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「人間扱いされなくて新鮮」「お金もらって大人のキッザニア体験」…正社員も稼ぐスキマバイトの不都合な真実

プレジデントオンライン / 2024年12月18日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/powerbeephoto

短時間、1日だけ働くスポットワーク登録人口が今秋の段階で2500万人に達した。正社員の中にもこうした“スキマバイト”をする人が少なくない。ジャーナリストの溝上憲文さんは「都合の良い時間に働けるメリットはあるが、今後スポットワーク専業者が増える可能性があり、雇用のセーフティネットから抜け落ちる恐れもある」という――。

■東京・山谷や大阪・釜ヶ崎の日雇い労働者と何が違うのか

アプリ上で単発のバイトを探し、給与の即日払いもOKというスポットワークで働く人が急増している。数時間働くだけでもよいので“スキマバイト”とも呼ばれている。

スポットワーク事業者で組織するスポットワーク協会によると、登録会員数は2023年3月末時点で約990万人だったが、24年3月末時点で約1500万人、9月1日時点で約2500万人。うなぎ上りで急増中だ。

複数の事業者に登録している人もいるのだろうが、日本の就業者数6813万人(2024年)の37%を占めることになり、にわかに信じがたい数字の大きさである。

業界大手はCMに女優の橋本環奈を起用しているタイミーをはじめ、シェアフル、ツナググループ、ワクラク、メルカリハロ、LINEスキマニ、ショットワークスなどがある。

これらの事業者はデジタルプラットフォーム上で求人事業者と働き手をマッチングさせ、仕事が決まると賃金30%といった手数料(事業者によって異なる)として受け取る。

事業は「短時間・単発の就労を内容とする雇用契約の仲介事業」(スポットワーク協会)と定義し、同じスポットワークでもウーバーイーツのような業務委託契約で働くフリーランスではなく、求人事業者と雇用契約を結ぶ労働者という位置づけだ。

こうした短時間や1日だけ働く雇用仲介といえば、かつて東京の山谷や大阪の釜ヶ崎のドヤ街(簡易宿泊所)に暮らしていた日雇い労働者を想起してしまう。

スポットワーク協会は「日雇の雇用仲介事業は定義に含まれるが、基本的には、その中でもデジタル技術を用いて『短時間・単発の就労』として時間単位又は1日単位の雇用契約を仲介する事業を念頭に置いている」(スポットワーク雇用仲介ガイドライン)と述べている。スポットワーカーはいわば“デジタル版日雇い労働者”と呼んでもいいだろう。

それにしてもなぜスポットワークで働きたいという人が急激に増えているのか。

■「私たちのサービスは、大人のキッザニアだと考えています」

求人側の事情でいえば1つは人手不足だ。たとえばタイミーのクライアント業種は物流(単純・簡易作業)が49%、飲食22%、小売21%と、人手不足業種が90%超を占めている(2024年9月12日、第3四半期決算説明資料)。

加えて業務の繁忙期や忙しい時間帯のときだけ依頼し、人件費コストを節約できるメリットもある。また、求人企業と働き手双方がGood、Badで評価する仕組みがあり、閲覧し、評価の良い人を選別できるメリットもある。なんといってもスポットなので仕事ぶりが気に入らなければ1回で終わりにでき、解雇規制もない点だ。逆に気に入ったら無料で引き抜きもできる。

カフェで働く女性
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

ではどういう人たちがどんな理由で、スポットワークで働きたがるのか。

前出のタイミーの資料によると、まず性別は男性52%、女性48%とほぼ同率である。年代は20代26%、30代20%、40代24%、50代20%、60代以上5%と、若者だけではなく中高年層まで幅広い。

また、属性は正社員20%、パート・アルバイト・契約/派遣社員など非正規社員が34%、学生15%、自営業・フリーランス10%、その他21%となっている。

正社員の場合は副業ということになるが、パート・アルバイトも正業を持ちながら副業しており、あらゆる雇用形態の人たちがスポットワークで働いていることがわかる。

もちろん働いて少しでも収入を得たいからであろうが、スポットワークという働き方を選んだ理由については……。

「自分の都合の良い時間に働きたいから」58.7%
「家計の補助・学費等を得たいから」20.7%
「家事・育児・介護等と両立しやすいから」7.8%

となっている(タイミー「スポットワーカーを対象にしたアンケート調査」2024年9月9日)。

まさに隙間時間を有効に活用できるというタイパがよいというメリットもある。それだけではなく、仕事先がアプリ上でスピーディに決まり、履歴書の提出や面接などの余計な手間も省かれる。

さらに、求人企業と同様に利用者の評価やコメントが閲覧できるので仕事先とのミスマッチも防げるし、気に入らないと思えば1日で辞められるのもメリットかもしれない。

そして最大のメリットは給与の即日払いだろう。本来は「月末締め、翌月○日払い」というのが一般的だが、求人企業に代わってスポットワーク事業者が立替え払いしてくれる。

以前、取材した山谷の労働者が「その日働いた給与を握りしめて居酒屋で飲み食いするのが楽しみだ。この仕事は3日やったら辞められない」と言っていたが、同じ“醍醐味”を味わうことができるということだろうか。

SNS上ではこんな書き込みもある。

「興味関心のある仕事を通じて、自分がやりたいことを探せる」
「各職場ではタイミーさん、シェアフルさんと呼ばれることが多く、○○(名前)さんではない環境が逆に新鮮」
「短時間でも異業種を知ることで正社員としてずっと働いていては思いつかないアイデアを生むチャンスになる」

タイミー代表取締役の小川嶺さんはあるインタビューに「私たちのサービスは、大人のキッザニアだと考えています」と答えている。

大人の社会科見学を有償でできるワンダーランドというわけだ。

■雇用のセーフティネットから抜け落ちる恐れ

しかし、メリットばかりではない。デメリットや不都合な真実もある。

たとえば無断欠勤をすると、アプリの利用を無期限停止にする運用をしている事業者もあった。これに対し、11月、厚生労働省が求職の申し込みがあれば受理するという職業安定法に違反するとして改善を指導。このため事業者は停止の期間を無期限から「一定期間」に修正している。

また、冒頭でスポットワーカーは個人事業主ではなく、労働者であると言った。労働者には労災保険、雇用保険、健康保険や厚生年金などの社会保険のセーフティネットが用意されているが、実は労災保険は適用されるが、雇用保険や社会保険を適用していないスポットワーク事業者も多い。

失業給付を受けられる雇用保険は週20時間以上働くと加入義務が発生する。また、従業員51人以上の企業で働く場合、①週所定労働時間が20時間以上、②月額賃金8万8000円以上(年収106万円相当)などの加入要件があり、要件を満たせば社会保険に加入する義務が生じる。

しかし、同一の会社で週20時間、月額8万8000円に近くなるとシステム上、アラームで警告し、ブロックする仕組みにしている事業者もある。

実際にアプリ上に示される「労働条件通知書」には「労災保険の適用有り、雇用保険、健康保険及び厚生年金の適用無し」との記載もある。もし月額8万8000円未満でブロックされると、働き手は他のスポットワーク事業者で仕事を探し、実際は8万8000円を超える人もいるかもしれない。

こうした措置は言うまでもなく求人企業が支払うべき雇用保険や社会保険料などのコストを抑えるためであり、求人企業にとっては大きなメリットになる。

これではかつての日雇い労働者を使用する事業者と変わらない。社会保険についてスポットワーク協会は「スポットワークサービスおいては、労働者ごとに労働時間・勤務日数・賃金額等の制限が設定されている場合もあります」と制限があることを認めた上で「利用状況により加入条件を満たす可能性も否定できません」とし、適切な対応を呼びかけてはいる。

しかし制限を設けること自体、国の政策と逆行している。国は勤労者皆保険制度の構築を目指し、社会保険の適用拡大を推進している最中だ。

労働者なら誰でも老後の厚生年金を受給できるようにするため、12月10日に厚生労働省は社会保険加入要件の従業員規模と月額8万8000円の撤廃を決めたばかりである。国の方向性とは真逆である。

また、収入が年間30万円を超えると市区町村に給与支払い報告書の提出義務(地方税法317条)がある。働く会社1社の場合、提出するとしてもいくつかのスポットワーク事業者を通じて稼いだ収入についてはどうしているのかも疑問だ。

さらに正社員が副業する場合、本業と通算して法定労働時間の8時間を超えると1時間につき25%以上の割増賃金を支払わなければならない。実際に支払っている求人事業者があるのかも大いに疑問だ。

現時点ではスポットワークで働く人は“副業”が多く、先の調査ではスポットワークのみで働く人は0.6%にすぎない。それでも登録者数2500万人のうち15万人はいることになり、決して少ない数ではない。

それこそ日雇い労働者よろしく味を占め、今後スポットワーク専業者が増える可能性もある。そうなれば、スキマバイトならぬ雇用のセーフティネットから抜け落ちた“スキマビジネス”になりかねない。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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