葬式で「100万円の札束」をポンと差し出す…究極の人たらし・田中角栄が地元でやっていた"驚異のおもてなし"
プレジデントオンライン / 2024年12月20日 7時15分
※本稿は、小林吉弥『田中角栄 気くばりのすすめ』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。
■角栄が実践していた「10倍の哲学」
「よくも悪しくも保守政治の“陳情ルール”の糸口をつくったのは田中角栄である」と、田中と同じ旧〈新潟3区〉内のある野党議員がこう言ったことがあった。
「国会議員への陳情は手ぶらではダメ、何らかの誠意が必要なこともある。つまり、依頼された人物は陳情処理のために動く足代であったり、そのための役人接待も必要なときがあるわけです。かつての田中さんの場合は、例えば自治体の市長、町長が5万、10万とかを持ってお願いに行っても、必ず全部をフトコロには入れることをしない。
1割から2割くらいは、『キミも必要だろうから持って行け』とやるわけです。これには市長、町長だってワルイ気の起きようはずがない。選挙区に戻るとさすがに“田中人気”にはね返っていて、連中は『田中先生はほかの議員とは違うナ』と、これはもう異常なくらいの敬服ぶりなんです。引き受けた陳情は必ず実現させてみせてくれるということも一方にあったが、カネについての人心収攬(じんしんしゅうらん)ぶりにも、これは端倪(たんげい)すべからずのものがあった」
田中の選挙区での往時の圧倒的強さの秘密は、こんなところにもあったという話である。
一方で、田中にはカネについて「10倍の哲学」というのがあった。例えば、香典の政界での相場が20万円であったとする。ところがこの場合、田中は躊躇なく200万円を包んでしまうのである。もらったほうは、とにかくケタが違うわけだからこれは驚く。と同時に、さすがにジワジワと田中という人物に興味を持ち出すハメになるのだそうだ。
現に新潟越山会の会員である長岡市の某市会議員などは、奥さんを亡くした際ポンと100万円の札束を差し出され、めまいを起こしそうになったという話もある。某市会議員氏はその100万円で立派な仏壇を買う一方、田中の選挙にはこれまで以上に身を粉にして活動していたものだ。
その後の田中派増殖のウラには、この手でド胆を抜かれてマイッてしまった議員も少なからずいたという話も聞く。
人間は、驚くと改めて対象物を見直すという性癖があることも知っておきたいものである。
■「テレビ局が決めるのではないッ」
選挙で落選していた旧〈千葉3区〉のハマコーこと元代議士の浜田幸一を「叱咤・激励する会」が開かれたのは、昭和56年7月7日であった。
場所はホテル・ニューオータニの「鶴の間」、時の世話人代表はかつての「青嵐会」時代の親分・中川一郎科学技術庁長官で、田中角栄は発起人の一人に名を連ねていた。当日、某テレビ局美人レポーターが会場で“待伏せ”、出席者たちに「ハマコーさんの政界復帰という空気をどう思うか」とマイクを突きつけていた。
しかし、マイクが田中に突きつけられたとき、田中は凄みのある声で一言、「浜田クンが政治家として必要か否かは国民が決める。テレビ局が決めるのではないッ」。この勇敢な美人レポーターはさすがに圧倒されたか、哀れ、顔をこわばらせていたものだった。
その後、セカセカと壇上に上がった田中は、しかしご機嫌にこう言ったものであった。
「ここに入る前に、テレビ局から日本の政治家として浜田幸一クンが必要かと聞かれましたが、私は言ってやった。『それはキミたちが決めることではなく、国民がちゃんと決めてくれることだ』と。まァ、しかしなんやかやいえば、すぐ自分と浜田クンをワル者にしたがるのは、これは間違っておるッ。
中川(一郎)クンや渡辺(美智雄)クンが同じようなことをやっても、ちっともワル者にされない(と、列席の両大臣に視線を送ってニヤリ)。浜田クンは青年時代、少々グレとったが、アレは昔のことだ。何の道へ出ても、浜田クンは必ず一旗上げる男でありますッ。些細な問題で引退したのはこれはいかにも残念、国家のためにもカムバックをさせんといかん。議席を獲得しなければならんのであります、皆さんッ!」
会場は国会議員のほか、なんと選挙区からを中心に5000名と大盛況であった。結果、ハマコーは次の総選挙で復帰を果たしたのだった
■自分の邪魔をした相手でも誠意を尽くす
旧〈熊本2区〉出身の園田直代議士といえば、外務、厚生などの大臣を歴任したヤリ手だったが、夫人の松谷天光光女史との“白亜の恋”でも艶名をはせたことでも有名だった。
もっともこの園田、それまで田中の足を引っ張ることもたびたびあって、自らが国対委員長時代には福田赳夫に付き、田中が推進しようとしていた大学法案に二の足を踏んだこともあったのだった。のちに、政治部記者が言っていた。
「結局、大学法案は通ったわけだが、その直後に“園田直を励ます会”があった。田中は大学法案で足を引っ張られたにもかかわらずこの会に出席、園田と天光光の恋愛をホメたたえるなど、しきりに園田を持ち上げていた。
さすがに園田はフクザツな顔をして聞き入っていたが、その後、天光光の父親が死去したとき、田中は神奈川までクルマを飛ばして弔問に向かったのだが、道路が混んで結局は引き返さざるを得なかったことがあった。この話をあとで耳にした園田は、『ホトホト感動したなァ』と言っていたが、これ以後あまり田中の足を引っ張らなくなっている」
■「外務大臣も務まる能力がある」と言わしめた
その後の「角園」両者の関係は、きわめて“蜜月状態”で推移していたものだった。先のハマコーと同様、園田もまた田中一流の「誠心誠意」に、してやられてしまったということだった。田中という人物、術策で人と接することはまずなかった。改めて、相手への気配りが優先する人間関係が特徴だったということである。
中国の撫順に生まれ、昭和12年「李香蘭(りこうらん)」の名で映画界入り、『暁の脱走』などで一世を風靡(ふうび)した山口淑子(よしこ)(のちに結婚して大鷹姓)は、フジテレビ「3時のあなた」の司会などで活躍するなか、田中角栄に乞われて自民党参院議員となった人物であった。
人柄は誠実で、高齢化社会、中国残留日本人孤児、外国人労働者、親アラブ派としてパレスチナ問題などに取り組んでいた。環境政務次官のほか、参院沖縄北方特別委員長、党外交部会長代理、沖縄振興委員長などを歴任、田中角栄をして「外務大臣も務まる能力がある」と言わせたものであった。
その山口には、筆者は参院議員当時に何度か取材をさせて頂き、その後、議員バッジをはずしてからも、週刊誌の連載企画などで10回ほど取材記者としてタッグを組んだ思い出がある。
■「君にぜひ、会いたいと言っとる。すぐ、来れんかね」
その山口と鹿児島への取材で同道した際に、山口から田中との次のようなエピソードを聞かされたことがあった。ちなみに、鹿児島への同道は、ある事件で死刑が執行されてまだ間がない青年の母親を、山口にインタビューしてもらうためであった。
筆者は事前に取材しておいた内容、事項を山口に伝えてあったが、このいささか重いテーマを核心をはずすことなく、見事な“聞き上手”ぶりを発揮してくれたことが印象深く残っている。
さて、山口による田中の気配りエピソードである。
「先生(田中のこと)は、私のことを山口と呼ばず、ふだんから李香蘭、李香蘭と呼ばれていた。ある日、夜10時過ぎた頃、先生から突然の電話が入ったのです。『いま、君の大ファンの皆さんと一杯やっている。君にぜひ、会いたいと言っとる。すぐ、来れんかね』と。
で、『どちらへ伺えばいいんでしょうか』と聞くと、『(新潟県)長岡だ。ヘリコプターを出させるから、すぐ来るように。1時間もあれば、こっちに来られるだろう』でした。結局、『いまから新潟へは無理です』と、ご遠慮させて頂きました。
女性ですから化粧もある、車でヘリの発着場までも行かねばならない、ヘリが到着してもそこからまた車でしょ、とても1時間や2時間では無理でした。午前零時はとうに過ぎてしまいますから。『そうか……』と先生、電話口でなんともガッカリされていたのがよく分かったものです」
ここでの山口の“驚嘆”は、大きく3つあったと思われる。
余人がとても考えのつかぬ、深夜にヘリで来てくれという発想が一つ。もう一つは、支援者の「李香蘭に会いたい」という想望になんとか応えてあげたいという田中ならではの気配りの凄さ。そして3つは、「そこまで君を買っているんだ」とする田中の山口に対する気配りということである。ここでも、田中の物事の対応への全力投球ぶりが垣間見られたのだった。
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政治評論家
1941年、東京都に生まれる。早稲田大学第一商学部卒業。的確な政局・選挙情勢分析、歴代実力政治家を叩き合いにしたリーダーシップ論には定評がある。執筆、講演、テレビ出演などで活動する。著書には、『田中角栄 心をつかむ3分間スピーチ』(ビジネス社)、『田中角栄の経営術教科書』(主婦の友社)、『アホな総理、スゴい総理』(講談社+α文庫)、『宰相と怪妻・猛妻・女傑の戦後史』(だいわ文庫)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『新 田中角栄名語録』(プレジデント社)などがある。
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(政治評論家 小林 吉弥)
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