高速道路上でもビル屋上でも肥料なしで育ち電力変換可…有事の食糧難に備え国が栽培を激推しする「野菜の名」
プレジデントオンライン / 2024年12月20日 10時15分
■有事にサツマイモ栽培が効果的な理由
焼き芋がおいしい季節だ。自然の甘みを生かしたサツマイモのスイーツは、各社から続々と発売されている。また、2020年から始まった「さつまいも博」などのサツマイモ関連イベントは、今やあらゆる層を集客できる鉄板コンテンツだ。
実は、そんなサツマイモを日本政府は、やや異なる角度から深掘りしている。安全保障面だ。2023年11月、農林水産省は「不測時の食料安全保障の検討について」のなかでこう示した。
・輸入や生産拡大をもってしても国民が必要とする熱量供給の確保が困難な場合に、熱量効率の高い作物への生産転換を図る。
・単位面積当たりの熱量供給量においては、サツマイモが最も高い。
(一方、その労働生産性は米などと比較して低く、また、たんぱく質やビタミンその他の必須栄養素とのバランスや、食生活への影響なども考慮する必要があり、必ずしも熱量効率性のみを追求すれば良いわけではない)
出所:不測時の食料安全保障の検討について(2023年11月、農林水産省 p8~9)
山川さんの解説はこうだ。
「有事がひとごとではなくなった今、生産する農作物を選択する際の最有力候補がサツマイモということです。栄養バランスが優れているだけでなく、栽培も簡単。何より、エネルギー収支が1を上回る、地球環境に優しい農作物なのです」
ここで山川さんについて紹介しておこう。京都大学農学部を卒業後に農林省(当時)に入省し、サツマイモやイチゴの新品種を数多く育成した。焼き芋の「ねっとり派」を生み出したエポックメイキング的存在、“べにはるか”の生みの親でもある。退官後は農業コンサルタントとして、グローバル農業ベンチャー企業CULTAの顧問をつとめたり、最高糖度78度の焼き芋を国内外に販売するSAZANKAの技術指導を行ったりするなど、若い経営者たちの背中を押す日々を送っている。「さつまいも博」の名誉実行委員長としてもおなじみだ。
■サツマイモのエネルギー収支
さて、その山川さんが先ほど口にした「エネルギー収支」とは何か。
簡単に言うと、農作物を生産する際に投入するエネルギーと、農作物が産出するエネルギーの収支を示したもの。投入エネルギーは、生産に使用する肥料やエネルギーなどさまざまだ。農学博士・宇田川武俊氏のデータによると、米の場合は投入エネルギー1単位あたりの産出エネルギーは0.4で、ハウス栽培野菜に至っては0.1をはるかに下回る。一方、サツマイモは1.6と飛び抜けて高い。
「理由は、サツマイモは肥料を与えなくても育つからです。30センチ以上の深さの土があり、15~30℃ぐらいの環境であればどこでも育てられます。サツマイモは茎の中に、空気中の窒素を固定し、サツマイモの栄養分に変える微生物“内生窒素固定菌”を擁しているので、肥料のない痩せた土地でもけっこうよく育つというわけです」
加えて、サツマイモは米に比べて収量も高い。低エネルギー・低コストでたくさん収穫できるとなれば、生産者にとっても収入が増え、メリットが大きいと言える。一方で欠かせないのが、食生活への影響への配慮だ。一日三食がサツマイモになった場合で食生活が貧相にならないよう、食べ方のバリエーションを増やしておく必要がある。山川さんはこう話す。
「弥生時代に日本で普及した米に対して、サツマイモが日本に伝わったのは江戸時代。まだまだ新参者です。栄養や機能性に関する研究も、実はそれほど進んでいないのです」
昭和40年代ごろ、アメリカから安価なコーンスターチが大量輸入されるようになるまでは、でんぷんの原料として生産されていたサツマイモ。現在のサツマイモは焼き芋や干し芋といった青果用だけでなく、ペーストやパウダー状に加工されることで菓子用にも使われる。
先のウクライナ侵攻の影響で輸入小麦の価格が高騰した際に小麦粉の代用品としての米粉が注目された。同様に「サツマイモ粉」の特性や利用法などの研究や、生活への浸透の余地は大きいと言えるだろう。
■備えあれば憂いなし 簡単な「どこでも農業」
また、有事が起きてから米→サツマイモに生産転換していては間に合わない。さらに前述の農林水産省の検討内容にも、「(サツマイモだけでなく)たんぱく質やビタミンその他の必須栄養素とのバランスや、食生活への影響なども考慮する必要がある」とある。そこで山川さんが提唱するのが、「どこでも農業」だ。
「超吸水性シートに、あらかじめ種子と肥料を埋め込んでおくものです。いざという時には高速道路やビルの屋上のようなコンクリートの上に広げて、散水機で水をまけばOK。シートは巻いて涼しい場所に保管しておけばいいのです。ハツカダイコンなら1カ月で収穫できます。野菜だけでなく米、麦、大豆やソバも収穫できるでしょう」
「どこでも農業」は、山川さんが農水省に勤務していたころ、国のプロジェクトで有事対策を研究した際に着想したものだという。現段階では、あくまでも山川さんの構想だ。また、同省のホームページには「緊急事態食料安全保障指針」として有事の際のマニュアルも存在し、誰でも見ることができる。
これらの内容を把握しておくことで、いざという時に自分や家族の安全が守られるかもしれない。日々の備えに対する理解は災害だけでなく、食生活についても深めるべきなのだ。
■サツマイモで持続可能な都市づくりも
さらにサツマイモのポテンシャルは、有事の備えにとどまらない。山川さんによると、日常生活にこそサツマイモの力が生かされるという。
「サツマイモは生産も調理も簡単で、ビタミンやミネラル、食物繊維などの栄養分が豊富な『準完全栄養食品』です。しかも、葉や茎も食べられて、捨てるところがほぼありません。サツマイモの甘みは犬や猫も大好きだし、茎葉は牛や豚の飼料として優秀です。さらに、栽培時は葉が何層にも積み重なって地表面を覆うため、ビルの屋上や壁面にサツマイモを植えると、ビル全体を冷やす冷房効果が期待できます。これは“芋緑化”として、既に都市部のビルで採用されています」
さらにサツマイモを食物だけでなく燃料として活用すれば、都市の電力がまかなえて循環型の“エコタウン(エコロジータウン)”が実現すると山川さんは提唱する。環境に配慮した、持続可能な都市づくりだ。
「例えば5万~10万人規模の都市の周辺にサツマイモ畑を作り、その他の農業や酪農、畜産などを行うイメージです。サツマイモを用いたバイオガスを電力に変換して活用する取り組みは、すでに宮崎県都城市の霧島酒造で先進的な動きがなされています」
霧島酒造の「サツマイモ発電」は、焼酎粕や芋くずから生成したバイオガスを電力に変換することで、リサイクル資源の利用率100%を目指しているという。
山川さんが構想するエコタウンは、霧島酒造のような企業の取り組みをより発展させ、循環型で持続可能なエコシステムを、比較的小規模な都市で作るイメージだ。食料やエネルギーの地産地消により、輸入や物流網に依存することのないサステイナブルなシステムができあがる。
「もちろん、用途に適したサツマイモ品種の選定や生産量のシミュレーション、インフラや法整備など、検討すべき内容は多々あります。でも、気候変動や政情不安などによる有事がいつ起きてもおかしくない現代において、検討する価値は十分にあるでしょう」
これは荒唐無稽な話ではない。現実としてサツマイモが、私たちのくらしの救世主になるかもしれないのだ。
参考文献:『サツマイモの世界 世界のサツマイモ 新たな食文化のはじまり』(山川理/現代書館)
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ライター
日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。
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(ライター 水野 さちえ)
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