一度止めて手術した心臓になお爆弾抱える40歳障害者1級が起業…「会社の成長目指さない」のに年収爆上げの訳
プレジデントオンライン / 2024年12月27日 10時15分
小池克典さん(40)は、致死性の心臓病の手術を経て、障害者1級の手帳を持つ起業家だ。1年半前にそれまで勤めていた一部上場企業を退職、心臓の大手術を受けて社会復帰した後自ら立ち上げた「Squad」(スカッド)の代表となる。
Squadとは英語で“分隊”を意味し、同社はチームメンバー20人ほどで仕事を回していく、緩やかな会社だ。法人登記は伊豆半島の突端・静岡県下田市だが、オフィスはなく、メンバー全員が業務委託。オンライン上でコミュニケーションをとり、イベントなどで顔を合わせる程度だ。
最低限の法人の維持費としてメンバーは年間10万円を納める。仕事で得た収益は10%だけ会社にプールし、それを設備投資や社会貢献事業に使い、90%は仕事をしたスタッフで再分配。だから内部留保をしない、代表である小池さんにも役員報酬は発生しない、会社として成長を目指さない、気の進まない仕事は引き受けない、たとえ仕事がなくても、固定費はほとんど発生しないので会社は潰れない、など、“ないない尽くし”の一風変わった社風が特徴だ。
同社の最大の特徴は、自分たちたちがより自由に、自分らしく生きるにはどうしたらいいか? それを実現するには、先述の通り「成長を目指さない会社」で働くことだと行き着いた。そのためにはメンバーが仕事に対して得意である(適性がある)こと、やりたいと思っていること、報酬をきちんと得て社会に貢献することが前提であると考えた。
しかし、小池さんがこの一見風変わりなSquadに辿り着くまでは、“ザ・日本企業”の営業パーソンであり、そしてゼロイチの新規事業の事業責任者としてがむしゃらに突っ走ってきた。その軌跡を追ってみたい。
■このままの心臓では、合併症で突然死するかもしれないとの宣告
小池さんは大学卒業後、バーテンダーをしていた。本人曰く「私は3流私大卒ですし、自分が一部上場企業に入って、事業責任者をやるなど、夢にも思っていませんでした」。
しかし縁あって、IT系の大企業に入社し、持ち前のガッツと頭の回転の速さ、巧みな弁舌を生かして、トップ営業パーソンに上り詰めた。その後、新規事業の責任者となり、子会社を創業して社長にも就任という、いわゆる叩き上げ。順風満帆のキャリアに見えたが、健康診断がきっかけで、致死性の心臓病が見つかった。
「心臓が肥大し、心雑音が聞こえるから、大きな病院で詳しい検査をしてもらったほうがいいと医師に言われたんです。精密検査をしたところ、大動脈弁閉鎖不全症と診断されました。心臓弁に支障があって心房に血が逆流している、このままほっておけば、心筋梗塞や脳出血などの合併症で死んでしまうと。寝耳に水とはこのことです。学生時代は野球をガンガンやってましたし、自覚症状はなし。ただ、ハードワークの上にタバコやお酒もガンガンやっていたので、知らず知らずのうちに心臓に負荷をかけていたのでしょう。2人の子供はまだ小さいし、今死んでしまったらどうしようと目の前が真っ暗になりました」
どうやら生まれた時から奇形の心臓の持ち主だということがわかったが、成長してから同様の診断を受ける人は少なくない。しかし、ほとんどが高齢で発覚するそうだ。
30代(当時)で見つかった小池さんは珍しいけれど、ラッキーだった。検査で見つからなければ、いつか突然死していたかもしれない。それぐらい危険な病気だった。
「でも、少しだけ前向きになれることもあったのです。手術をするとなると復帰までに約3カ月かかると言われ、今までがむしゃらに走り続けてきたので、これからの仕事や人生をゆっくり見つめ直す良い機会になると思ったのです」
■明日死ぬとしたら、今の仕事は本当にやりたい仕事なのか?
小池さんが担当していた前職の新規事業の内容は、ワーケーションをサポートするサービスと、次世代の建築物を世の中に広めるというもの。自由で新しい暮らし方と働き方を応援するものなので、情熱を傾けて仕事に取り組んでいた。
営業時代とは違ったアプローチの業務であり、地方の面白い起業家とどんどん繋がったり、産学連絡を行ったり。責任者として苦労も多かったがやりがいもあった。新鮮だった。折しもコロナ禍で、リモートワークが進んだことで、事業は脚光を浴びる。
「新規事業によって自分は間違いなく成長できたし、そのことでは会社に深く感謝しています。しかし病を得て『明日死んだとしても、この仕事を続けたいか?』と内省したら、正直YESとは言い難くて。当然ながら、その事業は会社が取捨選択して、意思決定したもの。前提条件として計画があり、予算があり、戦略があり、体制があるので、私の意思が反映されることはありません」と振り返る。
それらの前提条件の先に、(半ば無理やり)「自分のやりたいこと」を意味づけし、成果を出してきた。会社員としてしごく当たり前のことだろう。しかし命の限りを感じたときに、その“当たり前”を受けいれることができなくなった。
■大病の前には、組織の論理を受け流すことができなくなった
健康な体だったならば、このような当たり前=組織の論理を、会社員の宿命として受け流すこともできただろう。
しかし、心臓を一時期に止めて心臓弁を交換する大手術が待ち構えている。もしかしたら無事に生還できないかもしれない。しかし、無事に手術が成功したら、明日死んだとしてもやりたい仕事をやろうと、手術の前に会社を辞める決断をする。
「手術後長い療養が必要という見立ててでしたが、手術は大成功し短期間で回復しました。運よく名医といわれる外科医の先生に執刀してもらえたし、莫大な手術費用がかかったけれど、高額療養制度でお金はあまりかからなかった。私は日本の医療の恩恵にあずかって、命を助けてもらったんです」
検査技術の進歩で重篤な病が早めに発見できた。さらに心臓弁は機械弁か、動物由来の生体弁に交換できるが、小池さんは生体弁を選ぶことができた。生体弁であれば、血栓ができにくく、健常者と変わらない日常生活が送ることができるというメリットがある。
しかし完治はしない。心臓弁はいつかまた交換しないといけないし、いつ何時心臓が止まるかわからない。そういう背景があって小池さんは障害者1級の手帳を持つことになった。
「最新の手術方式や生体弁など、未知の領域に果敢にトライする人々の努力や奮闘があったからこそ、今自分は生きている。じゃあ、この命を今後何に使うかを考えました。ゼロイチで新しい世界を切り拓いていくスタートアップを応援して、受けた恩を未来に返していこう。自分が“善い”と思えることのためだけに、仕事の時間を使いたいと決心しました」
■“善い仕事”をしたいと願う仲間たちとSquadを立ち上げ
しかし一人の力だけでは、できることはたかがしれている。
そこで、前職の新規事業で繋がった有能な人々を誘ってSquadを立ち上げた。“善い仕事”をしたいという考えに賛同した人々だ。小池さんが代表になったが、彼も他のメンバー同様に業務委託で仕事をする。前述したように役員報酬は払わない、成長を目指さない、やりたくない仕事は引き受けない、売り上げの10%を会社に納めて、残りは案件担当者で分配し、内部留保を持たないといったルールを決めた。このような組織であれば、ガツガツ成長を目指さなくてもそれなりの収益は上がり、しかも会社は潰れないという仮説を立てたのだ。
仕事のアサイン(割り当て)のフローとしては、案件を持ってきた営業担当から、案件の内容、ギャランティの額と分配の比率、納期などの条件が提示される。それをSlackというコミュニケーションツール上で公開し、「やりたい、かつできる」と思ったメンバーが手を挙げる。もしやらないかと誘われたとしても、やりたくなければ断っていい。あくまで本人の自由意思に委ねる。
「例えば、ラグビーやサッカーといったスポーツでは多くの試合をする中で、squad(分隊)でチーム編成をするんです。レアル・マドリードが、ACミランと戦う時はA編成、マンチェスター・ユナイテッドが相手ならB編成と変えて、勝利を目指します。このように、本来プロジェクトには達成要件に最適なメンバー構成が必要です。プロジェクトの目的に基づいた最適な執行体制をアサインする『Pop-up Agency』(その時々でチームを組成する)をビジネスシーンに応用しました 」
この方式ならば、メンバーは自分のやりたい仕事だけを選択し、得意なことだけに専念できる。また案件に貢献できる人をアサインしているのでコスパもいい。
通常の会社組織では、ここまでの柔軟性を持つことは難しい。やりたくない仕事のアサインでは社員のモチベーションが下がるし、適性を考えないアサインでは、時間的にも経済的にも効率が悪い。しかし、Squadではプロジェクトごとにメンバーを変えていくので、ミスマッチを防ぐことができる。これなら会社は潰れないし、メンバーは仕事に対してより自由でいられる。
Squadのメンバーの属性は、フリーランサー、起業家、会社員だが副業OKな人などさまざまだ。プロフェッショナルなスキルをもった人たちばかりで、ジュニアレイヤー(見習いアシスタント)はいない。その教育に時間をかけるのももったいないからだ。ただしメンバーが個人的にアシスタントを使うのは自由だ。
小池さんは現在4つのプロジェクトに同時に携わっている。一番大きなミッションは、一般社団法人インパクトスタートアップ協会の事務局長であり、政府や自治体の長ともつながるビッグプロジェクトに関わる。
同協会の活動を簡単に説明すると、社会課題の解決をスタートアップの成長のきっかけの一つと考え、資金調達やインパクト(影響)の可視化に関する会員同士の情報交換、勉強会、各省庁との意見交換会を行う。
シード(誕生したて)、グロース(成長)時期のスタートアップが入会し、お互いが有機的に繋がり、大企業が経済や協働の支援をしていくというエコシステム(互いに依存しながら生態系を維持する)作りに小池さんは奔走している。
また、未病対策として、医療法人のウェルネス事業の新規事業開発も受託。医療法人の仕事も引き受け、未病予防の啓蒙活動も行なっている。大病をするまで、知識はなかったが、自分の命を救ってくれた医療への“恩返し”の意味で引き受けている。
「これらは、全て自分がやりたいと思って携わっている仕事です。もちろん、タスクをこなすのは大変なこともありますが、テーマは壮大でステークホルダーもそうそうたる方々ばかり。心から“善い仕事”だと思って取り組んでいます」
■“好きかつ得意”なことだけに専念したら、会社員時代の倍以上の年収に
では、ガツガツ成長を目指さなくてもそれなりの収益は上がり、しかも会社は潰れないという仮説は正解だったのか?
「立ち上げからまだ1年半なので、会社が潰れないというのは検証中ですが、収益の面ではSquadで1億円以上の収益となり、黒字となりました。初年度はホームページもなく、プロモーションもしていない口コミ営業でしたが、好調な滑り出しでした。私個人としても会社員時代の倍以上に増えました。自分が好きで得意なことをやっているので、最高の価値を出すことに時間がかけられます。そうなると報酬にもはね返ってきますし、次の案件にも繋がります。そういうポジティブな循環で仕事ができています」
好きなことだけ、やりたいことだけをやっていても収入は飛躍的に伸びる――こんな夢のようなことがありうるのだ。しかし、小池さんたちSquadのメンバーは、プロフェッショナルスキルを持つプロ集団だからできたこと。そして納期を守る、クライアントとこまめにコミュニケーションをとる、真摯に対応するといった、長く働いているといつの間にかおざなりになる「当たり前のことを当たり前のようにやる」といった姿勢も崩さない。
■“優しい世界”を目指すために、子供の能力を伸ばすプロジェクトを開始
会社に収める10%の上がりはどのように活用しているのか?
Squadが会社登記している、静岡県下田市の古い倉庫で、その活用イベントが開催された。ちなみに下田市は、前職の新規事業でとてもゆかりがあった場所だ。
イベント名は「カイブツプロジェクト」。子供は誰しも“怪物”のように、予想不能な才能を持っている。その才能を潰さずに伸ばしていこう、というのがプロジェクトの趣旨だ。
保育園児から小中高校生、大学生が、「自分のやりたいこと、仕事にしたいこと」をフリースタイルでプレゼン。秀逸なプレゼンをした参加者には、何十万という賞金を授与したり、「壁打ち」と称して、Squadのメンバーが、子供たちが夢想するビジネスモデルの聞き役になったりもする。
「自分たちが目指すのは“優しい世界”です。そして長くビジネスの世界で活躍する人は、学歴でも資格でも経歴でもなく、何かに“夢中になっている人”です。自分の好きなことや得意なことに夢中になって、周りをハッピーにする子供達をカイブツと名付け、稼いだ100万円を彼らにプレゼントして、応援することにしたのです」
普通の会社であれば、収益の活用に対して「どういうリターンがあるか?」「費用対効果は?」といった議論になるだろう。しかしSquadでは、メンバー皆で相談して使いたいことに使う。周囲の子供達や大人たちが喜んでくれるのであれば、その積み重ねが結果的に“優しい世界”に繋がる。
自分がそんな人間に変わったのは不思議だ、と小池さんは回想する。
営業パーソン時代は、数字だけを追い求め、誰よりも業績を上げたかった。だからこそ、トップ営業パーソンにもなれたし、新規事業も任された。今は“優しい世界”を目指して、より社会貢献度の高い仕事がしたいと思うようになった。
心臓に爆弾を抱えてはいるが、今の境地に至れたのは、病気と、Squadに理解を示してくれた家族とメンバーなどのおかげ。最後に小池さんは言った。
「障害者1級としての人生を謳歌したいです」
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ファッション系出版社、教育系出版事業会社の編集者を経て、フリーに。以降、国内外の旅、地方活性と起業などを中心に雑誌やウェブで執筆。生涯をかけて追いたいテーマは「あらゆる宗教の建築物」「エリザベス女王」。編集・ライターの傍ら、気まぐれ営業のスナックも開催し、人々の声に耳を傾けている。
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(フリーランスライター・エディター 東野 りか)
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