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「日本が"クマの惑星"になってからでは遅い」県政50年の秋田・佐竹知事が語る"アーバンベア"の恐ろしさ

プレジデントオンライン / 2024年12月26日 9時16分

秋田県の佐竹敬久知事。クマ被害を減らすための「秘策」を語った - 撮影=プレジデントオンライン編集部

全国各地でクマによる被害が相次いでいる。とりわけ秋田県はクマの出没が多く、2023年度に起きた人身事故は62件/70人と、2位の岩手県(46件/49人)と比べても突出した数字だ。どうすれば被害を減らすことができるのか。クマ問題を取材するライターの伊藤秀倫さんが、秋田県の佐竹敬久知事に聞いた――。(後編/全2回)

■戦後最悪のクマ被害「十和利山襲撃事件」

(前編から続く)

筆者のようにクマに興味がある人間が「秋田」と聞いて、すぐに思い浮かべる事件がある。それは2016年5月から6月にかけて青森県との県境に近い鹿角市で起きた「十和利山襲撃事件」である。この事件では「ネマガリダケ」と呼ばれる旬の山菜を採りに山に入った人々が連日、クマに襲われ、死者4人、重軽傷者4人という熊害としては戦後最悪の犠牲者を出した。犠牲者の遺体がいずれも複数のクマによって食害されていたことも、この事件の凄惨さを際立たせている。

クマの被害が集中した秋田県鹿角市で、道路に設置された入山禁止を知らせる看板=2017年5月28日
写真提供=共同通信社
クマの被害が集中した秋田県鹿角市で、道路に設置された入山禁止を知らせる看板=2017年5月28日 - 写真提供=共同通信社

この現場近くの山林では、今年5月にもクマに襲われたと見られる男性の遺体が発見されており、さらにこの遺体を搬送しようとした警察官2人がクマに襲われ、大けがを負う事件も起きた。なぜ秋田県ではクマによる人身事故が多いのか。どうすれば、この被害を減らすことができるのか。佐竹敬久・秋田県知事が「秘策」を語った。

■なぜ秋田で「人身事故」が多いのか?

――2016年に起きた十和利山の事件が象徴的ですが、全国的に見ても秋田県はクマによる人身事故が多い。秋田県ならではの特殊な背景などがあるのでしょうか。

人身事故は春に起きることが多いのですが、やはりネマガリダケとかの山菜を採りに入った人が、クマと出くわして襲われるケースが多い。山菜はクマも好物ですから、どうしても鉢合わせする可能性が高くなるんですね。なぜ危険を冒してまで山に入るかというと、秋田の山菜が東京で高く売れるんです。山菜採りに入るのは中高年の方が多いんだけど、あるおばあちゃんに聞いたら山菜だけで年間200万とか300万円の儲けになる。ある意味では生活がかかっているわけで、それは入りますよね。

県内の一部の地域では、この時期は山に入らないように、入山禁止の立て札をたてるんですが、それでも山ですから、どこかから入っちゃう人はでてくる。

それから秋田は県土の7割が森林です。このうち約半分が人工林で、数十年前に植林した杉が多く、県内の林業の発展に寄与しました。残りの半分は天然林で、広葉樹も多いですが、自然界ではどうしても豊凶の波がありますので、凶作の年に山でエサが不足すると、どうしてもクマが人里に出てくることになる。

――知事はおよそ50年にわたって、行政の立場から秋田県を見てこられたわけですが、クマを取り巻く環境について変化を感じる部分はありますか。

やっぱりわれわれが子どもの頃から、マタギの方々を通じて、クマというのはそれなりに身近な存在でした。ただクマは基本的に山奥にいるもので、人間の生活圏である里山とかにはほとんど出なかった。けれど昨今、人口が減って里山の管理が行き届かなくなると、そこに残されたクワの実やクルミ、クリや柿の木なんかを目当てにクマが入り込むようになったわけです。そうやって人間の生活圏に近づいたクマは、農作物を食べたりして、人間の食べ物を口にする機会が増える。一度人間の食べ物の味を覚えたクマは、たとえ山に戻したとしても、また戻ってきちゃうんですよ。他県の事例ですが、最近のクマは、人間の家に入って器用に冷蔵庫を開けるんです。賢いですからね。

■「人口が減ったら、クマの数も減らすべき」

知事のいう通り、人口減によって里山の管理が行き届かなくなった空白地にクマが入り込むことによって、人間とクマの生活圏が重なりつつある。さらにいえば、ハンターの高齢化によって狩猟人口が大幅に減少したことで、クマの数は増え続けている。その結果、クマの生活圏は、ますます人間側に浸食しており、近年では「アーバンベア」という言葉もよく知られるようになった。

――こうした状況にどう対応すべきだとお考えですか。

結局、人間の生活圏とクマの生息域をきっちり分けることを徹底することだと思います。具体的には人間の生活圏とクマの生息域の間のやぶを払って、見通しをよくすることで、クマが人間側の生活圏に入ってくるのを防ぐ。

実際、アラスカなんかではかなり徹底してやってます。あそこもグリズリー(ハイイログマ)が生息していますが、ある地域では道路の両側15メートルから20メートルぐらいのやぶを綺麗に払ってます。それ以外の森林はグリズリーの生息域ですから、人間は原則立ち入り禁止にしている。人間とクマの生息域をきっちり「ゾーニング(すみ分け)」することで両者の接触機会を減らしているわけです。

これは日本でもできるはずです。少なくとも道路の両脇のやぶを払うことはできる。あるいはクマが移動に利用する河川敷のやぶを払う。本県でもそういった対策は予算を倍にしてやっています。ただ、そこらじゅうにあるやぶを全部払うことは不可能です。だとすると、後はクマの生息数を管理することも必要だと思う。人間の人口が減ったら、それに合わせてクマの頭数も減らすべきなんです。

ツキノワグマ
写真=iStock.com/rai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rai

■「クマを獲るっていうのは、そんなに簡単じゃない」

――知事は「クマを見つけたらすぐ撃つ」とも発言されてますね。

当然、絶滅するまで減らすのはダメだけど、ある程度、頭数を管理することは必要だと思います。秋田県ではクマの推定生息数と前年の捕獲頭数に基づいて捕獲頭数の上限を毎年決めています。ただし、昨年度は極端な大量出没が起こった結果、捕獲頭数が2300頭にのぼりました。今春、改めてコンピュータシミュレーションによるクマの個体数推定を行い、それに基づき上限を670頭に設定しています。

狩猟に関して言えば、もっとも山に入ってクマを獲るっていうのは、そんなに簡単じゃないんです。クマ撃ちの経験がないと、クマを見つけるのも難しい。

■ハンターの高齢化で「技術の継承」が急務

――秋田県では有害駆除の担い手であるハンターへの積極的なサポートをされているのが印象的です。今年度の補正予算でも、猟銃を購入する際の補助を拡充するなどの対策費として約6000万円を計上していますが、こういった施策はどういう経緯で出てきたのですか。

どうもね、私は意外と(銃を構える恰好をして)銃器マニアだから。大学でも防衛技術関連の研究をしていたもんでね。それで猟友会の方と話をしたりして、いろいろな要望をうかがったりする機会もあるんです。

例えば弾ひとつとっても今、円安の影響もあってかなり高くなっているんで、これは何とか補助しようと。満足とまではいかないけど、新規に狩猟免許を取得する若い方も結構増えてきたんですよ。やっぱりかつては猟友会といえば、比較的経済的に余裕のある自営業の方が多かったんですけど、今はそういう人たちが少ない。かつてそうだった人も一線をひいて、みんな70代を超えてますから、その技術継承という意味でも、ハンターの育成というのは急務だと思ってます。

それからドローンのような新技術を利用した駆除とか捕獲も検討の余地はあると思います。ドローンを使えば、人間が危険に晒されることなく、クマに近づくことができるわけですから、そういう新しい発想も必要になってくるんじゃないでしょうか。

■「クマの惑星」になってからでは遅い

インタビュー中、とりわけ印象的だったのは「クマの問題は、オールジャパンで取り組まないとダメ」という佐竹知事の言葉だった。

「それぞれの自治体がバラバラで取り組んでも限界はある。クマを殺すなとクレーム電話を入れてくる人たちに、なぜ駆除が必要なのかを理解してもらうための啓蒙的な活動を国がもっとやってもいいんじゃないかと思います。やっぱりクマが身近に出没しない地域に住む人たちにとっては、われわれの直面している現実というのは、なかなか理解しづらい面がある。だからといって、両者が対立したり、分断したりするようなことがあってはならない。現実問題としてクマの数は増えているわけだから、今はクマが出ない地域にも近い将来、出るようになるかもしれない。実際に東京でも西部のほうで目撃情報がありますよね」

「クマを殺すな」とクレーム電話を入れてくる人たちに“怒りの表情”の佐竹知事
撮影=プレジデントオンライン編集部
「クマを殺すな」とクレーム電話を入れてくる人たちに“怒りの表情”の佐竹知事 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そして、いかにもこの人らしい表現で、こう付け加えた。

「(日本が)『クマの惑星』みたいになってからでは遅いからね」

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伊藤 秀倫(いとう・ひでのり)
ライター・編集者
1975年生まれ。東京大学文学部卒。1998年文藝春秋入社。『Sports Graphic Number』『文藝春秋』『週刊文春』編集部などを経て、2019年フリーに。さらに勢いあまって札幌に移住。著書に『ペットロス いつか来る「その日」のために』(文春新書)がある。

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(ライター・編集者 伊藤 秀倫)

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