なぜ2756億円も払って「めちゃコミック」を買収したのか…日本人は知らない「マンガ産業」の海外での価値
プレジデントオンライン / 2024年12月26日 8時15分
※本稿は、菊池健『漫画ビジネス』(CROSSMEDIA PUBLISHING)の一部を再編集したものです。
■コンテンツ産業は、鉄鋼や半導体に迫る規模
ここ10数年の漫画業界を取り巻く環境は、DXが進む中で大きく変わっていきました。
しかし、この変化はまだ終着点にはきておらず、さらなる大きな変化のうちの1つのマイルストーンに過ぎないように感じます。そのあたりの契機に触れつつ、最後の章を締めくくりたいと思います。
現在日本のエンタメ市場は国内市況が好況で、今後の海外へのIP輸出と言う観点でも成長性が大きく期待されています。
2022年ベースで、日本の輸出額をまとめると、コンテンツ産業は、日本の主要産業である鉄鋼や半導体に迫る規模になったとのこと。ちなみに、この上に数十兆円で自動車産業があり、コンテンツ産業はだいたい第2グループみたいな感じです。
こうした成長期待分野には必然的に投資マネーが集まります。特に、コンテンツ産業はこれから海外にも展開できるポテンシャルが高く評価され、今後の大きな成長が期待されています。
■米国投資ファンドがコミック運営会社を2756億円で買収
こうした最中、ソニーやブラックストーンなど3つの陣営が、めちゃコミック運営会社のインフォコム買収の検討というニュースが出て、結果的に2024年6月に米国のPEファンドであるブラックストーンが買収と報じられました。
その額、インフォコム親会社の帝人が持つ株や市場の株などを含め、2756億円を支払うという巨大なものです。
これは日本におけるこれまでのM&Aの中でもかなり上位の買収額です。漫画のビジネスがそれだけ評価されるということです。
ブラックストーンの運用資産は2023年末時点で1.1兆ドル(約173兆円)ということで、もちろんそれが全部めちゃコミックに投じられるわけではありませんが、これまでの業界では想像しにくい規模感のマネーが、事業の更なる投資に入ってきそうです。
■投資マネーを排除し、マンガ文化を守るのは非上場の出版社
集英社、講談社、小学館、秋田書店、白泉社と言ったマンガ出版社は非上場企業が多く、ここに直接外部から大きな投資マネーや、その意を汲んだ経営者や株主が入るということは考えにくいという状況で、これこそ日本出版界の伝統的経営体制です。このあたりが、ゲームやアニメといった、上場企業が大手を占める他のエンタメ業界と大きく違うところでした。
それゆえ経営が大資本や投資マネーから独立した状態を維持し続け、最も重要な作品づくりに拙速なマネー理論が侵食しないということが、日本のマンガづくりの根幹部分を守護してきました。これが本当に大切なことであることは、ここまで繰り返してきたとおりです。
2021年に600億円を調達した現カカオピッコマしかり、このめちゃコミック買収劇しかり、近年マンガ業界の伸長に大きく貢献した電子コミックプラットフォームを経由して業界に大きな資金が入ってきています。
■国内電子コミック市場は、これ以上大きな成長は見込めない
マンガ業界の状況を見ると、これまで伸び続けた国内電子コミック市場は、緩やかな伸びとなってきていて、踊り場を迎え、これ以上の大きな成長は望めないところまで来ています。そこで、次の一手となりそうな方向性は大きく3つほど大きな方向性が見えています。
1.海外展開
2.ライセンスビジネス(IP展開加速)
3.ウェブトゥーン
現時点のめちゃコミックは、実は3つとも手を付けています。「Comicle」というブランドで海外展開も始めていますし、IP展開も自社オリジナル作品で展開中、ウェブトゥーンも『オークの樹の下』という作品をヒットさせ、韓国と連携するなどしています。
この折に、更なる展開をはかるには各分野への投資が必要でしたが、元の親会社の帝人はグループ本業以外の事業は売却すると宣言、今回の買収劇となりました。その受け取った側のブラックストーンは、巨大なファンドを運営し、投資をしてより大きな企業価値をつけて、M&Aした企業の上場や再売却で利益を得る企業です。
つまりこのあと、上記の1~3に投資が入ることが予想されるのですが、おそらくこの金額はかなり巨大なものとなりえます。
■漫画業界は投資ファンドの波に飲まれるのか、波に乗るのか
業界にとって、ピッコマの600億円という資金調達は驚きでしたが、すでに買収額でその数倍の資金が入りました。これと同等かそれ以上の金額が投下される可能性もあります。投資ファンドの考え方として、合理的とさえ考えられれば、投下資金の多寡は大きな問題ではなく、すべてはリターン次第となるからです。
これまで、出版社を中心にじっくりビジネスをしてきた漫画業界が、大きな波に飲まれるのか? その波に乗るのか? 国内電子コミック市場成長の終着点に、ものすごい次の展開可能性が出てきたように思います。
■マンガ業界の未来を左右する新勢力、AI翻訳企業の台頭
2024年4月、めちゃコミックのM&Aのニュースと同じタイミングで、もうひとつ今後のマンガ業界の未来を占うニュースが伝えられました。
AI翻訳ベンチャー・オレンジ社が約30億円の資金調達をしたというものです。
このニュースは、プレスリリース自体にマンガが使われ、効果的にメッセージが伝わったことや、プレスリリース後に日本翻訳者協会から、AIによる翻訳に危惧が発信されるなど、話題になりました。現在、日本のマンガは総発行数の2%ほどしか翻訳されておりません。オレンジは、翻訳者との連携でAI翻訳することによって、月間500冊のスピードを実現し、5年後までに5万冊の翻訳をおこなうと宣言しました。これは、1年間でこれまでのトータルの翻訳数に迫るスピードです。
また、その2カ月後の6月末には、先行してAI翻訳事業を行っていたMantraが7.8億円を調達して、オレンジ同様、月間500冊のAI翻訳ペースを目指すと宣言。そしてほぼ同じタイミングで、サイバーエージェントがAIローカライズセンター事業を発表。ローカライズとは、マンガなどの作品を特定の地域に展開するために、宗教や慣習などで問題なく伝わるように調整することを指しますが、その中にはもちろん翻訳も入っており、これもAIで翻訳するという文脈になっていました。
MantraはすでにAI翻訳に取り組んでいる実績のある先行者ですが、サイバーエージェントは、日本のウェブマンガ広告では第1グループ先頭にいる企業ですので、別の意味でマンガ業界と繋がりも実績もある企業です。
オレンジ社のプレシリーズAの資金調達で30億円というのも、これは日本のベンチャー企業の調達史上でもなかなかない巨額の調達だそうで、すごいことです。
前の節で、次の一手として「マンガの海外展開」「ウェブトゥーン」と示しましたが、この両方に極めて重要な役割を果たす、AI翻訳分野に短い間で3社が名乗りを上げました。これは、頼もしい勢力が日本漫画界の海外展開のために大きく始動したといえるのではないでしょうか。
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一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表
1973年東京生まれ。日本大学理工学部機械工学科卒。商社、コンサルティング会社、板前、ITベンチャー等を経て、2010年からNPO法人が運営する「トキワ荘プロジェクト」ディレクター。東京と京都で400人以上の新人漫画家にシェアハウス提供、100人以上の商業誌デビューをサポートした。同時に、京都国際マンガ・アニメフェア初年度事務局、京まふ出張編集部やWebサイト「マンナビ」などを設立。数年に渡り『このマンガがすごい!』(宝島社)の選者を務める。noteにて毎週日曜日に「マンガ業界Newsまとめ」を発信。共著『電子書籍ビジネス調査報告書2023』(インプレス総合研究所)のウェブトーンパートを担当した。2024年3月に、一般社団法人MANGA総合研究所を設立。
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(一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表 菊池 健)
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