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国民の声を無視した「マイナ保険証」で露呈…政府の「狂気の沙汰」を後押しする"大企業利権"の存在

プレジデントオンライン / 2024年12月18日 16時15分

厚労省の国民向けリーフレットより

2024年12月から、マイナンバーカードと健康保険証が一体化した「マイナ保険証」の本格運用が始まった。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘さんは「以前からトラブルが多発し、国民が不安を抱いているシステムを事実上強制する政府方針は狂気の沙汰に見える。その頑なな姿勢の背景には、大企業の利権が見え隠れしている」という――。

※本稿は、山崎雅弘『底が抜けた国 自浄能力を失った日本は再生できるのか?』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■マイナ保険証から見える大企業の利益

さまざまなトラブルが続出し、それが原因で普及も進んでいないにもかかわらず、自民党政権が異様な頑なさで推進を強行する、マイナンバーカードと「マイナ保険証」についても、自民党と大企業の互助関係や大企業の利益追求という角度から光を当てると、今まで見えなかったメカニズムが可視化されて、浮き上がってきます。

マイナンバーカードは、2015年10月に住民票のある国民と外国人全員に付与された個人番号「マイナンバー」に基づき、個人の本人確認手段や行政サービスなどに使用するためのICカードで、2016年1月から交付が開始されました。

その後、2021年3月からマイナンバーカードに保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」の試験運用が始まり、2022年10月13日には自民党政権の河野太郎デジタル大臣が、2024年秋に従来の健康保険証を廃止し、「マイナ保険証」に一本化するとの発表を行いました。

■トラブル頻発で医療界から疑問の声

しかし、マイナンバーカードと「マイナ保険証」は、それぞれの運用開始直後からトラブルが頻発し、特に命と健康に関わる「マイナ保険証」の医療機関でのトラブルについては、各地の医療従事者からも「診療に支障を来している」「従来の健康保険証の廃止は拙速ではないか」との声が上がりました。

2024年1月31日、全国保険医団体連合会(保団連)は「マイナ保険証」の利用をめぐるトラブルの実態調査についての結果を公表しました。

同日付の東京新聞記事(ネット版)によれば、調査は2023年11月から24年1月にかけて全国約5万5000の医療機関に調査票を送付する形で実施され、回収された8672件(全体の16パーセント)から集計されました。

しかし、試験運用の開始から2年半以上が経過したこの時期になっても、医療機関の6割(59.8パーセント)で「読み取り不具合」や「名前や住所の表示の不具合」、「資格情報の無効」などのトラブルが発生していました。

■欠陥だらけでも強行するなんて狂気の沙汰

これらのトラブル発生により、医療費をいったん10割請求(保険外扱い)した事例は、403の医療機関で少なくとも753件に上りました。また、トラブルが発生した医療機関の83パーセントは、その日に患者が持っていた従来の健康保険証で資格確認を行ったと回答しました。

都内で記者会見した保団連の竹田智雄会長は「政府はマイナ保険証利用率アップのために巨額の予算を投入する方針だが、システムが不完全なまま保険証をなくせば、医療現場が大混乱することは明白だ。(従来の)保険証はなくすべきではない」と訴えました。

普通に考えれば、いまだ完成度が低く「バグ(原因見落としによる欠陥)」があちこちに存在するシステムを、国民の命と健康に関わる健康保険証の代替物として事実上強制する政府の方針は「狂気の沙汰」に思えますが、その背景には何があるのでしょうか?

■自民党に献金した企業が得た「見返り」

2023年7月13日付のしんぶん赤旗は、政府のマイナンバー事業を計123億1200万円で受注した企業5社のうち、日立製作所と富士通、NEC、NTTデータの4社が、2014年から2021年までの間に計5億8000万円を、自民党に献金してきたと報じました。

そして、自民党に高額献金した各企業には、内閣府や総務省、財務省、経済産業省、国土交通省などの幹部が多数「天下り(退官した官僚の再就職)」したと伝えました。

2023年5月31日付の東京新聞によれば、「マイナ保険証」の資格確認はNTTの光回線が独占した状態にあり、ある歯科医院院長の「すべてが決められた回線や高い価格で進められており、ぼったくりでは」とのコメントも記事で取り上げました。

また、「マイナ保険証」の普及に伴う従来の健康保険証廃止について、経団連と並ぶ経済団体「経済同友会」の代表理事を務める新浪剛史代表幹事が、2023年6月28日の記者会見で次のように述べると、国民から大きな批判が湧き起こりました。

「(政府が健康保険証廃止を目指す2024年秋は)納期、納期であります。民間はこの納期って大変重要で、必ず守ってやり遂げる。これが日本の大変重要な文化でありますから、(政府は)ぜひとも保険証廃止を実現するよう、納期に向けてしっかりやっていただきたい」

■新浪発言の裏に見え隠れする「利権」

国民の命や健康を支える健康保険証の代替システムが、現状でトラブル山積にもかかわらず、居丈高に「納期」というビジネス用語を使って、政府に廃止を「指図」するかのような新浪代表幹事の態度は異様です。

彼が社長を務めるサントリー(ホールディングス)は、毎年500万円前後を自民党に政治献金しているほか、新浪社長自身も2014年8月から現在まで、政府の経済財政諮問会議で民間議員を務めています。

また、サントリーは安倍首相主催の「桜を見る会」に、2017年から2019年の3年間で計400本近い酒類を無償で提供していました(2022年5月28日付東京新聞)。政治資金規正法は、企業の政治家個人への寄付を禁じていることから「違法な企業献金に当たる可能性がある」との指摘もなされました。

■長年、政府と歩調を合わせてきた経済界

サントリーの公式サイトを見ると、「事業紹介」のページに「食品事業」「スピリッツ事業」「ビール事業」「ワイン事業」と並んで「ウエルネス事業」という項目があり、健康食品やサプリメントの製品紹介と共に、次のような説明があります。

「サントリーは長年にわたる食の科学的研究や品質管理技術を礎として健康・ライフサイエンス分野の事業に参入しました。(略)2001年からは、従来からの健康関連の研究開発を一層強化することを目的に『サントリー健康科学研究所(現、サントリー生命科学研究所)』を設立。(略)また、商品だけではなく、会員向けサービス『サントリーウエルネスクラブ』や無料の健康行動アプリ『Comado』などのご提供を通して、人生100年時代のお客さまのトータルウエルネスの実現をサポートしています」

前記した「新浪発言」の問題点を報じた2023年8月15日付の東京新聞は、名古屋大大学院の稲葉一将教授(行政法)の以下のようなコメントを紹介しました。

「2000年代から、経済界が求める要望と政府のデジタル化政策とは、歩調を合わせてきた。(略)個人情報を資源とみなしたこの段階(2013年6月に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言」)で、医療や福祉、教育といった分野での情報収集や活用がすでに想定されている。マイナンバーの情報を連携すればその履歴から人物像を人工知能(AI)が解析し、製薬や教材づくりといったビジネス利用も可能となる」

■健康保険証廃止をめぐる公的記録がない

このように、国民の命と健康に大きく関わる健康保険証の運用が、大企業の営利追求という目的によって大きく歪められている疑惑がある中、東京新聞は2024年9月25日、河野デジタル大臣とデジタル庁、厚労省への取材に基づき、健康保険証の廃止という重大な政策決定がどのような議論を経て行われたのかという公的記録が政府内に「残されていない」との驚くべき事実を報じました。

「いつ、どんな議論を経て、誰が決めたのか。現行の健康保険証の廃止がどのようにして決まったのか、その経緯が分かる記録を政府は残していなかった。決定に至るまでの手続きも異例で唐突だった。国民が納得するだけの説明もない」

「健康保険証廃止」と日本語で書かれたニュース見出し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■公文書管理法が課している記録義務

2009年6月24日成立、2011年4月1日施行の「公文書等の管理等に関する法律(公文書管理法)」の第一条には、「この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、(略)国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする」とあります。

また、同法の第四条は「行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない」との文言で公文書の作成を義務づけています(「次に掲げる事項」の一は「法令の制定又は改廃及びその経緯」であり、健康保険証の廃止という決定はこれに該当します)。

■健康保険証の廃止は誰のための政策なのか

こうした義務を課せられているにもかかわらず、健康保険証の廃止という国民の生死にも関わる重大な決定についての公的記録を「残していない」と平然と言い放つ河野デジタル大臣とデジタル庁、厚労省の態度は、公文書管理法の第一条に示された理念をあざ笑うかのような暴挙であり、法的にも道義的にも許されないものです。

河野デジタル大臣は、2022年10月13日に健康保険証廃止を発表した際、岸田首相への報告内容と首相から受けた指示について、手元の資料を見ながら7分近くかけて説明していましたが、東京新聞の取材に対し、デジタル庁はこの「河野大臣が会見で見ていた資料」についても「首相への報告や首相からの指示を記録した文書も作成していない」として、開示を拒みました(同記事)。

インタビューに答える当時の河野デジタル相
写真=共同通信社
インタビューに答える当時の河野デジタル相(=2024年9月22日) - 写真=共同通信社
山崎雅弘『底が抜けた国 自浄能力を失った日本は再生できるのか?』(朝日新聞出版)
山崎雅弘『底が抜けた国 自浄能力を失った日本は再生できるのか?』(朝日新聞出版)

国民の命や健康に関わる健康保険証の廃止という重大な政策決定について、廃止に至る議論で交わされた閣僚や官僚の発言内容が、公文書管理法に基づく形で議事録や会議録に残されず、「口頭のみで議論されたから記録はない」というのは、近代国家としてあり得ない説明です。まさに底が抜けています。

この異様な状況を俯瞰的に観察すれば、よほど「国民に知られたら困るような、公益に反する発言」がそこ(議論の場)で交わされたのだなと、推測するしかありません。

健康保険証の廃止という自民党の政策は、誰のためになされているのでしょうか?

そこに「国民の命と健康を守る」という政府の責任を土台とする観点はありますか?

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山崎 雅弘(やまざき・まさひろ)
戦史・紛争史研究家
1967年大阪府生まれ。軍事面に加えて政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争を分析・執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書に『[新版]中東戦争全史』『1937年の日本人』『中国共産党と人民解放軍』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』など多数。

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(戦史・紛争史研究家 山崎 雅弘)

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