「大谷の優勝」でも「オリンピック」でも「紅白」でもない…2024年に日本でいちばん視聴率が高かった意外な番組
プレジデントオンライン / 2024年12月24日 17時15分
■「視聴率トップの番組」が熱烈な支持を集めるワケ
師走も残りわずかとなり特番ラッシュの時期に入っている。なかでも年末年始で最も視聴率を取る特番と言えば箱根駅伝で間違いないだろう。
事実、2024年12月17日にビデオリサーチが発表した「今年よく見られたテレビ番組(1月1日~12月15日の速報値)」の個人視聴率(リアルタイム)ランキングで『第100回箱根駅伝・復路』の17.5%が全ジャンルの1位に輝いている。世帯瞬間最高視聴率は青山学院大が優勝を決めたシーンの34.3%であり、『往路』も3位の15.7%を記録するなど圧倒的な結果だった(データはビデオリサーチ調べ、関東地区)。
パリオリンピック、MLB大谷翔平選手のドジャース戦、サッカーの日本代表戦など、「日本人が好き」と言われる国際試合を押さえて堂々のトップであり、箱根駅伝がいかに関心を集めているかがうかがえる。
なぜ国内、しかも関東の大学による大会であり、有名選手もほぼいないにもかかわらず、箱根駅伝はこれほどの人気を得ているのか。なぜ多くの駅伝大会がある中、箱根駅伝だけが熱烈な支持を集めているのか。その理由を掘り下げていくと、競技や放送を取り巻くさまざまな背景が見えてくる。
■「圧倒的に長すぎる」からいい
箱根駅伝の優勝タイムは、往路・復路それぞれ5時間20分前後。日本テレビ系での放送時間は往路・復路それぞれ7時間を超える。「20km超の各区間を10人が走る」という大会形式も含め、「なぜ走っているだけの番組をそんなに長い時間見ていられるのか」「普通の駅伝やマラソンのほうが見やすいのではないか」と感じる人も少なくないだろう。
実際、「学生三大駅伝」の出雲駅伝は6区間45.1km、全国大学駅伝は8区間106.8km。社会人に目を向けても、全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)は7区間100.0kmであり、箱根駅伝の10区間217.1kmが圧倒的な長さであることは明白だ。
この「圧倒的に長すぎる」ことが強烈な支持につながっている。他とは比べられないほど長すぎるから、技術や体力だけでなく、団結力や部の伝統などの総合力が求められるとともに、ドラマティックな出来事が起きやすい。
特にテレビ視聴者を引きつけているのがアクシデント。1人20km超を走るため、10人の中で誰か1人でも不調の選手がいると順位は大幅に下がってしまう。なかでも視聴者の感情移入を誘っているのは“繰り上げスタート”の悲劇。
■優勝争いと同じくらい盛り上がる
往路1~2区間の鶴見中継所と2~3区間の戸塚中継所では先頭走者から10分、3~4区間の平塚中継所と4~5区間の小田原中継所では先頭走者から15分。復路すべての中継所で先頭走者から20分遅れたチームは、別のタスキを使って自動スタートとなり、自校のタスキをつなぐことができない。
公道を走る駅伝だけに、交通規制などへの配慮に基づくルールなのだが、放送局によっては最高の演出となる。選手たちの悔しい表情や涙が視聴者の共感を誘うため、日本テレビは優勝争いと同等レベルでこの繰り上げスタートをフィーチャー。また、ケガや病気で走行不可能になって「途中棄権」という悲劇もあり、その後は走らせてもらえるものの記録は認められないため、センセーショナルに実況されている。
もともと「陸上競技は実力通りの結果になりやすく波乱が少ない」と言われがちだが、箱根駅伝は例外。圧倒的に距離が長く10人ものランナーが関わること、発展途上かつ思い入れの強い学生が走ることで、波乱の可能性が生まれている。
■予想外のことが起きる「5区」
もう1つ強烈な引力を放っているのが、標高差864mの「天下の険」こと箱根の山を駆け上がる5区。登り坂に加えて、強い風や雪、路面凍結、気温低下などの難しさもある最大の難コースだけに「大逆転」や「大ブレーキ」などのドラマが起きやすい。
さらにかつて11人抜きを達成した順天堂大・今井正人のほか、東洋大学・柏原竜二、青山学院大学・神野大地の3人が驚異的な走りで「山の神」と呼ばれるなど、スターが誕生しやすいのも魅力の1つ。正月番組をザッピングしていても「5区だけは見る」という人が多いなど、最大の見どころが盛り上がり続けていることは箱根駅伝の強みと言っていいだろう。
その他でも、次年度の出場権を賭けたシード権争い、レジェンドたちが作った区間新記録の更新、留学生の快走など、視聴者を引きつけるドラマティックなシーンは多い。一方、制作サイドは、視聴者がそんなドラマを望んでいることを知っていて、感情をあおるような実況をしている。
そしてドラマティックという点で忘れてはいけないのは、箱根駅伝が学生の大会であること。「箱根駅伝に出たいから関東の大学に入る」「4年間という限定的な挑戦」「卒業したら競技引退する選手が多い」「社会人のようなお金のためではなく、夢と仲間のために走る」「部の伝統や仲間との絆をかけて走る」という思いの強さや儚さは学生ならではであり、視聴者を引きつけている。
■ニューイヤー駅伝との決定的な違い
実際、大学を卒業したあと「燃え尽き症候群」となって実業団に進んでも伸び悩む。あるいは「お金のために走りたくない」と実業団からの誘いを断ってしまうという選手もいる。つまり、「箱根駅伝が人生の最終目標」として挑む選手も多く、一途な気持ちが視聴者にも伝わっているのだろう。
実業団による駅伝日本一決定戦の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)が、同じ正月3が日の1月1日に放送されているにもかかわらず箱根駅伝ほど盛り上がらないことからもそれがわかるのではないか。
しかし、「学生だから」というだけでこれほどの高視聴率を叩き出せるわけではない。
やはり大きいのは正月3が日に生放送されていること。社会人も学生も長期休みの人が多く、帰省なども含めて家族や友人で集まる機会が増える。さらに在宅率が通常の休日よりも高いため、リアルタイムで見てもらいやすい。「みんなで一緒のものを見て楽しむ」という点で箱根駅伝は最高の条件下にあると言っていいだろう。
■絶対盛り上がるコンテンツなのにライバルがいない
そして正月3が日にはめでたいムードの番組は多くても、しびれるような真剣勝負が見られるものは少ない。同じスポーツではサッカーの天皇杯決勝が1月1日午後に放送されていたが、今年は11月23日に開催済み。しかも1月1日以外に決勝が行われるのは4年連続となっている。
たとえば、全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)や冬の全国高校サッカー選手権大会は、「敗退したら競技から引退の選手が多い」「全国放送される」という点で箱根駅伝と同様であり、人気コンテンツであることは間違いないところ。
ありえないことだが、もし正月3が日にこの2つの決勝戦が放送されたら箱根駅伝に近いレベルで盛り上がるかもしれない。「正月3が日の生放送」「学生スポーツの頂上決戦」はそれほど特別なものがあり、箱根駅伝の絶対的なアドバンテージとなっている。
さらに言えば、かつて放送されていた「正月3が日の風物詩」とも言われる特番そのものがほとんどなくなってしまったことも箱根駅伝の勢いを後押ししている。今では正月3が日しか放送されないおなじみの長寿特番と言えば『爆笑ヒットパレード』(フジテレビ系)程度であり、かつての『新春スターかくし芸大会』(フジテレビ系)などは終了してしまった。
『芸能人格付けチェック!』『とんねるずのスポーツ王は俺だ‼』(テレビ朝日系)は正月3が日以外にも放送されるようになり、その他はレギュラーバラエティの特番ばかり。「正月3が日のみ」という風物詩になりうる特番が少なくなったことが、箱根駅伝を絶対的な存在に押し上げた感がある。
■むしろ「24時間テレビ」を超える
そして最後にもう1つあげておきたいのが、日本テレビの局を挙げた取り組み。
日本テレビにとって「箱根駅伝は夏の『24時間テレビ』と並ぶ2大イベント」という位置付けであり、総力を結集して制作・放送されている。局内の各部署が連携して作り上げる大型特番であり、相互理解を深め、一体感が増し、スキルアップにつながり、それが局と各部署の伝統になっていく……。
局員たちにとって年に一度の重要なイベントであり、どこか学園祭や体育祭のようなムードも感じさせられる。
むしろ「正月3が日に放送される」という特別感や、「世間が休みのときに働く」というテンションの高さは『24時間テレビ』以上のものがあり、それが視聴者に伝播しているところもあるのだろう。もともと日本テレビは実績にシビアな局として知られているだけに、高視聴率を続けることでプライドが満たされるのか。箱根駅伝を語るときの彼らはとても誇らしい表情に見える。
■批判があっても駅伝は続く
一方、箱根駅伝を目指す大学側も、大会への意気込みは増す一方。多くの大学が宣伝効果の高い箱根駅伝出場を「入学希望者獲得に向けた経営戦略の1つ」として位置付けている。陸上部を長距離優先の構成にしてスカウティングを活発に行うほか、運営面でのサポートも充実させるなど、事実上の特別扱いと言っていいかもしれない。
そのため、「長距離の有力選手が関東に集中」「地方軽視で地方との格差拡大」「他の陸上競技を軽視」「他の運動部の不満がたまる」などの問題点を指摘されることも少なくないが、国民的な盛り上がりになっている以上、この流れはしばらく止まらないだろう。
そもそも箱根駅伝は「日本のスポーツで最長の歴史を持つ」と言われる純度の高いイベントであり、それを知って注目している視聴者が少なくない。だからこそ大学も放送局もビジネス的なうまみばかりを追求しないことが、この盛り上がりを続けていくポイントになるのではないか。
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コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
テレビ、エンタメ、時事、人間関係を専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、2万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。
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(コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者 木村 隆志)
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