多摩地区住民約790人から「発がん性物質」が検出された衝撃…「家の水道水が危ない」京大准教授が警告する理由
プレジデントオンライン / 2024年12月28日 9時15分
※本稿は、原田浩二『水が危ない!消えない化学物質「PFAS」から命を守る方法』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■その水、安全ですか?
あなたが普段飲んでいる水、それって大丈夫でしょうか?
自宅の蛇口をひねって出てくる水道水や井戸水の、ひょっとすると一部には発がん性のある化学物質PFAS(ピーファス)が混入していて、人体にとって危険性のある水を、知らず知らずに飲んでいたかもしれません。
と、冒頭から物騒な話をしますが、これはもう空事(そらごと)ではないのです。目には見えませんがPFASがいつの間にか私たちの暮らしの間近まで迫っており……いやむしろ、すでに暮らしの中でPFASに囲まれていると言ってもよいかもしれません。
では、このPFASとは一体なんなのでしょうか?
■「水を弾く」「焦げつかない」「油がにじまない」
大まかに言えば「有機フッ素化合物」のことで、化学的には非常に安定していて壊れにくい。よって、安定であるということで他の薬品や、熱にも日光にも強い性質があります。
身の回りを見回してみると、「水を弾く」「焦げつかない」「油がにじまない」とうたった製品があったりしませんか?
たとえば、はっ水効果のあるレインコートやコート、ジャケットは雨に濡れても水玉になって落ちたりします。多くの場合、それは表面に、有機フッ素化合物でつくったフッ素樹脂の加工が施されているから、服自体に浸み込んだりしないのです。
スキーウェアが、雪がついても手ではたけばすぐに落ちるのもフッ素樹脂加工がされているお陰です。
■PFAS製品に囲まれて生きている
カーペットやテーブルクロス、それにランチョンマットなどは買ったばかりの新品だと、なにか液体をこぼしたとしても浸み込まずに、液体が丸くなって浮いたりします。これもフッ素樹脂加工の効果です。
キッチン用品で「焦げつかない」と言えば、フライパン。そんなフライパンはたいてい「テフロン」加工されていますが、テフロンはデュポン社の商標の一つで、その実態はフッ素樹脂加工のことです。最終加工された製品にはあまり残っていないとされますが、製造段階で多くのPFASが使われています。
それから、ファストフード店に行ってハンバーガーやフライドポテトを注文すると、包装紙や紙カップに包まれて出てきますよね。そのまま持って食べても手が油でべたついたりしません。というのも、この包装紙の表面にはPFASを使ったはつ油加工がされているので、油がにじみ出ないのです。コンビニで揚げ物を買ったときに添えられる袋も同様でしょう。
気がつけば、私たちの暮らしはPFAS製品だらけと言ってもいいのです。
■「永遠に消えない化学物質」
それだけ便利で使い勝手もいい化学物質として、暮らしのあらゆるところで重宝されてきたのです。
ただ、壊れにくいということは、裏を返せば分解しにくいということでもあります。自然界では分解されることもなく長期にわたって残ってしまうという「問題」を抱えています。そんなことから、PFASは「永遠に消えない化学物質」(「永遠の化学物質」、「Forever Chemicals」)とも言われています。
日々の暮らしで、なにかの弾みでPFASが製品からはがれ落ちることがあります。
そんなPFASが家庭の排水から流れ出ると、川や海に流れ込み、どんどん自然界に広がっていきます。やがて、川や海で暮らすサカナなどが口にしたり、エラから摂り込んだりすることになり、それが回りまわって私たち人間の口に入ってくることにもなるのです。
■くっつきやすく、排出されにくい
また、川の水は水道水として使われるので、水道水にも混じることになるし、土壌中に残ればゆっくりと地下水に浸み出して、井戸水を汚染することにもつながっていきます。
そもそも多くのPFASは環境中では薄く広がり、ある一定の大きさの塊になっていないので、目に見えないし、臭いもしません。だから、知らず知らずのうちに私たちの身体の中に侵入しているかもしれないのです。
厄介なことに、いくつかのPFASは一度摂り込まれると身体の血液成分にくっつきやすく、なかなか外に排出されません。
いつの間にか身体の中に蓄積されていき、それが私たちの健康に影響があるのではないかと言われています。
■WHOの専門機関「発がん性がある」に引き上げた
実際、2023年11月にはインパクトのある発表がありました。
WHO(世界保健機関)の専門機関である国際がん研究機関(IARC)が、PFASの一種であるPFOA(ピーフォア)の発がん性を「可能性がある」から2段階引き上げ、「発がん性がある」と分類したのです。
発がん性の可能性は以前から指摘されていましたが、発がんにつながるメカニズムが確かであると専門機関が評価したわけです。
このほか、脂質異常症や甲状腺ホルモンへの影響、子どもの出生体重の低下傾向、それに免疫力が低下して感染症にかかりやすいといった健康への影響が、PFASの調査や研究から報告されています。
日本で行われている、化学物質の子どもへの影響を調べるエコチル調査でも子どもの染色体異常と関連するかもしれないとする結果が報告されました。
ただ、その全体像はまだまだわかっていない状況で、今後さらに新たなリスクが明らかになるかもしれません。
■体内にたまっている量を知る方法
人ひとりがどのようなものから化学物質を摂取しているか、調べることは簡単ではありません。特に様々なものに使われているPFASについて、飲料水から食事、日用品、それに空気までを個人ごとに調べることはおそらく無理でしょう。
一方で、実際に個人ごとに摂取している量を知るために有効なのが血液検査となります。
PFASが様々なものから身体に摂り込まれると、水に溶けやすく吸収される性質から最終的に血液に入ります。そこで血液中のPFASの濃度を調べることで、血液を採取した時点で、身体の中にたまっているPFASの全体量を知ることができると考えられるのです。
血液からPFASを抽出して分析装置で測定すると、PFASの量を1ml当たりng(ナノグラム=10億分の1g)の単位で検出することができ、それがPFASの「血中濃度」となります。
■2000年代初頭には国内で検出されていた
03年と04年に、京都大学の研究チームで秋田県、京都府、大阪府、山口県、高知県、沖縄県といった国内10の地域に住む成人男女の血液を調べたことがあります。
男女各10人ずつ、計200人の血液中のPFOSとPFOAを分析しました。
すると、PFOSはすべての地域で平均的には20ng/mlで検出されました。地域的な差はこのときは大きくはなく、多くの地域でPFOSが同様に広がっていたと考えられます。
その一方で、PFOAに関しては京都、大阪、兵庫エリアが高濃度で、他の地域を上回り、10ng/ml以上という結果となりました。
■一体いつから始まっていたのか…
関西地域の河川からPFOAが高い濃度で検出され、また水道水からも検出されていたことから、水道水を中心として摂取していた可能性が考えられます。
さらに言えば、2000年以前の状況はどうだったのでしょうか。
京都大学には1万人以上の京都府民の血液サンプルが80年代から保存されていました。この血液サンプルを分析して、過去の摂取状況の推移を調べました。すると、PFOSは80年代にはすでに2000年ごろの濃度に達していて、そこから大きな変化はありませんでした。80年代以前までにすでに汚染が広がっていたと考えられます。
PFOSに対して、PFOAは83年から99年の間に4倍以上の濃度に上昇しており、この時期にPFOAの摂取量が上昇したと思われます。
どんな製品が原因になったのかはわかりませんが、この16年間で国内のフッ素樹脂の製造量が同じく4倍に増えています。その中で使用されたPFOAが環境にも放出されたと考えられます。
血中濃度の歴史的変化をたどることでPFAS汚染の推移がリアルに見えてきます。
■「水俣病」「アスベスト被害」との違い
人での健康調査(疫学)の研究では、個人ごとのPFASの血中濃度が高いと特定の病気が必ず発症するとまでは言い切っていませんが、血中濃度の高い人たちと低い人たちを比較すると、高い人たちのほうがいくつかの病気を発症する確率(リスク)が高まるとしています。
PFAS問題は、これまでの公害問題、労働災害とは様相が異なります。
たとえば、建材として使われてきた石綿(アスベスト)は発がん性があるとされていますが、がんの中でも悪性胸膜中皮腫という特殊ながんを引き起こすことで知られています。そのため、過去に仕事でアスベストを扱ったことがある人であれば、アスベストが高確率で原因と特定できるわけです。
また、神経障害を起こす水俣病はメチル水銀を多く摂取して発症していれば、水俣病患者と認定されました。
■原因物質が広範囲すぎる
しかし、メチル水銀の摂取量が比較的少ない場合に見られる感覚障害や子どもの神経発達への影響は、症状が捉えにくいため、その影響が理解されるまでに長い時間がかかりました。
PFASについても現在、私たちが摂取している量では急性の影響は出ませんが、摂取量が高いか低いかで比較して、様々な病気のリスクが研究されてきました。
PFASの摂取量は原因となる物質、製品があまりにも広範囲にわたるので、なかなか特定できません。個人ごとの生活習慣や活動範囲によっても摂取量はまちまちです。
そこで摂取量を個人ごとに把握するために血液中のPFAS濃度が利用されてきました。
■米国、ドイツでは「望ましい血中濃度」が示されている
米国やドイツでは、健康への影響が少ないと考えられる、望ましい血中濃度の数値を具体的に示しています。
米国科学・工学・医学アカデミーでは、PFOSとPFOAなど7種のPFASを合計する血中濃度を20ng/mlと定め、これを超えると、脂質異常症や甲状腺疾患といったリスクが徐々に上がるとしています。
そして、濃度の高い人は摂取量を減らすための対策を行ったり、影響の早期発見のために血液中のコレステロール値の検査を受けたりすることをすすめています。
また、ドイツ環境庁の専門委員会はPFOSの血中濃度が20ng/ml、PFOAは10ng/mlと設定し、妊娠可能年齢の女性はそれぞれ半分の濃度としています。
■日本にはまだ基準がない
私たちが血液調査をする際もこの「20ng/ml」を一つのラインに設定することが多く、それを超すと注意が必要と判断します。
ちなみに、私が協力した多摩地区の住民が行った血液検査では、この濃度を超す住民が多くいました。
日本ではいまだ、こうした指針値は示されていません。日本においても疫学調査に基づいたリスクの評価を行い、望ましい血中濃度の上限を示すべきだと、私は考えます。
■血中濃度が高い性別と年齢がある
PFASの血中濃度を20歳から50歳くらいの男女で比較してみると、男性のほうが高い傾向があります。
女性の場合、月経で血液が体内から排出されることで定期的にPFASが減っているのではないかと思われます。高齢者では男女差があまりないので、閉経後は同じ状況になるのでしょう。
05年に、京都市に10年以上住んでいる人たちを対象にした調査を行いました。それによると、PFOAとPFOSの血中濃度は月経のある女性よりも閉経した女性のほうが高くなりました。
男性ではこうした年齢での変化はなく、女性は60歳くらいになると男性と同じ濃度となっていました。
実は男女別でPFASの健康影響の現れ方に違いがあるのかという視点の研究はあまりされていません。ただ、女性の月経がある期間は長いので、研究が進めば病気へのリスクに男女の差があることがわかるかもしれません。
■献血の効用は社会貢献にとどまらない
こうしたことを踏まえると、血を出すことが血中濃度を下げることにつながる、つまり、献血も同じ効果があると私は考えています。
「PFAS濃度が高い血液を輸血しても大丈夫なのか」と思われるでしょうが、PFASが含まれる血液が輸血されてもその後、PFASを摂取しないように気をつければ徐々に減っていきます。そうであるなら、急を要す、命にも関わる治療である輸血を優先すべきでしょう。
オーストラリアの消防士285人を対象にした調査では、献血を頻繁に行った人とそうでもない人を比較しました。
すると、調査のはじめに9.5ng/mlだった人たちは献血(特に成分献血)を行ったことで1年後に6.5ng/mlになり、3ng低くなりました。
そもそも今、献血をする人が少なくなっていると言われているので、できる人は積極的に献血をすれば、PFASを体外へ出すとともに輸血を通じた社会貢献ができるのです。
■個人向け検査体制は不十分
こうなると、自分の血中濃度がどのくらいなのか気になるところです。
日本では現在、PFASに対する血液検査を行う検査会社はいくつかあり、研究用で提供しているほか、医療機関や企業、NPOといった団体から依頼を受けて対応していますが、個人の血液検査は残念ながら、ほとんど受けつけていません。
こうしたことの対応が早いのが米国です。
個人向けの血液検査がすでに活発に行われています。州などによっては汚染があった地域への血液検査の提供も行われています。PFAS対策を進める中で血液検査も選択肢として認識されているのです。
世界的なバイオ分析企業であるユーロフィンでは、16種類のPFASの血中濃度が測定できるサービスを提供しはじめました。糖尿病の血糖の検査キットと同じで、採血器具の先端についている針で指先を少しだけ刺して血液を採取し、検査機関に送ると、90日以内に検査結果が出る仕組みです。ユーロフィンの日本法人でも研究用に検査受託サービスを行っています。
■「検査費1万円超」では負担が大きすぎる
ただ、ようやく日本でも個人でも検査できる道が開かれようとしています。
多摩地域の団体などが臨床検査会社に打診して、検査会社のほうも体制を整えようとしてきました。そのなかで、東京の病体生理研究所、LSIメディエンスといった臨床検査会社もPFAS血液検査を始めました。クリニックや病院によっては個人の検査や相談を受け付け始めています。
ネックは料金でしょう。健康保険の対象ではなく、いくつかの事例を聞きますと、1万円を超していて、これではちょっと負担も多く広がりにくいでしょう。検査が普及していけば検査費用も下がっていくと考えられます。
汚染のある地域で費用をサポートする自治体(岡山県吉備中央町、千葉県鎌ケ谷市)が出てきていますが、その後の相談対応も含めた仕組みが重要となるでしょう。
■予防の先送りは本当に「科学的」なのか
日本の食品安全委員会は食品を通じてPFASを摂取した場合の発がん性を含む様々な毒性について、どのくらいの量のPFASを摂取すると、そのリスクが高まるかといった健康影響の評価を進めてきましたが、2024年6月にまとめられた評価では、はっきりしない点があるからという理由で近年行われた疫学調査の結果は採用されませんでした。
確実な関係が見られるまで研究を待ち続けることは一見科学的と思えるかもしれませんが、どのような研究でも100%確実なものはありません。不確実な状況も考慮して健康への影響を予防していくことが健康リスクに対処するための科学的な方法といえます。
今後、さらに調査や研究が進められることで、新たな健康への影響が明らかになっていくことでしょう。これまでも当初は安全とされていた摂取量が、研究が進む中で引き下げられてきました。
PFASの影響が広がってしまう前に、リスクを予防するための対策を進めていかないといけないと私は考えています。
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京都大学大学院医学研究科准教授
専門は環境衛生学。京都大学大学院医学研究科助教、講師をへて2009年から現職。2002年に京都大学で小泉昭夫教授(現・名誉教授)の調査チームの一員としてPFAS汚染問題に取り組み、近年は国内各地の市民団体と協力しながらPFAS汚染の調査・研究に取り組む。
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(京都大学大学院医学研究科准教授 原田 浩二)
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