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人から頼まれた仕事だけして死ぬのはイヤだ…プロの写真家(34)が1000万円を雑誌づくりに注ぎ込んだワケ

プレジデントオンライン / 2024年12月17日 17時15分

『BLUEPRINT THE MAGAZINE』vol.0の表紙 - 筆者提供

写真家の小田駿一さんは本業の傍ら、私財を投じてヒップホップの専門誌をつくっている。小田さんはそれを「人生をより良くするために欠かせない研究開発」だという。一体どういうことか。ライターの鬼頭勇大さんが聞いた――。

■「旧ジャニーズ」「乃木坂」に勝った新雑誌の中身

有名誌の休廃刊がニュースとなることが多く「雑誌離れ」も叫ばれる中、この5月に新たな雑誌が創刊した。その名は『BLUEPRINT THE MAGAZINE』。ヒップホップにフォーカスしてイベントやグッズを手掛けるプロジェクト「BLUEPRINT」が制作している。

「雑誌が売れない時代に、日本ではそんなにメジャーじゃないヒップホップなんて扱って大丈夫?」と感じた人もいるかもしれない。確かにその視点は、正しい。実際にヒップホップ業界は長らく「冬の時代」が続き、その間に専門誌が相次いで消滅している。先述した雑誌離れも相まって、極めてチャレンジングな取り組みかもしれない。

とはいえ、あなどるなかれ。11月28日に発売した号(vol.1)は、何と予約受付次点で「旧ジャニーズ事務所所属アイドル」「乃木坂46メンバー」など人気アイドル・タレント関連の書籍をおさえ、Amazonのエンタメ書籍売り上げランキング1位、書籍全体でも売り上げランキング8位を獲得するほど、注目を集めているのである。

面白いのは、BLUEPRINTを主宰し、雑誌のプロデューサー的立ち位置を務めているのは、写真家の小田駿一さん(34)ということだ。出版社の社員でもフリーの編集者でもない、フリーのプロカメラマンが取りまとめを行っている。

小田さんによると、創刊号(vol.0)・次号(vol.1)の2冊を合わせて一千数百万円という製作費を「手弁当」で賄っている(一部協賛金あり)。本業で稼ぎを得て「同世代のサラリーマンくらいの稼ぎはあるか」と話す小田さんが、なぜこのような思い切った、そしていうならば「リスキー」な取り組みを始めたのか。

小田さんを取材すると「副業・複業」や「リスキリング」がさけばれ、これまで以上に自分のキャリアと向き合う必要がある時代における、ビジネスパーソンの“勝ち筋”が見えてくる。

■自分の仕事を社会に響かせたい

小田さんが独立したのは2017年。現在は、雑誌・広告を中心とした人物撮影が収入源だ。「撮影の仕事だけで、生計は立てられています」と話す小田さんだが、なぜ雑誌の制作を始めたのか。

「仕事をする上で、『いかに人を喜ばせるか』『自分の作品をどう残すのか』といった軸を持っている人は、カメラマンやアートディレクターには多いのではないでしょうか。

例えば、仕事を共にするクリエイティブ業界の先輩たちは仕事で成功して裕福になっても、夜の店で豪遊してモテようとしたりするなど刹那的な快楽で満足する人は少数派な気がします。一時の欲で過度な消費活動をするのではなく、創作に打ち込む。面白いのは、いい仕事をする人ほど作品作りにお金と時間をかけ、それが結果として経済的な成功にもつながっていました。

そんな先輩たちを見て学び、自分も『余裕が生まれたら、人に頼まれた仕事以外に、世に問いたい、何か残したい』と考えるようになっていきました」(小田さん、以下同)

そうした思いから、商業活動だけでなく、写真集や写真展にも取り組んでいた小田さん。一方で、もどかしい思いも感じていた。

vol.1に掲載されているBrooklyn Yasのインタビュー。小田さんは撮影とプロデューサーを担当し、雑誌作りに関わる。
筆者提供
vol.1に掲載されているBrooklyn Yasのインタビュー。小田さんは撮影とプロデューサーを担当し、雑誌作りに関わる。 - 筆者提供

■持っているスキルが活用できる場

「一握りの歴史に名を残すような有名カメラマンを除くと、あるカメラマンの写真集や写真展に興味を持つ人は、音楽などと比べると非常に限定的だと思います。もちろんアートとして手掛けているので、それが悪いことだとは思いません。アートとしての写真に向き合うことだけで社会に響く何かを生み出せるのか。自問自答しつつ、空転しているような感覚があったのも事実です」

そんな中、本業で付き合いがあったラッパーと話していてヒントが見つかった。

「ヒップホップ業界は2000年代の後半から2016年くらいにかけて『冬の時代』を迎えていて、正面から扱う専門誌がなくなってしまいました。

それに『ラッパー=アンダーグラウンド、危ない』といった認識を持っている人も、残念ながらまだいると思います。しかし、彼らと接してみると印象はガラッと変わりました。ヒップホップのコアなカルチャーであるユニティー(連帯)を重視して、仲間思いの人が多いし、『嘘をつかない』『約束を守る』『自分らしく生きる』といった、当たり前といえば当たり前のことを自然に行っている人がほとんどでした。一般の方よりも、信頼できるな、義理堅いなと感じましたね。もちろん、私が知っている範囲の話ですが」

自らの生き様を歌うのがヒップホップだからこそ、良くも悪くも、正直な人が多い。そう小田さんは話す。

そんなヒップホップ業界やラッパーの生き様が、専門誌の消失によって社会に部分的にしか伝わっていないことにもどかしさを持っていたという。

そこで、自身のカメラマンスキルを生かしつつ、今まで仕事を共にしてきたアートディレクター・編集者・ライター等の仲間たちに声をかけて、ヒップホップのことを伝えるメディアを立ち上げたいと決心した。

「正直、カメラマンという職を選んだ時点で『お金を最大限に稼ぐ』という目的から距離を置いている部分がある」(小田さん)
筆者提供
「正直、カメラマンという職を選んだ時点で『お金を最大限に稼ぐ』という目的から距離を置いている部分がある」(小田さん) - 筆者提供

■なぜネットではなく雑誌なのか

とはいえ、メディアにはさまざまな形がある。中でも修羅の道といえる雑誌を選んだのはなぜなのか。

小田さんがポイントとして挙げたのが「風化しないこと」。特にウェブメディアは消費スピードが非常に速い。「もちろん、デジタルも好きですよ」としつつ、カメラマンとして思いを込めて仕事をしても、わずか数日で読まれなくなってしまい、風化していくことに危機感を持っていた。

「5年前のウェブ記事が読まれることって、そうそうないじゃないですか。一方、フィジカルな媒体なら『POPEYE』や『BRUTUS』のバックナンバーを集めている、飾っている人は結構多い。ヒップホップ業界に携わる人たちの生き様を、しっかり残したいという思いから、紙の雑誌を選びました」

制作に当たっては、手間もコストも惜しまずに全てをぶつけている。使用する紙にも、印刷を依頼する企業の選定にも、装丁にも、もちろん内容にも一切の妥協はない。

vol.0と1を合わせ、印刷したのはvol.0が3200部、vol.1は重版がかかり5000部で、かかった費用はこれまで1000万円超。一部、大手企業のスポンサーが付いて制作費をまかなっているとはいえ、ほとんどのお金が手弁当だという。そこまでして取り組むのはなぜなのか。

■言い訳のできない全力の仕事をしたい

「どう自分は生きたいのかを考えたことが根底にあります。世の中の仕事の多くは、時間や予算、環境などの制約があります。カメラマンとしての仕事もそうです。もちろん依頼されたからには全力を尽くしますが、そうした仕事のアウトプットは、本当のベストというよりも『ある制約条件下の最適解』だと思います。

制約があると、人間は言い訳をしてしまいますよね。言い訳を続けて、そうした制約下の最適解しかできない・求めない人間になるのがイヤだったんです。

じゃあ、制約を可能な限り取り払ったとき、自分に何ができるのか。そこで生まれるアウトプットこそ、言い訳の出来ない渾身の作品だなって。だからこそ、コストも労力も惜しまず、全てを注ぎ込みました」

小田さんはBLUEPRINTを、自身のキャリアにおける「R&D(研究開発)」だとも話す。企業がより良い製品やサービスのため、膨大なコストや労力をかけるのと同様に、キャリアにも研究開発の考えを適用して、チャレンジする。そうしたマインドがないと、企業の成長、そして働く個人における人生の選択肢や可能性は広がらないのだという。

「自分の全てをぶつけて良いものができれば、新しい仕事につながることもありますからね。例えば、サイバーエージェントの藤田晋社長は、麻雀やヒップホップ、競馬に対しての知識は玄人跣ですし、並々ならぬ愛情を持っている。彼は会社のお金でなく私財をそれらの趣味にガンガン注ぎ込む。その結果、ABEMAの番組やイベント、スマホゲームにつながった。本業にも還元していて、本当に凄いなぁと。尊敬しています」

■人生100年時代のヒント

構想から約1年半、着手から刊行までに半年をかけて取り組んだ「魂の結晶」(小田さん)の創刊号では、1990年代から現在まで、ヒップホップ業界の中心的存在であり続けているZeebraさんと、2000年代初頭に一世を風靡しながらも、人生の紆余曲折を経て、いまだに根強い人気を持ち続けているSEEDAさんのロングインタビューを掲載。

小田さんが本気で取り組んだことに共鳴するように、Zeebraさんからは番組に呼ばれたり、トークイベントへの出演など、多大なるフォローがあった。ここ数年アルバムを出していなかった唾奇さんからも「スイッチと気合が入った」と言葉をもらったという。やりたいことをやる、やりたくないことをやらないという、真っすぐに生きるラッパーが多いからこそ、小田さんの思いをリスペクトし、協力を申し出てくる人も増えてきている。

「注目を集め、買ってくださる人が増えることは、それだけBLUEPRINTの意義を感じてもらえているんだと思います。それによって、ヒップホップ業界のこと、ラッパーの生き様を世の中に発信して、協力してくれた方々にも恩返しができます。

出演してくださった方、製作に携わってくれた仲間、最後に自分自身。少しずつBLUEPRINを知ってもらい、皆さんに楽しんでもらえることが『三方良し』で、良い方向に進んでいるなと感じています」

直近で発売された最新号では、日本のHIPHOPシーンを牽引してきたレジェンド、ILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB)、近年、益々その勢いを増す沖縄のシーンを代表する最重要ラッパー唾奇がW表紙で登場している。
筆者提供
直近で発売された最新号では、日本のヒップホップシーンを牽引してきたレジェンド、ILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB)、近年、益々その勢いを増す沖縄のシーンを代表する最重要ラッパー唾奇がW表紙で登場している。 - 筆者提供

一方で課題と話すのが、何とか雑誌を軌道に乗せることだ。vol.1は予約時点から「爆売れ」(小田さん)ながら、作品性を堅持しつつ資金面を含めて持続可能なビジネスの在り方を模索している。

「雑誌×ヒップホップ」という、一見厳しそうな道を選び、そしてある種の「副業」にもかかわらず、大量のお金、そして手間をかけてチャレンジした小田さん。その姿からは、人生100年ともいわれる時代のキャリアのヒントがあった。

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鬼頭 勇大(きとう・ゆうだい)
フリーライター・編集者
広島カープの熱狂的ファン。ビジネス系書籍編集、健保組合事務職、ビジネス系ウェブメディア副編集長を経て独立。飲食系から働き方、エンタープライズITまでビジネス全般にわたる幅広い領域の取材経験がある。

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(フリーライター・編集者 鬼頭 勇大)

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