毎年100万円ずつ増える「借金」のため海外出稼ぎへ…台湾とシンガポールで働いた19歳女子大学生の"告白"
プレジデントオンライン / 2025年1月5日 16時15分
■「海外出稼ぎ売春」の相談が増えている
関東地方某市の市街地にある雑居ビルの一室。
「相談室」と書かれた小さな部屋に、職員に伴われて少女が入ってきたときには「子どもだ……」というつぶやきが漏れそうになった。
ここは、風俗への就業相談、悪質ホスト問題、女性の人権に関わるあらゆる問題への相談を受け付けているNPО法人だ。
実は、海外出稼ぎ問題についての相談は、警察にだけ寄せられているのではない。こうした民間の相談機関が各地に存在し、相談を受け付けている。大々的にそうした看板を掲げているわけではないが、昨今こうした相談が多く、さすがに無下にはできず、なし崩し的に身の上相談を受け付けるようになった、という機関も多い。
記者はそうした各地の相談機関に実情を窺うべく、電話取材を試みた。すると驚くほど多くの機関から「海外出稼ぎに関する若い女性からの相談がある」という回答を得た。ただ、こちらが前のめりになればなるほど「プライバシーの問題で内容は明かせない」と言われ、それ以上は取材が進まなかった。
しかし――記者が実際にアポイントを取って訪れたとある機関のみ骨を折ってくれた。
プライバシーを最大限に守るという条件付きだったが、相談に訪れた本人に直接取材ができるようセッティングしてくれた。
■幼い容姿をした19歳の女子大生
紹介された女性を仮にツムギと呼ぶ。
19歳の大学生だと職員から明かされた。
ツムギは終始俯(うつむ)きながら、そして小さな声でとつとつと話した。緊張しているためなのか、生まれつきなのかは判断がつかなかった。
ツムギがこれまで出稼ぎに行った国は2カ国。台湾とシンガポールだと打ち明けた。
この時点で本書のための海外出稼ぎの取材を始めて半年ほどが経過していた。
すでに多くの女性から壮絶な実体験を聞き、ある種の免疫があったはずだが、少女の口から「売春」「出稼ぎ」などの単語が出てくると、異様な世界に入り込んだ錯覚に陥った。繰り返しになるが、ツムギの容姿はそれほど「幼い」のだ。
■借金の理由は「学費」と答えた
身長は150センチほど。近ごろの女の子としてはかなり小柄な部類に入るだろう。髪型は肩までのストレート。黒髪である。
ファストファッションと思われるシンプルな白シャツに、茶のチノパン。化粧っ気はほとんどなく、眉毛を描いているのみである。もちろんマニュキュアの類いはつけていない。垢抜けない地方の真面目な高校生だといっても誰も疑わないだろう。
記者は怖がらせないようにゆっくりと、穏やかに質問することにした。
「台湾とシンガポールにいたそうですが、これらの国にいた理由はなんですか?」
ツムギはためらうような表情を見せ、小さな声でこう答えた。
「……借金です」
「ホスト、とかではないですよね?」
口にしたあと、ずいぶんとぶしつけな質問をしたものだと後悔したが、ツムギはまったく表情を変えなかった。
「いや、学費です」
ガクヒ? 瞬時に「学費」を認識できなかったのは、これまでの取材では一度も「学費のために海外に渡り売春をした」という話を聞かなかったからかもしれない。
■両親が離婚し、母と妹の3人暮らし
ツムギが記者に語った半生をここに記したい。
北関東の中核市で生まれたツムギは母親と4歳年下の妹との3人家族。父親は小学校に入る前に家を出ていったという。両親の間に何があったのかは定かでないというが、離婚した後も母親は父親のことを口汚く罵っていたので「それなりのことがあったのでは」と淡々と語っている。
ツムギは父親が嫌いではなかった。2カ月に一回程度、父親と遊びにいくことを許されていたのだ。公園や遊園地で思いきり遊び、帰りにファミレスで好きなものを食べさせてもらった。幼いながらに至福の時だと思っていた。次に会える日を毎晩、布団の中で指折り数えていた。
しかし数年後、その至福の時は突如奪われる。介護施設で働き始めていた母親はツムギと妹が父親のもとから帰った日には、姉妹を冷たくあしらうようになったのだ。それは回を重ねるごとにあからさまになっていった。
ある日、ツムギは妹と話し合いをした。「もう父親に会うのはやめよう」と。
■母親の顔色を窺いながら生きるように
妹は、姉のその言葉を聞いて大泣きしたと言うが、幼い姉妹がこのあと生きていくために取った「処世術」だった。
「もしかしたら、そのころから人の顔色を窺って生きるようになったのかもしれません」
ツムギは、なにか人生の選択肢に直面したときは、母親の顔色次第で道を選ぶ、という生き方に変わっていった。中学に入ったときには仲の良かった友達とテニス部に入りたかったが、用具や遠征費など「なにかとお金がかかりそう」という母親のひと言で、楽器は貸与されて経済的負担が少ない吹奏楽部に変えた。
高校進学も同様だった。本心では電車で通学する市外の進学校を目指したかったが、自転車で通える平凡な地元の高校を選んだ。娘たちの留守を嫌う母親の顔色を窺ったのだ。
「こういう話をすると、母親が毒親って思われるかもしれないですけど、そんなことはないんです。当然育ててもらった感謝もありますし、親子仲が悪いわけでもないんです」
ツムギはそう弁解するものの、関係は決して正常とは思えなかった。
■将来の目標は「海外で働く」こと
母親の顔色を窺い進んだ高校とはいえ、楽しく過ごしたという。“人並みに恋愛”もして、将来の目標とも言えるものを見つけた。それは海外で働くということだった。
「きっかけはあまり覚えていないんですけど、もしかしたら英語が得意だったとか、そんな理由です。海外の人のSNSを見ると、そこには知らない世界が広がっていて。違う世界を見たいという気持ちが強くなりました」
アメリカやイギリス、英語圏の人のSNSに夢中になった。有名人ではなかったが、そこで広がっている自由闊達な世界は、ツムギのいる日常とはかけ離れて見えた。
このころツムギは母親の夜勤の日、中学生の妹の世話を任されていたのである。世話といっても夕飯を作って食べさせ、翌日は朝ごはんを用意して一緒に家を出るだけではあったが、いつしか大きな負担になっていった。
ツムギは高校3年生になっていた。このころ初めて母親と対立したことがあった。大学進学についてだった。ツムギは東京の英語や国際関係を学べると評判の大学に進学することを夢見ていた。ツムギが通っている高校からは少々“背伸び”と思われるほどの有名私大だった。
母親は案の定ツムギの上京に難色を示した。
■バイトをしてもお金が貯まらない苦学生生活
「今、出て行かれたら、妹の世話はどうするの? 学費は?」
ただ、このときばかりは、ツムギは自分を貫いた。
「学費は奨学金、その他はアルバイトをして自分でなんとかする、実家から通うから安心して」と話してなんとか納得してもらった。
ツムギは予備校に通うこともなく、予備校に通う友人の参考書をコピーして勉強するなどして、見事難関私大に合格した。これでツムギはある程度の「自由」を摑んだはずだった。このときばかりは、母親もご馳走を用意して、祝福してくれたのはうれしかった。
だが、覚悟していたとはいえ、憧れの学生生活はバラ色ではなかった。
実家から大学まで電車で2時間以上かかった。朝6時に家を出る。勉強を終えて地元のターミナル駅に帰ってくるのは夜の8時を回った。そしてターミナル駅近くで見つけた居酒屋でアルバイトし、午前1時すぎに帰宅。一日のアルバイト代は5000円程度、週に5日入っても10万円には遠く及ばない。教材費や定期代、さらには携帯代などを払うと手元にお金はほとんど残らなかった。
サークル活動や同級生同士の飲み会など、数えるほどしか行ったことがないとツムギは言った。キャンパス生活を謳歌するのにはほど遠い「苦学生」だった。
■毎年100万円の奨学金が重くのしかかる
さらに――ツムギの肩に重くのしかかろうとしていたのは、毎年100万円の「奨学金」という名の「借金」だった。
それでもツムギは、不満を口にするでもなく、自らを律するように黙々と学生生活を送った。母親にわがままを言って大学に進学したという、ある種の負い目があったのだ。
そんな日々を、そしてツムギの未来を変える出会いがあった。アルバイト先でのことだった。アルバイト仲間から「トモさん」と呼ばれていた20代後半の女性だった。
10代の学生が多いアルバイトの中では年齢は高く、みんなのお姉さん的な存在だった。
細身で美人、ギャルっぽい雰囲気のトモさん。ツムギの第一印象は「自分とは何となく世界が違う人」といったものだったが、ツムギはトモさんと話すのが好きだった。
どこか姉御肌を感じさせるトモさんは、ツムギにざっくばらんに自分の過去を語った。
■「実は台湾に金持ちの男がいて…」
「若くして男に騙され、シングルマザーになった。そして夜の街で働き始めたけど、コロナで閉店しちゃって。で、ここに流れ着いたの」
どこか人ごとのように自らを語る、その姿にツムギは惹かれた。休み時間には、トモさんに近づき、キャバクラ時代の話などを聞かせてもらった。自分とは無縁だと思いつつも、自分もそんな給料のいいところで働いてみたいなとも感じた。ただ、トモさんのように美人でもない自分がそんなところにいる姿は想像すらつかなかった。
トモさんもどういうわけかツムギのことを気にかけていた。ワイワイと群れて奔放な学生と違い、将来への展望をきっちり見据えている苦学生のツムギをほっておけなかった。幼な子を抱えるシングルマザーだったからかもしれない。
アルバイトを始めて半年ほどがたった2023年10月末、トモさんはいつものように、しかしあっけらかんとこんなことをツムギに向かって話した。
「実は台湾に金持ちの男がいて、ひと晩すごすと結構なカネをもらえるんだけど一緒に行く?」
ツムギはトモさんが一体何を言っているのか理解できなかった。ただ、憧れの海外、そして信頼するトモさん、話を聞いてみることにした。
「バイトが終わったら詳しく教えてください」
■海外出稼ぎに抵抗がないはずはない
「実は、キャバクラで働いていたときのスカウトから、海外で男とすごすとそれなりのカネがもらえるって聞いて。それで、たまに台湾に行ってるんだ」
「ほかの子には絶対言わないでね」と念押しして話しだしたトモさん。ツムギには思い当たる節があった。確かにトモさんは4、5日連続でシフトに入らないことがあったのだ。子どもと過ごしているのだろうと思い、それ自体とくに気にも留めていなかったのだが。
「海外で男と過ごす、って何をするんですか」
「一緒にごはん食べて、同じホテルに泊まって朝まで過ごす。それだけだよ。当然、夜はエッチするんだけど……抵抗がないならどう?」
SNSでそういった女性を募っているのを何度も見かけたことがあったので、瞬時に海外出稼ぎだと理解できた。男性経験はなかったわけではないが、抵抗がないはずはない。果たして自分のような華のない女にカネを出す男がいるのか。
■バイト1カ月分の給料をたった3日で稼げる
「ちょっと化粧変えて、かわいい服を着れば大丈夫だよ。それに、むしろケバい私みたいな女より、ツムギちゃんのような真面目なタイプのほうが人気あるんだって。たしか、英語は話せるよね?」
日常会話ぐらいならできるという自信がツムギにはあった。が、自分が海外に行ってそんなことをするなんて。かぶりを振ったツムギだったが、トモさんの次の言葉に心が大きく揺れた。
「2泊3日で15万円はもらえるかな。航空券代は自腹だけど、往復で2万5000円くらいでしょ? 経費を差し引いても10万円は残ると思うよ」
自然と頭の中で皮算用を始めていた。バイト1カ月の稼ぎがたった3日で賄える。しかも、トモさんも同伴するということがツムギの背中を押した。
「この人と連絡取ってみて」
トモさんがスカウトのLINEを教えてくれたので、すぐに連絡を取った。スカウトは「海外の高級デートクラブでの仕事」と言った。
■「高級デートクラブ」は違法な風俗
その日、ツムギはスマホで台湾のデートクラブや法律事情を調べてみた。
台湾では売春が合法のエリア「性交易専区」というのが存在する。しかし、そこには売春する風俗店の類いはなく、合法的売春は台湾には存在していないということ。さまざまな風俗店があるがそれらはすべて違法だということ。つまり、ツムギが行こうとしているデートクラブも違法な風俗だということ。
それよりも初めての海外旅行に胸が躍っていた。「ひと晩男と寝るぐらいなんでもないではないか、きっとトモさんもそばにいてくれるだろうし」と。
ツムギはすぐに期限が5年間のパスポートを申請し、母親には大学の同級生と海外旅行してくるとウソをついた。母親はいい顔はしなかったものの、「自分のお金なら」とさほど反対されることはなかった。
2024年1月中旬。母親の遅めの正月休みに合わせるようツムギは初めての海外に出かけた。実家に子どもを預けてきたというトモさんと2人で台北に渡った。格安航空券はトモさんが取ってくれた。3泊4日の予定だった。
初めての飛行機は怖かったが、海外への期待が上回った。機内でトモさんからメイクのレクチャーを受け、台北の空港に着き入国審査を終えると、トモさんが持ってきた服に着替えた。キャバクラ時代の服だというが、パンツルックばかりだったツムギには膝上のミニスカートが恥ずかしかった。ヒールがある靴など、大学の入学式以来だった。
こうして「商品」としての準備が整った。
(週刊SPA!編集部 国際犯罪取材班)
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