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NHK党・立花孝志氏にSNSでは絶対に勝てない…大阪・泉大津市長選で現役市長の陣営がとった"立花対策の中身"

プレジデントオンライン / 2024年12月18日 16時15分

兵庫県知事選挙の出馬表明会見をする政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首=2024年10月24日、同県庁 - 写真=時事通信フォト

12月15日、大阪府の泉大津市で行われた市長選で、現職の南出賢一市長とNHKから国民を守る党の党首である立花孝志氏が出馬し、南出市長が2万1700票を得票し当選した。ノンフィクションライターの石戸諭さんは「立花氏は南出市長に1万6000票の差をつけられ惨敗した。南出陣営も立花氏の“空中戦”を警戒していたが、立花氏が兵庫県知事選ほど活躍できなかったのには3つの理由があると考えられる」という――。

■圧倒的な知名度があったのに惨敗

反ワクチン的な言動を繰り返す現職 VS 反メディアポピュリスト――前代未聞の一騎打ちとなった泉大津市長選は、NHK党・立花孝志氏の大惨敗で幕を閉じた。

大阪市の繁華街、難波から南海電鉄で約20分、国産毛布の一大生産地である人口7万人ほどの小さな街に連日、著名ユーチューバーや報道陣も駆けつけカメラを回して選挙戦の行方を見守っていた。

投票率は前回市長選に比べて、7ポイントほど上昇し44.07%だったものの、立花氏の得票数はわずか4439票で、2万1700票を得票して3回目の当選を果たした現職・南出賢一市長に約1万7000票も及ばない。前回立候補した共産党推薦の畠田博司氏が得票した7410票にも達していないのだ。

投票者の数は増えたことは、むしろ現職への強力な追い風になったという事実を示している。

立花氏にしてみれば、現職を打ち破るには投票に行かない層をターゲットに新しい票を掘り起こさなければいけない。その意味では一定の成果はあったにもかかわらず、票は完全に流れた。しかも、知名度はかなり高く、選挙戦終盤には現職の支持者からも「立花さんになってもおもろくなる」という言葉が聞こえてきたにもかかわらず、である。

いったいなぜ?

その理由の一端は現職陣営が仕掛けたトリックスター対策にあった、というのがさしあたり私の仮説だ。ポイントを大きく3点に整理しよう。

■「好敵手」として認め、無視しなかった

第一に立花氏を共に選挙を戦う「好敵手」と認め、立候補の意義を認めること。第二に相手の養分となるような批判を避けること。第三に「反ワクチン」論のような対立構図を作られやすい極端な主張を極力避け、過去の実績と今後の公約を強調することだ。

第一の点から見ていく。立花氏にとって泉大津は生まれ故郷であり「地元」である。そして、今回の選挙は兵庫県知事選で良くも悪くも注目を集めることに成功した後の初の選挙だ。それだけに警戒心は現職陣営にも強かった。

好敵手として認める姿勢は応援に駆けつけた弁士にも徹底していた。選挙戦最終日、泉大津駅前の街頭演説でも近隣自治体の首長も「泉大津市長選がこれまで以上に注目を集めているのは立花氏のおかげ」という言葉を繰り返し、泉大津市も含む大阪18区選出の衆院議員・遠藤敬(維新)も首肯するという光景が広がっていた。

彼らは立花氏の存在を無視しなかった。相手が徹底的に無視を決め込めば、「マスメディアだけでなく、現職も無視をした」と主張される可能性もあった。彼らは先手を打つことで、どこまで計算していたかはわからないが、この手の主張そのものを封じ込めることに成功した。

二点目に、真正面からの批判も避けたことも効果的だった。立花氏の街頭演説の特徴は、アンチをも一つの「風景」にしてしまうことだ。どんなに支離滅裂な話をしても絶対に逃げない固定のファンが最前列を陣取り、そこに顔の知れているアンチを指名して質問をさせたり、時に壇上にあげたりして主張を聞かせる。

■“養分”になるようなアンチ的立場を取らなかった

NHK党支持者からすれば場数を踏んで慣れている立花氏がアンチを軽くいなしたり、茶化したりしながら盛り上げる場になり、アンチN党側からみれば傲岸不遜(ごうがんふそん)な立花氏がおよそ妥当性を書いた理屈を展開する時間になっていた。

いずれにせよ、重要なのは批判する場や人物を立花サイドがコンテンツとしてみなしていることである。私はN党を強く批判する側の指摘は概ね妥当であると考えている。

しかし、他方で論理的な正当性がどちらにあるかは関係なく、「アンチをも包摂する度量のある立花」像をファンに見せることは結束を固める効果を持ってしまっていることもまた現実なのだ。選挙戦でこうした構図に巻き込まれず、かつ自身の正当性を主張することはかなり重要だったように思う。

2024年7月6日、渋谷駅前で街頭演説をする立花孝志氏
2024年7月6日、渋谷駅前で街頭演説をする立花孝志氏(写真=ノウケイ314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

そこで第三の指摘につながる。

反ワクチン論で知られる「ごぼうの党」の奥野卓志氏が選挙戦も最終盤に差し掛かった投開票日前日の12月14日に急遽、応援にやってきたが賛否を含め選挙結果からみれば効果は限定的だった。選対幹部によれば、南出氏が打ち込んできたボクシング界の人脈を通じて日程が決まったという。

奥野氏は現職を「同志」と呼びかけたが、ここが選対としてもギリギリの許容できる一線だったことは想像に難くない。

■反ワクチン論ではなく、これまでの実績を訴える

南出氏は、強い反ワクチン論で知られる参政党の神谷宗幣氏が中心になって立ち上げた「龍馬プロジェクト」にも名前を連ねている。しかし、今回の選挙で神谷氏本人は応援にはやってこなかっただけでなく、立花氏が無料化を掲げた高齢者への新型コロナワクチン定期接種の公費負担問題も選挙戦では論点化を避けた。

この判断の是非は分かれるとは思うが、少なくとも選挙戦略として妥当だった。道すがら、南出陣営の選対幹部とこんな会話になった。

「立花陣営のYouTubeは票が読めないし、こちらとしては後れを取っていることはわかっている」

「だったら神谷氏やその周辺に応援を……?」と彼に問うと、幹部はだまって首を横に振るのだった。

新型コロナワクチン問題を徹底的に避ける代わりに、街頭で訴えたのは実績だった。駅前に図書館を作ったことや、行財政改革の成果、急性期メディカルセンターの開設、そして3期目に向けて中学給食の自校調理化など生活に近い争点を矢継ぎ早に訴えていった。

オーガニック給食なるものを肯定的に語ったところには危うさを感じたものの、幅広く多角的な実績と政策を打ち出せるという現職の強みを最大限に生かすという戦略に舵を切ったことはよくわかった。

■「空中戦では相手には勝てない」

今の泉大津市市議会議長で選対の中心にもいた堀口陽一(大阪維新の会)はこんな見立てを示していた。当選5回を数える、元救命救急士はいかにもベテラン議員らしく、険しい表情を崩さないまま具体的な数字と共に選挙戦を語るのである。

「今回ほど票読みが難しい選挙もない。今のところこちらが固めた票は1万3000〜4000票といったところかな。前回と同じくらいの票は出てくると思うが、向こうの票は正直読めない。期日前が増えているから、投票率も上がるだろう。

上がった分がそのまま向こうに流れるということはないと思う。現職は訴えることもたくさんある。(インターネットを中心とした)空中戦では相手には勝てない。ならば、やってきたことを実直に訴えた方がいい。

もし向こうが9000票くらい掘り起こしていれば、かなり差は詰まっているとみたほうがいい。当日の出方次第でどっちに転ぶかわからないくらいの差になってういると考えないといけない。あっちに人は集まっているのは間違いないし、特に駅前エリアなんかは浮動票も多い。だからこそ、この選挙ばかりはどうなるかわからない。私は会議でも厳しい見立てを言ってきたつもりだ」

地元の選挙現場をよく知り尽くし、現職の周囲を固めた議員たちは立花氏のやり方を泡沫扱いせず、甘い想定こそを戒めていたということがわかる重い一言だった。

各種SNSのアイコンが並ぶスマホの画面
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

■「普通の候補者として扱う」ことが最大の対策

一人の候補者と認めるということは、分析の対象にするということだ。ワンイシューに陥りがちな個別論点の対立を周到に避けながら相手の出方を伺い、自分たちの政策を一つのパッケージとして訴えることによって有権者の判断に委ねる。

今回の選対の判断は、政治的な立場を超えて、トリックスターと向き合う際の一つの指針になったというのが私の評価だ。

同時に、これはマスメディアの姿勢にも重要なヒントを与えている。

拙著『 「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)を刊行して以降、メディア関係者から「トリックスター的な候補者をどう扱えばいいのか」という問いをもらってきた。私の解は「普通の候補者として扱う」だ。

彼らにとっては「マスメディアとの対立」は最大の養分の一つだ。メディアに取り上げられないという主張を自由にできる環境こそ「美味しい展開」なのだ。

したがって解はよりシンプルになる。

メディアは選挙の現場から学んで臆せずトリックスターの意味を分析し、光を照らしたほうがいい。光を当てることによって、影もまた伸びてくるものだ。彼らの行いもまた詳細に報じることでバランスはおのずと取れてくる。

トリックスターの存在をどう判断するかは、最終的には読者や視聴者を含めた有権者のものだ。冷静かつ合理的な人々が解を与えること。これを信じずに民主主義は成立しえない。

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石戸 諭(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター
1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)がある。

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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)

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