糖質制限したらなぜか糖尿病になった…「ご飯、パン、麺抜き生活」を続ける43歳女性に起きた"膵臓の異変"
プレジデントオンライン / 2024年12月23日 17時15分
※本稿は、大坂貴史『血糖値は食べながら下げるのが正解』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■過度な糖質制限で「糖尿病」と誤診された事例
43歳女性の坂田加奈子さん(仮名)は、定期的に受けている健康診断の糖代謝項目で「C判定(要再検査)」がつきました。坂田さんの実父は糖尿病を患っているため、本人も日頃から健康には気をつけているつもりだったそうです。
にもかかわらず、血糖値が高くなってショックを受け、結果を知ったその日から甘いものはもちろんのこと、ご飯やパン、麺などの主食を一切抜く「糖質制限」に励みました。
そして、後日、クリニックで「OGTT(経口ブドウ糖負荷試験)」というブドウ糖液を飲んで血糖値の変動を調べる検査を受けたのです。
ブドウ糖液摂取2時間後の血糖値は217。通常、上がった血糖値は1時間ほど経過すると下がってくるのが正常です。しかし、2時間経過しても血糖値が200を超えるような高値であるとインスリンの作用が不十分と判断でき、糖尿病と診断する1つの基準になります。
坂田さんは検査を受けたクリニックで「糖尿病なので、薬による治療が必要になる」と言われ、専門病院を紹介されて私が担当する糖尿病内科にやってきたのです。
■糖質を制限しすぎると“インスリン”が働かなくなる
坂田さんからよく話を聞くと、主食を一切抜く糖質制限をした状態でブドウ糖負荷試験を受けていたことがわかりました。
過度な糖質制限をしていると、血糖値が上がったときに血糖を筋肉や肝臓などに取り込んで血糖値を下げるインスリンというホルモンが反応しなくてよい状態になっています。これが続くと、インスリンを出す膵臓に“サボりグセ”がついてしまうのです。
膵臓がインスリンを出しにくい状態でブドウ糖液を一気に飲めば、血糖値は急激に上がり、2時間経過しても血糖値が下がらない状況が起きるのは当然です。
しかし、糖質制限は血糖値を安定させるために有効な方法と信じられていることが多く、医師から「糖質制限で食事を改善しても血糖値が下がらないのであれば、薬で治療するしかない」と言われたら、そのように受け止めざるを得なかったようです。
■「糖質をカットすれば糖尿病にならない」は誤解
でも、ここには大きな落とし穴がありました。
実は、ブドウ糖負荷試験を受ける際には注意点があります。検査の10〜14時間前までは絶食が必要ですが、検査前の3日以上は糖質を150g以上含む食事をとることが条件になっています。そうでないと、急激に血糖値が上がってもインスリンが反応せず、血糖値が下がらない可能性があって危険だからです。
しかし、坂田さんはその決まりを守っていない状態、かつ医療機関で確認されないまま検査を受けたことで、今回の問題は起きました。
結果的に坂田さんは「境界型」で糖尿病の一歩手前。糖尿病ではなく、現段階で薬の服用は必要ないと診断しました。案の定、適切に糖質を摂取する食事に変えたところ、血糖値は正常に戻っていきました。昨今、このような事態は頻発していて、決してめずらしいケースではありません。
坂田さんは極端な糖質制限を始めて日が浅かったため大事には至りませんでしたが、長期にわたって極端な糖質制限を継続していると本当にインスリンを出せない体質になりかねません。
糖質制限ブームから10年ほどが経過し、極端な糖質制限を続けたことで血糖値を下げられない人がいらっしゃいます。糖尿病に至り、インスリン注射が欠かせなくなる方もいます。
糖質を極端に減らす食事スタイルでは、必要なカロリーを満たすためにタンパク質と脂質の割合が増えて、とり過ぎになりがちです。すると、筋肉にサシが入ったような状態で糖を取り込みづらくなり、結果的にインスリンが効きにくい「インスリン抵抗性」が上がる事態も引き起こされます。
インスリンが必要なときの反応が悪くなるだけでなく、インスリンが効きにくくなるという、血糖値にとってダブルでよくない状態になるのです。だから、安易に糖質制限に飛びつくのは考えものなのです。
“糖質を摂らなければ、糖尿病にならない”というのは、大きな誤解です。
■日本人は太っていなくても糖尿病になりやすい
糖尿病はよく知られているようで、誤解が多い病気です。そもそも病名である「糖尿病」というのも、誤解を生じる原因の1つで、尿に糖が出ることから付けられていますが、糖尿病の診断基準に尿糖の有無は採用されていません。
もちろん、尿糖が出ていれば糖尿病の疑いがあるので検査を受けるべきですが、糖尿病の初期では尿糖が出ないケースもあります。
また、糖尿病は「生活習慣病」というカテゴリで括られることがありますが、食事などの生活習慣だけが糖尿病の原因ではありません。生活習慣が関係することもありますが、要因の半分は“遺伝的な要素や体質によるもの”です。
さらに、糖尿病は太っている人がなる病気と思われがちですが、特に日本人は“太っていなくても糖尿病になるリスクが高い”という事実を知っておくべきでしょう。体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出される肥満度を表す体格指数(BMI)が25kg/m2を超えると、日本では“肥満”と判定します。
2023年の報告では、2型糖尿病患者の平均BMIは24.71kg/m2。つまり、おおざっぱに言って“糖尿病を持つ日本人の約半数は肥満体型ではない”と考えられるのです。
これは、日本人を含めたアジア人の体質が大きく影響しています。欧米人と比べて血糖値を下げる“インスリンを出す力が弱い”のです。だから、過度な糖質制限をすれば、ますますインスリンを出しにくくなって糖尿病に近づきやすくなります。
■インスリンの働きを保ち、血糖値を上げないためには?
では、インスリンを出す力を守りつつ、血糖値を上げすぎないことを両立するには、どのような食事をしたらいいのでしょう。
ポイントは、“甘い飲み物はやめて、主食は食べること”です。
まず、甘い飲み物について説明します。甘い飲み物は糖質の吸収スピードが速く、血糖値を急激に上昇させます。すると、インスリンの分泌力が弱い日本人は、血糖値を速やかに下げることが難しく、血糖値が高い状態が続き、糖尿病のリスクが上がります。
野菜ジュースや乳酸菌飲料、ビネガードリンクのように健康効果を謳った商品や、疲労回復や集中したいときに飲むエナジードリンクなど、甘い飲み物の種類はたくさんありますが、“血糖値を急激に上げる”ことに変わりありません。過剰なエネルギー摂取は太りやすくもなります。糖尿病だけに限ったことではなく、健康維持のために甘い飲み物はやめるのがベストです。飲み物は水、お茶、ブラックコーヒーにしましょう。野菜ジュースを減らしてビタミン摂取が減るのが心配ならば、食後にみかん1個食べるほうがよいでしょう。
次に、主食についてです。食事から主食を抜いてはいけません。ご飯などの炭水化物が多い食品には糖質だけでなく、食物繊維が含まれます。食物繊維は血糖値を安定させる重要な成分。食物繊維は消化されにくいため、胃の中に長くとどまるので満腹感が長く続き、食べすぎを防ぐ効果も期待できます。また、そもそも糖質は活動をするエネルギーとなる重要な栄養素です。とり過ぎることが問題なのであって、食べてはいけないわけでは決してありません。なお、運動習慣のない体重60kgの方の場合、1食のご飯の目安はお茶碗1杯150gほどです。
糖質制限ブームの影響もあってか、昨今糖質量ばかりが注目されがちですが、穀類には糖質以外に食物繊維のほか、さまざまな栄養素が含まれていることを忘れないでください。いっぽうで、ジュースは“糖質の塊”。水に溶けて体に吸収されやすくなっているので、血糖値への影響は甚大です。同じ糖質と一括りにして考えてはいけないのです。
■“ベジファースト”を徹底する必要はない
血糖値の上昇を抑えるために「ベジファースト」を心がけている人もいるかもしれません。
ご存じのように、野菜を食事の最初に食べる食事法です。ただ残念なことに、普通の食事をしている人が野菜を先に食べるだけで血糖値が上がりにくくなることを示す決定的な報告は出ていません。根拠が乏しいこともあってか、糖尿病の食事指導の項目からもベジファーストについての記載は削除されています。
ベジファーストを意識することで野菜の摂取量が自然と増えるなら、それは結果的によいので、ベジファーストの功績かもしれません。ただ、とにかく野菜を全部先に食べきってからほかのおかずに手をつけるという順序を徹底する必要はないでしょう。温かいものは温かいうちに。料理をおいしく食べられるタイミングで食べればいいと思います。
血糖値との付き合いは一生のこと。根拠が乏しいデータによって食事の順番を決めつけたり、糖質という1つの栄養素だけで対処したりしようとしないで、栄養のチームワーク力を活かす食事を心がけたいものです。
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医師
京都府立医科大学卒業後、京都南病院で初期臨床研修を経て京都第二赤十字病院に就職。その後、京都府立医科大学大学院博士課程で医学博士を取得し、現在は綾部市立病院_内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科内分泌糖尿病代謝内科学講座客員講師。糖尿病専門医・指導医、総合内科専門医、日本医師会認定健康スポーツ医。市中病院で糖尿病をもつ患者さんを診察しながら、大学で糖尿病に対する研究を行っている。糖尿病と筋肉、糖尿病運動療法が専門。幸せになる運動の開発が現在の研究テーマ。趣味は料理とワイン。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、SAKE DIPLOMA。居合道・弓道・合気道有段者。YouTube、Xで医療情報を発信している。YouTubeの掛け声は「健康はぁ〜筋肉ぅ〜」
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(医師 大坂 貴史)
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