だから「言われたことしかできない子」が増える…「授業内容と寮生活を子供が選ぶ」カルスト台地に立つ学校の全貌
プレジデントオンライン / 2025年1月14日 17時15分
■石灰岩が並ぶ台地に立つ学校
北九州にあるJR行橋駅を降りて、日本三大カルスト台地と呼ばれる平尾台を登っていくと、北九州子どもの村小学校・中学校がある。1992年に開校したきのくに子どもの村学園は、創立30年を超え、現在では和歌山、福井、福岡、山梨、長崎に小学校と中学校を置く。和歌山には高等専修学校もある。いずれも寮が併設されており、小学1年生から親元を離れ寮生となる子もいる。
教育ドキュメンタリー映画『夢みる小学校』(2022年)に取り上げられて、当校を知った方も多いかもしれない。
私が北九州子どもの村を知ったのは10年ほど前。尊敬する先輩のお子さんが当校の小学校に入学し、定期的にその様子を聞いていた。
「自分が知っている学校教育とは何もかもが違う。親が子どもにどれだけ委ねて見守れるかが試されているような気がする」
「ふとした瞬間にドリルをしなくていいのかなと、成績を気にしている自分に気づく」
そんな保護者としての葛藤を話してくれた。
しかし、そうした迷いを口にした後には必ず、「でもね」と続く。
「『これが必要だ』と思ったら、とことん勉強したり頑張ったりできるんだよ」「『自分はできる』という自分への信頼感を持っているようだ」と言う。
北九州子どもの村学園とはどんな学校なのだろう。そんな思いが募り、取材に向かった。
■時間割の5割を占める「プロジェクト」とは
正門をくぐり、まず目に飛び込んでくるのは子どもたちが「プロジェクト」で制作したツリーハウスやウッドデッキなど。「プロジェクト」とは、子どもたちの話し合いから体験学習を行う、きのくに子どもの村学園の授業の一つだ。
北九州子どもの村小学校では、平尾台を探究する「とことんひらおだい」と米や農作物を作る「ひらおだいファーム」、ものづくりやポニーのさくらちゃんの世話をする「いきもの&クラフト」をプロジェクトとして活動している。
中学生には、陶芸などから学ぶ「工芸社」、演劇を行う「テアトル平尾台」、食から環境を探究する「食の循環研究所」が設けられている。
すべてのプロジェクト活動は、小学校では1年生から6年生が一緒に学び、中学校も1年生から3年生がともに学ぶ。学年分けはしない。小学校は週14時間、中学校では週11時間、全課程の5割がこのプロジェクトにあてられる。
■「織田信長の三段撃ちで…」驚きの解決策も
当校のプロジェクトは、「自己決定の原則・個性化の原則・体験学習の原則が調和的に実行される取り組みである」と位置付けられている。つまり、プロジェクトを子どもたち自身が選び、子どもたちの特性や関心によって取り組む内容が選択され、そして体験から学んでいくことが大切にされている。
プロジェクトの一つ「ひらおだいファーム」では、米作りについて話し合いが行われていた。今年は全体の収穫高のうち、うるち米8割・もち米2割の割合で作るという方針だ。
田んぼの面積を測り、何本の苗を植えて、どれくらい収穫できるかを計算しようとする子。「ジャンボタニシからどう苗を守ったらいいか」を調べる子。「広い田んぼがあるんだから、スカスカだと嫌だよね。たくさん収穫できるようにしたい」と話し合う子。さまざまな学びや議論が展開される。
学習は教室内にとどまらず、田んぼでの農作業も行われる。この日は、田起こし(土をかき混ぜ、さらに空気に触れさせることで土壌の養分を活性化させる作業)の活動をした子どもたちが達成感とともに帰ってきた。
子どもだけで田おこしを行うと、時間がかかりクタクタになる。この経験から、織田信長の火縄銃の三段撃ち(縦一列に3人が並び、1人目が射撃をする間に残りの2人が準備をして、順番に前に出て連続して銃を撃つ戦術)を知っていた子どもから、その方法で田起こしを実践してみようと提案がなされ、取り組まれたという。
歴史の学習が田植えで活かされる。さまざまな知識がクロスして体験的な学びにつながっていくのが、きのくに子どもの村学園の特徴である。
■「教科書を開いて」とは言わない
プロジェクトの議論の輪の中には大人もいる。しかし、その場を仕切ったり、「こうしなさい」と指示を出したりすることはない。議論を見守り、「低学年の子がついてこられていないな」と気づいたら、手を挙げて「今、どんなことが決まっているんだっけ? ちょっとわからなくなっちゃったな」と整理をするように促す。また、議論が停滞したら「他に注意しておくことはないかなぁ?」と次のトピックに向けて背中を押す。
こうした体験的な学びの意義について、学園長の堀真一郎さんはこう述べる。
「本校では、子どもたち自身の『これなに?』『気になるな』という感覚を大事にしています。現在の日本の多くの教育は、そうした関心や好奇心なしに、いきなり『今日はこんな勉強をします。教科書を開いて』と言って始まるじゃないですか。どんなに丁寧に教えても、興味がなければ深く学びたいとは思いません。実際に、ものを作ったり調べたり食べたりする中で疑問や関心を持って、学びは始まっていくと思うのです」
■国算英理社も一方通行の授業にしない
プロジェクトの他に、基礎学習の時間として、小学校では「ことば」と「かず」の時間がある。「ことば」は一般的な教科でいう「国語」を学ぶ時間。「かず」では、「算数」を学ぶ。「ことば」と「かず」はあわせて週7時間設けられている。中学校では「国語」「数学」「英語」「理科」「社会」の5教科で合計週12時間ある。
こうした教科の時間ではオリジナルの教材が使われる。教員が一方的に話をする講義型の授業ではなく、プロジェクト同様、子どもたちの発言を活かしながら授業が展開されていく。
きのくに子どもの村学園では、「感情面の自由」「知性の自由」「人間関係の自由」の3つの自由を重視し、「自由な子ども」を育む教育目標を立てている。これはイギリスのサマー・ヒルという学校の「自由教育」を根幹とした教育方針だ。学ぶ内容にも、子どもと大人の関係性にも、この方針が色濃く表れている。
子どもの村学園には「先生」はおらず、子どもたちは自分たちのサポートをしてくれる存在を「大人」と呼んでいる。「ねえ、堀さん」「ぷーちゃん、これは何?」とニックネームや「さんづけ」で話しかける。
■チャイムがなくても子どもは戻ってくる
授業でも休み時間でも、一般的な学校で耳にする「静かにしなさい」「早く席につきなさい」といった先生の指示は聞こえない。チャイムがないので、子どもたちは時計を確認して時間になると、自ら教室に戻る。
北九州子どもの村中学校の校長の高木秀実さんは、公立の小中学校で8年間勤務し、その後、当学園へ移った。子どもの村学園と公立校との最大の違いは、「大人が子どもを評価する存在ではない」ということだと語る。
「公立校にいる時に、自分が子どもを評価する立場であることにすごく戸惑っていたんです。大人もできないことがたくさんある人間ですよね。それなのに子どもたちに『5』や『1』といった評価をくだしていかなければいけない。もしかしたら、テストの時にたまたま体調が悪かっただけかもしれないのに、です。そこに違和感や葛藤がありました」
きのくに子どもの村学園には、テストや試験はない。宿題もない。
では、当校にとって大人とはどんな存在かと尋ねると、「子どものそばにいて、困ったら時々助言をしてくれたり、楽しいことを提案してくれたりする“便利な人”です」と高木さんは笑う。そして、大人は子どもたちがさまざまなポイントに関心を持てるよう綿密に学びの環境を作っている。
■子どもたちが「決める」全校ミーティング
週1回「全校ミーティング」が開催され、全小中学生と大人が体育館に集まり、議長の進行のもと、子どもたち自身で議題を決めて話し合う。この場では、子どもたち間のトラブルや行事、日々の生活について議論が進められる。
取材に訪れた日、ちょうど「全校ミーティング」が開かれた。見学者は子どもたちに承認されなければ、その場に同席することができない。堀さんから子どもたちに「佐藤さんが取材にきていますが、ミーティングに参加してもらってもいいかな?」と議題が投げかけられた。結果、子どもたちの挙手によって参加の許可を得られた。
この日の全校ミーティグでは、子どもから出された「ツリーハウスのデッキの部分がケガをしやすいので修理をしたほうがよいのではないか」という議題。多くの大人は、「ケガをするなら、すぐに修理しないと」と思うだろう。
しかし、当校では子どもに関わることはみんなで話し合って決めていく。
子どもたちからは「修理したほうがいい」という声もあれば、「修理している最中に遊べなくなるなら、今のままでいい」という意見も出た。
最終的に、「修理をする」or「修理をしない」で多数決がとられた。当校では、多数決において子どもも大人も同じ1票だ。今回の全校ミーティングの結論としては、「修理が必要なのは1階部分だけなので、遊びに使えないわけではない」という発言が決め手となり、修理を進めることとなった。
■小学1年生にも寮を用意する理由
当校には、自宅から通う子と寮から通う子がいる。毎年、どちらにするかを選ぶことができる。そのため、小学1年生から寮に入る子もいれば、中学3年生の最後の年だけ寮生活をしてみようと決める生徒もいる。
きのくに子どもの村学園では、入学願書が出された子に対して2泊3日の体験入学をしてもらう。そして、寮で生活しながらプロジェクトを経験する。
保護者は同伴しないので、年長の子どもたちは身の回りのことを自分で行う。ひとりで着替えができない、お風呂にひとりで入れないなど、その子が抱えている生活の中での“できない”はまだたくさんある年齢だろう。私が話を聞いた家庭では、体験学習に向けて子どもが張り切って、自分ができることを増やそうとしているという。
体験入学を経て、受け入れられる場合は入学へと進む。(現在は定員以上の応募が集まり体験入学を待っている子もいる)。保護者がいくら「入れたい!」といっても、子どもが気乗りしなければ入学はできない。
■問題を解消する力は寮生のほうが養われる
寮生は、月曜日に来て週末には帰宅する。365日のうち、寮で生活するのは150日ほど。1年間の総日数の約40%となる。
小さい子の保護者はホームシックを心配するかもしれない。実際にホームシックになる子はいるが、小さい子ほどその状況から脱するのも早いという。寂しい気持ちと学校の楽しい体験とが交互に訪れて、次第に生活に慣れる。また、ホームシック経験者のお兄さんお姉さんもいるのでそうした子が寄り添うことで元気を取り戻すという。
子どもたちが24時間生活を共にすることになるため、いくら仲が良くても衝突が生まれる。合わない子がいたり、仲のよい子といざこざを起こしたりするが、それを自分たちの力で解決していくことが求められる。
「必然的に、人間関係を構築し、問題を解消する力は寮生のほうが養われます。通学生の子よりも寮生活をしている子のほうが、社会性が育つ可能性は高いといえます」と堀さんは言う。寮は自宅が遠くて通えない子を預かるだけではなく、学校としての体験的な学びを得る機能を持った場であると位置付けられている。
■「問いを立てる力」を奪わない
私たちが受けてきた学校教育のスタイルとは大きく異なる、きのくに子どもの村学園。自身の関心から端を発し、学びを自ら作っていく体験を私たちはどれくらい経験してきただろうか。堀さんはこうした学びの価値について述べる。
「とある大企業の人事担当の方が、新人研修で『これからの時代にはこれが重要であると思うことを自分で課題を設定して書いてください』とお題を出したら、惨憺たる結果だったと言っていました。与えられた課題は頑張れるけれど、自分で問いを設定したり発見したりすることができない社会人が多いことは日本の大きな課題でしょう。
社会に対して問いが生まれないということは、社会課題の解決につなげられる人材が育っていないことを意味します。きのくに子どもの村学園では、公害の現場や震災後の様子を実際に見に行き、その時に抱いた感情をもって話をします。そして、日々の授業でも子どもたちが問いを持ち、自ら学びのプロジェクトを動かしています。
日本のすべての学校が当校の自由教育に舵を切るという極論を求めているのではなく、少なくとも、周囲の大人が子どもの問いや関心を、おもしろがり、一緒になって不思議がっていく環境を作ることは学びに不可欠だと考えています」
幼い子どもは放っておけば「なんで?」「どうして?」と自然に疑問を持つ。つまり、成長の過程でその「問いを立てる力」を奪われてしまっている現状がある。公立学校でも探究学習への取り組みが進められ、まさにその課題に向き合い始めたところだ。今後の学校教育転換の肝はここにある。
■中卒→城巡り→京大に進学した卒業生も
保護者は、当校に通うわが子の様子を見て、自分の教育観や価値観を見つめ直していくと高木さんは語る。
「当校の学びに対して、『学力は大丈夫かな』『この子が大きくなって困らないかな』といった心配をする保護者はいらっしゃいます。30年間、この学園を続ける中で感じているのは、子どもによって一時期苦労することはあるかもしれないけれど、結果的に乗り越えていけるということです。
例えば、小学校低学年でこの学校へ転校してきた時には、よっぽど前の学校でつらい思いをしたのか、校門の前から動けずにいる子がいました。『学校』というだけで、拒否反応を示していたんです。しかし、実際に足を踏み入れてみたら自分の知っている学校のイメージとは大きく違っていた。
その子はお城が好きだったのですが、中学卒業後、『高校でやりたいことはない』と進学を選ばず、青春18きっぷを使って全国のお城を巡り調査しました。そのうちに、『大学に行ってもっと研究してみたい』と思うようになり、大検を受けて京都大学の工学部に入りました。受験前1年間はずっと家にこもって受験勉強をしていたと言っていました」
■「小さな自己決定」を積み重ねていく
きのくに子どもの村学園の子どもたちは、「必要だ」と感じれば勉強をする。「学びへのアレルギーがない」という保護者の声も聞いた。
「計算も漢字も英語も子どもたちにとっては道具です。勉強内容は『知っておいたほうがお得』『使いこなせたら便利』という“手段”。勉強自体が目的にはなりません。それがものづくりに必要か受験に必要かは問わず、自分にとって『道具になる』と感じたら積極的に得ようとするのだと思います」(高木さん)
社会に出た時に必要とされる上下関係や規律も勉強と同じ。子どもたちが「必要だ」と納得すれば、それを受け入れていく。実際に厳しい料理人の世界に弟子入りし、職人の道を歩む卒業生もいる。
保護者のひとりが、「子どもは、好きなこと・嫌なこと、やりたいこと・やりたくないことを明確化させて、自分の手で選び取り、自ら人生を歩んでいる気がします」と話してくれた。きのくに子どもの村学園の子どもたちは、自分の関心に合わせて常に小さな自己決定を積み上げる学校生活を送っている。
小さな自己決定がなければ、大きな自己決定はできない――。それを体現しているのが本校の子どもたちなのではないだろうか。
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教育ライター
全国約1000人以上の教員へのヒアリング経験をもとに、現在は教育現場のリアルな情報をわかりやすく伝える教育ライターとして活動。両親ともに教員という家庭に育ち、教育の道を志す。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。中学校・高校の教員免許を取得。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて学校教育情報誌を制作。その後、独立し、ライティングや編集業務を担う「レゾンクリエイト」を設立。青森県教育改革有識者会議広報戦略チーム。著書に、『SAPIXだから知っている算数のできる子が家でやっていること』、『SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』、『公立中高一貫校選び 後悔しないための20のチェックポイント』などがある。
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(教育ライター 佐藤 智)
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