「1本140万円」の超高級日本酒も登場…唎酒師が解説「大吟醸でも特別純米でもない」日本酒の新ジャンル
プレジデントオンライン / 2025年1月2日 7時15分
■ジャパニーズウイスキーの次は日本酒が来る
いまやジャパニーズウイスキーは世界中で人気を集め、私たち日本人には手が届きにくくなっていますが、日本酒でも同じ現象が起きつつあります。今後、海外への輸出が急速に拡大する可能性があるからです。
私は長年、『会社四季報』(東洋経済新報社)の読破を続けており、今年で28年目・109冊となりました。『会社四季報』を通じて、上場企業の動向を見てきたわけですが、日本酒の世界進出は、キッコーマンの成長ストーリーに似ています。
しょうゆ最大手のキッコーマンは、早くから米国に進出し、現在は北米が利益の柱になるまで、成長しています。『会社四季報』には、【連結事業】欄があります。ここには、【海外】の項目があり、売上高に占める海外比率が掲載されています。24年秋号を見ると、キッコーマンの海外売上高比率は76%になっています。
業界のトップ企業の海外売上高比率が50%を超えると、その産業はグローバル産業になります。キッコーマンは20年ほど前に食品業界で初めて、海外売上高比率が50%を超えました。このときから、日本の食品業界はグローバル産業になったのです。
自動車業界も同じです。トヨタ自動車は1990年代に海外売上高比率が50%を超えて、自動車産業がグローバル産業になりました。24年秋号では84%です。日本の産業はすべてこのパターンをたどっています。
■日本酒の輸出は10年で3.6倍に増加
そして日本酒だけでみると、トップの酒蔵でも海外売上高比率は50%には達していませんが、いままさに国内から海外への進出が始まろうとしています。国税庁の「酒のしおり」(令和6年6月)によると、清酒の輸出額は2014年には約115億円でしたが、2023年には約411億円と約3.6倍に伸びています。
また、日本酒や焼酎、泡盛などの日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されることが決まりました。2013年には和食が登録されています。外国人の日本酒人気を後押しすることは間違いないでしょう。
今後も輸出が増えていくとすれば、日本酒を醸造している企業に投資することで、資産を増やせるかもしれません。しかし、小規模な企業が多く、上場企業は多くありません。
『会社四季報』(2024年秋号)で調べてみると、コメント欄に「日本酒」「焼酎」「みりん」の言葉が登場する企業は5社のみでした(図表1)。投資するなら、もう少し視野を広げて「和食」などに注目したほうがいいかもしれません。
■「1本なんと140万円」2013年物の「黒龍 無二」
ただ、私は日本酒への投資の本命は、株ではなく実物だと思っています。ジャパニーズウイスキーも実物は高値で取引されています。希少性が評価されているわけですが、日本酒でも同じような現象が起きるのではないかと思っています。
問題は、日本酒はウイスキーと製造法が異なることです。ウイスキーは蒸留酒で長期保存が可能ですが、日本酒は醸造酒なので難しい。これまでは、毎年、新酒がつくられて、年度内に飲み切るのが基本でした。
一方で同じ醸造酒であるワインは、年代物のほうが価値は高くなります。実は、日本酒にもワインと同様に長期に熟成させた「熟酒」あるいは「古酒」と呼ばれるものがあります。
ちょうど1年ほど前に、ある高級和食店で忘年会をしたときのことです。メニューで日本酒のラインナップを確認すると「黒龍無二」がありました。福井県の黒龍酒造が醸造した「黒龍」を長期貯蔵した熟酒です。
驚いたのはその価格です。2017年物で4合瓶が52万円、2013年物に至っては同140万円だったのです。さらに2013年、2015年、2016年、2017年の4本セットは同250万円でした。
このメニューを見た時に、日本酒もジャパニーズウイスキーと同様に現物投資の対象となることを確信しました。私は普通の居酒屋にも行きますし、ときには1人10万円の高級和食店に行くこともあります。しかし、高級店ほど満員で予約が取れにくくなっていることを感じます。
■まるでワインのような「熟酒」という新ジャンル
なぜここまで高級和食店が人気になっているのかわかりませんが、首都圏を中心に酒類販売を手掛けるカクヤスの会長にあるとき聞いてみると、「やはり中国人にも人気だけれど、普通の欧米人も来ていて、とにかく価格が高い順に埋まっていく」というのです。1年以上、予約が取れない店も多くなっているといいます。
私自身、唎酒師(ききざけし)の資格を持ち、日本酒検定1級の日本酒名人を取得するほど日本酒好きですが、日本酒好きは「熟酒がいい」と言っています。熟酒が日本酒の新たなジャンルになるのは間違いないでしょう。
唎酒師のテイスティングで最も重要な判定の一つに「劣化臭」があります。劣化臭には日光で劣化した場合の「日光臭」と熱で劣化した場合の「老香(ひねか)」があります。どちらの劣化臭なのかを見極めるのが非常に難しいものです。熟酒の匂いも劣化臭に似ているところがあります。
つまり、熟成させた日本酒の味わいと劣化した日本酒の味わいは紙一重の違いなのです。その意味ではワインも同じです。熟成させた年代物のワインを飲んでカビ臭いと感じることがあります。熟酒の味わいもそれに似たものがあります。
■純米大吟醸を氷温で5年以上熟成
そう考えると、幻想に高額な値段がついているともいえます。欧米人には「ワインは古いほうがいい」という人が多くいます。同じように熟酒にも期待が高まり、潜在的なマーケットは非常に大きいと思います。
ちなみに日本酒を熟成させるのは大変です。ただ保管するだけではなく、温度管理が非常に難しいのです。さきほどの黒龍は純米大吟醸を氷温で5年以上、保管施設で熟成するそうです。おそらく瓶詰めの前の段階で樽に移して保管しているのではないかと想像しています。
私がよく行く居酒屋の店主はまだ25歳ですが、無類の日本酒好きで家に一升瓶を450本保管しているそうです。冬は窓を開け放して、寒い中で暮らしています。夏はエアコンをつけたままにしなければならないので、電気代だけでも数万円かかるそうです。それだけ日本酒をよい状態で保管するのは難しいのです。
彼が目指しているのも熟酒です。しっかり管理して10年後に自分の店で熟酒として出すのではないでしょうか。彼に言わせれば老香は特徴であって、劣化ではないとのことです。この感覚が現物投資の対象となる理由です。
■普通の日本酒でも「4合瓶1万円」の時代が来る
日本酒はこれまで新たなジャンルがほとんど生まれていません。いま「熟酒」という新しいジャンルが生まれつつあることは、非常に面白いと思います。熟酒が広まってくると、「それにあう料理は何か」との発想が生まれます。
熟酒は、私たちが普段飲んでいる日本酒とはまったく異なり、重い味わいで匂いも色もまったく異なります。私は、こってりした料理に合うと思います。例えば中華料理と合わせる、あるいは西洋料理の肉と合わせるなどの提案ができるようになり、幅が広がるでしょう。
コース料理に合わせて最初は爽やかなものからスタートし、最後に熟酒を出す。そんな楽しみ方もできるはずです。
前述の黒龍のケースは極端ですが、すでに5万円程度の熟酒は普通にあります。1年を超えて貯蔵されたものを熟酒と呼びますが、一般的には5~10年貯蔵されたものが多いと思います。いま普通に飲まれている日本酒を10年貯蔵することで、4合瓶が1万円程度で販売される時代がくるかもしれません。
ジャパニーズウイスキーも10年ほど前まで普通に手に入るお酒でした。サントリーの白州は1瓶(700ml)3000円程度で入手できたと記憶しています。同様にニッカウヰスキーの竹鶴も手ごろに楽しめるジャパニーズウイスキーでしたが、いまお店で飲もうと思うと30ミリリットルで1杯7000円程度です。
■唎酒師が伝授「おいしい日本酒の見分け方」
投資対象にしないまでも、日本酒はいまのうちに楽しんでおかないと、気軽に飲めなくなる可能性があります。いまのうちに日本酒を楽しんでおくために、唎酒師の私が日本酒の選び方を紹介しましょう。
そもそも日本酒は大きく2つの種類に分かれます。普通酒と特定名称酒です。普通酒は大衆的な日本酒で全体の約70%を占めます。一方で特定名称酒は純米酒、吟醸酒、大吟醸酒などがあり、すべて合わせても全体の約30%しかありません。
特定名称酒は「純米酒」か「原料の米をどのくらい削っているか」(精米歩合)によって、8種類にわかれます。「純米酒」は原料に醸造アルコールを使わず、米と麹だけでつくった日本酒です。
精米歩合は、大吟醸が50%以下、吟醸が60%以下、本醸造が70%以下となっています。たとえば、純米大吟醸といった場合には、「原料に醸造アルコールを使っておらず、精米歩合が50%以下」の日本酒となります。米を削っていくと、たんぱく質や脂質などの雑味がなくなり、とくに真ん中には心白(しんぱく)という部分があります。心白だけを削り出して日本酒をつくると、雑味の少ない日本酒ができます。
普通酒は米、米麹、醸造アルコールでできています。一般的な居酒屋で飲まれているのはこのタイプです。普通酒は基本的に辛口です。一般的に辛口と呼ばれているのは普通酒のことです。このほかにも「にごりの度合い」「発泡性」「加熱処理しているか」などによって、枝分かれしていきます。
■吟醸酒は薫酒、純米酒は醇酒
一方で日本酒を香りとコクで分けると、4つに分類できます(次ページの図表2)。熟酒は長期熟成したもので香りが高く、コクのある味わいです。薫酒(くんしゅ)は大吟醸や吟醸など、精米歩合が高くフルーティーさの高い日本酒です。味はさらっとしています。日本酒のうまみが高く、アルコール臭くない日本酒といえます。
醇酒(じゅんしゅ)は特別純米酒や純米酒でコクはありますが、フルーティーさは高くありません。外国人が好みます。爽酒(そうしゅ)は普通酒の多くが含まれます。いわゆる辛口の日本酒で独特のアルコール臭があります。神社でいただくお神酒はこの分類に入ります。
日本酒好きが好むのは、薫酒と熟酒です。これらの味をいったん知ると、醇酒や爽酒には戻れなくなります。これから価格が上がっていくのも、薫酒や熟酒だと考えられます。
■好みの日本酒がわかる「3つのポイント」
4つの分類を参考に日本酒を選ぶのもいいのですが、私のおすすめは、3つのポイントで選ぶことです。1つ目はフルーティーかどうか。2つ目はシンプルな味わいがいいか複雑がいいか。3つ目は微発泡がいいかどうか。微発泡の日本酒は生酒と呼ばれています。
私はフルーティーでシンプルな味わい、微発泡の日本酒が好きです。その場合、純米吟醸生が該当します。反対にフルーティーではなく、複雑な味わいで微発砲ではないものが好みであれば、純米酒が該当します。
ちなみにフルーティーさには、大まかに、りんご系、バナナ系、メロン系の3種類があります。これは麹によって決まります。ラベルなどでは判断できないので、実際に飲んでみるしかありませんが、米を原料としながら、さまざまなバリエーションができるのは奇跡です。その面白さを知ってしまうと、もう日本酒から離れられなくなってしまいます。
居酒屋に行ったときに、極端に違う日本酒を飲み比べてみて、自分の好みを知るのもいいでしょう。たとえば、精米歩合が高いものと低いもの、純米酒と大吟醸酒を飲み比べてみると、自分の好みが判断しやすくなります。
■もっとも希少性が高まる「生酛造り」とは?
加えて、日本酒の年度についても知っておくと、おいしい日本酒を楽しむことができます。日本酒では7月から6月までを1年度としています。このうち第3四半期あたりが一番いい時期です。つまり、1~3月となりますが、この時期に新酒が出てきます。反対に第1四半期(7~9月)は厳しい時期になります。新年度に入る時期ですが、新酒はできていないので、前年度の古い酒を飲む時期です。
最後に今後、もっとも希少性が高まる日本酒について紹介しておきましょう。前述のように全体の30%しかない特定名称酒の人気が高まるのは確かですが、その中でさらにこだわっているのが生酛(きもと)造りです。これは日本古来の製造法です。
アルコール発酵をさせるときに雑菌が繁殖しないようにするため、酸性度を高めます。酸性度を高めるためには乳酸菌を取り込みます。このとき蔵についている自然界の乳酸菌を取り込みます。できるだけ米につきやすくするために米をドロドロにします。これを山卸(やまおろ)し作業と言います。
乳酸菌が取り込まれると、時間をかけて増殖し酸っぱさの元になります。これを生酛といいます。昔はこの方法が基本でしたが、明治期になると技術が発展してこの山卸し作業を廃止することになりました。これを山廃といいます。
■「たった1%の酒」となれば1本500万円にも?
山廃仕込みも自然界から乳酸菌を取り込みますが、直接乳酸菌を添加する速醸酛(そくじょうもと)と呼ばれる方法もあります。速醸酛は自然界の乳酸菌を取り込む作業がなく、醸造用乳酸を添加するため、早く製造できます。コストも安くできるので、現在は日本酒の9割が速醸酛になっています。
結果的に山廃と生酛造りは全体の10%しかなくなりました。その中で本来の生酛造りは10%。つまり、全体の1%です。今回のユネスコ文化遺産登録は、手作業による製造法ですから、本来の生酛造りが復活する可能性があります。
それを見越して動き出す醸造会社もあります。たとえば栃木県にある酒造会社の仙禽がつくる「仙禽 無垢」は若い杜氏ですが、「すべて生酛に戻す」と言っています。福島の酒蔵、大七酒造もすべて生酛にするといっています。こうした生酛造りの日本酒を熟酒にする場合には、さらに数が少なくなります。
ジャパニーズウイスキーでは山崎の55年物を100本限定、300万円で売り出しましたが、セカンダリーでは8000万円で取引されています。先日も響の40年物が限定販売されましたが、申し込む際に500字程度の文章を2本書いた上で抽選があり、当たった人には440万円で買う権利が与えられました。
そう考えると、本来の生酛造りの熟酒であれば、1本500万円程度の価格設定も十分にありえるでしょう。本格的な価格上昇が始まる前に日本酒を楽しんでおきましょう。
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複眼経済塾 代表取締役・塾長
1967年生まれ。1990年筑波大学第三学群基礎工学類変換工学卒業後、野村證券入社。個人投資家向け資産コンサルティングに10年、機関投資家向け日本株セールスに12年携わる。野村證券在籍時より、『会社四季報』を1ページ目から最後のページまで読む「四季報読破」を開始。20年以上の継続中で、2022年秋号の会社四季報をもって、計100冊を完全読破。2013年野村證券退社。2014年四季リサーチ株式会社設立、代表取締役就任。2016年複眼経済観測所設立、2018年複眼経済塾に社名変更。2017年3月には、一般社団法人ヒューマノミクス実行委員会代表理事に就任。テレビ・ラジオなどの投資番組に出演多数。「会社四季報オンライン」でコラム「四季報読破邁進中」を連載。『インベスターZ』の作者、三田紀房氏の公式サイトでは「世界一「四季報」を愛する男」と紹介された。著書に、『会社四季報の達人が教える 誰も知らない超優良企業』(SB新書)、『会社四季報の達人が教える10倍株・100倍株の探し方』(東洋経済新報社)、『「会社四季報」最強のウラ読み術』(フォレスト出版)、『10倍株の転換点を見つける最強の指標ノート』(KADOKAWA)などがある。
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(複眼経済塾 代表取締役・塾長 渡部 清二 聞き手・構成=向山勇)
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