「三菱UFJ貸金庫事件」の全容は闇の中…"家宝のダイヤ"を失った男性が「被害届は出さない」と肩を落とす理由
プレジデントオンライン / 2024年12月20日 8時15分
■「おそらく被害はないと思われますが…」
都内在住の投資家A氏は、11月下旬に三菱UFJ銀行玉川支店から1本の電話を受けた。貸金庫窃盗の件であった。
「何事かと思いましたよ。玉川支店の貸金庫で最後に出し入れしたのはコロナ前でした。預けていたのは土地の権利書と貴金属10点ほどで現金はありませんでした。
支店の担当者からは、『色々ありましたけども、おそらくあなたの分のボックス(貸金庫)に被害はないと思われますが、念のため確認をお願いしたい』と言われたんですよ。その時期は猛烈に忙しくて、やっと確認に行けたのが昨日(12月16日)でした」
■最小タイプで年間利用料は約1万5000円
A氏が玉川支店の貸金庫を使い始めたのは2003~2004年頃。住宅を購入し、権利書などを保管する場所としての利用が最初だった。
貸金庫を利用する際には銀行の事前審査があり、富裕層などから「ステータス」としても人気のサービスになっているが、当時はまだ空きもあったとのことだ。一度契約すると何十年と使うのが一般的なので、今では小さなタイプでさえ契約は難しいという。
A氏の貸金庫は一番小さなタイプで深さは5~6cm。A4サイズの書類が入る大きさである。年間の契約料は約1万5000円(税別)だ。
■本人しか中身が分からない「ブラックボックス」
貸金庫の中身は、原則として利用者本人しか確認できない。ちなみに、三菱UFJ銀行の「貸金庫規定」には、以下の記述がある。
(1)貸金庫には、次に掲げるものを格納することができます。
① 公社債券、株券その他の有価証券
② 預金通帳・証書、契約証書、権利書その他の重要書類
③ 貴金属、宝石その他の貴重品
④ ①から③に掲げるものに準ずると認められるもの
(2)当行は(1)①から④に掲げるものについても、相当の理由があるときは格納をおことわりすることがあります。
(3)危険物や変質、腐敗のおそれがある等、貸金庫の通常の用法による保管に適さないものを格納することはできません。
中に入れてはいけないものが示され、「相当の理由があるときは格納をおことわりすることがあります」とあるが、A氏が貸金庫に預けた際に中身を確認された記憶はない。つまり、銀行は中に何が入っているのかを把握しておらず、A氏しか分からない「ブラックボックス」ということだ。
■「ダイヤの指輪とネックレスがなくなっていた」
貸金庫を開けるには、専用のカードと金属の鍵の両方を使う。金庫の中に緑色のケースがあり、そこに預けるものを入れるそうだ。A氏が利用開始からの約20年間で出し入れしたのは数回とのことであった。
「確認作業は、普通に貸金庫を利用する感じで行いました。警察の立ち合いも銀行員の立ち合いもありませんでした。ほかに貸金庫利用者はいましたが、私のように、連絡を受けて被害確認のために来ていた人はいなかったと思います。
金庫の鍵を開けて緑色の箱を出して開けてみたら、預けていたはずの貴金属のうち最も高い価値のダイヤモンドの指輪と時価100万円弱のプラチナのネックレスの2点がなくなっていました。
ダイヤの指輪は曾祖父から代々伝えられてきた形見のようなもので、何十年と大切にしてきたものです。古いものなので鑑定書はありませんが、1億円くらいするんじゃないかと思います。それが、5年ぶりに開けてみたらなかった。しばらく、意識が働きませんでした。あとで、じわじわと盗まれたことの衝撃と精神的な辛さ、悲しい気持ちに襲われました」
■「自己申告」が積み重なった十数億円
その後、A氏は別室に移動して被害についての詳細を「貸金庫内容確認書」に記入した。この書類では「認識の相違」について記すことになっていた。
警察への被害届のような内容ではない。A氏が貸金庫に入れていたと認識している内容と、実際に中身を確認した内容をそれぞれ書くだけだ。あくまでも「自己申告」である。
銀行の担当者は「調査をして後でご連絡しますが、時間はかかるのでご了承ください」と説明したという。
こうした「自己申告」の合計が、いまのところ銀行側が発表した被害額「十数億円」なのだろう。A氏はこの数字、被害規模をどう考えているのか。
■銀行は被害を補償してくれるのか?
「銀行での確認の際、『警察立ち合いじゃなくていいんですか?』って言ってしまいましたよ。その場で警察が立ち会って被害届を出すものだと思っていましたから。でもそれはなかったんです。被害状況が現状はっきりとわからないのは、自己申告であることも理由でしょう。
もちろん、表に出せないお金を預けていた利用者もいたでしょうから。盗まれたことを報告しない人もいるかもしれません。つまり、『認識の相違』はなかったと。だから到底、十数億円ではすまないでしょうね。また、被害者も60名+αと報道では出ていますが、それ以上にもっといるのではないでしょうか?」
A氏によると、1日何人が貸金庫室に入ったなどの記録はあっても、誰が何を貸金庫から出したか、といったデータは残らないようだ。そのためA氏が窃盗被害に遭ったと証明するには、自己申告以外に元行員の供述など別の証拠が必要になる。
三菱UFJ銀行は被害が特定された顧客から補償を始めていると発表したが、A氏は「補償の話は一切、私に対してはまだ出ていません」と話す。
■天下の三菱UFJ銀行で起きるなら、他では…
A氏が玉川支店を訪れて貸金庫の中身を確認した12月16日は、奇しくも三菱UFJ銀行の半沢淳一頭取が記者会見を行った日でもある。そのため、銀行が発表した「約60人の被害者」にA氏は入っていないだろう。
今回の問題が発覚したのは、「貸金庫の中身が違っている」という顧客からの相談があった今年10月。そして、11月14日付で元行員を懲戒解雇してから、A氏ら被害の可能性がある貸金庫利用者に確認作業をし、12月16日に銀行トップが記者会見するまでに約1カ月が経過している。こうした三菱UFJ銀行の対応について、A氏はこう話す。
「日本は世界で最もカントリーリスクの低い国です。だとしても、日本にあるトップオブトップの銀行としてあるまじき対応です。史上最悪のリスクコントロールといってもいいでしょう。天下の三菱ですよ? 超一流の対応を見せるべきでした。
言い換えれば、日本のトップ銀行でこんな事件が起きているということは、他の銀行でも同じようなことが起きている可能性が非常に高いということです。今、全国の銀行は大騒ぎですよ。貸金庫を持っているところはとくに。契約者本人が確認できないケースも多いでしょう。大混乱ですよ」
■確実に盗まれたと証明するのは難しい
A氏に窃盗の被害届について聞いてみた。すると「被害届は出すつもりはない」という。
「もう無駄な時間を使いたくないんです。中に何が入っていたのか、確実な証明が難しいということもあります。警察に被害届を出したところで、警察が補償してくれるわけでもないし、時間ばかり取られます。
銀行に責任ある対応をしていただきたいですが……盗まれたものは先祖代々から伝わる、お金を出しても買えないものです。もう2度と手に入らない。もちろんすでに売り飛ばされていると思いますけど」
公表されている情報によると、盗んだ元女性行員は動機について「私的な資金に流用するためだった」と話しているという。この元行員が玉川支店に異動になったのは今年10月のこと。つまり異動して間もない時期にA氏の貸金庫から盗んでいることになる。
もし貸金庫を利用している方々がいたら、今すぐ中身を確認しに行くことをお勧めしたい。
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自動車生活ジャーナリスト
山口県下関市生まれ。大学時代は神奈川トヨタのディーラーで納車引き取りのバイトに明け暮れ、卒業後は日刊自動車新聞社に入社。95年よりフリー。2000年に自らの妊娠をきっかけに「妊婦のシートベルト着用を推進する会」を立ち上げ、この活動がきっかけで2008年11月「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)においてシートベルト教則が改訂された。育児雑誌や自動車メディア、TVのニュース番組などでチャイルドシートに関わる正しい情報を発信し続けている。「クルマで悲しい目にあった人の声を伝えたい」という思いから、盗難・詐欺・横領・交通事故など物騒なテーマの執筆が近年は急増中。現在の愛車は27万km走行、1998年登録のアルファ・ロメオ916スパイダー。
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(自動車生活ジャーナリスト 加藤 久美子 取材・文=フリージャーナリスト・加藤久美子)
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