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「お金は世間に必要なだけ回っていなければダメ」養老孟司がお坊さんに頼まれて払った"一生モノの買い物"

プレジデントオンライン / 2025年1月16日 17時15分

養老孟司さん=2024年3月23日午後、神奈川県箱根町 - 写真提供=共同通信社

お金の上手な使い方とはどのようなものか。解剖学者の養老孟司さんと精神科医の名越康文さんとの対談を収録した『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。

■安倍さんの葬式なのに、靖国神社に行きたくなっちゃう

【養老】以前、批評家の東浩紀君と対談したとき、彼、おもしろいことを言っていた。

安倍晋三(元首相)の国葬を取材に行ったというんだ。日本武道館でやった葬式には1万人(実際の参列者は4183人。海外の代表者約700人)が集まって、年配の人は正装してきたと。参列者は献花する形式だから、花を捧げたらやることないので、みんな何をするのかと思って見ていたら、靖国神社に向かって歩いて行くんだと。いまの人は葬式を甘く見てるというか、軽く見ているというのかわからないけど、いずれにしても、「安倍さんは靖国神社で国葬したのと同じですよ」と東君が言ってた。そういうところは、彼、鋭いですね。安倍の葬式に何人が来たとか、そういうことじゃない。

【名越】その人の身体がどういう指向性を持っているか、その流れを見ているんですね。

【養老】さっき言ったように、「会うっていうのは昔から決まっていた。お釈迦さんがちゃんと知っている」という考え方が消されてきたから、靖国神社に行きたくなっちゃうんですよ。安倍さんの葬式なのに。

【名越】その話に繋がっていくんだ。なるほど。自分がなぜここにいるのか、何者かっていうことに潜在的に飢えているんだ。それ全部消されてきたから。

■ブータンで出会った高僧から言われたこと

【養老】何度もブータンに行ってますけど、さっきの話もそうだけど、因縁がいろいろあるんですよ。聞いた話では、ブータンでは、自分でお坊さんを選んで一生の師にするっていうんですよ。自分が何らかの問題に直面したりするとその坊さんに相談に行く。最初に行ったときに会ったお寺のお坊さんがなかなか偉い人だったんですね。当時僕がブータンで知り合った人も、僕のガイドしてくれた男もみんな、「会うことが決まっていた」と言ったお坊さんのところに来ていた。

そのお坊さん、いつも元気なさそうな顔をして、申し訳なさそうにしてるんだけどね。全然偉いお坊さんって感じがしなかった。それがいいなと思ってね。お坊さんの世界って、大体エラそうでしょ。でもそのお坊さんはそういうところがまったくなかった。直感的にいいお坊さんだとわかるんだよ。

ブータンへ行ったのが2回目か3回目のときだったか、そのときは女房と一緒だったんだけど、そのお坊さんがこう言うわけ。

「日本はお金持ちだって聞いてるから、金を集めてくれないか」

■お金ってのは世間に必要なだけ回ってなければダメ

【養老】何でかっていうと、ブータンに仏教を持ち込んだ偉いお坊さんがいるんです。その坊さんが説教をした聖地が確か8つぐらいあったんです。それで7つはすでに寺がちゃんとあるというんだけど、最後の8つめの寺がないというんです。それで自分が死んだ後、そういうことを覚えている人がいなくなるのは困るから、そこにお堂を作ってご本尊を安置したいというんです。ただ、ご本尊を作るのにお金が要るから、集めてほしいと。

ブータンには仏像を作る技術者がいないんですね。インドから買うんですよ。僕はその作り方をよく知ってたんですよ、鎌倉の大仏なんかと作り方が同じだから。瓦でつくるんだけど。

それで、いくら必要なんだという話になって、よくわかんないから、今枝由郎さんっていう、チベット仏教の研究者で、ブータン国立図書館の顧問を15年ほどしていた人がいる。その人に相談したら、このぐらいでいいんじゃないかっていう金額を教えてくれたんですよ。そしたら自分の小遣いでもだせると。

たまたま余裕があったんですよ。僕、貯金通帳にお金がたまっていること、これまでなかったからね。だってね、根本の考え方は、お金ってのは世間に必要なだけ回ってなければダメだと。だから自分んところにお金がたまっていては誰かが困ってるだろうと。

【名越】お金を循環させなければと。

ブータンのプナカ・ゾン、庭を歩く二人の僧侶
写真=iStock.com/Kateryna Mashkevych
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kateryna Mashkevych

■養老先生が募金した「お金の行方」

【養老】一人もののときは飲んだりして散財していたんだけどね。もちろん家族ができてからはなかなかそれはできないから、ある程度は貯金しましたけど。

それでブータンのお坊さんには、「いいですよ、募金します」と返事したんです。今枝(由郎)さんに仲介してもらって、お金を渡したんだよね。

ブータンでは、僕みたいな年寄りが、こんな年になっても働いていてはいけないという風に言うんだね。

【名越】「ライフ・イズ・ゼロ」だ。死ぬときには何も残すなという。ブータンは仏教の国なので、養老先生ぐらいのお年になると隠居して仏道修行するという感覚なのでしょうか。

【養老】さっきのご本尊がどうなったかというとね。何年かたってブータンに行ったんだよ。するとお坊さんがちょっと困った顔をしているんだよ。お金どうなっちゃったか心配になったんだけど、こう言うんです。

「皇太后がお寺にするといってお金を持って行った」と。

ブータンのお寺は、日本みたいに設計図を引いて建設会社が作ったりはしないんですよ。地元の人が勤労奉仕で作る。お金を出してから出来上がるまでに10年ぐらいかかった。その間、僕は何回か行ったんだけど、つい最近、そこが尼寺になって、お坊さんの養成学校になった。

女房がそのお寺を見たいというから、一緒に行ったら、尼さんの卵が36人いた。学生ですよ。指導教官は6人。大きな立派なお寺になっていました。行ったら勤行していて、お寺を作ってくれた人の健康長寿を祈ってたから、当分、俺、死なねえよ(笑)。

■「縁とは物理学」だと思う

【名越】巡礼できますから。皆にとってもすごい貴重な場ができたわけです。

【養老】ご本尊も置いてありましたよ。何にもしていないんだけど僕は。縁だよね。

【名越】結ばれちゃうとそういうことが起こるんですよ。

――縁ですよね。

【名越】僕は「縁とは物理学」だと思うんです。僕たちの物理学は狭量な範囲で物理学と言っているけど、もしかしたら養老先生がまいた種が大きな寺になったのは、ある種、物理学かもしれないなって思います。

【養老】そうですね、やっぱり不思議ですよね。

養老孟司、名越康文『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)
養老孟司、名越康文『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)

【名越】そこと同じ理屈が働いてると考えた方が自然な気がするんです。

【養老】ちょっとトイレに行ってきます。

(鎌倉市の養老邸で行われた対談。養老さんがお手洗いに立ち、しばらくして、みかんを持って戻ってきた)

【養老】「自分の分だけみかんを持ってくるのもどうかと思ったんだけど、みなさん四人分はなくて三個しかなかった。どうぞみなさんで」

【一同】(恐縮して)ありがとうございます。いただきます。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。

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名越 康文(なごし・やすふみ)
精神科医
1960年生まれ。近畿大学医学部卒業。専門は思春期精神医学、精神療法。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか 晴れやかな日々を送るための仏教心理学講義』など著書多数。

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、精神科医 名越 康文)

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