原価4円の紙が100円で売れる…江戸時代から日本人を一喜一憂させてきた「おみくじ」のルーツ
プレジデントオンライン / 2025年1月7日 7時15分
※本稿は、川上徹也『「運のいい人」は神社で何をしているのか』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■原価率が高い優れたエンターテインメント商品
「おみくじ」は、ビジネスやマーケティングの視点で考えても、卓越した発想で作られた、優れた商品です。
おみくじは100円が主流ですが、利益率が高いのが特徴です。一般的なおみくじの卸値は1000枚で4000円程度だといわれています。1枚あたり約4円です。もっとも在庫はかなり持っておく必要はありますが、原価はわずかにもかかわらず、多くの人が嬉々としてお金を払い、その結果に一喜一憂します。
冷静に考えると、結果は偶然と考えるのが合理的です。占いがそうであるように、書かれていることも多くの人にあてはまるように記述されています。
もちろんそう頭ではわかっている私も、大吉が出るととても嬉しく感じます。また昨年、今まで一度もひいたことがなかった「凶」が2回連続で出た時は、ちょっと気になりました。書かれていることも何となく心あたりがあったので余計に(これも誰にでも当てはまる記述なのですが)。それだけ、エンターテインメントとして、よくできたシステムだと思います。
■始まりは比叡山延暦寺の「元三大師百籤」
本来、おみくじは吉・凶に一喜一憂するものではなく、大切なのは書かれている内容そのものだといいます。「吉が出たからといって慢心しておみくじに書かれたことを守らないと凶になる」「凶が出ても書かれていることに気をつければ吉に変換できる」ということが、書かれているのです。
おみくじは、平安時代に天台宗比叡山延暦寺の高僧だった元三慈恵大師良源が、中国発祥の籤(くじ)を参考に、「元三大師百籤(ひゃくせん)」という日本版のくじを作ったのが始まりだといわれています。
■大吉が出る割合は16%、凶は29%だった
内容的には、良源が観音菩薩に祈念して授かった百の教えが漢詩で書かれていました。百あるおみくじのうち、吉35パーセント、凶29パーセント、大吉16パーセント、その他20パーセントと割合が決まっていたといいます。
現在のおみくじのように、参拝者がひくのではなく、寺の僧侶がひいて、参拝者はその内容についてアドバイスをもらうという方式でした。本来的には運試しというより仏の教えを乞うというのが起源だったのです。今でも比叡山延暦寺元三大師堂では、予約をすればこのシステムのおみくじを実施してくれます。
さらに江戸時代、徳川三代(家康・秀忠・家光)のブレーンとして重用された慈眼大師天海によって、おみくじは広まりました。運勢や吉凶を漢詩に詠んだもので、現代のおみくじとほぼ同じ様式だったといいます。今でも、お寺のおみくじは、この元三大師百籖がベースになっているところが多いようです(吉凶などの割合も)。
神社のおみくじも江戸時代まではこの元三大師百籖を使っていました。みくじ棒と呼ばれる細長い棒が入った筒状の箱を振って、小さな穴から棒を1本取り出し、記された番号と同じおみくじを受け取るというスタイルです。
■圧倒的シェアを誇るおみくじ製造会社
しかし明治新政府が「神仏分離令」を出したことから、お寺由来のおみくじを使うのはまずいということになりました。そこで、お寺のおみくじに漢詩が書かれているのに対して、和歌が記されたおみくじが作られるようになりました。
日本には昔、「歌占(うたうら)」という神様からのお告げを和歌で授ける占いがあったことが由来です。そして、このおみくじを開発したのが、山口県周南市にある二所山田神社の宮司・宮本重胤だったといわれています。
宮本は、当時男性しかなれなかった神職に女性も登用すべきだと訴えて、女性の自立を求める活動を始めます。そして1905年(明治38)、「大日本敬神婦人会」を結成し、その機関紙として『女子道』を発行します。その資金を捻出するために、おみくじの製造・販売を行う「女子道社」を設立したのです。
歌人だった宮本が詠んだ和歌が掲載されるおみくじは好評で、神社のおみくじの原型になりました。「女子道社」は、大正時代に「おみくじの自動販売機」を考案し、あらかじめ折り畳まれた籤(みくじ箋)が主流になります。折りたたむ作業は一枚一枚手作業だそうです。今でも、全国の神社でのおみくじの約7割は「女子道社」製だといわれています。
■お伊勢参りに来た人は全員「大吉」のはず
現在は全国の神社でさまざまなおみくじが置かれています。
その神社でしか手に入らないオリジナルなおみくじもあれば、全国共通でよく見かけるおみくじもあります。最近は形がかわいいとSNSで話題になっているものも多いです。
ここからは、私が体験した範囲の中で、神社のおみくじに関する豆知識をお伝えしていきましょう。
①伊勢神宮にはおみくじがない
外宮も内宮も「おみくじ」がありません。その理由は伊勢神宮のサイトでは以下のように説明されています。
伊勢神宮には昔から「おみくじ」はありませんでした。おみくじは日ごろからお参りできる身近な神社で引くものでした。また、「一生に一度」とあこがれたお伊勢参りは、大吉でないわけがありません。その為、おみくじも引く必要がなかったと考えられます。
(伊勢神宮のサイトから引用)
言われてみれば確かにその通りですね。
その代わりではないでしょうが、伊勢神宮の門前町にある三十三銀行おかげ横丁出張所のATMは、なんとおみくじ機能付き。利用明細裏面に運勢が印刷され、大吉が出るとプレゼントがもらえるとか。他銀行のカードも使えるようなので今度行った時は試してみようと思います。
■自由に解釈できる「吉凶なし」おみくじ
②吉凶が書かれていないおみくじがある
明治神宮のおみくじには吉凶が書かれていない「大御心(おおみこころ)」という独自のものです。
表面には、明治天皇と昭憲皇太后が多数詠まれた和歌から教訓的なものを15首ずつ、合計30首選んだものが、「大御心」として印刷されています。裏面にはその和歌の意味と解説が英訳とともに書かれています。参拝者はそこから何かしら自分にあった教訓を導き出します。
出雲大社のおみくじも吉凶が書かれていません。代わりに「教訓」と「運勢」が書かれています。
このように吉凶が書かれてないおみくじは、エンタメ性は薄れますが、自由に解釈できるので結構好きです。
■氷川神社のおみくじは14種類もある
③「平」があるおみくじがある
さいたま市大宮区にある氷川神社は、武蔵一宮にして首都圏に点在する約280の氷川神社の本社です。この神社を「氷川の大いなる宮」とあがめたことが「大宮」の地名の由来となっています。
一の鳥居からはじまるケヤキ並木のある約2キロの参道は日本一長いとされ、歩いていてもとても気持ちがいい。私の大好きな神社のひとつで、年に一、二度は参拝させていただいています。
ここのおみくじは吉凶の種類が非常に多いことで知られます。
多くの神社では、おみくじの種類は大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶といった感じかと思いますが、氷川神社の場合は大吉、吉、末吉、小吉、凶、平吉、平、凶末吉、凶向吉、初凶末吉、吉凶末分、吉凶相交、吉平、向吉の14種類が「運勢一覧」として公式モバイルサイトに紹介されています。
おみくじは1番から50番まであり、それぞれに古事記や日本書紀に伝わる出来事などが表題としてつけられています。書かれている14種類の運勢は、いい悪いの順番はありません。
■吉になるか、凶になるかは心がけ次第
一般的になじみのない運勢は、以下のような意味とのこと。
平(たいら):平かで穏やかな状態なので今の状態で待つのが良い
向吉(むかうきち)、初凶末吉(しょきょうきち)、凶末吉(きょうすえきち):今は良くないが徐々に良い方に向う
平吉(たいらきち)、吉平(きちたいら):今の状態で待っていれば良い
(氷川神社公式モバイルサイトより)
なかなか複雑ですね。要は、すべては心がけ次第、吉凶にこだわらず書いてある内容に注意を払えということでしょう。
■現時点で信仰すべき神社まで教えてくれる
それ以外にも氷川神社のおみくじで特徴的なのは、文末に現時点で信仰すべき神社(境内の摂社・末社)が記載されていることです。
氷川神社の広い境内には、門客人神社、天津神社、宗像神社、松尾神社、御嶽神社、稲荷神社、天満神社など個性的な神社が点在しています。その神社がどこにあるかを探して参拝するのも楽しみのひとつです。
④イケボで聴けるおみくじがある
数カ月前に、新年の福男神事で有名な西宮神社(兵庫県)に参拝しました。
「スマホで聴ける言霊おみくじ」というのがあったのでひいてみました。
「言霊おみくじ」の特徴は、QRコードからその内容をイケボ(いい声)の声優さんが読み上げてくれるということです。幸い大吉だったので、ええ声で読み上げてもらえることでテンションが上がりました。このおみくじは、西宮神社オリジナルなものではなく、全国のいくつかの神社でも手に入れられるとのことです。
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コピーライター、湘南ストーリーブランディング研究所代表
大手広告代理店を経て独立。『物を売るバカ』(角川新書)『あの日、小林書店で。』(PHP文庫)など著書多数。海外6カ国にも20冊以上が翻訳されている。
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(コピーライター、湘南ストーリーブランディング研究所代表 川上 徹也)
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