シューズもラケットも遠征交通費も自腹を切る…「先生が教える部活」が限界を迎えつつある3つの理由
プレジデントオンライン / 2024年12月25日 17時15分
※本稿は、永井崇・根本太一郎『学校は甦る その現状と未来を考える』(育鵬社)の一部を再編集したものです。
■「先生の指導は受けたくない」という厳しい声
①専門外のスポーツを指導する難しさ
私は、現在の勤務校を含め、四つの学校を経験してきました。うち2校(初任校とその次の赴任先)では、未経験のスポーツの指導を任せられました。ここでは初任校でのエピソードを紹介します。
一番に始めたことは一からそのスポーツを覚えることです。まずはルールです。指導に関する教則本的なものは書店に行くと多く並んでいます。そういった本を何冊か購入し、読みながら「指導」しました。
また、プレーしてみないとわからないので、生徒と一緒にプレーしてみて、学びとりながらアドバイスをしました。
とはいっても生徒は実際に試合に出ているので、私よりも知識や経験が豊富です。最初はなんの役にも立てないという虚無感でいっぱいでした。一部の生徒から、「先生の指導は受けたくない」と言われたこともありました。ほかの生徒を通じて理由について探ったところ、その生徒は、「経験のない先生からアドバイスを受けたくない」という考えをもっていたようでした。
自分としては精一杯アドバイスをしていたつもりでした。しかし、だいぶ的外れなことを言っていたり、生徒の現状に合っていないことを言ってしまったりと当時は反省しました。同時に、生徒に寄り添いながら専門外のスポーツを一から教えることの難しさに直面しました。
■初心者ながら、探り探りで指導に当たる
部活動は拘束時間も長く、指導がうまくいかないという葛藤を抱えながら過ごすことは精神的な重荷で、部活動の時間を憂鬱に思えることも少なくありませんでした。
一方で、乗り越えることができたのは生徒のお蔭でした。未経験であってもグラウンドに顔を出すと、「一緒にやりましょう」「審判してくださいよ」などと声を掛けてくれました。
そのとき、自分の居場所はここにあるのだと改めて実感しました。この子たちのためになんとか頑張らなくてはと心を奮い立たせたことをいまでも思い出します。
それからは少しずつルールを覚えたり、YouTubeなどに上がっている動画資料を参考にしながら指導のポイントを押さえたりしながら、探り探りで生徒たちの指導に当たりました。
■上下関係ではなく対等を心掛けた結果
また、「指導者」という立場にこだわるのではなく、対等な関係性を心がけました。プレーについて生徒から教えてもらったり、アドバイスをもらったりしながら一緒に時間を過ごしていくことで指導のポイントを発見していきました。まさに日々が学びの連続でした。
やはり、教師と生徒という上下があるような関係ではなく、ひとりの人間として対等に向き合って過ごすことが大切だと、この当時の生徒たちは教えてくれました。
その後、ともに過ごす時間が多くなるにつれて、少しずつですが部員たちとの絆が生まれていきました。大会を通じて少しずつ成長したり、それをもとに練習したりすることを繰り返していくなかで、「県大会優勝」を目標に日々の練習に取り組みました。そのころには放課後、顔を合わせるのが楽しみになっていたことを思い出します。
とくに、3年間部活動を通して過ごした部員たちの卒業式の様子は忘れられません。卒業式終了後、いつも練習していた校庭に移動し、花束と寄せ書きをもらったあと、私への「感謝の気持ち」を円になって大声で部員が伝えてくれました。
■生徒と一緒に一喜一憂することの大切さ
その瞬間、これまでの悩みや苦労、喜びや感動が一瞬で駆け巡り、涙が止まりませんでした。
コロナ禍で大会の中止や練習の削減が繰り返された代であったため、彼らの苦悩を身近で感じていました。そういった背景を思い浮かべるとより一層込み上げてくるものがありました。
感謝の気持ちを伝えるにも、涙が溢れてしまい、浮かんできた思いをたどたどしく伝えることが精一杯でした。
ほかにも、うまくできなかったプレーができるようになった瞬間、一緒に考えた作戦がはまって勝ったとき、同じ課題をクリアするために一緒に悩んだこと、コロナ禍で思うような練習ができなくなったり、大会がなくなってしまったときに虚無感を覚えたりしたことなど、思い出は数多くあります。
専門外という指導の困難さから、逃げ出したいと思うことはたくさんありました。そんななかでも支えになったのは目の前の生徒たちでした。それは、そのあとの学校でも同様です。目の前の生徒から「学ぶ」こと。「対等」な立場で「伴走者」として歩んでいくことを心がけること。それが何よりも大切であると思います。
■部活が終わる頃は「勤務時間外」
②時間外労働の多さ
勤務時間は朝8時から夕方の16時30分がおおよその学校の標準です。さて、部活動を行うとしたら労働時間はどうなるでしょうか。知人や私の体験をもとにした事例を紹介します。実際の勤務の流れをイメージしながらお読みください。
通常、中学校では6時間授業です。大体終えるのが15時30分ごろ。そこから清掃、帰りの学活を終えると16時前後です。18時30分完全下校のため、部活動の時間は2時間程度です。本来ですと勤務時間はすでに超えています。
そのあとは、下校指導――いわゆる下校時の安全確認――が始まります。生徒たちの送迎の車が学校付近の公道に並んだりするので、その誘導をします。さらには生徒が適切に交通ルールを守って通行しているか、見守ったりもします。場合によっては安全確認のため、通学路を我々のクルマで見て回ったりすることもあります。
これらを終えて職員室に戻ると、すでに19時を回っています。ここからが残務処理の時間です。欠席者への連絡――1軒1軒家庭に電話をかけます。場合によっては折り返しを待ちます――次の日の授業準備、生徒指導が起きた場合はその記録や報告、その他校務や行事に関する仕事や年次に応じた研修に関することなど……やることは山積みです。
■8時から21時、22時まで働くことも
一日を終えて体力がすり減った状況でのこの仕事量は、心身ともにダメージが大きいものです。これをある程度終えて帰宅できるのは――または諦めて帰宅するのは――20時過ぎです。
これに忙しい時期が重なると、21時、22時……となることもありました。家に帰っても、終わらなかった教材研究を行うこともあります。日付が変わっても次の日の準備が終わらないことは結構あります。
授業が一日あたり3~5コマあるので、それぞれの分の準備にも追われます。朝早く起きて準備することもありました。
このような平日を終え、週末も部活動はあります。朝7、8時ごろから13時ごろまで練習です。顧問には監督し、安全を確保する義務があるので、もち場を離れることはなかなかできません。練習試合等が入った場合は、より早い時間から会場の準備や片付けが必要となり、一日がかりになることは珍しくありません。遠い会場での試合だと、朝5時台に家を出ることもありました。
■労働に見合う対価が支払われていない
また、必然的に帰宅が夜遅くなることもしばしばです。大会となると、土日両方、さらには3連休すべて大会で拘束されることもあります。5月のゴールデンウィークなど半分以上は部活動の予定が入っていました。これは夏休みや冬休みといった長期休暇中であっても同様で、大会が近くなると土日は部活動優先です。年によっては新年最初の土日が大会となって家を空けることもあります。正月なのに……と複雑な気持ちでした。
上記のように、平日は2時間程度が毎日、休日も通常は土日片方の午前中、大会や練習試合だと全日勤務です。総労働時間は凄いことになってきます。平日の部活動だけでも時間外労働が月に40時間は発生しています。部活動の影響であとまわしになった事務処理や授業準備も含めると、相当な時間です。ここまでくると家庭での教材研究も含め、仕事と日常の境界線もつけられなくなってきます。
「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(昭和46年法律第77号)」(給特法)により、教職員調整額が月あたり給料月額の4%発生するとはいえ、時間外労働に対する手当(残業手当)は出ません。
私は教員になる前に一般企業に勤めていましたが、そのときは1分単位で手当が発生しました。労働には必要な対価を支払う。これは当然のことではないでしょうか。
一方では、教員の働き方や仕事の特性上、容易に一般企業と同様の時間外手当について当てはめることができないことは認識しています。
■持続可能な働き方まではまだまだ遠い
近年では、「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」(スポーツ庁2020年)によると、次のような方針が示されました。
学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合には、休養日を他の日に振り替える。)
○長期休業中の休養日の設定は、学期中に準じた扱いを行う。また、生徒が十分な休養を取ることができるとともに、運動部活動以外にも多様な活動を行うことができるよう、ある程度長期の休養期間(オフシーズン)を設ける。
○1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う。
これによって、現場の教員の負担も少しずつ改善してきたと思います。自分自身も年々、部活動による時間外労働が軽減されてきたように感じます。しかし、持続可能な働き方という点では、まだまだ改善点があるように思います。教師を目指す後進の育成のためにも、そして現場で働く教員のさらなる負担軽減のためにも、より良い部活動運営のあり方を見直す岐路となっているのはないでしょうか。
■“持ち出し”が多く、わずかな手当が相殺
③金銭的負担の大きさ
「なんで教員ってそんなに仕事のものを自分のお金で買うの?」
これは一般企業で働く妻から、結婚当初に言われた言葉です。私も、社会人を一般企業で始めたこともあり、その違和感は長らく覚えていましたが、口に出せないままでいました。このひと言を言われてから、改めて教員の特異性について感じています。
とくに、その一面が強いのが部活動であると私は感じます。一般的に、土日の部活動に出勤する場合、部活動指導手当――自治体によっては特殊勤務手当――という形で、指導に当たった時間に対して金額が定められています。
しかし、これは1時間あたりに換算すると、最低賃金を下回っているケースがほとんどです。
これに加えて、以下に記す金銭的な負担もあります。これだと“持ち出し”になり、土日の部活動での勤務の手当がほぼ残らない場合もあります。それを踏まえてお読みいただきたいです。
ここで私の経験や知人の体験を踏まえた“持ち出し”の具体例を挙げます。すべてが私の経験に基づいたものではないことをご承知の上、お読みください。
■道具一式を経費ではなく自腹で購入
まずは、指導に際しての準備についてです。私が部活動指導を始める際、顧問として割り振られた競技に必要な個人用の道具一式を購入する必要が出てきます。それはすべて自己負担です。たとえば、シューズ(競技によってさらに異なります)やラケット、グローブ、練習着など……。
「すべて揃える必要性はないのでは?」という意見もあって当然です。しかし、現場では「若い教師は生徒と汗を流してともに成長するべき」という意見が主です。いまだにこの風潮が根強く教育界にはあります。そのため、生徒と一緒にプレーしながら指導をすることが求められます。
私はこの意見に反対というわけではありません。むしろ賛成です。同じ時間を共有して一緒に苦楽をともに過ごすことで、一体感が生まれ、その過程で生まれる感動を味わうことができると考えます。また、実際にプレーしてみることで、その競技のことを理解し、実体験が伴った指導になり、指導に説得力が増すと思います。
しかし、これはあくまで「仕事」です。「ボランティア」ではありません。仕事に必要な道具類は「経費」として計上するのが一般的な考え方ではないのでしょうか。顧問を始めるための、必要最低限の準備に関して、金銭的な保障が必要だと思うのは、私だけでしょうか。
■片道100km以上の移動も自己負担
部活動に関する交通費も自腹です。たとえば、競技によっては土日に練習試合を多く組んでいきます。私もよく遠方の中学校や近隣の自治体で行われる複数校集まる合同練習会に参加しました。そのなかでたくさんの教員と交流したり、さまざまな指導法について情報交換させていただいたりしたことは自分の財産となっています。
しかし一方で、その交通費は自腹が前提でした。片道1時間近くかけて会場に向かい、往復で50~60km運転することもしょっちゅうです。その移動距離に比例したガソリン代ももちろんかかります。最高で、片道100km以上の道のりを向かったこともありました。高速道路を使ってしまうと、余計にお金がかかってしまうので、国道を延々と運転せざるを得ません。
なぜ「仕事」として行う部活動の交通費が自己負担なのでしょう。現場では当たり前の話になっていますが、疑問を感じざるを得ません。
さらには、大会に参加する際にも費用が発生することがありました。生徒と同様に、指導者も競技団体に毎年登録する必要が生じることが競技によってはあります。その登録費用も自腹です。このお金を支払わないと指導者としてのライセンスが発行されず、大会のベンチに入ることができません。なぜ、「校務」として行うことに対して自腹を切らなければいけないのか、疑問を感じました。それも安い金額ではありません。
■「教員=自己犠牲」という古い価値観
さらには、大会を運営するにあたり、審判を務める場合もあります。その際の審判着の着用も義務のケースがあります。
このときに使う審判に関する用具一式も教師の自腹です。ひと通り揃えると何万円単位になることも当たり前にあります。自ら手配したり、各種競技連盟がつながっているスポーツ店から買ったりするケース等、さまざまです。
部活動についての金銭的負担について紹介しました。このように、一般社会では当たり前の感覚が、教育現場にはありません。
「教育=聖職」という古い価値観から、自己犠牲を払って教育活動に従事することを美徳とするものがいまだにあるのかもしれません。もちろん、最低限の出費はやむを得ない部分もあると思います。自分も、自ら競技についての理解を深めたり、研鑽を重ねるための「対価」として支払ったりすることは必要だと思っています。実際、必要だと納得したものについては、自分で買い揃えました。
しかし、実社会において支給されて当然のことを教育界の常識として旧来のままにしておくことは、いかがなものでしょう。一般社会との価値観の「ズレ」を正し、労働への適切な対価が支払われてほしいと切に願います。
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中学校教員
土浦日本大学中等教育学校教諭社会科主任。1991年、福島県生まれ。明治大学文学部史学地理学科西洋史専攻卒業。一般企業勤務等を経て、福島県公立学校にて8年間勤務後、現職。社会科の授業を通した『感動』を生徒にもたせるため、教壇に立つ。歴史教育を核に高等教育機関との連携を図りながら、国際理解教育、金融教育、防災教育の実践・研究を進めている。明治大学教育会事務局員、初等中等金融経済教育ワークショップ事務局長、FESコンテストアンバサダー、関東ESD活動支援センターアドバイザー。「心豊かな社会をつくるための子ども教育財団提言コンテスト 2023年『For A Brighter Future―心豊かな社会をつくるために私のやりたいこと』コンテスト 大賞」受賞。おもな著作物に『社会科「個別最適な学び」授業デザイン事例編』(明治図書、分担執筆)などがある。
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(中学校教員 根本 太一郎)
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