竹刀で子どもを叩き続けるのは「愛のムチ」なのか…スポーツが「暴力の温床」になってしまう根本原因
プレジデントオンライン / 2024年12月20日 17時15分
■武道だからといって暴力は許されない
日本スポーツ協会(JSPO)の調査によると、暴言や暴力、ハラスメント、差別などの不適切な行為の相談は年々増加し、昨年度485件と過去最高を更新した。被害の内訳は小学生42%、中学生12%、高校生が13%と、約7割が未成年という状況だ。
明らかに不適切だとわかる暴力行為より、判断するのがより難しい暴言やハラスメントに関する相談が多くなっているという。
私自身も、25年以上の剣道人生において何度も小学生に対するスポーツハラスメント(通称スポハラ)を目撃した。武道である以上、ある程度の厳しさは仕方のないものだとは思うが、防具で守られてない箇所を執拗に竹刀で叩く、太鼓のバチで横っ面を殴る、坊主の強要、小さな子どもを突き飛ばして、その子が後頭部を床に打ちつけられる……など明らかに度を越した不適切行為も見受けられる。
剣道の海外競技人口は年々増加し、その精神性に魅力を感じる外国人も少なくない。しかし、国内に目を向けると少子化や地域移行の影響などから人口は減少。そしてここ数年はスポハラが大きく問題視されている。
本記事では、筆者の体験談も基に、大阪体育大学スポーツ科学部の土屋裕睦(ひろのぶ)教授(スポーツ心理学)の意見を伺い、なぜスポハラが起こるのか、子ども・親・指導者自身にどのような悪影響を及ぼすのか、そしてその解決策について考えてみたい。
■「スポーツ史上最大の危機」から10年
2013年は、大阪市立高校で起きたバスケ部顧問の暴力による部員の自死、柔道女子ナショナルチームにおける暴力問題、部活動やスポーツ少年団での指導者の暴力問題が露呈するなど、スポーツ界における暴力・体罰が社会的に大きな注目を集めた年だった。
下村博文・元文部科学大臣は「スポーツ指導における暴力根絶へ向けて」と題したメッセージを発信し「今般の事態を日本のスポーツ史上最大の危機」と表現、「スポーツは、スポーツ基本法にうたわれているとおり、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神の涵養などのために行われるものであり、世界共通の人類の文化であって、暴力とは相いれません」と強調した。
2013年4月25日には「スポーツにおける暴力行為根絶宣言」がなされている。しかし、10年の時を経ても暴力・暴言・ハラスメントなど不適切行為は後を絶たない。
■「なぜ相談なんかしたんだ」と怒った保護者
特に「小学生のスポーツ指導環境において、スポハラに関する意識が十分に浸透していないのではないか」と土屋教授は指摘する。地域スポーツの多くが「ボランティア」であることも事態に拍車をかけているように見える。「平日・休日の時間を使って指導してもらっているのに、先生に文句は言えない」といった声もよく耳にする。
剣道指導の現場にいる私自身、体罰・暴言について悩んでいる保護者の話を聞き、公共機関に相談をしたことがある。人間関係もあるし、半年以上悩んだ末だった。その結果、ほかの保護者から「なぜ相談なんかしたんだ」「体罰に耐えられない子どものためになぜこんなことに」「大会に出られなくなったらどうするんだ」など、厳しい叱責を受けた。
見て見ぬふりをしていた先生に対し、責任を言及した際は「目上の人間に対する態度がなってない」と叱責された。
全日本剣道連盟は「人間形成」を謳っているが、なんのために剣道をしているのか、見ていてわからなくなることがある。
この点について話したところ、土屋教授は以下のように強調した。
「ボランティアを理由に、不適切な指導を正当化することはできません。スポーツは社会的活動であり、参加者の安全・安心が最優先されるべき。コンプライアンスを守れない場合は、有償・無償に関わらず指導自体を行うべきではありません」
■「強くなるためには体罰も必要」?
土屋教授によると「スポハラを容認しているのは指導者が多いというイメージを持つ人が多いかもしれませんが、実際はそうではない」。
JSPO関係者と一般の方を対象にアンケート調査を行ったところ、スポハラや指導に関して勉強している指導者のほうが意識が高く、一般の方は「強くなるためには体罰も必要なことではないか」「それによって本人が成長するなら許されるのではないか」と考える結果が出たという。私自身も「体罰があったとしても、それ以上に得るものがある」という保護者の声を耳にしたことがある。
「保護者による指導者への盲目的な感謝や依存は、グルーミング(性的な手なづけ行為)と類似する危険な関係性を生み出す可能性がある」と土屋教授は指摘する。不適切な指導を見過ごしたり、正当化する原因になっているのだ。
頑張り屋で、明るく元気で優しい子どもほど、自分が嫌な思いをしていても我慢したり、保護者を心配させないように気を遣う。「無理な我慢が蓄積して、深刻な問題(例えば突発的な自殺など)に発展する可能性もあります」と土屋教授は指摘する。
「子どものため」と信じる大人たちの無理解が、問題の表面化や解決を妨げることがあるのだ。
■「愛のムチ」は「無知」の表れでしかない
スポーツにおける不適切な行為は、「動機」「正当化」「機会」が揃うことで発生しやすくなり、一つでも防ぐことができれば、不適切な行為の発生を抑えられる可能性が高まるという。
参照:日本スポーツ協会「NO!スポハラ」
「動機」は「勝たせたい」「勝ちたい」「勝たせなければならない」といったもので、昨今社会問題にもなっている「勝利至上主義」だ。私自身が保護者に言われた「大会に出られなくなる」といった言葉も、大なり小なりここに結びついていると思う。
これに関しては「なぜ勝利を求めるのか」をいま一度、立ち止まって考えてほしい。子どもたちが努力をして、全国大会に出たり、勝利を手にするのは本当に素晴らしいことだと思う。本人の自信にもつながるし、人生すら好転させてくれるかもしれない。
しかし、暴力や暴言で苦しい思いをしている子どもの姿に目を瞑ってまで、得たいものだろうか? そもそもスポーツや武道を、何のために習わせているのだろう?
「正当化」は行為者自身の過去の経験からの正当化、もしくは不適切な行為だと認識していないことを指す。体罰や暴言がある環境で生き残ったという成功体験や、その指導方法しか知らないがために、「体罰や暴言で子どもが成長する」という考えを持つ人がいる。
しかし、相手のためであっても暴言は暴言だ。土屋教授によれば「愛のムチは単なる知識不足の『無知』であり、トップアスリートたちの世界でも一般的な感覚の中でも、この考えはもはや常識となりつつある」という。
■閉じた環境では「異常」が「普通」に
「機会」は第三者が見ていない当事者同士の閉鎖的な空間を指す。体育館や道場も「閉じた場所」ではあるが、これは人間関係にも言える。
私が過去に見た、スポハラや不正行為が起こっている団体は、所属メンバーが洗脳に近く非常に「閉じた」状態にあった。外部の人に相談すると「それっておかしいよ」「通報したら?」と言われるようなことでも、その団体の中では「普通」とされていることもよく聞く。
おかしいのではないか?と声を上げたら、「綺麗事だ」「正論を振りかざしている」と言われた。しかし、彼らの言う「正論」は、暴力や暴言に苦しんできた人、命まで絶った人たちの家族・友人、研究者たちが必死の思いで作り上げてきたものだ。「綺麗事」で片付けるのは、進歩に対する冒涜であるとすら思える。
スポハラを容認する親は子どもに厳しく、試合に負け、練習が苦しくて涙する子に、「頑張れ」「もっと努力しろ」と叱責することが多いように思う。子どもにそこまで求めるのであれば、大人こそ自分を変え、社会を変える努力をするべきだ。
■価値観を昭和から令和にアップデート
アンラーン(Unlearn)という言葉をご存じだろうか。過去に学んだ知識や価値観を一度解体し、新しい知識や方法論を取り入れようとする考え方だ。
「叩かれて強くなる」という昭和的な教育観を持つ世代にとっては、過去の経験が「絶対的な成功法則」と誤解されることが多い。しかし、その考えが時代遅れであることを自覚し、新たな価値観に適応する必要がある。
ただ、昔の知識や価値観を単に「間違い」と否定するのではなく、それを活かしつつもアップデートして新しい学びを得る「学びほぐし」をすることが重要だ。
例えば関東でも強豪の戸塚道場の槌田和博代表は「価値観のアップデート」の重要性を繰り返し強調し、ブログやSNSでも定期的に発信。子どもとのコミュニケーションにアサーション(相手を尊重しつつ自分の意見を主張する)の手法を推奨することもある。
大阪体育大学剣道部では土屋教授が中心となって「人間力養成セミナー」を開催し、学生と一緒にスポハラ根絶のための勉強会を行っている。「気合を入れるためのビンタ」「打ち抜けを早くするためにお尻を叩く」などを材料に、なぜ剣道指導ではそのようなことが行われるようになったのか、メリット・デメリットを考え、スポハラにつながる可能性があれば、代替案はないか学年を超えて話し合う。スポハラの根絶だけではなく、剣士として人間力を高め、ともにグッドコーチを目指すことをねらいとしているという。
■当事者だからこそ、波風を恐れず相談を
スポハラを目撃したものの、報復を恐れて誰にも相談できずに抱え込む人も少なくない。単に通報をして解決するかというと、そこまで問題は単純ではないからだ。
特に当事者である人たちは、学校・地域での人間関係に影響を及ぼす大きなリスクがある。「○○が通報したのでは?」と疑いをかけられ、犯人探しが始まる。幼稚な意地悪をされることもあるようだ。自分だけならまだしも、子どもに矛先が向くことを考えると行動は難しい。
それでもなお、日本スポーツ協会の相談窓口など、匿名性を担保してもらった上で話を聞いてもらうことをおすすめしたい。話を聞いてもらうことで、解決の糸口が生まれるかもしれない。
■海外から評価が高い日本人の礼儀正しさ
筆者は2017年から5年ほどオランダに在住した。その頃は教育移住がブームで、オランダの教育を求めて移住を決意する家族も多かったように思う。しかし、長くオランダに住む日本人家族からは「初等教育はやはり日本がいい」との声をよく聞いた。
オランダ人の友人からは「日本の子どもたちは、きちんと整列して先生の話を聞くよね。すごいと思う」と言われたことがある。この礼儀正しさは剣道だけではなく日本のスポーツ全体に共通しているようにも思う。
剣道においては、人が話しているときにその人の目を見て話を聴けて、集中すべきときに集中できること。物に対する感謝の気持ちを持って、丁寧に扱えること。礼儀作法だけではなく、さまざまなことを剣道を通して学べ、それは他国でも評価されている。
■本来、スポーツは人生を豊かにするもの
2024年7月にイタリアで開催された世界剣道選手権大会には61カ国が参加。漫画やアニメの影響、日本文化への興味から軽い気持ちで始めたものの、その奥深さや日本人の精神性に触れ、どっぷりとハマってしまったという声もよく聞く。最近では子どもの頃から剣道を習う海外剣士も増え、長期の休みを利用して、わざわざ防具を持って日本に出稽古にくる。
参考:武士道に魅せられる「外国人剣士」が増加中…29カ国102人に聞いた「剣道が愛される3つの理由」
剣道には「師弟同行」という言葉があって、指導者と教え子が一体となって修行を続けていく文化がある。師弟だけではなく、子がきっかけで剣道をはじめた保護者も「自分自身も成長できた」ということがある。剣道に限らず、武道やスポーツは何歳になっても人は成長できると教えてくれて、人生を豊かにしてくれる。
他国からもその精神性が評価されている日本の運動文化を、より高めて未来に渡すためにも、スポハラについて真剣に考えるときなのではないだろうか。
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ライター
明治大学卒業後、IT企業や楽天株式会社を経て独立。Webサイト構築やマーケティング業務に従事。2017年からはオランダに移住しオランダ企業や海外剣道、日本の武道ツーリズム取材などを開始。剣道歴25年、五段。
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(ライター 佐藤 まり子)
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