていると伝えている。

同メディアによると、トランプ氏の大統領選での勝利を受け、トランスジェンダー擁護派の活動家たちの間に、姿勢を軟化させる動きが見られるという。

一部の活動家たちは、従来の戦術に問題があったことを認めている模様だ。ジェンダーや中絶に関する言葉の規制、「彼」「彼女」「彼ら」など特定の代名詞の使用の強制、トランスジェンダーの人々への誤った性別呼称を暴力行為とみなす主張などが、かえってトランスジェンダーへの反発を助長していたという。

トランスジェンダーの権利擁護団体「アドボケーツ・フォー・トランスジェンダー・イクオリティ」のエグゼクティブディレクター、ロドリゴ・ヘン=レティネン氏は、同メディアの取材に対し、「私たちの側に立っていないからといって非難してはいけない。誰もそのような対立的な立場には加わりたくないはずだ」と語っている。

なお、フォックス・ニュースは共和党寄りの報道姿勢で知られており、本件に関してもトランスジェンダー擁護派が一定の譲歩を受け入れたように読み取れる。しかし、より柔軟な姿勢が打ち出されたことで建設的な議論への土壌が生まれたと捉えれば、双方にとって好ましい動きと言えそうだ。

■分断を超え、対話による解決が求められている

トランスジェンダーを巡る議論の行方は、米社会が抱える分断の象徴とも言えそうだ。

トランプ氏は任期1期目、人種問題をめぐりアメリカの世論を分断し、結果として熱心な支持者を取り付ける戦略を採用した。今回も反トランスの強硬姿勢を掲げ、保守層の支持を固める戦略として一定の効果を上げているが、その代償として社会に深い亀裂を生んでいる。

アメリカの国旗
写真=iStock.com/Nastco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nastco

その一方で、トランスジェンダーの権利活動家たちの間では新たな動きが見られる。これまでの対立的なアプローチを見直し、批判派との対話を模索する姿勢は、分断を乗り越えようとする建設的な一歩と言える。

トイレ使用や学校教育、スポーツ参加など、具体的なシーンを想定した権利の保障については、引き続き慎重な議論が求められるだろう。個人の尊厳を守りながら、社会全体の調和をいかに実現していくか。その解を見出すには、対話が不可欠だ。

政治指導者の思惑に左右されることなく、一人一人の人権が尊重される社会の実現に向け、建設的な議論が望まれる。容易な道のりではないが、現代社会が避けて通れない重要な課題となっている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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