旧ジャニーズに出演を断られて本当によかった…紅白歌合戦で所属タレントの起用を狙ったNHKの無頓着
プレジデントオンライン / 2024年12月30日 8時15分
■NHK会長「結果的に応じていただけなかったのは残念」
2024年の大晦日に放送される第75回「NHK紅白歌合戦」の出演者が11月19日に発表され、紅白合わせて41組の出場が決まった。そのリストには、旧ジャニーズ事務所所属のタレントを引き継いだスタートエンターテイメント社(以降、「スタート社」と省略)の歌手の名前はなかった。
NHKの稲葉延雄会長は翌20日の定例記者会見でこのことについて、「出演交渉の詳細は必ずしも承知していませんが、結果的に応じていただけなかったのは残念なことだと思っています」と述べた。
10月には、故ジャニー喜多川氏の性加害問題を受けて昨年9月以降見送ってきたスタート社所属タレントの新規起用を再開すると表明していた稲葉会長だが、その際に紅白歌合戦への出場について記者に聞かれると「紅白(歌合戦)の制作に向けて判断したわけではない」と述べるに留めた。
だが、この措置が紅白歌合戦出演オファーの布石であることは明らかだと誰もが思っていただけに、最終的な出演者にスタート社所属タレントが含まれていなかったことに関してさまざまなメディアやSNSで憶測が飛び交った。
今回のこの論考では、既報の記事を検証したうえで、「なぜ紅白歌合戦にスタート社所属のタレントが出演しなかったのか」という問いの答えを探る。その際に、テレビ局の構造やタレント事務所の思惑、そして両者の関係など、読者の皆さんが通常は知ることのない、いわゆる「業界慣習」の面からも分析をおこなってゆく。
■出演辞退の3つの要因
結論を先に述べよう。「なぜ紅白歌合戦にスタート社所属のタレントが出演しなかったのか」という問いの答えは、以下の3点に要約される。
2.スポンサーに対する「禊」が済んだ
3.事務所内のタレント行政が難しくなった
「なぜ紅白歌合戦にスタート社所属のタレントが出演しなかったのか」という問いの答えとしてSNSやネット記事に散見されるのは、10月20日に放送されたNHKスペシャル「ジャニー喜多川“アイドル帝国”の実像」からの影響を挙げるものである。放送以来、両者の関係が悪化して、紅白歌合戦への出演交渉が難航したという報道が目についた。
私自身が出演しているからよくわかっているが、作り手の熱意と思いに反して、この番組は「アイドル帝国」の実像に迫りきることはできなかった。そればかりか、私も含め“過去に関わった”人物ばかりを取り上げて体裁を保つような内容になってしまった。つまり、何となくNHKはこの問題を「過去のもの」と総括したがっているように思えた。これは事務所側から見れば、“都合よい”に違いない。したがって、今回の放送を「歓迎」すれど、「反発」することはないと考えられる。
■出演するメリットがない
NHKは各部署のセクショナリズムが非常に強い組織である。今回のNスぺを制作したのは報道局の社会番組部である。音楽やドラマなどの番組を作っている制作局とは異なる。両者の人事交流はないに等しく、2022年までは採用も別々におこなっていた。
したがって、報道局のクリエイターが制作局の番組に忖度することはない。つまり、今回のNスペのスタッフが「紅白歌合戦」への影響を考えながら番組を作ることはあり得ないということだ。そういった仕組みはスタート社もよくわかっているので、報道局が作った番組の内容に関して制作局に腹を立てるということは考えづらい。
以上のことから、Nスぺの影響はまったく「ゼロ」ではないだろうが、「なぜ紅白歌合戦にスタート社所属のタレントが出演しなかったのか」という問いの答えになるほどのことではない。
そこで私が挙げるのが、「地上波にもはや『うま味』はない」という理由だ。スタート社にとって今さら紅白歌合戦に出るメリットがないと判断したと見ている。NHKのギャラは民放に比べると格安だ。紅白歌合戦はリハーサルから本番まで長い時間を拘束される。それでもメリットがあったのは、紅白歌合戦が「視聴率」と「ステイタス」を保持していたからである。
■問題を過去のものとしようとするNHKの姿勢
だが、視聴率は下がる一方でそれに伴って紅白歌合戦の価値も失われてゆく。それならば、「カウントダウンコンサート」やほかのイベントをやった方がいい。配信を使った展開の方が話題性もあり、視聴者やファンは喜ぶだろう。世界へ向けた発信もできる。そう考えるのは当然だ。紅白歌合戦、ひいては地上波テレビが「見限られた」ということだ。
Nスぺの影響は少ないと述べたが、相手(事務所側)も人間である。一方では「自己批判」という仮面をかぶって総括をするように見せかけながらその実、問題を過去のものとしようとするNHKの姿勢。紅白歌合戦の視聴率を上げたいがために、「もう出演してもいいよ」と起用を解禁するNHKのやり方。それらに反発を感じた関係者は少なくないはずだ。
週刊誌報道によると、出演するアーティストについてNHKは2枠を主張し、スタート社は4枠を主張したが、最終的に決裂し、不出場となったという。もしそれが本当なら、NHKはスタート社を過小評価していることになる。「何様だ」と思われても不思議はないだろう。
今回のことをきっかけに、スタート社のような芸能事務所とテレビ局の関係も、以前のような単なる「癒着」や「忖度」とは違ったものになると私は推察している。互いのメリットやデメリットを考え抜いた、ある種“ドライで”“ビジネスライクな”関係になってゆくのではないだろうか。
■NHKが「出演OK」を出す意味
そして2つ目の「スポンサーに対する『禊』が済んだ」は、最後まで新規出演を解禁しなかったNHKが「出演をOKした」ことで「禊」が済んだと判断するスポンサーが出てきて、今後は徐々にCM出演なども増えてくることが考えられるということだ。スポンサーのなかには「使いたいが世間の目が……」と思っていた会社もあるに違いない。
テレビ局のなかで最も出演に関する審査が厳しいとされる公共放送が出演を解禁したことは、ある種の「免罪符」となる。NHKに対してスタート社の交渉が強硬であったことが事実ならば、スタート社は今後、旧ジャニーズ事務所のような力を蓄えてゆく可能性があるだろう。実際に、今年の3月時点に比べて12月のCM出演はKing & Prince、Travis Japanともに2社増、SixTONESは1社増となっている。
■事務所と所属タレントの関係が変化
3つ目の「事務所内のタレント行政が難しくなった」ということだが、これは“物言う”タレントが増えたと言い換えられる。スタート社は一丸ではない。会社の方針と一個人のタレントの考え方は必ずしも同じではないからだ。
スタート社では、従来の日本の芸能事務所に多かった「マネジメント契約」と併用して「エージェント契約」を導入している。「エージェント契約」においては、タレントは個人事業主として事務所からは独立していて、タレントが自分で管理業務をおこなう。
事務所は仕事を見つけてきたり、タレントに仕事を斡旋したりするが、仕事先と契約するのはタレント本人であり、ギャラもタレントに直接支払われる。そのため、当然「マネジメント契約」をしているタレントより「エージェント契約」をしているタレントの方が事務所に対しての発言力が強くなる。
スタート社の所属タレントは、設立時の2024年4月には28組295人だった。これだけの人数で、なかには“物言う”タレントもいるとなると、総意を取りまとめるのはなかなか至難の業だ。
■存在意義を問われる「紅白」
以上に述べてきたような、「なぜ紅白歌合戦にスタート社所属のタレントが出演しなかったのか」という問いの答えに考えを及ばせることもなく、ただ単に「Nスぺを放送したからスタート社を怒らせてしまった」と結論づけるのはあまりにも単眼的であり、テレビの力を過信した「驕り」や「傲慢」と言わざるを得ない。
テレビには、もはやそんな「影響力」はない。そう自覚するべきだ。都合がいいときにだけ視聴率が獲れるからといって重用していたのに、問題を起こすとスポンサーの出方を伺いながら恐る恐る出演を見合わせ、時間が経つと「出演OK」を発表する。そんなテレビ局の無責任な姿勢は、「何様か」と非難されても仕方がない。
そう考えると、今回NHKがスタート社に出演依頼を断られてよかったのだ。いまやテレビ局にはタレント事務所に引導を引き渡すような生殺与奪の権はない。そう自覚するよいきっかけになったのではないだろうか。いや、そうでなければならない。
中途半端な状態での起用は、視聴者のためにもならない。視聴者のリテラシー能力を損なうことになるからだ。私はいっそのこと国民投票で紅白歌合戦の出演者を決めたらいいのではないか、そんなふうに思っている。
■これ以上、タレントが被害者にならないために
これまで、メディアの取材を受けるたびに私が繰り返し述べていることがある。所属タレントには罪はない。性加害問題とタレント起用は切り離して考えるべきだ。だが、現実的には「性加害問題⇒タレントを起用しない」というように短絡的に結びつけられてしまっている。本当は、その間に見逃してはならない肝要な問題点があるはずだ。
スタート社とスマイルアップ社における旧体制の経営陣との関係や資本ならびに資産の状況が明らかにされ、スマイルアップ社が被害者に対して充分な補償ができ、なおかつNHKがちゃんと自らの過去を検証する姿勢を見せることができていれば、スタート社のタレントが紅白歌合戦に出演することには問題はないだろう。
だが、それらのいずれの対応も充分でない。現在のような状況下では、所属タレントたちも「被害者」と言えよう。私はこの件について裏を取るべく、NHKに近しい業界関係者に取材をした。するとその人物は以下のように語った。
「所属タレントのなかには、ジャニー氏や事務所への思いや恩義、さまざまな事情によって、辞めたくても辞められない者もいる」
お気に入りのタレントがテレビに出られないなどでストレスを抱えるファンも同じように「被害者」であるはずだが、「熱量」のゆき場を失ったファンが冷静になれずに、XをはじめとするSNSで「ジャニーズ性加害問題」を取り上げる人物に対して誹謗中傷を繰り返すという現象が起きている。
■性加害問題をこのまま風化させてはいけない
誹謗中傷は犯罪行為だ。旧ジャニーズ事務所の人気を支えてきたファンたちは、このままでは「加害者」になりかねない。彼女、彼らを加害者にしてはいけない。ファンという大衆の存在を抜きにして充分な検証がおこなわれなければ、議論は中途半端に終わり、同じような問題がまた起こる可能性がある。そう警鐘を鳴らしたい。
性加害問題を風化させないためには、NHKをはじめとするテレビ局は「メディアの雄」という慢心を捨て、「放送文化」と「監視機能」という本来の役割に立ち返り、謙虚な姿勢で自らの過去をさらけ出して、今回の問題についての充分な検証をおこなう必要がある。
同時に、スタート社やスマイルアップ社は、ファンを加害者や犯罪者にしない取り組みや呼びかけをおこなうべきだ。それが最終的には、自社の所属タレントを守ることにつながるのではないだろうか。
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元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授
1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)、『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
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(元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授 田淵 俊彦)
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