XにもYouTubeにもない「底知れない拡散力」がある…米国政府が本気で「TikTok規制」に乗り出す本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年12月26日 17時15分
■施行まで期限が迫る「TikTok禁止法」
米国では「来年1月からTikTokを利用できないかも?」と心配する声が聞かれる。バイデン政権の最終日、1月19日に「TikTok禁止法」の施行が予定されているからだ。
欧州でも、TikTokの運営会社に欧州委員会の調査が入ると報道された。いま世界のTikTokで何が起きているのか。今回は米国を中心にTikTok問題を取り上げたい。
まずは米国の「TikTok禁止法」について、これまでの経緯を詳しく説明しよう。
今年4月、連邦議会上院でTikTokのサービスを規制する法案が賛成多数で可決、ジョー・バイデン大統領が署名して新法が成立した。正式には「アメリカ国民を外国敵対勢力管理アプリケーションから保護する法律(Protecting Americans from Foreign Adversary Controlled Applications Act)」という。規制の対象は、中国など敵対国に本社がある企業などが運営するアプリ。条文で「TikTok」と親会社の中国企業「バイトダンス」が名指しされたことから「TikTok禁止法」「TikTok規制法」と呼ばれている。TikTok問題は実際のリスクとは別に、米中間でつづくテクノロジー覇権争いの象徴でもあるからだ。
新法では、国民の多くがTikTokを利用すると、米国の国家安全保障(National Security)が脅かされるとしている。
■米国が懸念する「3つのリスク」
懸念されるリスクは主に次の3つ。
① 個人データの収集
利用者のデータ(位置データ、検索データ、動画視聴データなど)が収集される。
② 世論操作の懸念
アルゴリズムによる影響力(世論操作、選挙への介入など)がある。
③ 中国政府の情報利用
中国政府が不当にTikTokのデータを利用するおそれがある。
中国では国家情報法、サイバーセキュリティー法などによって、個人や企業が政府に情報提供を要請されると協力する義務がある。TikTokが米国人のデータを取得している状況は、中国の脅威を増大させるというのである。
「TikTok禁止法」は、成立後270日以内に、バイトダンスが米国企業などの第三者に米国TikTokの事業を売却しなければ、同アプリ・サービスの禁止措置がとられる。成立後270日の期日にあたるのが来年1月19日、ドナルド・トランプ次期大統領の就任前日だ。
■TikTok側は「言論の自由」を訴える
米国TikTokとバイトダンスおよび一部のユーザーは、「禁止法」は「言論の自由」を保障する合衆国憲法修正第1条に反すると訴えたが、連邦控訴裁判所は12月6日、違憲状態にないと新法を支持。さらに、一時的に「禁止法」の施行をストップさせる「緊急差し止め命令」を出すようにTikTok側が求めた申し立ても、13日に棄却した。
「禁止法」を支持する理由として「米国人の言論の自由を中国から守るために必要」と主張している。
TikTok側は12月16日、連邦最高裁判所に緊急の差し止め命令を出すように訴え、1月6日までに結論を出すように求めた。これに対して連邦最高裁は18日、「禁止法」の合憲性について1月10日に口頭弁論を開いて審理すると明らかにした。緊急差し止めについての検討も10日まで延期され、最終的な判断は「禁止法」が施行される直前まで下されない可能性がある。
■「禁止法」が無効となる可能性はあるのか
最高裁が「禁止法」を無効とする可能性があるとすれば、2つのポイントが考えられる。第一は、先に述べたように禁止令が合衆国憲法修正第1条が定める「表現の自由」を侵害すると判断した場合。
控訴裁の判事らは「禁止令は外国の敵対勢力による支配のみに対応するよう慎重に設計されており、合衆国憲法修正第1条に抵触しない」と述べている。また、判決では、米国人が表現の場、コミュニティーの源、さらには収入源を失う可能性を認めつつも、議会はそのようなリスクを国家安全保障上の懸念と比較検討したうえで決定した、と指摘している。最高裁が、こうした控訴裁の決定を覆すことは考えにくい。
第二のポイントは、バイトダンスがTikTokの運営と中国政府が無関係であることを立証すれば覆る可能性はある。中国政府から情報提供を求められない、あるいは求められても応じないことを具体的な証拠をあげて証明する必要がある。これも現実には相当に困難だ。
「禁止法」は大統領の判断で1回に限り、最大90日間の猶予を与えることができる。1月19日の最終日間近にバイデン大統領が延期を認め、翌20日に就任するトランプ大統領にバトンタッチする流れは十分に考えられる。
■米国人はなぜTikTokが好きなのか
TikTokのサービスが停止した場合、利用者に与える影響はかなりのものだ。米国はTikTokのアクティブユーザー数が、世界最大規模の1億7000万人以上と報告されている。米国人が利用するSNSの中で、TikTokは1日当たりの平均利用時間が最も長いという調査結果もある。
TikTokが他のSNSと違う点はいくつもある。
全画面ショート動画に特化して視聴しやすく、おすすめ(For You)のAIアルゴリズムが優れている。「歌ってみた」「踊ってみた」など投稿のハードルが低く、クリエイティブツールが豊富なことも特徴となっている。初めは10代、20代を中心に普及し、現在は幅広い年齢層が利用している。私もお気に入りのワンちゃんの動画を妻と一緒によく観ている。
■XやYouTubeとは違う「独自のAIアルゴリズム」
また、コンテンツの拡散にも独自のAIアルゴリズムがあり、X(旧ツイッター)やYouTubeのようにインフルエンサーを介して拡散するモデルとは違う。フォロワー数が少なくても拡散されやすい設計となっているのだ。「寝る前にショート動画を投稿したら、起きたときには世界中で人気者になっていた」というミラクルが起こるのは、この独自のアルゴリズムによるものだ。
TikTokの運営戦略やアルゴリズム設計は、地域を問わない統一的なプラットフォームとして機能しているため、従来のローカルな市場と異なる「世界単一市場」を実現している。
最近は国際会議などで登壇者のプロフィールに、TikTokのフォロワー数が紹介されることが増えている。ビジネスへの影響が大きくなったと筆者は感じている。
米国では有名ティックトッカーが多数いて、各界の著名人がアカウントを公開し、企業も情報発信や広告宣伝のツールとして盛んに利用している。TikTokはもはや経済活動の一部となっているため、いきなりサービスを停止することは困難だろう。
■トランプ前政権では「強硬策」を進めたが…
注目されるのは、トランプ次期大統領の対応だ。
トランプ前政権は2020年、やはり安全保障上の懸念から、TikTokを米国企業が買収する計画を進め、買収する側はオラクル、ウォルマート、マイクロソフトが候補にあがっていた。最終的には、新会社TikTok Globalを設立してオラクル、ウォルマート、バイトダンスで株式を保有し、米国内のユーザーデータはオラクルのクラウドサーバーで管理するという案がまとまった。しかし政権交代後、バイデン政権はこの計画を棚上げし、独自の対応を進めて「TikTok禁止法」が成立した経緯がある。
買収計画のうちデータ管理の件だけは進められ、TikTokは2022年6月にオラクルへのデータの移管が完了したと発表した。ただし、米TikTokは依然としてバイトダンス傘下にあるため、中国政府の影響を受ける可能性は残っている。
前政権で強硬策を進めたトランプ氏は、今年の大統領選ではTikTokを活用した。若年層へのアピールを狙ったとみられ、6月1日に公式アカウントを開設すると、初投稿から23時間でフォロワー数は320万人を超えた。現在は、1500万人近いフォロワーがいる。「自分はTikTok支持」「TikTokを救う」と発言するなど、好意的な姿勢を表明してきた。
TikTok擁護の背景には、彼の“メタ嫌い”があるのは確かだろう。FacebookとInstagramを運営するメタ・プラットフォームズとは対立してきたので、米TikTokがなくなるとSNS業界の競争が制限され、メタの力が増すことを警戒しているようだ。
トランプ氏は12月16日、TikTokの最高経営責任者(CEO)周受資氏と会談し、同日の記者会見で「TikTokについて検討する。特別な思い入れがある(a warm spot in my heart for TikTok)」と発言した。
■「世論操作の力」を示したルーマニア大統領選
しかしトランプ氏がTikTokにどれだけ好意的でも、「禁止法」を全面撤廃することは難しいだろう。今年3月に下院で法案が可決されたときは賛成が352票、反対が65票と圧倒的な賛成多数だったからだ。トランプと同じ共和党で反対したのは、共和党の下院議員220人のうち15人だけだった。
欧州の動向も影響するはずだ。
欧州委員会は12月17日、ルーマニアの大統領選挙をめぐる問題で、TikTokを正式に調査すると発表した。11月24日の第1回投票で、泡沫候補と見られていたロシア寄りで極右政治家のカリン・ジョルジェスク氏が約23%の得票率で1位となった件だ。
選挙前は1%だった支持率を人工的に引き上げた工作が疑われ、TikTokでジョルジェスク氏の動画が大量に拡散されたことが発覚。約2万5000のアカウントがプロモーションに利用され、なかには国家機関を偽装するなど違法な投稿も見られた。TikTok側は、選挙宣伝を削除したが追いつかず、選挙法違反の投稿が残ってしまったと主張している。
■筆者が考える「最も現実的な解決策」とは
また、ルーマニア大統領選のサイトが選挙期間中にロシアから国家規模といえる8万5000件以上のサイバー攻撃を受けたことが発覚。ロシア政府は関与を否定しているが、ルーマニアの憲法裁判所は12月6日、第1回投票を無効として選挙全体のやり直しを命じた。
欧州議会はTikTokに対して、外国勢力の介入や組織的な不正操作を防ぐための適切な対策があったかを調査するという。
日本でも、今年の都知事選や兵庫県知事選はSNSの影響が大きいといわれているので、欧州委員会の調査結果は注目を集めそうだ。SNSによって、選挙という民主主義の基盤が揺らいでいる。
世論操作は、米国のTikTok「禁止法」でもリスクの一つにあげている。今回のルーマニア大統領選は、TikTokを使った世論操作の有効性と危険性を示したといってよい。
果たして、米国最高裁とトランプ氏はどのように判断するか。私は以下のように予想する。
まず最も起こり得ないのは、TikTokに禁止措置が発効され、利用できなくなること。1億7000万人以上の利用者に与える影響は大きく、クリエイターを中心に猛反発が起こることは必至だ。
だからといって、現状維持でTikTokのリスクに手を打たないことも許されない。議会と控訴裁判所が想定したリスクを全否定しない限り、何かしらの対策は必要となる。
最も現実的な解決策は、バイトダンスが米国企業による買収を受け入れることだ。買収する側は、米国のユーザーデータをすでに保管しているオラクルが有力だろう。
バイトダンスは当然、アルゴリズムをはじめとするテクノロジーの流出を避けたがる。中国政府も何かと理由をつけて手放さないだろう。問題がこじれたら、現実にTikTokが使えない状況を迎えるかもしれない。トランプ氏が得意のディールで見事に解決してみせるのか、目が離せない。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)
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