モンスタークレーマーには「クマ送る」…秋田・佐竹敬久知事がぶちまけた「悪質抗議電話」への"怒りの60分"
プレジデントオンライン / 2024年12月26日 9時15分
■全国トップの「クマ被害」が発生した秋田県
〈佐竹知事「お前にクマ送る」 悪質なクレーム電話対策で、県議会で発言〉
やってるなぁ――スマートフォンに流れてきたニュースを見て、思わずニヤリとした。
秋田県の佐竹敬久知事(77)のこの発言が飛び出したのは、2024年12月17日の秋田県議会においてだったが、筆者はこの5日前、佐竹知事にインタビューしたばかりだった。
クマ問題を取材している筆者にとって、“秋田県の佐竹知事”は、もともと気になる存在だった。秋田県は全国的に見てもクマの出没が多く、2023年度に起きた人身事故は62件/70人に達しており、これは2位の岩手県(46件/49人)と比べても突出した数字といえる。こうした現実を踏まえて佐竹知事は、クマ問題については、これまでも理想論にとどまらない“攻めた”発言を繰り返してきた。
■乱暴な抗議電話は「『ガチャン』ですよ」
例えば2023年10月23日の知事会見では、狩猟期を迎えるにあたって「バンバンやれというわけではないが、(クマを)みつけたらすぐやる(撃つ)」という積極的な駆除方針を明言している。これは自治体のトップとしては極めて異例なスタンスだ。というのも、昨今では〈クマを駆除〉というニュースが流れるだけで、当該の自治体に「クマを殺すな」という抗議電話が殺到するのがお決まりパターンになっており、炎上を恐れて「駆除」とか「撃つ」という言葉自体を曖昧にボカす人のほうが多いからだ。
さらに同じ会見で記者から、抗議電話への対応を問われた佐竹知事は、「相手が乱暴でなく、しっかり名乗って、どういう用件なのか伝えてもらえれば、話を聞きますよ。ですが最初から乱暴な態度でこられたら、これは『ガチャン』ですよ」と電話を切るポーズをしてみせた。
人間の生活圏内に出没したクマ、あるいは人間に危害を及ぼしたクマに対してとるべき対応は「駆除一択」である。よく「麻酔銃で眠らせればいい」という意見を聞くが、麻酔銃一発でクマを眠らせるのは実際には至難の業であり、下手に撃てばかえってクマは暴れ回る。仮にうまく麻酔で眠らせることができて、山奥に運んで放獣したとしても、そうしたクマは再び戻ってくる可能性が高い。その意味でも佐竹知事の毅然としたスタンスにはクマ問題を取材する一人として個人的に共感を覚えていた。
■秋田市内のスーパーにクマが立てこもる事件が
そうしたところ、2024年11月30日、秋田市内の土崎港で開店前のスーパーに現れた1頭のツキノワグマが開店準備をしていた男性店員を襲ったあと、そのままスーパーに立てこもる事件が起きた(*被害者は顔などをひっかかれる軽傷)。結局、事件発生から2日後、クマは出入り口付近に設置された箱ワナにかかり、駆除されるに至った。
案の定、秋田市および秋田県庁などにはあわせて約200件(*抗議や応援などを含む)の電話が殺到したという。
そこでこの事件を受けて、佐竹知事に改めて「ガチャン」発言の真意とクマ対策のあり方について話を聞いたのが以下のインタビューである(*このインタビューは2024年12月12日に秋田県庁で行われたものです)。
■佐竹北家の21代目当主
窓の外では、時折、地吹雪が舞っていた。
「やぁ、どうもどうも」。予定時間より早く秋田県庁内の一室に、佐竹敬久知事(77)が入ってきた。旧華族の家柄である佐竹北家の21代目当主である佐竹氏は、東北大学工学部を卒業後、秋田県庁に入庁し、県職員として勤務。97年に退職後、秋田県知事選に立候補して敗れるが、2001年には秋田市長戦に出馬して当選。これを2期務めたあと、09年には再度知事選に挑み、リベンジを果たす。以降当選を重ね、今年で4期16年目となるが、来年4月に任期満了を迎えるにあたって、知事の座を退任することを表明している。
「もう年だもん! 77歳。(日本人男性の)平均寿命まであと4年です」
インタビュー冒頭、そのことに話が及ぶと、佐竹知事はこう言って破顔した。インタビューというと「何を聞かれるのか」と身構える政治家がほとんどだが、この人にそういう気配は皆無だ。早速、今日の「本題」に入る。
■捕獲したクマは「結構太っていた」
――11月30日に土崎港のスーパーに現れたクマが立てこもった事件について、最初に「土崎にクマが出た」と聞いた時はどう思われましたか。現場は市街地で、しかも港ですからクマとは無縁な場所に思えますが……。
そのちょっと前から周辺で目撃情報が相次いでいたので、驚きはありませんでした。昨今の状況では県内のどこにクマが出てもおかしくはない。私の自宅から20メートルのところにも出たくらいで、今は朝と夕方の散歩も控えてます。子どもさんがいる家なんかは、家の周りで安心して遊ばせられないというので、かなり日常生活に影響が出てますね。
土崎のクマについてはいろんな説があるけど、問題はあのクマがどこから来たのか。あの浜のあたりにも防風林とかクマが隠れられそうな茂みなんかも結構あるんですよね。ある専門家は「山から来たクマが、そういう茂みを利用して周辺にすみついたのでは」と言ってました。いわゆる「アーバンベア(市街地周辺で生活し、市街地に出没するクマ)」じゃないか、と。
というのも捕獲してみたら、結構太ってたというんだな。栄養満点で、ドングリやなんかが不作でお腹を空かせて山から下りてきたわけじゃなさそうだぞ、と。スーパーにあった食品はまったく食べてないわけだ。だから食料を求めて迷い込んだというよりは、もともと近くの林までは来ていて、人を避けて移動していくうちにスーパーに入り込み、運悪く(被害者と)鉢合わせしてしまったという状況だったのかもしれません。
■警察に「クマ専門の対策部隊」を作ったほうがいい
――あのクマは結局、箱ワナで捕獲して駆除という形になりましたが、銃器での駆除はやはり市街地ということもあって難しかったのでしょうか。
市街地でも、見通しがよくて、背後に山などがあるような場所であれば、撃てるケースもあると思いますが、今回の場合、やはり建物の中なので、クマが隠れる場所がいっぱいあるでしょ? そういう見通しが利かない場所に入っていって、急に棚の陰からクマが飛び出してきたら、これを撃てるかといえば、撃てないですよね。それに撃った弾がそれたり、跳ね返ったりして、ガス管とか配電盤とかに当たってしまう可能性もあったから。
――今の法律では市街地での発砲は原則できないことになっていますが、現在、環境省などを中心に市街地での発砲が可能になるような法改正が検討されています。これについてはどうお考えでしょうか。
被害防止の観点からは、一歩前進とは言えると思う。ただ、誰の判断で発砲するのかという責任の所在をはっきりさせることが大事。それをハンターの方たちに任せてしまってはダメだと思う。この責任の所在が曖昧だとハンターの方たち、撃てないですよ。もちろん事故はあってはならないが、万が一、事故が起きてしまった場合のことまで想定して、セットで(法整備を)進めてほしいと思います。
従来の鳥獣被害対策実施隊(市町村の非常勤職員という位置づけで、主に地元のハンターが務めている)による駆除というのは、あくまで民間人がボランティアに近い形で協力しているので、そこに発砲の全責任を負わせるというのは単純におかしいですよね。責任の所在をはっきりさせるという意味では、警察に「クマ専門の対策部隊」を作ってもいいんじゃないか。
■「クマを殺すなら、お前が死ね!」という声も…
――今回、土崎のクマが駆除されたことで抗議電話はどれくらいあったのでしょうか。
(担当職員に確認しながら)秋田市と県とであわせて200件(*抗議や応援などを含む)ぐらいですね。抗議はほとんどが県外から。まぁ、わかるけどね。クマが身近に出没する場所じゃないところに住んでいる人がそういう反応になるのは。ただあんまり度がすぎると、こっちも仕事ができなくなっちゃうんでね。
――中には悪質なものもあった?
そうですね。実際に話せばわかってくれる人もいるけども、一方でいくら話してもわかってくれない人もやっぱりいる。ひどい人になると「税金泥棒」というところから始まって「クマを殺すなら、お前が死ね!」とかね。朝から晩まで、ずっと30分以上も怒鳴りまくっている人とかもいる。これはもうはっきり言って業務妨害です。
■「ガチャン」発言の真意とは
――佐竹知事は、そういう悪質なクレーム電話に対しては「ガチャン」で対応すると発言されて、話題になりました。この発言の真意はどこにあったのでしょうか。
まず相手が乱暴でなく、お名前も名乗られたうえで、ご意見を言いたいということであれば、これはちゃんと話を聞きます。問題は名前も名乗らず最初から乱暴な態度でずっと怒鳴りまくっているような人たち。これにずっと対応しているとまったく仕事になりません。私はこれは“公務員バッシング”だろうと思っているんです。やっぱり知事として職員を守るというか、理不尽なバッシングに晒されたままにしてはいけないという思いがある。私があえて強い表現をすることで、職員が毅然とした対応を取りやすくなる。
それがまあ「ガチャン」という表現になったわけです。
■「彼らもまた被害者だ」
「でもね……」と、ここで少し佐竹知事のトーンが変わった。
「30年前はね、こういう人たちはいなかった。この頃、増えたんだな」
そして佐竹知事は抗議電話をしてくる人たちの“背景”へと思いを馳せる。
「私はこういうクレーム電話は、クマへの愛情というよりは、その人が日頃から抱える鬱憤とか、ストレスとか、そういうものから出ているような気がする。そのストレスのはけ口を求めていて、今回みたいなチャンスがあれば、それを公務員にぶつけてくる。
ただね、彼らが完全に悪いとは言えないんだ。こういう方々も、今の世相のある意味、被害者だ。それだけ不満を抱えた人がたくさんいるわけで、今の世の中を表している象徴と言えるかもしれません」
何か痛ましいものをまるで眼前に見ているような知事の表情が印象的だった。
(佐竹知事インタビュー〈後編〉に続く)
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ライター・編集者
1975年生まれ。東京大学文学部卒。1998年文藝春秋入社。『Sports Graphic Number』『文藝春秋』『週刊文春』編集部などを経て、2019年フリーに。さらに勢いあまって札幌に移住。著書に『ペットロス いつか来る「その日」のために』(文春新書)がある。
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(ライター・編集者 伊藤 秀倫)
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