タモリへの「そうですね!」はこうして生まれていた…「笑っていいとも!」ADが観客150名に唱えていた魔法の言葉
プレジデントオンライン / 2024年12月25日 16時15分
■「笑っていいとも!」の独特な空気感の正体
註:記事の内容は、執筆当時のものですので、現在の情報と異なる場合があります。
いやあ、人間生きてると何があるかわからないものである。私も30を目の前にして、よもや「笑っていいとも!」を見にスタジオアルタへ行く人生を歩むことになろうとは。何だか言っていることがよくわからないが、とにかく今月の私は新宿アルタに「笑っていいとも!」の公開生放送に行ってきたのである。
放送開始から10年以上たつ、今や堂々の長寿番組と言っていい「笑っていいとも!」。ある時期には「タモリが降りるらしい」という噂が定期的に流れたり、内容に関する賛否も言われたりしたが、ここ2~3年、完全な安定期に入ったと思われる。
もう、そこに「在る」としか言いようのない状態。私も何だかんだ言いながら週に3日は「笑っていいとも!」を見てしまうような生活を送っているわけだが、もう、たとえばあの極彩色のセットが毎日組み立てられてはバラされているなどということが想像できなくなっている。あの番組が「つくられている」ものであるという気がしなくなっているのである。誰も何もしなくても、お昼になればあの番組は「存在」し出すように思えるのだ。
言ってみれば、アルタという場所には「笑っていいとも!」が住んでいて、毎日1時間だけその日常生活を中継しているとでも言おうか。文京ケーブルテレビというところには、とにかく一日中東京ドームを映している(中で何もやっていない時及び中を映せない時は外観を延々と映している)チャンネルがあるというのをきいたことがあるが、それとも相通ずるものがある気もする。
■人間を備品へと変換させる構造
そして問題はあの「客」である。番組中に流れる「観客募集」のテロップは、確かにあの客たちはそれぞれの生活の場からあの1時間のために三々五々電車やバスに乗ってアルタに集まった個人の集合であることの証拠なのであるが、テレビの画面を通すとあの150人の客もまた「笑っていいとも!」の備品に思える。
私は、そのお客さんたちを見てみたいと思った。人間を備品へと変換させる構造がスタジオアルタ、いや「笑っていいとも!」にはあるに違いない。
まず、しょっぱなからやられた。「笑っていいとも!」を見に行くのは、ものすごく難しいことだったのである。ふと思い立ってハガキを2~3枚(10枚でも同じだと思うが)出したって当るもんじゃないらしい。
特に今回はうかつにも春休み中ということで、当らないこと当らないこと。休みの期間中は、地方からのハガキ応募が増える。当選のついでに東京旅行をするらしい。ディズニーランドとか行って。ま、ラチがあかないので番組取材という形で入れてもらうことにした。今回ばかりはしょうがない。
■アルタを見つめて立っている人の脳内
3月6日金曜日。一般の客入れは11時半からなので11時15分までに関係者受付に来るように言われた我々は、ギリギリの時間にアルタへ着いた。アルタ前というのは待ち合わせのメッカでもあり、常時人混みの絶えない場所柄ではあるが、一見して人だかりがしている。
この日の出演者は、タモリ、さんま、峰竜太、林家こぶ平、早坂好恵のレギュラーと、テレフォンショッキングが浅香唯である。とっくに11時を過ぎたその時間には、タレントはすでに中に入っているだろうに、人だかりは去ろうとしない。アルタを見つめて立っている。この中にさんまがいるのね、ってことなのだろうか。
その人だかりを通り抜けてエレベーターに乗り7Fまで昇った。エレベーターの扉が開いた途端、エレベーターの箱の中にいるままでチェックが行なわれる。誰でも乗れるエレベーターであるがゆえ、全てはここでチェックするしかないのだろう。
かなりちゃんとしたところまで説明しないと、その警備員はそこをどいてはくれない。やっと許しが出てフロアに降り、受付で名簿との照会と注意事項を受けてから10分ほど待って、一般の客入れと同時に別のドアからスタジオ内へ入る。
■「思ったことは即、口に出して」
入ってくる客は9割以上が女性だ。さまざまである。ヒステリックグラマーのスタジャンを着た専門学校生ふうの女のコもいれば、どこから見てもOLってのもいるし、50すぎのおばさんグループもいる。他のどんな公開番組よりも、客の特徴づけができないかもしれない。この人たちをくくる言葉があるとすれば「庶民」というのが最適だろう。
全員が席に収ったのがだいたい11時45分ごろ。そこからスタッフ(AD)による前説もどきの諸注意説明がはじまる。タゴとかいう名前のそのADは、タモリがよく番組の中で「へんな前説」として話のネタにするやつである。
その人は本当に「へん」で、普通ならば「キモチわるい」ということで、いわゆる客が引いてしまうレベルの「へん」な人だ。しかし客は決して引かなかった。そして、ここで引かないことが、それからの1時間がいつもと同じテンションでいけるということをもすでに決定づける重要なポイントだったのである。今考えればの話だが。
客は、スタジオに入って席についてからわずか15分ほどで本番を迎えることになっている。その15分のうち14分30秒まで、すなわち11時59分30秒までは、そのADがステージ上にいるのである。ADは、私が予想していたより、はるかに具体的に客を指導した。一番おどろいたのは「思ったことは即、口に出して表してください」というくだりだ。
■ADはずっと喋り続けていた
皆さんもそうだと思うが、「笑っていいとも!」の客席は反応が過剰であるとつねづね思っていた。おもしろくもないことに大笑いするという点に関しては、もはやどうとも思わないが、「うんうん」とか「えーーっ⁉」とか、喜怒哀楽のすべてを文字通り声に出して表現するという傾向は、若い年代の日常生活にはないはずのものなのに、と。
あの客席に座るとそうなってしまうという巧妙なメカニズムがどこかに潜んでいるのではないかとさえ予測していたのであるが、こんなに直接的指導がなされているとは知らなんだ。
時計は11時55分を回っている。ステージ上では例のADが、少しの間もあけずに喋りつづけている。このADが受けもつ14分30秒というのは、全ての注意事項(指導事項も含む)を出来る限りの早口で喋り終えるまでに所要する最低時間らしい。
客席では化粧を直している女が本当にいた。
■テレビで学習してきている
11時59分をすぎたところで「ハイ、では本番まで1分切りましたんでね。ワールドボーイズでーす」の声を最後にADは客席最前列中央の番組中定位置に下り、上手のセット入口からワールドボーイズ(アシスタントの2人組)が走って出てきた。
さっきのADの「1分切りました」という一言で、客席にはざわめきが広がり明らかにテンションは急に上がった。もう何が起きても、驚くぐらい過剰な反応を示す態勢に入ってることが手にとるように分かる。
ワールドボーイズも悲鳴のような歓声で迎えられ、何か聞きとれないことを客席に向って叫び、残り数秒というところでバック転を切った。着地して体勢をととのえた瞬間「カチカチカチ」という歌い出しのためのカウント音が響き、正午の時報とともに「おひるやーすみはウキウキウォッチング」と踊り出す。そしてタモリが姿を現すのである。
正直いってここまでの流れに、私は感服してしまった。毎日テレビを見ていると、このタモリが登場する瞬間の会場のボルテージというのは不思議なのである。中年の小男に「ギャーッ‼」とまで叫んで熱狂する瞬間とは何なのか。
しかし、客入れから番組開始までの15分という短さ、一切間というものを設けずにまさに本番に突入するように時間配分された段取りはシステマチックでさえある。
それに重ねて、「思ったことは口に出せ」という指導は心のタガを外す免罪符となり、番組中に訪れる数々のシチュエーションに対して、客はすでに昨日までのテレビ視聴で対処のノウハウを家庭学習してきているのだ。「ギャーッ‼」と言わせられるべくして、言わせられているのである。
■世の中に、人ってすごくいっぱいいるんだなあ
ハガキによる抽選という作為なしの方法で毎日集められている150人が、画面で見たときにほぼ同じテンションで平均していて、それゆえか、「いいともの客」という共通のテイストさえ醸し出しているということは、偶然ではない。
ハガキによる抽選というシステムには確かに作為は介在しないが、それ以前に「笑っていいとも!」を見たいと思ってハガキを何枚も出したりするような人のハガキしかこないというあまりに単純な事実が全ての基本になっている。
この基本さえ持ち合わせている150人なら、どんな150人でも「いいともの客」として15分で教育できることになっているのだ。
しかし、汲めども尽きぬ泉のごとくとでも言うんでしょうか、そんなに「笑っていいとも!」を見たいと願う人がひきも切らないとは。毎日毎日150人。世の中に、人ってすごくいっぱいいるんだなあ。なんだそれ。
(消しゴム版画家・コラムニスト ナンシー関)
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