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「日ハム→MLB→ソフトバンク」はプロとして当然の選択…上沢投手の移籍を非難する人に欠けている視点

プレジデントオンライン / 2024年12月19日 18時15分

2024年4月30日、ほっともっとフィールド神戸にて試合に出場する佐々木朗希(写真=とらとうはんしん/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

12月18日、プロ野球のソフトバンクは上沢直之投手(30)の獲得を発表した。ライターの広尾晃さんは「古巣球団の恩を忘れているなど非難の声が上がっているが、それは間違っている。MLB⇔NPBの流動にはもっと寛容になるべきだ」という――。

■佐々木朗希の移籍先として噂されている球団

最近のストーブリーグは国際的になっている。NPBからMLBに挑戦する選手、反対にMLBからNPBに返ってくる選手もいる。

そのいずれの場合も、焦点になるのは「どのチームに行くか?」「どんな契約(金額)で行くか」だ。

ロッテの佐々木朗希はポスティングルールの「実働6年、25歳以上」を満たすことなくMLB移籍を希望。球団もこれを認め、実働4年、23歳で移籍することになった。このために佐々木はマイナー契約しか結ぶことができず、ロッテに支払われる譲渡金(ポスティングフィー)は少額になると予想される。日本側のエージェントを経由してアメリカの有名なエージェント事務所である「ワッサーマン」と契約したようだ。

ワッサーマンはドジャースの山本由伸や、NBAレイカーズの八村塁などのエージェントでもある。ドジャースとのパイプが太いことから、大谷、山本のチームメイトになるのではないかと噂されている。

巨人のエース菅野智之は35歳。早くからMLB挑戦を訴えていたが、なかなか認められず、そのうち成績も下落したが、今季奮起して15勝を挙げ最多勝、リーグ優勝にも貢献しMVPを獲得。晴れて海外FA権を行使してMLBに移籍することとなった。

12月17日には、アメリカン・リーグ東地区のボルチモア・オリオールズと契約したと伝えられた。1年1300万ドル(約20億円)。若い投手なら5年、10年と大型契約を結ぶが、全盛期ならいざ知らず、球速、奪三振能力も衰えたベテラン投手が通用するかどうかについては、オリオールズもやや懐疑的で、異例の単年度契約になった。

■元広島・九里はなぜMLB挑戦を断念したのか

同じく海外FA権を行使してMLB移籍をすると思われていた広島の九里亜蓮は、一転、国内でのFA移籍を選択し、オリックス・バファローズへの入団が決まった。彼の場合、広島に対しては人的補償が発生するはずだ。

九里がなぜ、MLB挑戦を断念したのか? それは、恐らく、彼と同じ「イニングイーター(打者を打たせて取り、イニングを稼ぐタイプの先発投手)タイプ」の有原航平や上沢直之が、MLBで通用しなかったことが大きいのではないか。

有原も上沢も、もともと移籍を志した時点ですでにMLB側の評価が低かった。上沢はメジャー契約をするのも難しかった。

恐らく、九里の場合も代理人を通してMLB側に照会されただろうが、その評価は芳しくなかったのだろう。

九里の父はアメリカ人で、アトランタ・ブレーブス傘下のマイナーリーガーだった。文化的なギャップは普通の日本人より小さかっただろうが、敢えてリスクある選択をしなかったのだろう。

■上沢の移籍に上がる非難の声

そして2024年1月、ポスティングシステムでMLBに挑戦した上沢直之は、マイナー契約だったレイズからシーズン前にオプトアウト(契約破棄)条項を利用してレッドソックスに移籍。辛うじてMLB昇格を果たしたがわずか2試合でマイナーに降格、以後昇格することなくシーズンを終えた。

ツインズ戦の7回途中から登板し、2回2安打1失点だったレッドソックス・上沢=2024年5月3日、ミネアポリス
写真提供=共同通信社
ツインズ戦の7回途中から登板し、2回2安打1失点だったレッドソックス・上沢=2024年5月3日、ミネアポリス - 写真提供=共同通信社

上沢直之は2023年の成績でいえば、同じく今年NPBからMLBに移籍した投手の中では山本由伸(オリックス→ドジャース)とは差があったが、今永昇太(DeNA→カブス)とは、遜色がなかった。上沢は2023年パ・リーグでの投球回は最も多かった。

【図表】2023年の各投手の成績

しかし、投球タイプの違いもあって、上沢の評価は低かった。そして上沢はその評価を覆すことができないままに、NPBに復帰することとなったのだ。

本人の無念は察するに余りあるが、同時に過去、MLBで成績を残すことができないままに数年を過ごして復帰した選手に比べれば、賢明な判断だと言えるだろう。

しかし上沢は、かつて所属していた日本ハムではなく、同じパ・リーグのソフトバンクと契約した。これは有原航平と全く同じルートだったが、一部のファンからはおかしいのではないか、という声が上がっている。

■野茂英雄が選んだ「任意引退」と違う

DeNAからポスティングシステムでMLBのレイズに移籍した筒香嘉智は、5年間メジャー、マイナーでプレーをしたのち、今年4月にDeNAに復帰した。筒香にも他球団が食指が動いたようだが、筒香は古巣のチームを選択した。このことはDeNAのファンなどによって賞賛された。

今の制度的には上沢のソフトバンク移籍は全く問題がない。ポスティング移籍が決まった時点で上沢は日本ハムを「自由契約」になっていた。そして今オフには所属していたレッドソックスを「FA」になった。この時点で、彼がどのチームと契約を結ぼうと全く自由だ。

今から30年前、野茂英雄が近鉄からドジャースに移籍した際には、野茂は「任意引退」のステイタスでアメリカに渡った。この場合、もし野茂がNPBに復帰しようとする際には近鉄以外と契約することはできない。

上層デッキから見たドジャースタジアム
上層デッキから見たドジャースタジアム(写真=ジャンクヤードスパークル/CC0/Wikimedia Commons)

野茂の後から多くのNPB選手がMLBに挑戦した。彼らの中にはNPBに復帰した選手もたくさんいたが、「任意引退」の身分の野茂だけはNPB復帰は難しかったのだ。

制度上は問題がなくても、上沢に対しては「育ててもらった球団の恩を忘れているのではないか」「マイナー契約だったからポスティングフィーも雀の涙だったのに、ライバルチームに移籍するなんて」などという声が上がっている。心情的にはわかるが、これらは狭量な声だと思うし、プロアスリートのライフスタイルを理解していないと思う。

■条件の良い球団に行ったまで

上沢はNPB復帰を考えるにあたって、最初に古巣・日本ハムに連絡していたはずだ。日本ハムとしても、前年までの主戦級投手が復帰するのは歓迎すべき話だから早速、条件提示をした。しかし、その提示は日本ハムの「予算内」の提示だった。

その条件に不満があったかどうかはわからないが、上沢は日本ハムの提示を上回る4年総額10億円規模(※)というオファーをしたソフトバンクと契約することにしたわけだ。

※ スポニチ(12月16日配信記事)「ソフトバンクが上沢直之獲得!4年総額10億円規模の好条件で日本ハムとの争奪戦制す 近日正式発表」

日本ハムが上沢に、ソフトバンクの提示を上回る条件を提示しなかったのは、それが球団の方針だからだ。日本ハムはもともと「去る者は追わず」で、過去にも多くの主力選手をMLBやNPBの他球団に送り出してきた。

MLBには、ダルビッシュ有(→レンジャーズ)、大谷翔平(→エンゼルス)、NPBには小笠原道大(→巨人)、糸井嘉男(→オリックス)、陽岱鋼(→巨人)、近藤健介(→ソフトバンク)。

MLB経由ではあるが、有原航平や今回の上沢も同様だ。

日本ハムは契約金を吊り上げる「銭闘」には加わらない。誠意ある金額提示はするが、それ以上の条件提示があればあっさり引き下がるのだ。

■日ハムとソフトバンクの大きな違い

その代わり日本ハムは次々と、新たなスター選手を輩出してきた。「育成力」で、主力選手が抜けた穴を次々と埋めるのが、日本ハムの方針であり、チームとしての矜持だったのだ。

有原航平や上沢直之が抜けても、日本ハムは伊藤大海、加藤貴之など、優秀な先発陣が育ってきている。2024年シーズンは、オリックスから山﨑福也も加わった。

上沢直之との契約に固執しなかったのは、そうした背景があるのだ。それが日本ハムという球団のポリシーだと言っても良い。

一方で、ソフトバンクは、1軍から4軍まで多くの選手を抱え、MLB球団のような陣容を誇っている。

孫正義オーナーはホークスを買収した時に「MLBに追いつく」という目標を持っていたとされるが、他の追随を許さない分厚いファームシステムで自前の強豪選手を輩出するとともに、潤沢な予算で他球団の主力選手も獲得している。

今年のレギュラー陣でいえば、先発投手では生え抜きの坂東、大関などにキューバ国籍のモイネロ、元日本ハム→MLBを経て入団した有原。救援では元メジャーリーガーのオスナ、ヘルナンデスに、中日から移籍した又吉克樹、広島→独立リーグ高知を経由した藤井。野手では生え抜きの柳田悠岐、栗原陵矢、中村晃らに、日本ハムから獲得した近藤健介、元西武の山川穂高などなど……。

■プロ野球選手は会社員でも弟子でもない

ソフトバンクは圧倒的な資金力で育成も補強も行い、パ・リーグ随一、NPB屈指の強豪チームになっているのだ。それでもオリックスに昨年までリーグ3連覇を許すなど「資金力必ずしも勝利に直結せず」な部分が野球の面白いところではあるが。

ともあれ、ソフトバンクはそういう方針のチームだということだ。

選手は会社員ではないし、徒弟制度で師匠の下に入門した弟子でもない。入団した瞬間から個人事業主であり、契約上の制約は受けるにしても、最終的には自身の意志で、より有利な条件の球団に移籍する権利を有している。

それを行使したからといって、非難される筋合いは全くない。トップアスリートが市場の原理で動くのは、至極健全なことだと言える。

また、ポスティングでMLBに移籍して1年でNPBに復帰して他球団に入るのは、FAルールの裏をかくものだ、という見方がある。だが、上沢がそれを意図してポスティング申請したわけではないことは明白だ。

■厳しくすれば人材流出が進むだけ

最近、NPBのエース級の投手は、ほぼ全員がMLB挑戦を志すようになった。

日本の野球界には「人材流出」「空洞化」「NPBのMLBに対するマイナーリーグ化」を懸念する声が上がっている。

そして「MLBに挑戦する選手は、簡単に帰って来られないようにすべきだ」などという声まで上がっている。

例えば上沢の例を見て「ポスティングシステムで移籍する選手は『自由契約』ではなく『任意引退』にすべきだ」みたいな声も上がりそうだが、それは回りまわってNPB、日本野球の首を絞めることにつながりかねない。

NPBからMLBへの移籍や、MLBからNPBへの帰参のハードルを上げれば、MLBを目指す有望な選手は、NPBを経由せずにMLB傘下にはいろうとするだろう。

10年程前の台湾では台湾プロ野球(CPBL)が、八百長、野球賭博問題で揺れていたために、若手有望選手がCPBLを横目に見ながらNPBやMLBに入団しようとした。日本の高校を経てNPBに入団した陽岱鋼(元日ハムなど)や宋家豪(西武)、呉念庭(元西武)などがそうだ。

すでに佐々木麟太郎(花巻東高→スタンフォード大)など、アメリカで直接野球に挑戦しようという事例は出てきているが、NPB側が障壁を設ければ、台湾同様、日本も人材流出が加速するだけだ。

今のNPBとMLBの格差は、NPB側の経済成長がMLBに大きく後れを取っていることが原因だ。経営者の手腕やビジネスモデルの問題であって、選手の問題ではない。

NPB球団同志、そしてNPBとMLBの選手の流動性を高めるためにも、今回の上沢の移籍のようなケースを、日本球界さらにファンは寛大な気持ちで受け止めるべきである。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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