登場するなり「終わらせよう!」と勝利宣言…M-1連覇達成「令和ロマン」の1年がかりの緻密で壮大なプラン
プレジデントオンライン / 2024年12月25日 17時15分
■令和ロマンが「連覇」という前例のない挑戦をした理由
20回目を迎えた2024年の「M-1(エムワン)グランプリ」は、令和ロマンの連覇という劇的な幕切れに終わった。「M-1」ではこれまでに連続優勝は一度もなかったし、2回の優勝を経験した人も存在しない。
そもそも、優勝した翌年に再度出場をすること自体がきわめて珍しいことだった。「M-1」に出る芸人のほとんどは、優勝することを最大の目標としている。一度でも優勝を果たしたのならば、その後でまた出る必要はない、と考えるのが普通のことだ。
だが、令和ロマンは再び参戦を決めた。それは、ボケ担当の髙比良くるまの中で、一度目の優勝について割り切れない思いがあったからだ。
くるまは「M-1」という大会を愛していて、そこに芸人人生のすべてを捧げてきた。「M-1」という大会を盛り上げることが自分の使命であると考えていた。
■自分たちが優勝することより、M-1を盛り上げたかった
彼は自分たちが優勝することよりも、大会全体が盛り上がることを望んでいた。「そんな芸人がいるわけがないだろう」と思われるかもしれないが、彼の発言や著書の内容をたどっていくと、それが紛れもない本音であることがわかる。
くるまは昨年の「M-1」を「(はからずも)自分たちが優勝してしまった大会」というふうに捉えていた。もちろん優勝自体は悪いことではないのだが、大会全体が今ひとつ盛り上がりに欠けたことに不満を持っていた。
決勝の出番順を選ぶ「笑神籤(えみくじ)」のくじ運に恵まれなかったせいで、同じような漫才スタイルの芸人が立て続けに出てくることになり、観客に比較する目線で見られてしまった。そのことで盛り上がりに欠ける戦いになってしまった。彼はそのように分析していた。
だからこそ、令和ロマンはもう一度「M-1」に出ることを選んだ。優勝直後にコメントを求められたくるまが「来年も出ます!」と宣言したとき、ほとんどの人はそれをただの冗談であると考えていた。だが、彼は本気だった。
■「M-1 2024」の令和ロマンは憎たらしいほど完璧だった
そこからの行動も憎たらしいほど完璧だった。「M-1」で優勝した芸人には、多くのテレビ番組から出演オファーがかかる。しかし、くるまはテレビには出ないことを高らかに宣言して、徹底的に仕事を選んだ。
何でもかんでも出るという姿勢でいると、自分たちが出る必然性のない番組にも出ることになり、そこで活躍できずに悪い印象を残すことになってしまう。また、テレビに出まくることで顔を売ることができる一方、消費されて飽きられるのが早くなるというリスクもある。
また、テレビよりもライブや営業の仕事を重視することで、漫才師としての腕を磨きつつ、収入も確保するという意味もあった。連覇という目標達成のために、過度にテレビに出ないようにした。
■ボケのくるまは漫才の本を書き上げ、M-1用のネタを作った
実際には、令和ロマンが全くテレビに出ていなかったわけではない。ニホンモニターが発表した「2024ブレイクタレント一覧」によると、令和ロマンはこの1年で169本もの番組に出ている。レギュラー番組もあったし、お笑い色の強い番組には、むしろ積極的に顔を出していたように見える。テレビの仕事量も自分たちでコントロールしながら、連覇への歩みを着実に進めていた。
11月にはくるまの著書『漫才過剰考察』が出版された。漫才や「M-1」について、現時点での彼の考察をまとめた力作である。くるまはこの本を書き上げるまでに約9カ月を要したという。もとになる連載コラムの原稿に大幅に加筆する形でまとめられた本書は、これまでの芸人人生の総決算のような内容だった。
書籍の執筆を通して漫才について誰よりも考え抜いた彼は、それを書き上げた後の10月末に新しい漫才ネタを2本生み出した。それが決勝の舞台で披露する勝負ネタになった。
■予選が始まると、自分たちを「害悪」と言いヒール役に
「M-1」の予選が始まると、くるまは自分たちを「害悪」と位置づけて、ヒールキャラに転身した。すでに優勝しているのに再び出場することで、普通ならほかの芸人やそのファンから敵視されてもおかしくはない。だが、そこでくるまはあえて悪者になりきって、そのキャラを演じることで、対立の構図そのものを鮮やかに笑い飛ばし、お笑いファンからも好意的に見られるようになった。
「テレビで売れるために『M-1』に出ている人」であれば、優勝してテレビに出まくっていると、「もう『M-1』には出なくていいでしょう」と思われてしまうかもしれない。だが、テレビに出ないと宣言していて、地道に漫才を続けてきた令和ロマンは、そのように反感を抱かれることもなかった。
令和ロマンは今年も厳しい予選を勝ち抜き、決勝に駒を進めた。ファイナリスト発表会見の席でも、コメントを求められたくるまは「すべての子羊漫才師を檻に帰す。ただそれだけですね」と語った。
■決勝では、100分の1の確率で2年連続トップバッターに
そして決勝当日。20回目の記念すべき大会を祝福するかのように、気まぐれな笑いの神はとんでもないイタズラを仕掛けた。柔道の阿部一二三選手がくじを引き、選ばれた一番手は、なんと令和ロマン。昨年の大会に引き続き、最初に舞台に上がるというスーパーサプライズ。100分の1の確率で2年連続トップバッターとなった令和ロマンは、奇跡に沸き返る観客の前に降臨した。漫才の冒頭でくるまは「終わらせよう」(終わらせましょうという意味)と挑発的な言葉を放った。
漫才のテーマは「名前」。くるまが、自分の子どもには学校の教室で有利な席に座らせたいので、名簿順で最後の方になる「渡辺」という名前を付けたいという一風変わった主張を展開していく。誰もが共感できる身近なテーマを扱いながら、話題を深く掘り下げていくことで笑いを生み出していった。観客のボルテージが最高潮に達している中で、令和ロマンも最高のパフォーマンスを見せた。
審査員の評価も軒並み高かった。通常、1組目の芸人には様子見でやや低めに点数をつける傾向があるのだが、審査員がそのような配慮をしているとは思えないほど点数は高かった(合計850点)。トップバッターという不利な順番で見事な漫才を披露したことに対して、審査員が高い評価を与えていたように見えた。
■「おバカキャラ」を武器にしたバッテリィズに点数で抜かれる
そんな彼らの前に立ちはだかったのが、初めて決勝に進んだバッテリィズ。ボケ担当のエースの突き抜けた「おバカキャラ」を武器にした漫才は大爆笑を巻き起こし、ファーストラウンドでは令和ロマンを抜き去って暫定1位に躍り出た(合計861点)。
そして、バッテリィズ、令和ロマン、真空ジェシカ(決勝合計849点)の3組が雌雄を決する最終決戦を迎えた。真空ジェシカがアンジェラ・アキのライブを題材にした型破りな漫才で観客の度肝を抜いた後、令和ロマンが颯爽(さっそう)と現れた。
■3組残った最終決戦ではバッテリィズより大きな笑いを取る
2本目に彼らが見せたのは、ツッコミ担当の松井ケムリが戦国時代にタイムスリップしてしまうというファンタジックな設定の漫才。くるまは複数の役柄を器用に演じ分けながら、物語を紡いでいった。4分間の漫才で1本の映画のような深い味わいがあった。
1本目の漫才が2人の間の会話だけで構成される「しゃべくり漫才」だったのに対して、2本目は2人が架空の設定に入っていく「コント漫才」だった。二種類のハイクオリティーな漫才を披露して、自分たちの芸の幅を見せつけた。
そんな令和ロマンは、バッテリィズと真空ジェシカの猛追を振り切り、最終決戦では9票中5票を獲得して優勝を果たした。レベルの高い戦いだったが、2本目の笑いの量で令和ロマンが一歩勝(まさ)っていたのが勝因だったかもしれない。
彼らが連覇という前人未到の偉業を成し遂げることができたのは、1年かけてそれができる状況を整えてきたからだ。実力、戦略、そして運。すべてに恵まれた令和ロマンが、奇跡のような栄光をつかんだ。
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ライター、お笑い評論家
1979年生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。主な著書に『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『逆襲する山里亮太 これからのお笑いをリードする7人の男たち』(双葉社)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など多数。
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(ライター、お笑い評論家 ラリー 遠田)
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