講演中に突然停電のアクシデント…何も見えない200人の客が最終的に大歓声を上げた明大教授の"機転"
プレジデントオンライン / 2024年12月21日 16時15分
※本稿は、齋藤孝『「気づき」の快感』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■イレギュラーを経験して、「気づき」につなげる
仕事は常に順調とは限らず、予想外のトラブルに見舞われる可能性があります。不測の事態に直面したときこそ、私たちには気づきの力が求められます。
トラブルに対応する気づきの力は、一朝一夕に養えるものではありません。イレギュラーな出来事を数多く経験し、それに一つひとつ対処していくのが一番の近道です。
私の経験をご紹介しましょう。以前、講演を行っている最中に、会場が停電になるというアクシデントに見舞われたことがありました。目の前が一瞬で真っ暗になり、200人もいるお客さんの姿は見えず、マイクも使うことができません。
しばらくは様子を窺っていたのですが、すぐに復旧する見込みはなさそうです。このまま大人しく待ち続けるのもつまらないと思い、大きな声でお客さんに呼びかけました。「じゃあ、これからゲームをやりましょう。この中のどなたでも結構ですので、大きな声で『1』といってください。そうしたら、誰でもいいので別の人が『2』と声を上げてください。そのまま10まで声が重ならずにスムーズにカウントできたらゴールです。どこかで声が重なってしまったら、もう一度1に戻ってやり直しです。ではスタートしますよ。どうぞ!」
■なぜ「アイデア」を思いついたのか
一瞬の静寂があり、誰かが「1」と声を上げました。すかさず別の誰かが「2」と続けます。次に「3」という声が聞こえたと思った瞬間、まったく同じタイミングで別の場所からも「3」という声が上がりました。
会場の200人からいっせいに「あー」というため息が漏れました。実際に声を出してゲームに参加したのはたった4人ですが、がっかりするのは会場にいる全員なのです。「では、もう一度やり直しますよ」
再び、「1」「2」……とカウントしていくのですが、なかなかうまくいきません。何度目のチャレンジだったでしょうか。ついに「10」まで達成する瞬間が訪れました。暗闇の中から200人が大歓声を上げ、いつにも増して講演は盛り上がったのです。不安な時間を、楽しいひとときに変えられたという効用もありました。
数をカウントしていく協力ゲーム自体は、小学校などで行われるポピュラーな遊びですが、ここでのポイントは「暗いところでやったほうが盛り上がりそう」というアイデアを思いついたところにあります。
私がアイデアを思いついたのは、ライブの機会をたくさん経験しながら、常に気づきを求めていたからだと思います。
私は授業や講演、テレビ出演などライブで話をする機会を日常的に経験しています。ライブではトラブルや予想外の出来事がしばしば起こります。ちょっとしたイレギュラーな出来事に対応していくうちに、自然と修正力やとっさの気づき力が身についたのです。
■安住紳一郎さんが教えてくれた、「予定調和からはずれる」面白さ
イレギュラーな対応といえば、数年前に『情報7days ニュースキャスター』(TBS系)にコメンテーターとして出演したとき、非常に面白い経験をしました。
その日は、プロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手が全豪オープンで初優勝した直後であり、日本中が優勝の快挙に盛り上がっているタイミングでした。事前に番組のスタッフから「テニスウェアとラケットを持ってきてください」といわれていたのですが、コスプレでもするのだろうと軽く考えていました。
生放送に備えていると、司会を務めている安住紳一郎さんが私に向かってこういいます。
「齋藤先生、大坂なおみさんのVTRに入る前に、サーブを打ってもらえますか?」
この提案には面食らいました。確かに私はコーチをしていたので、多少テニスの心得はあります。でも、元プロ選手というわけでもない大学教員です。私がサーブを打つ姿を生放送で全国に届ける? いったい、どういうことなのか?
でも、安住さんから「今日は視聴者の皆さんがテニスに対して気持ちが熱くなっていて、絶対にラケットを振りたいと思っているはず」といわれて腹をくくりました。
■変化をつけたほうがいい「タイミング」がある
あとで聞いたところによると、安住さんは、「私にボールを打たせる、しかもバウンドするボールを打つのではなくサーブを打つ」という演出を、その場で決断したそうです。
「うまい下手よりも、思い切り打てばいい」
安住さんの言葉を信じ、私はいわれた通りにサーブを打ち込みました。すると、なんとその瞬間が3年間の放送でトップに近いくらいの高視聴率を記録したのです。
改めて「物事に旬があるとは、こういうことなんだ」と実感しました。私のサーブはあの瞬間だったからこそ生きたのであり、3日後に同じことをしたら「何をしているの?」となったはずです。
旬を逃さない感覚は、予定調和からはずれたところで効力を発揮します。
確かに、私たちには予定調和を求める心もあります。例えば、テレビドラマ『ドクターX』(テレビ朝日系)では、最後は主人公の大門未知子が難しい手術を成功させるとわかっているのに、実際に手術が成功するとやっぱり爽快感を覚えます。
一方で、人間には予定調和だけでは退屈してしまう側面もあります。予定調和に偏りすぎると、気づきの数も少なくなります。
気づきを常に意識していると、予定調和を壊し、変化をつけたほうがいいタイミングを察知できるようになります。安住さんは、予定調和に満足せず、試行錯誤しながら斬新なアイデアを生み出し続けています。彼の当意即妙な対応は、起こるべくして起きています。安住さんのように、変化を求める姿勢を持つことが大事なのです。
■学生たちに「むちゃぶり」を仕かけるワケ
何から何まで準備した通りにこなしているのでは、柔軟な発想力が失われてしまいます。そこで私は、学生たちに抜き打ちで即興ライブを行ってもらう機会を作っています。
「今日は文学作品でコントを作って、みんなの前で演じてください」
そんなことをいきなりいわれるのですから、学生たちは当然のように困惑します。
でも、実際にやってみると、結構面白いコントを作るのです。
学生たちの対応力に感動した私は、さらなるむちゃぶりを仕かけます。
あるとき「三人称単数現在形のs(三単現のs)でコントを作ってください」という課題を出しました。我ながらすごいむちゃぶりです。
英語では、主語が三人称単数のとき、動詞の最後に「s」をつけるルールがあります。退屈な文法のルールであり、コントとはおよそ相容れない知識です。
ところが、学生たちはまたたく間に秀逸なコントを練り上げます。一つのグループは「宅配便の配達員とお届け先」という設定でコントを作りました。
■人間は、もともと「気づき」の力を持っている
配達員は、まずplayさんのお宅に「s」を届けます。次にgoさんのお宅に行くのですが、goさんはsを受け取ってくれません。「esでなければ受け取れない」というのです。さらにstudyさんのお宅へ行くと、sもesも受け取りを拒否され、iesを要求される、という筋書きです。他の学生たちにも大ウケで、私も「よくぞこんなコントができたな。天才だ!」と感動しました。
人間は、もともと気づきの力を持っています。ただ、普段はそれを使わずに眠らせているだけです。
「この時間に何かを作る必要がある」
「せっかく作るなら、いいものを見せてみんなに評価されたい」
そう思うだけで、次々とクリエイティブなアイデアを生み出すことができます。たった数分のコントでも、大変な数のアイデアが詰め込まれるのです。
私も学生たちの頑張りに刺激を受け、むちゃぶりされたら全力で応えることをモットーにしています。
■無理難題を受け入れる「度量」が広がる
少し前に、出版社の小学館から「『ドラえもん』をテーマに本を執筆してほしい」という依頼を受けました。小学館にとって『ドラえもん』は看板コンテンツであり、藤子プロの許諾も得た大型企画だといいます。
「どんな企画ですか?」と尋ねたところ、編集者はこう答えました。
「ドラえもんの名言を100個選んで、コメントする企画なんです」
なるほど、『ドラえもん』を隅々まで読めば、100個くらいは名言が見つかりそうです。それをピックアップして解説を加えることなら難しくはなさそうです。
ところが、編集者の話には続きがありました。
「ドラえもんに出てくる名言に関連した、偉人の名言をセットにして紹介する本にしたいんです」
編集者が求めていたのは、『ドラえもん』に出てくる一つの名言と、例えば『論語』の言葉をセットにして解説するという内容です。でも、『論語』から名言をとり続けるわけにはいかないので、原則として100人の偉人の名言を集める必要があります。
そうなると、話は全然変わってきます。私は、まず『ドラえもん』を全巻読み込み、名言にたくさんのフセンを貼りつけました。そして、編集チームのメンバーとアイデア出しの場を設け、偉人の名言と結びつける作業をひたすら繰り返しました。苦心の末に、ドラえもんの名言と偉人の名言を100セット集めることができたのです。
たいていのむちゃぶりは、工夫しだいで乗り越えることができます。一度むちゃぶりをクリアすると、無理難題を受け入れる度量ができてきます。その経験値は何物にも代えがたいものがあります。むちゃぶりは貴重なチャンスだと思うべきなのです。
■依頼を受けるとスイッチが入り、アイデアが止まらない
むちゃぶりの重要性は、オファーを受けることの重要性に通じます。
私には、何かのオファーを受けた瞬間から、気づきが始まるという感覚があります。オファーを受けるかどうかを検討している時点で、すでにアイデア出しの作業が始まり、発想が止まらなくなります。だから、依頼を断るのがもったいなくなってしまうのです。
気づきを発動させる上で、報酬はそれほど重要ではありません。例えば、私が2つの会社から同じようなインタビュー取材を受けたとしましょう。B社のインタビュー料は、A社と比較して高額です。この場合、B社で話す内容のほうが特別クオリティが高くなるわけではありません。
報酬の多寡よりも、オファーの有無のほうが明らかに気づきのスイッチには大きな影響力を持っていると感じています。
少し前に、私は『私のバカせまい史』(フジテレビ系)という番組から出演のオファーを受けました。『私のバカせまい史』は、今まで誰も調べたことのない“バカせまい歴史”を徹底研究し、その成果を独自の考察で発表するバラエティ番組。子どもの自由研究を大人版にしたようなイメージでしょうか。
■「大学教員が解説してよいものだろうか……」
私が受けた依頼は「『わがままボディ』という言葉の意味を解説してほしい」というものでした。「わがままボディ」という言葉には、グラビアアイドルの写真に載せるキャッチコピーで使われるイメージがあります。
「大学教員が解説してよいものだろうか……」
心に迷いが生じました。でも、迷いとは裏腹に、頭は瞬間的に働き出し、「わがままボディ」という言葉から連想する気づきを、スマホのメモ帳アプリに書き始めてしまったのです。
「『わがままボディ』には、ゆるいボディに近い響きがある」
「『わがまま』と『ボディ』は本来結びつきそうにない言葉が結びついたところに面白さがある」
「自分で『わがままボディ』という分には許される」
「いとうあさこさんが、よくいっていたような記憶がある」
メモを書き連ねているうちに、気がつけば、今さら断るという選択肢がなくなっていました。
「ここまで気づいてしまったからには、もうやるしかない」
収録では品位を保ちながら解説すればよいと考え、出演のオファーを受けることにしたのです。
■「わがままボディ」の定義とは
番組の収録時は、「わがままボディ」という言葉がいつから使われ始めたのかなど、番組スタッフが調べた「わがままボディ史」のウンチクが明かされます。私も国語辞典の解説などを踏まえ、番組内で「わがままボディ」という言葉を学問的な視点から解説することができました。
終始楽しい雰囲気で収録が進められ、「もう終わりかな」と思っていたところ、番組から最後に追加のお願いを受けました。スケッチブックに「わがままボディ」の定義を書いてほしいというのです。そこで私は次のように定義しました。
「他(た)を気にせず、自分を思うままに表現する心身のあり方」
「心身」としたのは、体だけではなく、心のあり方も含まれるというところを伝えたかったからです。実は、私はこの定義を打ち合わせの段階から思いついていました。ディレクターの方々との会話の中で「これは体の問題だけじゃなくて、本人の心のあり方とか生き方の問題でもありますね」といった話をしていたのです。
いずれにせよ、番組出演のオファーを受けたことで、ここまで思考を深めることができました。オファーをいただくというのは課題を与えられるようなもので、本当にありがたいことなのです。
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明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『孤独を生きる』(PHP新書)、『50歳からの孤独入門』(朝日新書)、『孤独のチカラ』(新潮文庫)、『友だちってひつようなの?』(PHP研究所)、『友だちって何だろう?』(誠文堂新光社)、『リア王症候群にならない 脱!不機嫌オヤジ』(徳間書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。
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(明治大学文学部教授 齋藤 孝)
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