「ヒートショック溺死」は愛媛、鹿児島、静岡に多い理由…「暖房をつけても足元が冷える部屋」を放置してはいけない
プレジデントオンライン / 2025年1月9日 18時15分
■溺死は「家のお風呂」で最も発生している
なぜ、日本では冬の溺死者数が圧倒的に多いのか?
「溺死」というと、夏に海水浴場等で溺れることをイメージする方が多いと思います。ところが、月別の溺死者数は、実は圧倒的に夏よりも冬が多いのです。最も少ない9月に比べて、最も多い1月の溺死者数は9.6倍も多くなります。
では、どこで冬の溺死が起こるのでしょうか?
それは家庭のお風呂です。
「ヒートショック」という言葉はだいぶ知られてきているかと思いますが、あらためて説明すると、「ヒートショック」とは、家の中の室温差に起因して、脳や心臓に負担がかかることをいいます。
特に危険なのが、冬の入浴です。寒い脱衣室で服を脱ぐと鳥肌が立つと思います。これは血管が収縮して、血圧が急上昇している状態です。そして、熱いお風呂に一気に浸かると血圧が急低下して、気を失ってしまうことがあるのです。そして、そのまま浴槽で溺死してしまうというのが、冬の溺死者数が増加する主な要因です。
筆者は、結露のない健康・快適な住まいづくりをサポートする会社を経営しています。本稿では、その専門家の立場から、ヒートショックを予防する方法について説明したいと思います。
■約10年間でなんと1.5倍に増加
厚生労働省の「人口動態調査」によると、高齢者の家および居住施設の浴槽における死亡者数は、平成20年の3384人に対して、令和元年は4900人に増加しています。約10年間で、なんと1.5倍も増加しているのです。
さらに浴槽での溺死以外に、入浴中の急死には、心疾患や脳血管障害等によるものも多いのです。消費者庁の2017年のニュースリリースによると、入浴中の急死者数は1万9000人/年にも上るとの推計があるとのことです。直近の交通事故死者数は、2678人/年ですから、交通事故死者数の7倍以上に上ります。
さらに、溺死者数の急激な増加傾向を踏まえると、入浴中の急死者数はさらに増えている可能があります。(厚生労働省の資料は死因別のデータのみのため、入浴中の急死者数の正確なデータはないようです)
そして、この死亡者数の2~3倍程度の方々が救急搬送されて命を取り留めても、半身不随や車椅子生活等になってしまい、健康寿命を縮めてしまっていると言われています。
■ヒートショックはむしろ温暖な地域で起こりやすい
消費者庁は、毎年のように入浴中の事故に対する注意喚起の情報発信を行っていますが、2020年のニュースリリースでは、安全に入浴するための確認事項として、次の5つを挙げています。
(2)湯温は41度以下、湯につかる時間は10分までを目安にしましょう。
(3)浴槽から急に立ち上がらないようにしましょう。
(4)食後すぐの入浴や、飲酒後、医薬品服用後の入浴は避けましょう。
(5)入浴する前に同居者に一声掛けて、意識してもらいましょう。
これらの対策は、費用もさほどかからず、手軽にできる対策なので、ぜひ実行していただきたいと思います。
ところで、「ヒートショック」は寒い地域の話と誤解している方が多いようです。それはまったく違います。実はむしろ、温暖な地域のリスクのほうが高いのです。図表3は、都道府県別の冬の死亡率の増加率(4月から11月の月平均死亡者数に対する12月から3月の月平均死亡者数の増加割合:%)です。
そして日本の都道府県別では、1位、2位が栃木県、茨城県と、北関東の県が上位にありますが、むしろ注目していただきたいのは、4・5・6・7位に愛媛県、三重県、鹿児島県、静岡県といった温暖な地域の県が名を連ねていることです。
そして逆に、冬季死亡増加率が低いのは、北海道、青森県です。
■冬季死亡率がこんなに高い先進国は日本ぐらい
なぜ、比較的温暖な地域の冬季死亡増加率がこんなに高く、北海道や青森県では低いのでしょうか?
それは、高断熱住宅の普及率と密接な関係があると言われています。図表4の左側の日本地図は、都道府県別の高断熱住宅の普及率によって色分けしたものです。そして右側は、冬季死亡増加率を都道府県別に色分けしたものです。
高断熱住宅普及率が高い北海道や東北地方で冬季死亡増加率が低く、高断熱住宅普及率と冬季死亡増加率の間に密接な関係があることがおわかりいただけると思います。
ちなみに、すべての先進国において、現在は冬の死亡率のほうが高いそうです。ただ、冬季死亡率がこんなに高いのは、先進国では地中海沿岸の温暖な気候の数カ国と日本くらいで、他の国では、これほど顕著に冬の死亡率が高いわけではないそうです。どうやら諸外国においても同様の傾向があるようです。
■なぜ暖房をつけているのに足元が寒いのか?
これらのデータを見ていただくと、消費者庁が唱える上記の5つ対策は、もちろん意味はありますが、抜本的な解決策ではないことがおわかりいただけると思います。
抜本的な解決策は、家の中の室温差をなくす高気密・高断熱化なのです。できれば、多くの方々に、家を建て直す、もしくは断熱フルリノベーションを行い、欧米並みの高性能住宅に住んでいただきたいところです。とはいえ、そのためには多額の費用がかかりますから、それが可能な方は限られると思います。
そこで、リーズナブルにある程度、ヒートショックリスクを低減する簡易的な断熱リノベについて、ご説明します。
家の断熱性能を決める最も重要な要素は、窓の性能です。図表5に示すとおり、冬の暖房が発する熱エネルギーのうち、50%は窓から流出します。また、窓の断熱性能が低いと、軽くなって上昇した暖気が冷たい窓に触れて重くなり、足下に下りてきます。この現象をコールドドラフト(図表6)といいます。
■フルリノベが無理なら「窓の性能」を高めよう
併せて、気密性能が低い家では、暖気が天井や屋根から逃げ、その分、床下等から冷たい隙間風が入ってきます。これらが日本の住宅の足下が寒い最大の要因です。窓の性能を高めるだけで、十分とは言えませんが、家の寒さはかなり改善されます。
国は、地球温暖化対策という観点から、既存住宅の高断熱化に力を入れています。その一環として、「先進的窓リノベ事業」という窓や玄関ドアの断熱リノベに非常に高い補助率の補助制度があります。この制度は、窓の大きさや断熱性能による定額補助のため、補助率が何%なのかは一概には言えないのですが、当社が提携しているリフォーム会社の試算では、50~60%程度の非常に高い補助率になるようです。
「先進的窓リノベ事業」による窓の高断熱化は、4つの工法から選択できますが、住みながらのリノベの場合は、図表7に示す「内窓設置」か、「外窓交換(カバー工法)」のいずれかになると思います。
■1窓あたり約60分程度ですぐできる
「内窓設置」は、既存の窓の内側のスペースに高断熱サッシを設置するものです。費用も安く、工事も1窓あたり約60分程度で手軽に高断熱化を図ることができます。窓を開ける際に、2枚のサッシを開けなければならないのが欠点ですが、手軽な方法でおすすめです。また、マンションの場合も、管理組合の理事長承認等を必要とせずに独自に設置が可能です。
「外窓交換(カバー工法)」は、壁の中のサッシのフレームは残してカットし、その内側に既存窓よりも若干小さいサイズの高断熱サッシを入れる工法です。窓が二重になるのはちょっと、という方にはおすすめです。壁を壊す必要がないので、比較的手軽にできる工法です。施工時間は、1窓あたり、3時間から半日程度です。
「先進的窓リノベ事業」については、詳しくは、環境省の特設ページをご覧ください(2025年度も継続実施予定)。
■東京都だとさらに手厚い補助が
自治体によっては、国の「先進的窓リノベ事業」と併用できる独自の補助・助成を行っています。特に手厚いのが東京都です。
東京都の「既存住宅における省エネ改修促進事業」は、例えば高断熱窓の設置に対して、3分の1の助成(上限100万円/戸)が受けられます。国の制度と併用すると、最大6分の5の補助・助成率になります。この制度は、高断熱ドアや高断熱浴槽も助成対象にしています。
さらに東京都は、賃貸住宅に対して、「賃貸住宅における省エネ化・再エネ導入促進事業」という制度により、高断熱窓設置等に対する助成を行っています。この制度の助成率はさらに高く、条件が整うと、賃貸住宅のオーナーはなんと、ほぼ費用負担ゼロで高断熱窓の設置が可能です。
ただし、2025年3月31日までに交付申請が必要なので急ぐ必要があります。また、省エネ診断(100%助成)が必要など、少し複雑な制度なので、関心がある方はぜひ当社にご相談ください。なお、YouTubeでも「建てる前に見て!断熱性能の真実」という動画を公開しています。参考にしてください。
賃貸住宅の高断熱化は、居住者の健康・快適・省エネな暮らしに寄与するだけでなく、省CO2化等、社会的な意義も大きいので、都内に賃貸住宅をお持ちのオーナーは、ぜひこの制度の活用をご検討いただきたいと思います。
■何度も追い炊きする家は「高断熱浴槽」がおすすめ
高断熱窓の設置がそんなに自己負担が少なくできるのならば、ついでにもう少し家の断熱性能を引き上げたいという方には、床の断熱リノベがコスパが高く、お勧めです。床下に人が入れる空間があることが前提になりますが、床下から現場発泡ウレタンを吹き付ける等の工法ならば、普通に暮らしながら施工することができますし、費用も比較的リーズナブルです。そして、断熱性能だけでなく、床下からのすきま風もかなり防ぐことができるのも大きなメリットです。
そして、もう一つお勧めしたいのが、タイル張り等の在来工法の浴室で冬の寒さを痛感している方に、ユニットバスへのリノベーションです。在来工法の浴室に比べて、断熱・気密性能が高く、浴室がとても暖かくなります。
また、高断熱浴槽を選べば、浴槽のお湯が冷めにくくなります。高断熱浴槽とは、浴槽のまわりに断熱材が施工された保温性の高い浴槽のことです。家族の入浴時間がばらばらのご家庭などでは、何度も追い炊きすることでかかっている光熱費をかなり減らすことができます。
以上のご説明してきた断熱リノベは、家の建て替えや断熱フルリノベーションに比べれば、圧倒的にリーズナブルに、それも公的な高い補助率の補助金を使い実施することができます。健康寿命を延ばし、快適な生活を送るために、ぜひ、検討していただければと思います。
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住まいるサポート代表取締役/日本エネルギーパス協会広報室長
千葉大学工学部建築工学科卒。東京大学修士課程(木造建築コース)修了、同大博士課程在学中。リクルートビル事業部、UG都市建築、三和総合研究所、日本ERIなどで都市計画コンサルティングや省エネ住宅に関する制度設計等に携わった後、2018年に住まいるサポートを創業。著書に、『元気で賢い子どもが育つ! 病気にならない家』(クローバー出版)、『人生の質を向上させるデザイン性×高性能の住まい:建築家と創る高気密・高断熱住宅』(ゴマブックス)などがある。
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(住まいるサポート代表取締役/日本エネルギーパス協会広報室長 高橋 彰)
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