道長の正妻・倫子は紫式部との関係に嫉妬したわけではない…"うぬぼれ夫"を置き去りにした高貴な姫の反乱
プレジデントオンライン / 2024年12月29日 8時16分
※本稿は、角田光代・山本淳子『いま読む『源氏物語』』(河出新書)の一部を再編集したものです。
■平安時代は「こうしたい」よりも「どう見られるか」が行動基準
【山本】平安時代と今では、世間に対する感覚は大きく違います。ですから、はたして今の世間しか知らない私が、『源氏物語』の登場人物たちが世間から受けていた呪縛をきちんと解釈できているのだろうかと、常にもどかしい思いがあります。でも、私たちは平安時代を生きていないので、すべてを再現する現代語訳なんてできないんですよね。
【角田】「私がこうしたい」よりも、「世間にどう見られるか」が行動基準として大きい時代なのかなと思いました。だから『源氏物語』では、自分がどうしたいかがあまり問題にされていないのかと。
【山本】そうだと思います。階層や立場による違いもありますね。
たとえば彰子は、天皇の中宮になることが生まれる前から父によって決められていて、彰子自身の「私がこうしたい」という余地は結婚についてはまったくありません。対して紫式部は、父は受領階級で、家は貧しく、紫式部がどのように生きようが世間からそれほど頓着されない。そこに紫式部の意志が入り込む余地が生れます。
もっと違うのが、女房たちです。『源氏物語』に書かれているとおり、女房たちは、光源氏の召人になったり、光源氏に女君を紹介したりと、社会のネットワークのなかで自由に活躍するキャリアウーマンです。一方で、女房はなかなか正妻にしてもらえないという社会構造があります。彼女たちは「女房」という固有の文化や常識を生きているとも言えます。
社会のどの階級や立場に属するかによって、世間にどう呪縛されるのか、個我をどれくらい出していいのか、そういった度合いが異なります。ですから彰子のような后妃は、入内するかしないかは自分で選べないけれども、入内した後は自分の生き方を模索するようになるんですね。
■一度男女の関係になったら、女の運命は男に左右される
【角田】単純に「この時代だから」「女性だから」と括れるものではないのですね。ただちょっと思うのは、『源氏物語』に描かれることでもあり、昔からよく言われてきた男女のあり方ですけれども。女性は男性が来るのを待っていて、いざ男性が来たら、それを断ることも招き入れることもできるけれども、一度関係ができてしまったら女性の選択肢がなくなってしまって、男性がまた来るなら関係が続くし、男性が来なければ関係は終わり。それから、父や夫、誰に拠るか、拠った相手の運命が女性の運命にも大きくかかわる……。ある種の男性優位といえる関係は日本には長くあったように思います。
【山本】そうですね。
■皇子誕生の祝いの席で道長の妻・倫子が紫式部に嫉妬した?
【角田】だから、読み方も自然と男性優位なものが多かったのかなと思ってしまいます。1990年以降女性の研究者が出てきて『源氏物語』の読み方がどんどん変わっているということに、期待があります。
山本先生も『道長ものがたり』に書かれていましたね。紫式部と道長が交わした和歌から、二人は恋仲だったと断定されてきたのだ、と。あるいは、皇子の誕生五十日祝いの祝宴で、道長の正妻である倫子(りんし/みちこ/ともこ)がふいに席を立ったことについて、道長と紫式部の関係への嫉妬から倫子はそうしたのだ、と。長い間そういう読み方が一般的だったけれども、山本先生は新しい読み方をされていました。
【山本】倫子は、血統も高貴で財産も道長より多く持ち、娘の彰子のために内裏に出入りするなど、積極的に前に出て貢献した女性です。彼女は祝宴の席で道長が言ったことを受けて席を立ったんですね。『紫式部日記』(寛弘5年11月1日)にそのときのことが書かれていますが、道長は酔って妻の倫子にこう言いました。
「宮の御ててにてまろわろからず、まろが娘にて宮わろくおはしまさず。母もまた幸ひありと思ひて、笑ひ給ふめり。よい男は持たりかしと思ひたんめり」
(中宮の父さんとして、まろはなかなかのものだ。また、まろの娘として、中宮はなかなかでおられる。母もまた、運が良かったと思って笑っておられる様子。いい夫を持ったことよと思っていると見える)
道長は、最高権力者として彰子を支えてきた自分と、皇太子候補を産んだ彰子とを讃えているのですが、それは自分に対する「我ぼめ」でもあり、要するに「俺を褒めてくれ」というわけですね。
■自分アゲ発言で「俺を褒めてくれ」と求めた道長に倫子は…
【角田】それに対して、倫子は席を立つことで、自分のプライドを行動で示したのだ。そんなふうに山本先生は読まれていました。その箇所を読みながら、きっと倫子は、「何を自分ひとりの手柄だと思ってやがるんだ! 宇多源氏の娘である私の引きがあってこそ、お前はこの地位にいるんだろ! ただの幸人が何を抜かす!」と思ったに違いない、と私が興奮してしまいました(笑)。
【山本】それは痛快。「本音! 倫子」ですね(笑)。
■「更年期も近い女性心理のすさまじさ」という男性視点の解釈
【角田】語弊があるかもしれませんが、「男性的」な読み方が、「倫子はどうせ嫉妬していたんだろう」という解釈を生み支えてきたと思うんです。でもそうではなく、倫子の自我による行動だったという新しい読みが出てきて、世界が揺らぐ。とてもおもしろいですね。
【山本】倫子が嫉妬したのだろうと解釈したのは、萩谷朴(1917〜2009)氏でした。萩谷氏は、『紫式部日記』の詳細な研究をされたり、『枕草子』(新潮日本占典集成)の校注で日本文学大賞を受賞されたりと、古典研究の世界で燦然と輝く大家です。
でも、氏の『紫式部日記全注釈』を見ると、現在は違和感を禁じ得ない部分があります。
倫子は「元来年上の妻として(他の妻たちに)追われる立場にあった」、紫式部に嫉妬するところには、「更年期も近い女性心理のすさまじさが目に見えるようである」などと、古い時代にお定まりの見方が書かれています。それはおかしい、と私には感じられるんですね。むしろ笑えるのですが、笑って済ませてはいけないと思うんです。
確かに、『源氏物語』で光源氏が12歳の時に16歳で正妻になった葵の上は、4年の年齢差を気にしたと記されています。でもそれがすべてではありません。史実では、夫に最優先で愛された年上の妻は、平安時代にたくさんいます。定子をはじめ、天皇の妻にもいました。おそらく萩谷氏の解釈には、昭和頃の感覚、つまり「男が年上、女が年下。男が前を歩き、女は三歩下がる」という社会通念が、読み方に入り込んでしまったのではないかと思うんですね。
■倫子は44歳でも出産したのに、「床下がり」はあったのか?
萩谷氏は、別の箇所では「権力者の妻室は、自分が女性としての魅力を喪失してしまうような年齢に達した時には、……若い女性を側妾として夫に勧めるような習わしさえあった」と記しています。「床離れ」や「床下がり」といって、夫との性関係を止めたという説で、だから倫子は道長との性的関係を遠慮するのが当然だったのだと。
私は「床離れ」説を高校時代に知って、ではなぜ『蜻蛉日記』の藤原道綱母は20年もの間嫉妬しているのだろう、制度によって性的関係にさよならすることが決まっているのならいつまでも執着したりしないだろうに、と思いました。ちなみに倫子は44歳で出産しており、高齢出産は当時そう珍しくありませんでした。
【角田】「床下がり」ですか。初めて聞きました。
【山本】特にジェンダーやセクシュアリティに関する研究には、「男性的」な思い込みによる誤った蓄積があります。そういったところを検証しながら更新していけば、より真実に近づいていけると思っています。
■ハッピーな話ではない『源氏物語』はなぜ読まれ続けてきたのか
【角田】「昭和男性的」な基準によって改変させられ、押しつけられてきた読み方があるとするならば、たしかに、それを取り払ったほうが、平安時代の人々の精神性が理解しやすくなるかもしれない。
『源氏物語』を今、どんなふうに読んでいけるでしょうか?
【山本】私は読者が自由に読めばいいと思っています。私自身はといえば、紫式部が書こうとしたのは、人の生きにくさだと思っています。女性に限らず、人間はみんな生きにくい。そうした思いが千年前からあったということを、『源氏物語』のなかに見出しています。
【角田】けっしてハッピーな物語ではないものが、なぜ千年間も残されてきたのだろう。そう考えてみると、やっぱり私たちは、人の生き死にの間にあるものが見たいんだと思います。人がどうやって生きるのか。何を思い、どう動いたら、どんな裁きがあるのか。そういう因果も含めて見たい。きっと『源氏物語』には、それが書かれているんですよね。
【山本】そうですね。
■紫式部は、最高権力者になった道長の「光と闇」を見ていた
【角田】善いことをしたから幸せになれるかと言ったら、そうでもない。権力をもったから幸せになれるかと言ったら、そうでもない。「愛は人を幸福にするのか、不幸へと導くのか」と同じくらい、「権力は人を幸福にするのか、不幸へと導くのか」というのも、実は根源的な問いだと私は思っています。
紫式部は、最高位の権力者になっていく道長の状況と、かえってそれに脅かされる道長の〈光〉と〈闇〉を見ていたんですよね。
【山本】ええ。「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と道長は詠む。この歌を私は、娘や息子たちの出世を見届けて「今夜は最高だ」と喜んだ戯れ歌だと考えています。しかし一方でこのとき、道長はすでに病いに罹っていました。栄華を手にしたかと思えば、病いに倒れ、出家もする。手にした権力が大きくなればなるほど、失墜や謀略や裏切りを恐れ、心の不安が増悪していく。そうした道長を、紫式部は肉迫して見ていたと思います。
【角田】そうであれば、「権力は人を幸福にするのか、不幸へと導くのか」という問いも、紫式部のなかに強く生まれたことでしょう。愛と幸福をめぐる「女性的」な問いも、権力と幸福をめぐる「男性的」な問いも、『源氏物語』にはしっかり吸収されている。その女性的、男性的、という捉え方も今後変わってくるはずですが、でもどちらの問いも、この先消えることはないと思います。
それは、私たちがずっと考えている問いで、今なお答えが出ていない。だから、「昔はこうだったんだね」というふうに古びることがなく、どの時代にもフィットする読み方が『源氏物語』にはあるんでしょうね。
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作家
1967年、神奈川県生まれ。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年『ロック母』で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞を受賞するなど受賞歴多数。肉食偏愛の旅好きとしてもつとに有名で、食や旅にまつわるエッセイも多数執筆している。『源氏物語』の現代語訳(河出文庫)で読売文学賞を受賞。近刊に『方舟を燃やす』(新潮社)などがある。
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京都先端科学大学人文学部 教授
1960年、金沢市生まれ。平安文学研究者。京都大学文学部卒業。石川県立金沢辰巳丘高校教諭などを経て、99年、京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士号取得(人間・環境学)。2007年、『源氏物語の時代』(朝日選書)で第29回サントリー学芸賞受賞。15年、『平安人の心で「源氏物語」を読む』(朝日選書)で第3回古代歴史文化賞優秀作品賞受賞。選定委員に「登場人物たちの背景にある社会について、歴史学的にみて的確で、(中略)読者に源氏物語を読みたくなるきっかけを与える」と評された。各メディアで平安文学を解説。著書に『紫式部ひとり語り』(角川ソフィア文庫)、『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか』(朝日選書)などがある。
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(作家 角田 光代、京都先端科学大学人文学部 教授 山本 淳子)
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