人類が100年間解けない謎がそこにある…「世界で最も不可解な本」にビッシリ描かれた未知の文字、奇妙な挿絵
プレジデントオンライン / 2024年12月22日 17時15分
■100年以上研究者を悩ませ続ける「奇書」
ヴォイニッチ写本(The Voynich Manuscript)と聞いて、ピンとくる読者は多くはないだろう。ご存じだという方は、オカルト系のウェブサイトやテレビ番組経由だろうか(筆者らはこのパターンである)。
児童書やライトノベルに「禁断の書」アイテムとして登場した気がするという方も、曲のタイトルとして聞き覚えがある方もいるだろう。
世界の奇書を紹介する本や、クラスタリングを援用した研究についての著者らのインタビュー、あるいは言語学や暗号解読に関する論文をご覧になった方もあるかもしれない。
実にオカルトから言語学まで、サブカルチャーから学術研究まで、幅広い分野で取り上げられている写本で、現在はアメリカの名門イエール大学バイネッケ図書館に所蔵されている(請求記号 Beinecke MS 408)。
写本部門長レイモンド・クレメンス博士によると、貴重な資料を数多く所蔵し世界中の研究者が日参するこの図書館において、最も閲覧希望数が多いのがヴォイニッチ写本だという。では、この写本の何がそれほど特別なのだろうか。
■「世界で最も謎に満ちた写本」
ヴォイニッチ写本はタイトルも著者も不明で、使われている文字は発見から100年以上経った今も解読されていないことから、「世界で最も謎に満ちた写本」と呼ばれている。
一部を「解読」できたとする報告は珍しくないが、首尾一貫した解読結果を示すことができたものはない。これまでの主要な解読の試みは第2章で紹介する。
新たな解読の成功が発表されるのは、学術雑誌から新聞、YouTubeとさまざまだ。試しにウェブ検索エンジンに「ヴォイニッチ写本 解読」と入れて検索すると、そうした世界中の報告が日本にもすぐに紹介されていることがわかるだろう。
写本というとオリジナルを写したコピーのように聞こえるかもしれないが、印刷本(刊本)ではなく、手で書いた(書写した)本という意味である。制作技法を示す言葉であり、オリジナルでもコピーでも、手書きならば写本と呼ぶ。
ヴォイニッチ写本は、もともと1冊だけ作られたオリジナルだと考えられている。写本と似た言葉に、著者本人が手で書いた原稿(つまり写本)を意味する手稿という言葉があり、ヴォイニッチ手稿と呼ぶこともある。
ただし、著者本人が書いたかどうかは不明であるので、本書では「ヴォイニッチ写本」と呼ぶ。
■15~16世紀の欧州で作られたと推定
外観
一見ごく普通の中世写本で、サイズは縦235mm、横162mmと、それほど大きくはない。写本の巻末には、コロフォンといって、いつ、どこで、誰がその写本を書写したのかを筆写した人(写字生)が書くことがあるが、残念ながら本写本にはそうした情報もない。
あるのかもしれないが、読めない。所蔵館の目録では、15世紀末から16世紀の中央ヨーロッパで作られたと推定されている。ただし、古書にはよくあるように後世に再製本されており、元の表紙は残っていない。
仔牛の皮、いわゆる羊皮紙に書かれており、現在102葉ある。「葉」は「よう」と読み、枚と同じ意味であるが、ページ数が付いていない古い本の場合には一般的に「葉」を使う。英語ではフォリオ(folio)という。折りたたまれたページもあるため、204ページより多く、234ページとなる。
仔牛皮なのに「羊」皮紙と呼ぶのは不思議かもしれない。正確にいえば獣皮紙(英語ではanimal skin)となるが、現在の日本では動物の種類にかかわらず羊皮紙と呼ぶのが一般的であり、本書もそれにならっている。
各表ページの右上隅に116まで葉数を示す番号(フォリオ番号)がアラビア数字で付けられているが、102葉しかないことからすると、14葉が失われているらしい。古い本では、綴じがゆるくなったりして一部が抜け落ちてしまうことは珍しくない。
■独特な挿絵が意味すること
このフォリオ番号だけははっきりと読むことができるのだが、残念ながら本文とは別の16世紀頃の筆跡であって、本文解読の助けにはならない。
写本学者A・G・ワトソンとR・J・ロバーツは、イギリスの女王お抱えの数学者・錬金術師であった16世紀のジョン・ディーが一時この写本を所有しており、その際にフォリオ番号を付けたと考えた。
元々ページ付けがないのも、タイトルページがないのも、当時の写本としては不思議ではない。どちらもヨーロッパでは印刷術の誕生をきっかけにして広まっていった習慣である。
文字と挿絵
所蔵館であるイエール大学バイネッケ図書館のウェブサイトからは全ページのカラー画像が公開されているので、ぜひご覧いただきたい(註1)。
(註1)Cipher Manuscript. Yale University Library, Digital Collections.
本文は読めないものの、大部分のページには植物や薬草、水浴びをしている小さな裸の女性、十二宮図、薬草の調合用壺のように見える挿絵があることから、錬金術あるいは医学に関する内容だと推測されている(図1)。
緑、茶、黄、青、赤のインクを使った素朴な挿絵からは、実用的な写本だという印象を受ける。挿絵と文字が一体化したレイアウトで、挿絵をよけて文字が書かれたりしているため、挿絵が後世に付け加えられたわけではないと考えられている。
■未知の人工言語か暗号か
拡大図(図2)からは、アルファベットや数字に似た独特の文字がよくわかるだろう。これをヴォイニッチ文字と呼ぶ。
見たところ一般的なヨーロッパ言語のように単語から構成され、ページの右や下に余白があることからすると、左から右に書かれているらしい。句読点はなく、文字列の繰り返しが非常に多い。
プレスコット・カリアは、植物の絵があるセクションでは2種類、写本全体では12種類の異なる筆跡が確認できるとし、複数の写字生によって書かれた可能性を指摘した。
ヴォイニッチ文字で書かれた他の資料は発見されていないので、これが世界で唯一の資料だということになる。不思議な文字ではあるものの、眺めていると、なんとか解読できそうな気がしてこないだろうか。
これまでさまざまな言語との関係が指摘され、研究されているものの、明確な対応付けはことごとく失敗している。ただし、未知の人工言語や暗号であるならば、それも不思議とはいえない。
■読めそうで読めない
読めそうでいて読めないところが、ヴォイニッチ写本の最大の魅力だろう。
この文字で書かれた唯一の資料であることは解読を困難にするが、これだけ挿絵があれば対応する文字を見つけられるのではないか、そこそこ文字数があるのだから何らかの規則性を見出すことができるのではないか、という気がしてくる。
多数の挿絵は手がかりとなりそうだが、これまで実際の植物などとの同定は成功していない。ヒマワリ(図3)や唐辛子など、アメリカ大陸原産の植物が描かれているという説もあるが、一般的な合意は必ずしも得られていない。
研究の素材が豊富な点もチャレンジ意欲をそそる。所蔵館からは、全ページのデジタル画像に加え、後述の羊皮紙やインクの成分分析や炭素年代測定といった科学的調査の結果が公開されており、誰でも自由にダウンロードして検討できる。さらに、画像だけでなく、折りたたまれたページも再現してある実物大の写真集(ファクシミリ版)が紙媒体で出版されており、そこには最新の研究動向や成分分析の結果を伝える論考も収められている。
■発見以来、世界中の研究者を悩ませた
さらに、羊皮紙に元々空いている穴や装丁までも忠実に再現した写真複製本(高精細ファクシミリ版)も出版されたが、こちらは高価でなかなか入手できるものではない。国内では慶應義塾大学図書館に所蔵がある。
また、有志によって、ヴォイニッチ文字を一定の規則に基づきアルファベットに置き換えた全文の翻字(翻刻)テキストデータが作成され、ウェブ上で公開されている。こうすると、読めないままでもテキストデータとして扱うことができるので、コンピュータを使った分析が可能になる。
発見以来、数々の解読の試みがなされ、うまくいかないことが確認されたものも多いので、同じ轍を踏むことは避けたい。
幸い、2004年までの研究状況はヴォイニッチの子孫が著した『ヴォイニッチ写本の謎』にわかりやすくまとめられており、すでに何が検討され、どこまでわかっているのか、どのような説は退けられたのかという研究の現状を把握できる。本書の記述もこうした先行研究に大いに拠っている。
■ヴォイニッチによる贋作なのか
ヴォイニッチ写本は解読を拒み続ける奇妙な本であり、発見の経緯の説明があやふやであったことから、発見当初から発見者ヴォイニッチが贋作を作った、あるいは贋作に騙されたのだという説がささやかれていた。
実際、ヴォイニッチは稀覯書取引を始めた頃には「スペインの贋作者(Spanish forger)」と呼ばれる有名な写本贋作者に騙された前科があるが、それは大英博物館の専門家たちの目も騙されるほどの出来栄えの偽物であったので、無理もないかもしれない。真贋論争があるということも、かえって魅力の一つといえるだろう。偽物や贋作は奇妙に人を惹きつける。
偽物の研究に意味があるのかと不思議に思われるかもしれないが、贋作作成のためには周到な準備がなされるし、他方では、それを暴くための綿密な調査が新たな方法論や分析手法につながることもある。
フェイクというと現代の専売特許と思う向きもあるかもしれないが、偽書の歴史は古い。権力の正当化、政治的意図、金銭欲、名誉欲、現存資料の穴を埋めたいという歪んだ研究者魂、行き過ぎたファン心など、さまざまな動機から偽書が作成されてきた。
古文書学の先駆者といわれるフランスのジャン・マビヨンが1681年に『古文書学』を出版し、文書が書かれた支持体の材質、書体、記述様式、暦などの要素を綿密に調査する方法論を示したのも、古文書の真贋鑑定を行うためであった。
■現代の研究手法をもってしても解読できない
真贋論争には、往々にして物理的な証拠と化学的な分析が有力な判断材料を提供してくれる。第2章で詳述するように、2011年には写本が書かれている羊皮紙の放射性炭素年代測定が行われ、15世紀前半の仔牛から作られたものだという結果が得られた。
放射性炭素年代測定法は考古学や地質学の分野で開発されてきた手法だが、極微量の試料による年代測定が可能になったこと、測定精度が高くなったことから、写本や古文書に対しても適用されるようになってきた。
また、文字や挿絵に使われているインクの成分分析も行われた。その結果は、本文や挿絵のインク成分は中世のものだと考えて矛盾がないことを示すものだった。つまり、ヴォイニッチ写本は、15世紀の仔牛皮に、中世のインクによる文字と挿絵を持つことになる。
羊皮紙やインクの成分分析によると、15世紀か16世紀に制作された写本だということは確実だといってよい。それでは、現代の研究手法をもってしても解読できないようなものを中世に作り出すことができたのだろうか。『ヴォイニッチ写本』第2章で見ていきたい。
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2005年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(図書館・情報学)。専門は書誌学。ヨーロッパにおける初期の活版印刷技術に関心があり、 グーテンベルク聖書を中心とするインキュナブラの特徴、初期の活字の分析、写本から印刷本への見た目の変化、読書の様式、資料の保存、書物のデジタル化と書誌学研究への応用などをテーマに研究している。
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1998年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。未解読文献に加えて、大規模書誌データに基づく分析、図書館における資料選択や除籍、日本のマンガの国際的な受容、絵本やマンガの電子書籍化、情報環境が限界に近い地域での図書館のあり方などについて関心を持っている。
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(慶應義塾大学教授 安形 麻理、亜細亜大学経営学部教授、図書館長 安形 輝)
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