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「30年物の和式トイレ」も改修できず…350万円を市民から集めた地方大学の雄に「どれだけお金ないのよ」の声

プレジデントオンライン / 2025年1月9日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/georgeclerk

地方国立大学の中でも名門の一つと言われる金沢大学が、2023年にクラウドファンディングを行った。老朽化したトイレの改修費300万円が捻出できないというのだ。日本の国立大学に一体何が起きているのか。朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班のリポートをまとめた『限界の国立大学』(朝日新書)より、一部を紹介する――。

■国立大学協会が緊急記者会見を開く事態に

「もう限界です」。2024年6月、全国86の国立大学で作る国立大学協会の永田恭介会長(筑波大学長)が急遽(きゅうきょ)記者会見を開き、異例の声明を発表した。

教職員の人件費や研究費に充てる国からの運営費交付金が減らされたうえ、ここ数年の光熱費や物価の高騰が重なり、各国立大学の財務が危機的な状況にあると説明。国民に対して、「運営費交付金の増額を後押ししてもらいたい」と訴えた。

法人化された04年当初よりも減額されたとはいえ、今も国立大学全体で1兆円を超える運営費交付金を受け取っている。それなのに、なぜこんな悲鳴が上がるのか。危機的な財務状況に陥った国立大学では今、どんなことが起きているのか。

金沢大学の学生一人ひとりが安心して使えるトイレを、少しでも増やしたい――。金沢大学は23年秋、キャンパス内のトイレを改修する費用を集めるためとして、クラウドファンディングを行った。

■移転後30年で改修時期が到来したが…

同大が、金沢市中心部から、郊外の山あいの現在地に移転して30年余り。一気に改修時期を迎えたトイレの便器は当時、約300あった。

たかがトイレと思うなかれ。この30年で大きく増えた女子学生にとっては、特に譲れない問題だという。同大では数多く設置されている和式は敬遠され、「洋式待ち渋滞」が発生。「休み時間にトイレに行けない」といった不満も寄せられ、大学としても放置できない状況になっていた。

■「地方大学の雄」なのに…

だが、ウクライナ危機が続き、コロナ禍が明けたタイミングで、電気代や物価などが高騰していた。運営費交付金が抑制されるなか、乏しい自己資金だけで細々と改修していては、長い時間がかかってしまう。そこで学内外から寄付を集め、便器の洋式化や、床面の塗り替えなどの改修を前倒しすることにしたという。

キーボードに刻印されたクラウドファンディングの文字
写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

目標額は300万円。本当に寄付が集まるのか、ふたを開けてみなければわからなかったが、わずか2カ月間で355万円も集まった。大学側の思惑以上の成果があがったという。一方で、金沢大学といえば、規模や研究成果などをみれば、「地方大学の雄」ともいうべき存在だ。ネット上では「どれだけお金ないのよ……」などと驚きの声が広がった。

国立大学では今、いささか切なさを感じるこうした事例が、各地で起きている。

■全国の大学から集まった教職員の悲鳴

朝日新聞が24年1〜2月に、国立大学の法人化年を機に実施したアンケートには、全国の学長や教職員から、「予算が足りずに学生の教育・研究環境に悪影響が出ている」と訴える声が続々と寄せられた。ふだん取材している私たちでも、「ここまでひどいのか」と驚くような、具体的な窮状を紹介するコメントも数多く届いた。

トイレについての厳しい現状については、別の大学の職員からも訴えがあった。「設備費にお金をかけられなくなり、トイレの水漏れも修繕できない」という。最先端の研究に打ち込む教員や、将来を見据えて懸命に学んでいる学生が、水漏れがするトイレを使っている姿を想像すると、いたたまれない気持ちになる。

今では、店舗や住宅でも、ほとんど見かけなくなってきた和式トイレ。だが、国立大学を訪ねると、今でも現役で使われているのを見かけることが多い。記者が23年に大学教育学会の取材をするために訪ねた大阪大学の工学部でも、一つの建物内で何カ所かのトイレを使ったが、個室はすべて和式だった。

■「女子枠」を設置する以前の問題

大半の国立大学は、教育・研究の発展には多様な人材が交わることが必要だと考えている。政府も、多様かつ優秀な人材を確保したい産業界などの要請を受けて、工学部を中心に女子学生を増やそうと躍起になっている。このため、ここ数年、入試に女性しか受験できない「女子枠」を設けたり、女子中高生だけを対象にした説明会を開いたりと、女子学生を増やすために、あの手この手の対策に取り組む国立大学が増えてきた。

放棄された荒廃した教室
写真=iStock.com/Tim Berghman
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tim Berghman

教育や研究の内容、入試方式などが重要であるのは言うまでもない。だが、学生は学部だけでも4年間、大学院の博士課程まで進むと、10年近く大学に通うことになる。長い時間を過ごすキャンパスの環境もまた、女性が気持ちよく学び、研究を続けるために重要な要素の一つだ。

かつてはバンカラのイメージが強かった大学も、キャンパスをリニューアルした際には、きれいなトイレをアピールポイントの一つにしていた。女性を積極的に受け入れる姿勢を示す格好のアピール材料となるからだ。例えば明治大学は、今や女子高校生の人気が非常に高い大学として知られるまでになっている。

■交付金は減額、授業料は20年据え置き

一方で多くの国立大学では、トイレに限らず老朽化した建物や設備が目立つ。やはり、運営費交付金が減額された影響が大きい。経済的な事情で進学を断念する若者を増やしたくないと、大半の国立大学が05年度から授業料を据え置いていることも、厳しい財務状況の一因となっている。

国の科学研究費補助金(科研費)などの競争的資金や企業との共同研究、寄付といった外部資金の獲得を進めている大学も、状況はあまり変わらない。「この研究に」「あの設備に」などと使途が限定されていることが多く、教育関連の施設・設備の改修に自由に使うことができないという。

■節電のため図書館開館を短縮、蔵書も廃棄

悪影響は、学生の学びに欠かせない図書館にも及んでいる。22年以降、電気代の高騰などを理由に、東京大学や大阪大学、九州大学、北海道大学などで、開館時間を短縮する動きがみられた。開館時間を1〜3時間程度短縮したり、それまでは開けていた休日や祝日を休館にしたりしたのだ。エアコンに使う電気代を節約するために、図書館を含めたキャンパスの夏の一斉休業期間を延ばした大学もある。

朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学』(朝日新書)
朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学』(朝日新書)

泣く泣く図書館費を減らす大学も増えている。海外大手出版社の寡占(かせん)化による学術誌や電子ジャーナルの高騰も拍車をかけ、購入する書籍を大幅に絞り込む大学も多い。

東海地方にある大学の教授は、国立大学の図書館の予算不足を実感している。書庫のスペースを広げることができないなか、新しい書籍を入れるために、古い蔵書を廃棄することが増えているという。

「廃棄される本の中には、もう市場では手に入らない貴重なものもある」。教授はそう嘆き、ある大学の図書館が廃棄しようとしていた蔵書を100冊近く引き取ったこともある、と打ち明ける。

予算が足りないことが、教育の高度化を妨げ、さらには劣化につながる。朝日新聞のアンケートには、そんな懸念を訴える声が数多く寄せられた。

ある大学の文学部に所属する准教授は、教育のために使える予算が減らされた結果、現代の学生のために必要だと考える授業改善に取り組めずにいる。この准教授は、データサイエンスを使った研究手法を授業に生かしたいと考え、教材を作るなど準備を始めたという。だが、文学部に回ってくる予算が少なく、必要な機材類の手配が難しかった。「学生に新しい手法を教えたいが、今のままではできない。古いタイプの教育から転換できずにいる」と嘆いていた。

金沢大学の社会科学系の教授は、「必要な経費が回ってこない」と悔しがる。予算不足で非常勤講師の待遇悪化や技術支援スタッフの削減などが続き、「実習などの教育に悪影響が出ている」とも訴える。

■教養教育の教員が7人から2人に

別の大学の人文科学系の教授も、「人文・社会系の教養教育の教員が、この10年で7人から2人に減らされた」と明かす。退職する教員がいても補充がない。たとえ補充があったとしても、期間を限定した有期雇用の教員に代える。そんな形で、人件費を絞らざるを得なかった大学は多い。

一方で、法人化後は、教育や社会貢献、さらには学長の補佐といった仕事が追加された教員が多い。仕事が増えているのに人を減らされれば、研究時間を削ったり、休日に働いたりせざるを得ず、不満を募らせている教員は多い。ある工学系の准教授は、現状に強い憤りを感じている。

「人員削減や事務業務の増加により疲弊し、体調不良で出勤できない教員も増えている。国立大学が『残酷立』と揶揄されるのは当然だ」

(朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班)

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